決着
「さあ、ここで七星選手、3杯追加。これで90杯! ジワリ、ジワリ、トップ佐々木に近づいてくるぞ!?」
「はい、この終盤で、この仕事。彼はラーメン職人として、そうとう鍛えられていますね!」
「そうです! 何故これほどの料理人が今日まで無名だったのか!? 我々、メディアはこのような男を見逃していたなどと、何をやっていたのか!」
「はい、それも今日までです! これより、我々は! 世界はッ! この若きラーメン職人を括目することでしょう、なんとここで92杯ッ!!!」
盛り上がる実況、白熱した一騎打ち。
必死に追走する七星。しかし――
「97!」「98!?」「99………」
「100ぅぅぅーー!!! やはり、予選一番通過はこの人。佐々木小次郎だぁぁぁ!!!」
「さすが、今大会ナンバーワン優勝候補! 圧巻! 終始ペースを崩さずトップを走り続けました。
魚介のサムライは、現代においても強かったぁ!!!」
第4ターム33分と20秒。
開始から通して2時間48分で、佐々木は予選突破となった。
――プゥゥゥーー!!!
ここで、第4ターム終了の笛。
七星は結局この第4ターム、97杯。あと3杯足りないところで終わった。
≪ラーメン『燕屋』≫
「100杯突破です! 佐々木選手おめでとうございます!」
祝勝ムードの『燕屋』。この熱い戦いの勝利に歓喜で沸いていた。
ただ一人、この男を除いて。佐々木小次郎。
「では、第5タームも営業続行でお願いします」
――!?
やって来ていた大会スタッフに驚きが奔る。
なぜなら、大会のルールでは、予選突破したブースはそのタームが終了した後で、そのまま自分のブースの営業を続行するか、終了するかを選ぶことができる。
この場合、佐々木は間違いなく営業終了すると思われていた。
だって、そうだろう。
もし、この第5ターム、営業続行などして七星のブースに追い抜かれでもしたら、せっかくの完全勝利にケチがついてしまう。
ならば、ここは早々に暖簾を下げて、高みの見物と洒落込むのが得策。
理外の選択。
だが、佐々木は揺るがない。
「ええ、まだまだ食べたい客がいる。まだまだ出せる店がある。
なら――やる! そうでしょう? それとも、この第4タームで試合終了なのですか?」
「い、いえ……続行します」
思わぬ気迫にただ頷く大会スタッフ。
彼は佐々木を舐めていた。佐々木という漢のその信念、姿勢、その心意気を。
佐々木小次郎にとってラーメンをつくることは、仕事ではない。
人生を活きるということだ。
『ワーク』ではなく『ライフ』なのだ。
「な~に、ここでキッチリ勝ち切って、格付けも済ましちまおう……そういうことだろ、アンタ?」
そんなこと腹の底から知っていた妻、美和子は、僅かに疲れを見せつつも笑顔で小次郎の胸を叩く。
少し痛くとも、心に気持ちいい、愛する者とのそんなやりとり。
「ああ、いつも無理を言ってすまない。よろしく頼む、美和子!」
笑いながら、拳を返す小次郎。
「おっと、アンタがやったらセクハラだよ!?」
「あれ!?」
が、それはヒットする直前に躱された。
こうして、試合は第5タームに突入する。
「さあ、ラスト第5ターム! 泣いても笑っても、ここでゲームは終了となります!」
「はい、大会運営よりお知らせします。会場の皆様、これが最後のタームとなります。皆様におかれましては、お食べ逃しがなきよう、最後までお楽しみください!」
「さて、ここで大会運営から最後のサプライズ!
もっとラーメンを食べたいという皆様! 我々は運営よりもう一枚、食券を配布する許可を得てきました」
「はい、追加食券希望の方は会場受付までお越しください! 係りの者が配布致します」
「それでは最後の45分になります」
「では、どうぞ第5ターム開始いたします!」
ついに始まった、七星VS佐々木小次郎。第5ラウンド。
決戦の時。
≪ラーメン「 」≫
「麺の硬さ、『普通4』『カタ3』『ヤワ1』!」
「――ッ! 麺は6玉までしか一度に茹でられない! 『ヤワ1』、『カタ3』から対応する。『普通』の人はちょっと遅れる!」
「了解! 大丈夫、茹で具合によって順番が前後するって、伝えてある!」
「応ッ! 頼んだ!」
≪ラーメン『燕屋』≫
「オーダー通すよ! 『ヒヤ4』、『アツ2』……その後、『ヒヤ3』『アツ3』で入るよ!?」
「了解!『冷や盛り4』『熱盛り2』確認! 『熱盛り』から先にでる! 準備して!」
「了解! トッピング準備完了。氷、補充、いきます!」
一進一退の両者。
「さあ、ここで七星選手のラーメン「 」、100杯突破。予選通過となります!」
ここで、開始5分。100杯を突破する七星。
しかし、会場の注目は、そこにはない。
皆の注目は七星と佐々木。
若きラーメン職人、二人の対決の行方にあった。
ジリジリと近づく七星。猛然と逃げる佐々木。
その差は縮んだり開いたりを繰り返しながら、時間だけが刻一刻と減り続けていく。
≪ラーメン『燕屋』≫
「チャーシューブロック残2! 在庫なくなります!」
「チャーシュー了解! ……残り時間、もつか!? 美和子ォ! 待ちの人数確認お願い! これ出したら、残20!」
「了解! アンタ、ここまできたら売り切りなッ!」
≪ラーメン「 」≫
「シンちゃん! 洗い場一旦ケリつく。トッピング入るかい!?」
「頼んだ! もうこのあとは、出した丼ぶりが試合終了まで返ってこない。ジャスト全部使い切ってラストスパート賭けるぞ!」
「了解! 補充行って、すぐトッピング入ります!」
「サンクスッ!!」
マサシは本当によくやってくれている。
志織も本当に頑張ってくれた。
慣れなくてきつい仕事に対し、これだけ必死になってやってくれた。
それだけで、七星としては心から二人に感謝したい。
ありがとう。
そして、七星は目を閉じる。
――プゥゥゥーー!!!
「試合しゅ~りょぉおぉ!! 135対128!!!」
「この対決、勝利を決めたのはラーメン『燕屋』店主、佐々木小次郎だぁぁぁ!!!」
悔しくはある。
反省点は多い。自分には至らないところだらけ。
心には苦さが残る。
ただ、恨みのような黒い感情はなかった。
「……勝ちたかったな」
それだけが心残りだった。
予選通過者、二名。一位、佐々木小次郎。二位、七星慎之介。
こうして、B会場の予選は幕を閉じた。
予選としては、これで終わりですが、二章はあと2話続きます。




