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イケメンよりもラーメンがモテる素晴らしき世界  作者: 一之太刀
二杯目  醤油ラーメン 達人向けの逸品
18/59

竜虎相搏つ

「さあ、ここで第2ターム終了! このタームでは大きな変化がありました。なんと第一ターム終了時では一強独裁と思われていた『燕屋』を、今大会初出場、無名のラーメン「   」(ナナシ)が猛追。凄い勢いで販売数を伸ばしております」


「そうですね~。先のアピールタイムのパフォーマンスが良かったのではないでしょうか。アレは本当にウマそうでした」

「はい、ここで各ブースの販売数をお知らせします。一位はやはり『燕屋』35杯! 圧倒的です。そして、二位には恐ろしい追い上げを見せるラーメン「   」18杯。一時期は25杯差あったのですが、それを見事に縮めてきました。これは今後の展開から目を離せませんッ!」




≪ラーメン『燕屋』≫


 会場に響く実況アナウンス。


 確かにこのような状況になることを想定していなかった佐々木だが、だからと言って、彼にできることは少ない。

 そもそもラーメン屋にできることは即ち『ラーメンをつくること』。

 これ以上のことは何もない。

 ただ、泰然とラーメンを茹で続けるのみ。


 そんな佐々木の吹っ切れたような冷静さは、ブース全体に伝播していた浮ついた空気を払拭させていた。


 冷静に考えれば分かること。

 たとえ隣が猛烈な勢いで販売数を伸ばしていようと、別に自分の店の行列が途絶えた訳ではないのだ。

 ならば、今は並んでいる客に少しでも早く品を出すのが先。

 何のことはない、普段の『燕屋』とやるべきことは同じなのだ。


 今回、チーム『燕屋』の基本戦略は『この行列をつくる。そして捌く』。

 これだけだ。


 では何故、自分の店の許容限外を超えて行列をつくるのか。


 理由その1。行列そのものに宣伝効果があるから。

 なぜなら客は、店の前に並ぶ行列を見れば、『ああ、この店は流行っているんだな』と分かる。行列に並んででも買い求める客がいる。それは、穿った見方をすれば、目で見てわかる品質保証なのだ。


 理由その2。生産が安定する。

 これはどういうことか? それは、行列状態とは需要が供給を上回っている状態に他ならない。つまり、設備フル稼働の状態で、常に料理人は調理をできるということ。

 この状況は作ったり、休んだりといった波がなく、ある意味では安定していると言える。補充さえしっかりしていれば、むしろ管理は楽なのだ。

 現に、佐々木のブースの麺茹で機は一度に6玉茹でられるが、これをフル稼働させることによって、ある一定のリズムで客に品を提供することができている。

 

 こういった効果を求めて、意図的に行列を作ろうとする店は多い。

 例えば、『店内の座席の数を減らす』、『調理スピードを落とす』などの方法が挙げられる。こうすれば、客の回転効率は落ち、結果、行列が生まれる。


 酷いところでは、事前にサクラを雇ってわざと行列を演出することもある。

 それは行き過ぎな気がしないでもないが、それでも行列効果がある一定の成果を上げていることは事実だ。


 ちなみに今回の佐々木は二番目の『調理スピードを落とす』に該当する。

 極太麺を選択した佐々木は普通のラーメンの麺に比べて茹で時間が極端に長い。結果的に、他店よりも行列が生まれやすい状態になっている。


 無論、佐々木の場合、『つけめん』ありきで戦略を練り始めたのであって、行列を作るという目的からメニューを逆算したのではないことについては、ここでキチンと言及しておく。


 彼はこのような小細工を好まない。

 常に、自分の持てる力を最大限に発揮しての真っ向勝負が、この男の身上だ。


 さて、ここまで行列におけるメリットについて語ったが、当然、デメリットも存在する。

 それは、とりもなおさず『行列は客を待たせている』という事実である。


 誰しも『長いこと待たされてから食べる』と『すぐに食べられる』の二択なら、後者を選ぶであろう。

 みんながみんな、行列に並んででも食べようなどとは思わないのである。


 事実、『燕屋』に並ぶ長い行列を見て他店に流れた客がいることは確かだし、回転が速そうな七星の店に『燕屋』の行列の後半部分の人間が何人か流れてもいた。


 これは『美味しいものが食べられるなら多少待たされても仕方ない』という許容範囲の広さと、『ダイヤが一分でも遅れるとイラッとくる』という時間の厳格さを合わせ持つ日本人の性格の二面性を現した一例であると言えよう。


