まだまだぁぁぁ、俺の和え玉はここからだぜッッッ!
客商売を続けて長いと、いろんな人に出会う。クレームも受ける。
内容は千差万別。
足らないと言われたり、はたまた多すぎると言われたり。スープが欲しい。チャーシュー増やせ、替え玉は無料にしろ……
理不尽に憤ったり、図星をつかれて凹んだり、まあいろいろだ。
ただ、それでも……これはない。
ラーメン食って、『腹減った』は人としてありえない。
「……………………」
微妙な沈黙。麺を茹でるお湯だけが、我関せずとグツグツいっている。
ついでに隣の席ではマサシの野郎がつっぷして笑いを堪えていた。
できることなら、自分もそっち側(笑う側)に座りたい。
しかし、残念。ここにはカウンターという客と店主を隔てるベルリンの壁があるのだ。
革命でも起こらんもんかね?
ともあれ、私は店側の人間。
相手がどんなに残念な方であろうとも、誠実な対応をしなくてはならない。
誠実さ。それは働く上で最も重要なファクター。
それなくして、客商売はありえない。故に、
「も~しわけありませんでたぁぁぁ!!! すぐにおかわりをお持ちしますッッッ」
バカだと思う。うん、これはバカだろう。
なにクソ真面目に対応しているんだと思う。
だが、その真っ直ぐに向き合う真摯な姿勢こそが、客の不満を打ち砕く!?
「――ブホォッ! ゲホォ、ゴホゴホッッッ」「ちょ!? シンちゃん、これはひでえ」「てめ、おま……あ、だめ、ゲホォ、ゴホォォォッッッ!!」
痛恨の一撃。周りの客の腹筋を砕いてしまった!
特に、マサシの野郎は鼻から麺出して、涙目でイスから転がっている。
お前、自重しろよ。あと汚い。
「いえ、別にそこまで気にしてはおりませんので……」
妙な空気を取り繕うように女はそう言った。
だが、この女性はもう少しいろいろ気にした方がいい。
自分の発言とか、カロリーとか、美容とか、あとついでに和え玉の料金を払っていないこととか。
こういうのは注文とともに追加料金を払うか、ものが来てから交換で払うかが相場だ。
まあ、一見さんなので最後にお会計と思っているのかもしれない。
(極トンらーめん代700円は最初にもらっているけどね……)
思う所はあるが、ここは気にするまい。相手もまた気にしないと言っているのだ。
「ズビ、ズビ。ズゾゾォォォーー! ふう、ゴホゴホ……」
あの野郎 (マサシ)はカウンター下からティッシュを見つけてきたようだ。
壮絶な音を立てて、鼻をかんている。
俺の店では足元の荷物置き場にティッシュを備え付けてある。
だから、使うのは構わない。
だが、客はお前だけではない。もう少し音を自重しろ。
それと、鼻かみ終わったティッシュ。それ絶対、丼ぶりに入れるなよ?
ぶっちゃけ後処理が面倒くさい。あと、汚い。
そんな俺の厳しめな視線にマサシがニヤリとアイコンタクトを返す。
そのドヤ顔は「大丈夫。俺は分かっているぜ?」と言わんばかりだ。
うん。もちろんコイツは絶対に分かっていない。
「お待たせしました。追加の和え玉になります。ごゆっくりどうぞ」
例のラーメン食ってお腹が空いてしまった女性に、おかわりを渡す。
彼女は『待て』の命令を解除されたかの如くがっつく。
俺の言葉の後半部分は聞こえてなかったらしい。
その時だった。
格ゲーにするなら、『今だッ! キラッッッ‼』みたいなカットインが入ったであろう。
「すいません。マスタァ~。追加トッピング、ほうれん草と焼き海苔でぇ!」
マサシだった。
オイコラ、誰がマスターじゃ。俺はラーメン屋のオヤジじゃい。
タッパーから出したカット済みほうれん草は軽く麺茹でのお湯で温める。
海苔はコンロで軽く炙る。そのままでもいいんだが、一応『焼き』海苔だからね。
得意げな『フッ(ニヤリ)』と言う顔で、小皿のほうれん草と焼き海苔を速攻で丼ぶりにぶっ込むマサシ。
ああ、海苔のパリパリさんよ。短い命でした。
しかし、それで正解。
ほうれん草と海苔をドロドロスープと絡める、搦める、よく和える。
そのスープ滴るソレを一口にパクリ。
海苔は麺と一緒にズルリッ!
――ああっ……たまらんぜよッッッ!!
涙して喜べ。それはスープと絡み、それぞれの風味を引き立てるベストパートナー。
焼き海苔&ほうれん草。
その濃厚トンコツスープと彼らの相性は家系ラーメンで既に証明済み。
こんなことで驚いては彼等から、「それは我々が○○年前に通過した場所だッッ!!」と怒られてしまうことであろう。
それくらい基本。『海苔、ほうれん草+トンコツ=ウマイ』はラーメン学の基本公式。
必然、この組合せがウマイことは当たり前過ぎるくらい当たり前なのだ。
そして、そんなマサシを見つめる野生児一匹。
「あ、アレください! あと、おかわり」
まだ食うかこの女。とは、思っていても言ってやることなかれ。
誰しも『ウマそうオーラ』にやられてしまうことはあるだろう?
「お待たせしました。こちら和え玉、ほうれん草、焼き海苔になりま――」
聞いていない。『ニャッハァァァーー!!』と飛びつき、食らいつく。
その美味しそうに食べる笑顔はネコ科の動物に見えないでもない。
ただし、子猫のそれではなく、ライオン、ジャッカルの類である。
「っと、マスタァ……そろそろ『アレ』! いいかな?」
さらにたたみかけるマサシ。
ん? アレ? あ~ハイハイ……
マサシのシャカシャカのジェスチャーで気づく。
俺は調味料の棚からアレを取り出し、小瓶に投入、『シャカシャカヘイっ♪』してマサシに渡す。
一応、ティースプーンも添えたのだが、野郎は豪快にビンから直でぶっかける。軽く麺と和えて……
――ズゾゾゾ~~~ジャリジャリジャリ……
『食べるラー油(自家製)』である。
よく揚げたスライスニンニク多め、油分と辛さ控えめの食べるニンニクラー油は、ふりかけのようなサクサクとクリスピーな食感を与えてくれる。
その組合せはラーメンでなく油そば、まぜ麺的な発想。
若干ジャンク感が増してしまうが、そんなの『食いたくねえなら食うな。俺は食べるけどね』と言わんばかりの暴力的、ジャイアン的理不尽な魅力が超越する。
無論、この状況、この場面で、あの女が我慢できるわけがない。
それはさながら『待て』をされた飢えた犬。隣には美味そうにメシを食う別の犬。
そいつは『あれ? お前食わねえの?』と言う視線を向けて、また食べに自分の器に顔を戻すのだ。
オイコラ、ふざけるな、私にもソレ――
「和え玉ひとつッ! 私にも『食べるラー油』!!」
堕ちた。バカ犬、一匹釣れました。




