暴言
塩道美雪は、この『食材縛り』における見えない縛り。
言わば、『第二の縛り』があることを見抜いていた。
人はなまじ選択肢があると、そこから選ぼうとする。
『どちらか』と言われると、二つのうち片方を選んでしまうことがほとんどで、第三の『その他』という選択肢が見えなくなるのだ。
これはセールスなどでもよく使われる手法だ。
例えば、Aという高価な絵画をまず顧客に勧める。
当然、客は手が届かない。
であればと、ここで手の届く価格であるBというポストカードを勧める。「量産品ですが、こちらも同じ画家さんが手掛けたものですよ」と言って。
こうして、客はBというポストカードを買ってしまうのだ。
実のところ、このセールスマンは、初めからBのポストカードを売るつもりだった。
でも、初めからBを勧めては誰も買ってくれない。
だってそうだろう? 今まで、ラノベやマンガのオマケについてきたポストカード。
そのうち何枚ちゃんと使ったことがある? 今、家の中には何枚捨てずに残っている?
だから、普通は自分でそれを買おうと思わない。
だが、ここで『買わない』という第三の選択肢を選ばせないから、この手法は有効なのだ。
こういった一種の思考誘導トリック的な観点から考えると、『ここ』は非情に悪辣だ。
大掛かりなスタジオ、たくさんの観客、テレビカメラと誰もが知る有名人たち。
さらに、その場でいきなりお題を与えておいて、明確に示してこそいないものの、ここで決めねばならないと時間を区切ってきている。
これだけ思考を制限する舞台装置が揃うとなると、これはもはや劇場型詐欺の会場にも等しい。
そうなると新しいラーメンを創るのに必要な柔軟な発想は生まれてこない。
見たところ対戦相手はその罠に見事に引っかかっていた。
彼はあと一手で墜ちる。
このあと、彼は自分がさっき指摘した通りに『煮干し』か『削り節』を外してくるだろう。
それで、270対260と自分を僅かに上回る。
だが、そうなったら自分は迷わず、具材のエリアから『メンマ』と『海苔』を外す。
これで、得点は270対300。
そうなると『昆布』をキー食材に置いている彼は、『鶏ガラ』か『煮干し』ないしは『削り節』のどちらか残りに手を出さざるを得ず、ここに彼の思い描く『魚介と鶏ガラのダブルスープラーメン』は崩壊する。
他愛ない。彼の敗因はただ一つ。
若かった。ただ、それだけ。
見たところ彼は二十代前半か?
ひとまわり以上も年が離れた自分に挑むには、彼はまだ若すぎたのだ。
彼はひたむきにラーメンの道を進んできたようだが、いかんせん視野狭窄が酷すぎる。
世の中で一流と渡り合うために必要な『人生の経験値』がまるで足りていない。
だが、致し方ないとはいえ、勝負の世界で私は容赦しない。
だから、もう一度言おう。
彼はあと一手で墜ちる。
「ガサツな男などという人種には、一生かけても美味しい『塩ラーメン』は作れません!!」
そう言われた時、七星の頭の中で何かが音を立てて弾けた。
「……一生かけても?」
実力が足りないというなら構わない。
センスがないというなら仕方ない。
だが、努力することすら否定することは何人たりとも許さない。
常に虐げられてきた自身の下克上の人生の中で、それを否定されては生きる道をなくすというもの。
それだけは認められない。
「一生かけても無理なら、アンタのいう『男の一生』って何なんだよ!!?」
これは七星の信念だ。
決して、譲れない何か。
「そうか、そうか、そういうことか!? だったら、いいだろう……
俺は今から、『塩』を外すッッッ!!!」
暴挙にでた。
今、七星には『塩』も『醤油』も『味噌』もない。
どうやって味をつけるというのか。
『塩』『醤油』『味噌』なしに『塩ラーメン』『醤油ラーメン』『味噌ラーメン』は成立しない。
そんなの湯豆腐を豆腐抜きで作れと言われているようなものだ。
「審判っ!!? 一つ確認したい。
例えば、ラーメンの麺や昆布などの海産物のダシには塩分が含まれるわけだが、『それもなし』などとは言わないよな?」
その七星の一括に、審判としてここにいる某有名フードコンサルタントの男は、焦ったように番組ディレクターと、彼と一緒に並んで立っていた東方テレビ局長の南条に視線を送る。
ニヤリと笑って、『やれ』と合図を送る南条。
「だ、大丈夫です。食材に含まれる塩分は『塩』に含みません! あくまで固形の塩です。ただし、『塩麹』や『塩レモン』、こういった塩と名の付くような調味料は禁止とさせていただきます」
「そうか。なら構わない。さすがに麺まで抜きではラーメンは作れないからな」
そう言って、ここで本当に七星は『塩』を外してしまう。
「あ、あ、あ、あり得ないことが起こりました! なんということでしょう、ここで七星選手、食材から『塩』を外してしまいましたッ!!!」
「私はこのセリフを何回言っているのでしょうか? いや、言わされているのでしょうか。
七星慎之介ッ!!! お前の母ちゃんは、どうして貴様に『常識』というたった二文字の言葉を教えてこなかったッッッ!!!」
誰しもが動揺を隠せない会場。
ここまでの縛りポイント、実に290対260。
これは既に番組も想定していなかった。
誰も思いつきもしなかった。
こうして物語は既定路線を超えていき、筋書きのないドラマとなって動きだす。
最近、ブクマとか少しずつ増えてきて嬉しい。
ポイント=作品の価値ではないのは自分でも分かっているつもり。
でも、点数増えると認められたような気がしてしまう。
すまん。俺、結構単純なんだ……




