そうだ京都に行こう(その2)
一行は京都を抜けて、阪急嵐山線で嵐山に向かう。
そして、やはり、なんというか……案の定だった。
「ちょっと、なんでアンタはもっと、こう、普通の道を歩けないの?」
志織の文句も当然、七星の案内で歩いている場所は、一般観光客が通る道を外れ、藪というか林の中にある獣道みたいな道を進んでいた。
こんな所になにがあるというのだろうか? 少なくとも、携帯の電波はあるので、遭難だけはしないだろうという悲しいほどレベルの低い安心感だけがあった。
「ゼーハーゼーハー」
マサシ君は先程からヘバッている。
かく言う志織もだんだん足が重たくなってきて、膝やふくらはぎに痛みを覚えるようになってきていた。
「お~い、お前ら大丈夫か~」
「あの、そろそろ休憩いれましょうか?」
気に入らないのは、この二人。
七星のバカは、私と年もあまり変わらないだろうに、慣れた様子でヒョイヒョイと先を進んでいく。実際、ラーメン屋は終始、立ち通しの作業だ。体力がなくては務まらないのだろう。
一方の雪那ちゃん。『年齢の差こそが戦力の決定的な差だ』と言わんばかりの体力差だ。
七星の袖を摘まみながら歩くという歩きづらい歩き方なのに堪えた様子がぜんぜんない。
本人には嫌味など全くないようだが、自覚もないその様子が志織にとっては最高に面白くなかった。
とは言え、雪那ちゃんに当たるわけにはいかない。
なので、若い女の子と一緒で嬉しそうな七星に「ロリコン、変態、援助交際、美人局、ハニートラップ……」などと呟き続けることで、私は元気を出すことにする。
へ、へ、へ……せいぜい罪の意識に苛まれるがよい。
が、嫌そうな顔をしながら、それでも雪那ちゃんから離れない七星。
なんか、妙にイライラする。一体、私はどうしてしまったのだろうか? 分からない。
『時を置けば、釣られてやって来た有象無象に喰われることになる』
でも、何故か唐突に、予選で出会った佐々木の言葉が志織の脳裏をよぎった。
七星が? あの常識知らずで、遠慮がない七星が?
私のような可愛い女の子を女とも認識していないような七星が?
『早いところ手元に押さえておくべきだということさ』
「何よ、それ……私が完全に出遅れたみたいじゃないッ!」
本当にムカつく。
七星のバカは、雪那ちゃんにはデレデレなのに、私には全然そんなの素振りも見せない。
自分はアイドルなのに。
「なんでよ、バカ……このロリコンッ!!!」
雪那とくっつく七星を見て、どうして彼女はそんなにイライラするのか?
その重要な気持ちの部分に、志織はとうとう最後まで気づかないでいた。
≪食材2~スモークチキン~≫
怒りに身を燃やす志織はとにかくとして、「ヒューヒュー」と危険な息をもらすマサシがいよいよヤバイと思い始めてきた頃、七星は目的地についた。
そこは、何やらあちこちに肉が吊るされている地元の漁師小屋みたいな手作り感溢れるウッドハウス。
「よう! 珍しい客だな。何年ぶりだよ、オイッ!?」
出てきた男もまた『熊に間違えられて撃たれても仕方がない』というような見事なモジャ男。
「オッス! 今日はチキンを貰いに来たんだが、すぐ出せるかい?」
「なんだ、突然来たと思ったら、忙しい男だな。まあ、在庫ならすぐ出せるが、ちょうど今燻しているのがある。ちょっと、待てるか?」
今回もまた地元の同級生みたいな扱いで背中をバンバン叩かれる七星。
自分や志織を含め、なんで、こんなマニアックな人材からはよく好かれるのだろうか。
この半分でも女性から好感度が得られたら、今頃、七星は嫁なし彼女なしではなかったに違いないと思わずにはいられないマサシだった。
時間がないと渋る七星であったが、足が痛いと駄々をこねる志織によって、一行は少し休憩を入れることになる。
「年なんだよ」とぼやいて殴られる七星。なるほど、だから彼女がいないのか……
まあ、もちろんマサシとしてもありがたい。帰りは下りとはいえ山道だ。休みも入れず歩きなどしようものなら、すぐに足がオシャカになったに違いない。僅かでも回復に努めようと中で腰を下ろすことにする。
そのまま、スモーク工程を見学させてもらう七星、雪那ちゃん。
その瞳はいつになく真剣に見えた。
いつもそうなのだ。
どんなにふざけてヘラヘラしている時でも、この男は麺茹でと食材を目利きする時だけは、目がマジになる。
そして、絶対外さない。
そして、面白いのが雪那ちゃん。この子も真剣な目でスモーカーを眺めていた。
どこまで分かっているのだろうか? ただ、ここまでの一件で、彼女の舌はかなり正確であることが分かっている。
そんな彼女は、これを見て何を思うのか。興味は尽きない。
「なあ、ヤマオさん? 使ってるのは『ぶどう』のチップ?」
「いえ、七星さん。メイプルの木では?」
「ほ~う、七星んところの倅はともかく、嬢ちゃんも分かるのかい? 両方正解。いくつか自分で混ぜて使ってる」
自分には全く分からない。
多分、食べれば美味しいということは分かるのだろうが、チップの僅かな違いまでくると、それはもう趣味の領域ではなかろうか?
