この女、どうしてくれよう?
それからも女は食い続けた。ひたすら和え玉をおかわりしていた。
これ以上飯テロ行為を続けるのも忍びないので(もう十分遅いわ馬鹿)、ダイジェストで語ろう。
「ギャァァァーー!!! 細切れチャーシューやめろぉぉぉーー」
「温玉だと!? ここは私に任せて先に行けぇぇぇ!」
「焼きチーズ!? テメエ、ズルいよ、ズルすぎるんだよぉぉぉ!」
「高菜、ゴマ、紅ショウガ……やめろ、やめてくれぇぇぇっっっ」
………
……
…
実にリアクション豊富な芸人気質である。
彼女が芸人でないのなら、吉本の門を叩くことを是非おすすめしたい。
そして、運命の時はやってくる。
「すいません。お客さん、お会計……」
どうやら、これ以上は七星の方が耐えきれなかったようである。在庫的な意味で。
マサシの腹筋はとっくに耐えきれていない。
その一言はシンデレラに告げる十二時の鐘。
魔法の終わり。現実の始まり。
「あ……あ……あ……アァァァァッッッ!!?」
突如、発狂する志織。
それもそのはず。彼女は極トンらーめん代700円を支払った後、無一文の財布状況で和え玉、追加トッピングをしこたま注文していたのだ。
『お客さん、あなた……無銭飲食?』
脳裏に響くは呪いの呪文。
まだ七星はそこまで言ってないが、志織にとって言われたも同然だ。
そして、志織という女。
彼女は基本、残念であるが馬鹿でない。というか、意外と高学歴であったりもする。
≪警察署の取調室≫
『ついカッとなって、ムシャムシャしてやった。今は反省している』(自白)
『ちょっと職場と親御さんに連絡を』(取調べ担当)
『志織、お前。いくら金がないからって……』(父と母)
『東雲さん。警察沙汰にまでなってしまうと、今後の契約はちょっと……』(事務所の社長)
ここまで一瞬で想像した。
「ギャァァァーー神ぃぃぃーー!!!」
(私はあなたを信じていた。信仰していた。従った。なのにあなたは何故、私に替え玉を勧めた。おお、何故、追加トッピングという禁断の果実をあなたは食わせたのか?)
神様に対する多大なる風評被害。
これには思わず神も呆れ顔 (のはず)。
そして、この時、七星は天啓の如く理解した。
『ああ、この人。お金がないんだな。コンビニATMに行くとか、友達に借りるとかそういうレベルでなく、お金がないんだな』
と、細胞レベルで理解した。
さて、この女、どうしてくれよう?
これでも七星は鬼ではない。
かつて女性にこっぴどくフラれた過去を持つが、基本的に女性には優しい。
実家の仕事が原因でいじめられたり、臭がられたりしたこともあったが、それでも優しい。
とっくに『この七星慎之介、容赦せん!』とか言ってしまう性格に豹変していてもおかしくなかったが、とにかく優しい。
でも、本当は、実のところ七星はただのビビリであり、相手に対して強い言葉が使えないヘタレである。
そうなると進退窮まってしまうのは七星も同じ。
「「………………」」
そんな二人の状況を打開したのは意外なこの男の一言。
「飲食店でお金が払えない客がやることなんてアレが相場でしょ~?」
マサシだった。
だが、この男、志織に金が無さそうなことを確信犯的に分かっていながら、替え玉を勧めている。
勧めたと言っても、それは直接的ではないが、だからこそ志織には効果的であるということを確実に分かっていてやった男である。
「……アレ?」
「そうそうアレのこと」
懐疑的な声色の七星。
そう、七星はマサシが基本どういう人間であるか知っている。
奴は大手証券会社の元エリート営業マン。成績は部内でもかなり高かったらしい。優秀賞を何度かとったこともあるとか。
ただし、彼の趣味がアレだった。趣味、ラーメン屋巡り。
それだけなら、ありふれた趣味だが、やり方がマズかった。
マサシという男は営業外回り中に店という店を巡り歩いていたのである。しかもそれは必ず写真を撮ってブログにアップされていた。
で、それが上司にバレた。
簡単に言ってしまえば、マサシはものごっすい勢いで仕事をサボってラーメンを食べていたことがバレたのである。しかも証拠写真付きで。
結局、彼はブログよりも先にリアルが炎上して退職することになった。
なんでもイスラ〇ルに飛ばされそうになって逃げだしたとか……
ラーメンのない国はノーセンキュー。
そんな彼のブログは七星の店にも多くの新規客を呼び寄せてくれたし、自身も足しげく通う太い客になった。