 ともあれ、こうなってくるとペースを上げられないチーム『燕屋』の不利は否めない。


 だが、よく分からない無名のフードアイドルの宣伝と七星の個人技に頼って明らかに無理をしている向こうの勢いがそのまま続くとは思えない。


 であればこそ、自分は当たり前の仕事を当たり前にこなす。

 きっと、その時、俺たちは勝っている。


「信じろ。俺はそういうラーメンをつくってきたはずなんだ」


 だから、ここは平常心。

 背中を追われる佐々木たちにとって、この時ばかりは、我慢の時間帯と言えた。




≪ラーメン「   」(ナナシ)≫


 一方の七星。

 こちらは最大速度での生産を続けていたが、早くもそのペースに陰りが見え始めていた。


 その原因は作業量の過多。


 具体的には客の食べ終えた器を洗うために、マサシがラーメンの具材を乗せるトッピング作業から抜けることが多くなったことによる。

 それらは七星が引き継ぐことで、最大限ペースを落とさないように維持し続けているが、他のフォローに手が回らなくなってきたのは事実だ。


 現に今も、直近の問題にはならないが、具材の補充が行き届かなくなってきている。

 だが、これはいずれ確実に爆発する爆弾。

 何とかしなくてはいけない。


 なのに、今の七星には何も手を打てずにいる。

 なぜなら、その原因は、元をたどれば『人手不足』という個人の努力だけで、どうこうできる問題ではなく、店としての構造的な問題に起因するからだ。


 想定の甘さに歯噛みしたくなる七星であったが、今はそんなことをしている場合ではない。


『このままでは追いつけない……』


 何とかこのタームまでに売り上げ数を一桁まで縮めたい。

 そうでなくては、ペースを落とさざるを得ない後半、次のタームで『燕屋』を差しきれない。


 冷静に状況を読む七星。

 だが、現状では自分とマサシは手一杯。ならば、


 ここは東雲さんをつかうッ!


 瞬時に、七星は動く。


「東雲さん! ちょっとすまない。今度から客に『麺の硬さ』を聞いてくれ。『硬め』、『普通』、『やわらかめ』の三種で頼む。できそうか?」


 何と、常識のあえて逆を行く。手順を減らしたり、簡略化したりしにくるのではなく。

 逆に増やした。


「え? 私はいいけど、アンタができるの? 今でも手が離せないんでしょ?」

「大丈夫だ。麺を茹でるということに変わりない」


 手間でないのかと心配する志織に、事もなげに頷く七星。

 このフルキャパシティの環境下で、このあたりを当然と頷く七星はやはり非凡と言えよう。


 だが、七星にも一つ思惑があった。


 『硬め』『普通』『やわらかめ』の三択なら、大体の客が『硬め』か『普通』を選ぶ。

 それがラーメン界の顧客心理というもの。


 ならば、トータルで平均すれば茹で時間が短くなるということでもある。

 あえて手間を増やすことで、時間を短縮する。

 逆転の発想である。


 そもそも七星にとって茹で具合を気にすることなど手間とは微塵も思わない。

 『常にお客さんにとって最適な茹で具合でラーメンを作る』など七星にとって、ラーメン屋として『当然のこと』と思っていた。


 ならば、何のことはない。


「……分かったわ。お客さんに硬さの好み聞いてくる」


 不安はあるが、「やる」と言い出したのは向こうなのだ、と反対の声を飲み込む。


 どのみち七星が潰れれば、このチームは終わり。これは七星の闘いなのだ。

 ならば、外野は黙って、ただ七星に賭けるのみ。


 志織は腹をくくり、客に向かって走り出す。




 こうして客からは見えない水面下の激闘での中、第3タームは幕を閉じる。


「な、何ということでしょうか!? ラーメン「   」の猛攻によって始まったこの第3ターム。ついにトップ『燕屋』との差を12杯まで詰めてきました。現在、『燕屋』81対「   」69杯。ともあれ、これで『燕屋』は目標数100食に対して王手をかけてきたことになります」


「そうですね~。ですが勢いは依然ラーメン「   」! もう、こうなってくると次の展開はまったく読めません」

「あ~ここでまさかの解説放棄!? あなたは本当に自分の仕事を理解しているのか~!」


 思わぬ実況のツッコミで会場に笑いがあふれる。



「………………」


 しかし、その中で七星だけは苦い表情で自分の店の売り上げ数を眺めていた。


 どうにか二章終了までは、一日二話投稿でいきたいと思います。


 加速した勝負はアツいうちに見ていただきたい。

 オーバーペースは承知ですが、ここは一気に駆け抜けます。

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