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イケメンよりもラーメンがモテる素晴らしき世界  作者: 一之太刀
開店 ~ラーメンコロシアム編~
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七星と志織(その2)

 20××年。世界は変わった。

 男が外で稼ぎ、女は家事をして家を守る。そんな時代は終わりを告げる。

 今や好きな男のために女も働きに出るのは当たり前。

 だからこそ、女はかわいいだけでチヤホヤされる。などということはなくなったのだ。

 それが共通認識になっていた。




「ありえねえっ! んのジジイ、あいつぜって~あたしの胸見て落としやがった……」


 うら若き乙女……と言うには、少々(そうとう)野太い声を女は吐き捨てる。


 瞬間、平和な町の大通りにギクリと緊張が奔る。


 ちょうど横にいた通りすがりの若い兄ちゃんなど、ものごっすい勢いで『サイドステッポォ!』と横に退いていた。

 見た目、ソフトモヒカンなバリバリイケイケのアンちゃんが、である。


 だが、そんな彼女を罵ることなかれ。彼女もまた世間の荒波の犠牲者なのだ。たぶん。

 

 彼女の名は東雲志織。

 そろそろ少女と呼ばれる時代に終わりを告げられそうな年頃である。


 しかしながら、それでも志織の職業はフードアイドル。例え、その実年齢が何歳であれ、美少女と呼ばれなければいけない。


 何で? 聞いてくれるな諸君。それは彼女が『アイドル』だからだよ。


 とはいえ、そんな『アイドル』な彼女にも時間は平等に時を刻む。

 アイドルの周囲だけ時の流れがよどみ18歳~25歳くらいの間はずっと『ハタチ』などということは起こり得ない。


 故に、志織は焦っていた。


 同期である水瀬水面は、今や日本を代表するフードアイドル。あちこちの番組からジャンルを問わず引っ張りだこ、テレビのチャンネルを1から12までまわして映っていない方が珍しい……


 方や、我らが東雲志織はテレビ出演など数えるほど。それも地方局。

 そして、それすらもなくなり今や誰も聞いていなそうな時間のラジオ番組にゲスト出演がせいぜいだ。


 東雲志織は思考する。


 わたしはどこで間違えたのか? 


 いやいや贔屓目に見ても、私の顔は整っている。胸は小さいが、良く言えばスレンダー。十分に美少女と言っていいだろう。

 それを自分で言っては、うぬぼれと思われるかもしれないが、そのくらいのうぬぼれ無しにアイドルは名乗れない。


 勉強もした。かわいいだけでは『アイドル』にはなれても、『フードアイドル』にはなれはしないのだ。


 料理に対する確かな知識。常に変化し続ける食材相場に対する注意力。そして、それ以上に破天荒な世間のグルメブーム。

 それらを網羅し、扱えて、初めて『アイドル』は『フードアイドル』になれるのだ。

 と、これは私の持論。


 だからこそ、高校卒業と同時ではなく、キチンと専門学校で勉強した上で、満を持してデビューした私は絶対的に正しい。


 可愛くて、なのに賢いわたし♪

 そんなわたしは、みんなのアイドル☆

 のはずだった……



 そもそも『フードアイドル』とは何か?


 それは美食評論家ともフードコンサルタントとも微妙に重なりつつも異なる、いわば歌も踊りもしない『ただ食べるアイドル』として、飲食店を流行らせることが仕事なのだとされている。


 起源をたどれば、その最初の一人はとある大食い女王であったらしい。

 彼女のその食べっぷりは世界中を魅了した。それは、彼女がたくさん食べるからではない。彼女がおいしそうに食べるからだ。


 俺も、私も、それ食べたい……世界中の視聴者たちがテレビの向こうで唾を飲む。


 当然、番組放送後、後日、その店はにぎわった。

 だって、あの人、あんなにうまそうに食っていたんだもん……自分も食べてみたいじゃん。

 

 こうして、フードアイドルという新たなジャンルが誕生した。


 評論家のように「美味しい」とコメントし、コンサルタントのごとく店を流行らせる。

 しかし、その実、やっていることは、ただ美味しそうに食べるだけ。

 

 それがフードアイドルだ。


 そう言った意味で、東雲志織はフードアイドルとして、そのニーズに対し、正しく的を射ていて、根本的に的外れであった。


 彼女はその店の料理を評論家顔負けの弁舌で『どうおいしいか』語った。そして、店をコンサルタントも真っ青のアドバイスで流行らせようとした。


 だが、それは致命的にアイドルではなかったのだ。

 こうして、彼女は失敗した。




 失敗した時は、いつものあの店に行く志織。

 それが彼女のスタンダード。


「へい、らっしゃいっ! ラーメン一丁。麺の硬さはどうしましょう?」


 やはり、金が無い時は大盛り無料の店でラーメンを食うに限るよね。


 ラーメンなら、寿司、蕎麦、フレンチ、イタリアンなどとは違って無尽蔵にお金がかかったりしない。味良し、量良し、価格良しで、トータル的に見てコスパ最高。


 ただし、その発想が既にアイドルではない。


「麺硬め、油ギタギタ、味濃いめ、あと麺の量はギガ盛りで!」


 何とも男前な注文。ギガ盛りは普通の店の4玉ぶんに相当する。

 当然、それを頼む客は稀だ。


 しかし、オフの時は美容に気を遣うのが、アイドル。

 油ギタギタ、味濃いめをギガ盛りで食う女がアイドルでいいのか?


 正直、それでアイドルを名乗れる根性が、彼女の持つ一番の才能だと思う。


「ハイ、ラーメンギガ一丁、硬め、ギタギタの味濃いめ。注文は以上で?」


 やってきた溢れんばかりの大盛りの器を、志織は慣れた手つきで溢さぬようにかき混ぜる。

 タレが下に沈んでいるここのような店では、天地をひっくり返すくらいに混ぜないと味が均一にならないのだ。


 そして、おもむろにおろしニンニクを投入。勢いよく食べ始める。


『ああ……チクショー。ウマいっっっ!』


 空きっ腹に、この濃口アブラはなんと暴力的なのか……


 山のようにあったあのギガ盛りが見る見るうちに高さを減らしていく。


 三分の一まで減ったところで(それでも普通の一人前分くらいはある)、さらにそこから味変。

 またもやニンニク、プラス豆板醤、軽く胡椒を振って、ラー油をまわしかける。


「にゃっはっは……これよ、これ!!」


 もはやジャンクを超えた不健康極まりない何か。


『だがな? これがウマいんだよ』


 まったく、どうしてか、困ったことに、身体に悪いことは分かっているのに……


 どうしても、これがウマいのだ。


 ざわざわしているが、彼女は周りの視線を気にしない。

 注目されるのはアイドルの宿命。致し方なし。

 と、思うことにする。


 こうして、志織は最後に水を3杯飲んで、十分に腹を満たしたところで意気揚々と席を立ち、店を出ていくのであった。(ちなみに、このラーメン屋は食券制。会計は大丈夫)

 

「おい、あの人ニンニク5杯も入れてたよ……」

「つか、あの量を普通に食いやがった……」

「うわ見て……食べ終わった丼ぶりの底。油が溜まってる!?」


 食べ終わった器の写メをとる者、噂話をする者、SNSで呟く者。

 後の店内には、ただ余韻のようなざわめきだけが残されていた。


 東雲志織。やはり、彼女はアイドルとして致命的に何かを間違えている女だった。


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