トラブルシューティングゲーム
「さあ、第4ターム開始です。ここで皆さんにお知らせします。運営委員の判断により、ここで皆様には食券を新たに一枚追加配布致します。ご希望の方は会場受付までお越しください。もう一度、申し上げます――」
白熱するラーメンレース。
ここに来て会場は、新進気鋭の天才ラーメン職人、佐々木小次郎と突如現れた謎の絶品ラーメン職人、七星慎之介の一騎打ちの様相を呈していた。
が、ここで一つの事実。参加者は食券を三枚までしか渡されていない。
つまり、8店舗あるうち3店舗を選ぶ必要がある。となれば、これは軽々に選ぶわけにはいかない。
客の出し渋りが生じるのである。
その空気を察した大会側は、ここにきて食券追加配布を敢行。
大会、ひいては番組盛り上げのため、客の購買意欲を煽ってきたのだ。
こうして過熱した熱気は限界を超え、遂に危険な領域へと突入する。
そう、各ブースの限界を超えて――
≪ラーメン「 」≫
「マサシ、新しい麺箱二つ、足りないトッピングの補充を頼む!!」
「――――ッ!」
「無理か……麺箱だけでいい。至急ッ!」
ここにきて、ついに人手不足のもたらした不安要素が牙を剥く。
『燕屋』の追撃に加速したい七星であったが、ここでペースダウンを余儀なくされていた。
「マサシは洗い場に回って。あと、トマトとチャーシュー、バジルを奥から持ってきてくれ!」
ここで七星は一つの決断をする。
食器や食材の補充がおぼつかないとみた七星は、マサシを後方支援に徹してもらうことに決めた。
これ以上の無理は提供のスピードのみならず、ラーメンそのものの品質にまで影響するという判断からである。
現に、許容範囲内ながら、マサシの仕事には雑さと乱れが見えていた。
だが、七星にとってマサシを前線から外すのは苦渋の決断。
「すまない。了解した……だが、これくらいなら大丈夫じゃないか?」
マサシもまた分かっていた。
と、同時に、その決断は佐々木との売り上げ競争において一歩引いてしまうということを意味するのだと。
『大丈夫さ。チャーシューのかたちが、ちょっと崩れたくらいじゃ、お客さん文句言わないよ……』
心のどこかで、悪魔が囁く。
『ちょっとくらい』『そのくらい』『バレない』『気づかない』
それは悪魔の言葉だ。
人を甘美な誘惑でもって、堕落へと導く。
佐々木に勝ちたい。世間に自分のことを認めてもらいたい。
その欲求は自分にもある。
それは確かに、無理すれば追いつくことはできるだろう。
それでも――
品質第一。顧客優先。
料理人として揺るぎない信念を以って、七星は悪魔と決別する。
「――いや、マサシはよくやってくれている。だから、洗い場を頼む」
「そうか。分かった……」
これは彼の意地だった。
いいだろう、認めよう。
ラーメン屋など安い商売だ。安い食材をあれこれかき集めて創った一杯たかだか数百円の大衆料理。
だから、自分のラーメンが安っぽい料理だと思われることは構わない。でもな、
――それでも俺のラーメン職人としてのプライドは、断じて安くないッッッ!!
「…………よしっ……」
心を決めれば、行動までは一瞬。
現状の補充不足の状況下で、それでもオペレーションを回せる回転の流れを即座に構築する。
七星のラーメン作成手順は、
タレを入れる、スープを入れる、麺を入れる、具材を乗せる、香味油をかける
の五工程。
そのうちの四つ目、『具材を乗せる』工程に改変を加える。
七星のラーメンのトッピングはフルーツトマト、チャーシュー、生バジル。
乾燥を避けるため、数ロットごとにカットしてマサシに補給していたそれを、七星は、つどカットしてトッピングすることに決めた。
≪ラーメン『燕屋』≫
対する佐々木小次郎。
こちらは七星のブースよりも一人多く、また人員を店で普段から働いている者の中から、自分が直々に選抜して連れてきたため、補充、仕込みの手は十分だった。
しかもいざとなれば、行列整理に回っている妻、美和子を厨房に持ってくるという手もある。
並み居る客に対してすら盤石の布陣と言えた。
しかし、それは人員という面に限る。
「麺3丁、あと2分! 氷の補充、急いで」
「ヘイ、氷追加、了解! お待たせッ!!」
なぜか、ここで氷を補充したサポートの人間が下がらない。
常ならば、すぐに自分の仕事に戻る場面なのだが?
「すいません。氷の在庫、無くなってきました。製氷が追いついてないっス」
「――――!? なぜ、もっと早く言わなかった……」
「すいません。気づいたのが今で」
「……分かった。何とかする」
怒ったところでしょうがない。
気合いで氷を作れなどと言っても、それは土台無理なハナシ。
佐々木は、これまでの自分の経験から、無数にある対応策の中で有効なものを抽出する。
一つ。冷やす氷の量を減らす。
これはナンセンスだ。キンッと冷えた麺だからこそ魚介のキレは際立つ。
ぬるいつけ麺など佐々木にとって、溶けたアイスに等しい。それだけはできない。
一つ。容器に水を入れ冷凍庫で追加の氷を作る。
これも無理だ。小さい容器では現状、痛み止めにもならず、大きい容器では凍るまでの時間がまるで足りない。
ならば、外へ氷を買いに行かせるか?
これも危険だ。大会の運営に外出の許可を求めるとなると時間がかかるし、最悪、営業続行不可と判断されれば、リタイアの可能性すらある。
表情だけは静かなまま、しかし背中からは冷や汗が流れる。
だが、ここで終わるほど佐々木小次郎という男の引き出しは浅くなかった。
「……ヨシッ! 分かった」
佐々木は麺を冷やす氷水の横に、水が入ったバケツを用意する。
一度、常温の水で茹でられた麺の粗熱をとり、冷水で冷やす手段にでたのだ。
これにより消費する氷の量を削減することに成功していた。
そして、もう一つ。
「大会運営委員の方? どうせなら『あつもり』も出そうと思うのだが、いいだろうか?」
つけ麺、あつもり。
これは通常の冷たい麺に熱いつゆで食べるスタイルとは異なり、熱い麺に熱いつゆで食べる食べ方。
その最大のメリットは、つけ汁が麺によってぬるくならないこと。
また、麺、つゆともにアツアツだからこそ味わえる風味というものもある。
「……ええ、構いませんよ」
はたして許可は簡単に降りた。
これは、味付けそのものには手を加えていないという審判の判断であり、一度、七星側には麺の茹で具合の変更を認めるとした以上、ここで却下するのは不公平感を抱かせかねないという思いもあったのだ。
「美和子! お客さんの中で希望者には『あつもり』で対応するとアナウンスしてくれ!」
「なんだいアンタ今さらかい? いいよ、アンタがそれで行きたいならそうしなッ!!」
すぐさま声をかけた美和子から威勢のいい言葉が返ってくる。
「アレ? 反対はしないのか?」
意外な返事に、思わず疑問を覚える。だが、
「なにさ、アンタに惚れちまった以上、最後まであたしはアンタについて行くよ!!」
「~~~~っ!?」
かわいい妻、美和子の想像の外からの切り返しに、ついつい顔を赤らめてしまう小次郎。
なんともこの二人、似たもの夫婦であった。
こうして、両名は限界を乗り越え、試合は終盤へと向かっていく。
二章も佳境。こういった試合形式で書くと、内容的に味バトルではなく、仕事バトルになりますね。
書いていて、初期の構想からは、だいぶ大きく内容が変わっていたりします。