「他には、ウイスキーオーク、みかん、オレンジペコの紅茶の葉をブレンドしてある。っと、嬢ちゃん。もう少し離れてな? 匂いがついちまうぞ」
「なんだよ。俺はいいのかよ?」
「あんたはもうちっと煙の匂いでも付けてた方がモテるんじゃないか? ちょっとした気づかいだ」
「ハッ……余計なお世話だ。お前にゃ言われたくねえ!」
「ほ~う、そういうこと言う奴には出来立てのベーコン出してやろうと思ったんだが、やらねえっ!」
じゃれ合う男二人をニコニコと眺める雪那ちゃん。
そんな雪那ちゃんを眺める俺、マサシ。
ふと思ってしまったのだが、まさか雪那ちゃんは『腐』の属性持ちでは?
肉は腐りかけが旨いと聞くが、女は腐っちゃダメだ。その道はいけない。
「ホレ、味見だ。食ってみな?」
ヤマオさんがカットしたベーコンの欠片を振る舞ってくれた。
ただし、カットしたのは七星。コイツ、どこ行っても料理させられているな……
さっそく、一口。
「~~~~っっっ!!?」
一口して、理解した。
ぜんぜん違う。
今まで、自分が食ったことあるベーコンとは全然違った。
旨みの濃度が、味が全然違う。肉を3倍に濃縮しているように濃い。上質な脂と赤身の旨みだけを集めたかのような味わい。
なのに、全くしつこくない。サラサラと清流のように口の中で脂が溶け、スモークの優しい香りだけが最後まで余韻として残る。
そのままで、この香りだ。
これで炙ってしまったら、どうなってしまうのか?
「はい、お待たせ~! 火は勝手に借りたよ~」
七星慎之介。やっぱり、ヤツはやらかした。
そして、この男は『ウマいとは何か』を知っている。
パチパチと皿の上でも、魅力的な音をたてるベーコン。
厚切りのソレを、軽くふーふーして口に入れる。
「――!? と、とける……!!?」
肉が溶けるのではない。
肉の旨さに自分の方がとろけそうになるのだ。
「んんんん~~~~♪」
雪那ちゃんと志織さんもフルラウンドまでボディを打たれまくったボクサーのように腰砕けになっている。
「……今回、コイツを使ってやれないのが残念だ」
七星をして、そう言わしめるだけのものが、このベーコンにはあった。
が、チキンもまたベーコンに負けていない。
香りからして普通のチキンと違う。ニワトリとフェニックスぐらい違う。
いや、それは違い過ぎるだろ!? そう思うだろ。
本当に別物なんだよ、これが!?
ちなみに、スモークチキンは、七星が在庫の方から(勝手に)出してきた。
いいのだろうか? これは商品なのでは?
と思ったが、カットされてしまってはしようがない。ありがたく口に入れさせてもらう。
果たして、その味は――
「今日から、俺……チキン野郎になるっ!!?」
そういう味だった。意味が分かんないと思う。俺も分からない。
俺の知っている鶏は、こんなにジューシーで旨みがあって、香り高く、口の中でほろほろ崩れたりしない。
ただ、一つ確実に言えることがある。
これを使ってラーメンを作ろうなどと考える七星の奴はバチアタリだと俺は思うんだ。
七星の過去、登場人物たちの心境の変化、そのあたりはまだまだこれからと言った感じですが、そのうちじっくり物語に絡ませていきたいと思っていたり……
まだ、プロットもないんですけどねぇ。先の長いハナシです。