そのことには七星も感謝している。
ただし。そう、ここで『ただし』という接続詞が付いてしまうのがマサシという男。
彼のお蔭でやってきた客の多くは『ラーメン豚』を自称してしまうようなラオタばかり。
もともとマニア受けするきらいがある七星の店だったが、『ラーメン豚』が店内に群れることで完全に女性客が逃げ出すという現客層を作った戦犯もまたマサシだ。
信用ならない。とまでは言わないが、進んで彼に頼りたくないとは思ってしまう七星である。
「アレ?」
「そうアレ!」
ニヤニヤと笑うマサシ。
嫌な目をしている。お節介焼きのアイツが『こいつはくせえ!』と叫びそうな目である。
それでなくても七星は今回、「こってりしたトンコツ食ってねえなぁ。ちょっと、シンちゃん唆してくるっ!」とツイッターで呟いたマサシにいいように唆されていた。
だから、七星はマサシの答えの続きを聞きたくない。
「あの……『アレ』ってなんですか?」
だから、それは志織が聞くことになった。
「そうそう。古今東西、メシ屋でお金が払えない人がすることと言ったら『皿洗い』だよ!」
≪おまけ≫~極トンらーめんができるまで~
「なあなあ、シンちゃん。ドロッドロッのトンコツが食べたい」
「ん~? 家系っぽい?」
「もっとドロドロ」
「なんだよ、ソレ。需要狭すぎるだろ?」
「そうかぁ?」
「そうだよ。匂いがきついトンコツなんてギャルがみんな逃げるわ!」
「へ~あ~そう。知らないの~」(ギャルとか死語だろ……)
「なんだよ? もう騙されないからな? これ以上、変なラーメンは作らないからな?」
「ん~『南国フルーツらーめん』のことをまだ根に持っているのか? あれ、ネーミング最悪だけと意外とウマかったんだけどな~。マンゴーがいい味だしていて……」
「やめろ~南国フルーツのことはもう止めてくれぇぇ」
「我ら『ラーメン豚、地雷処理班』が責任もって完食したじゃないか?」
「だからだよ! スイーツ系に群がる男たち。女性客がみんな逃げたんだからな? 女子高生に写メとか撮られたんだからな?」
「よかったじゃないか? キミの目指すモテモテだぞ?」
「アレ絶対ネタだからね? 100パー怖いもの見たさだからね?」
「まあまあ……そう、その女子高生なんだよ!」
「な、なんだよ?」
「そう、女子高生の間でトンコツラーメンがブームなのさ」
「ありえない!」
「まあまあ、落ち着け。そもそもトンコツは言われるほど不健康じゃない。トンコツ臭さが敬遠されてきただけさ」
「じゃあ、ダメじゃないか」
「それは昔の話。昔のラーメン屋はトンコツの下処理も管理も適当だったからな」
「確かに、あのブンブン臭いのは俺もダメだな」
「そう、そういう刷り込みもあって避けられていたんだが、最近見直されてきたんだよ」
「う~ん。にわかに怪しい」
「本当だって。お前も聞いたことあるだろ? 『コラーゲン』あれがトンコツには大量に含まれているのだ!」
「まあ、確かに……正しくはある」
「さらにな? 良質な背脂は美容にも効果があるとか」
「それはダウトだろう」
「いやいや、顔とかお肌がツヤツヤになるのだ」
「テカテカの間違いじゃないのか?」
「元首相と同じ苗字の主人公の女子高生ラーメン漫画にそういう記載があった」
「と、いうことは?」
「それを読んだ学生たちがホイホイっていうわけだ」
「マジかっ?」
「おう、早くしないとブーム過ぎちゃうぞ? ホイホイだぞ?」
「そ、そうか?」
「ああ、シンちゃんよ。こういうのは先駆者が一番儲かるもんだからな」
「うむ、了解したマサッちよ。トンコツラーメン、なんとか明日の夜には用意しよう」
「うむ。それぐらい早ければ大丈夫だろう」(うわ、釣れた。チョロいな)
「だが、マサッちよ?」
「ん? なんだ?」
「その理屈が正しければ、俺たちもすでにお肌ツヤツヤの美顔男子になっているのでは?」
「まあ、コラーゲンだとか言っても医学的な根拠はないからな」(いや、お前はそもそもの顔面の造形が……)
「そんなもんか?」
「そんなもんさ。これが現実さ……」
おまけを後書きに入れるか、本文に入れるか悩みました。ただ、字数を考慮して読み始める人もいるかと思い、今回は本文側に入れてみました。
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