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イケメンよりもラーメンがモテる素晴らしき世界  作者: 一之太刀
二杯目  醤油ラーメン 達人向けの逸品
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反撃の狼煙

「お母さん? ねえ、お母さん、どうしたの?」


 それは今回、親子で参加した審査員の一組だった。

 本来、子供をしっかり見ているべきであるその瞳は舞台中央のある女性に注がれていた。


「ねえ、お母さ――」


 子供もまた母の視線をたどって気づく。

 舞台の上で、一人の女性が鬼気迫る勢いでラーメン食っていた。


――ズゾゾゾッ! ズゾゾゾゾッッ!!


 圧倒的迫力。

 舞台を見守る者もただ通りがかった者も、誰しもが視線を逸らせずにいた。

 いつしか観客の足は止まり、口は閉じられ、体は動くことをやめた。


 あんなにがっついて食べる姿を美しいとは断じて言えない。

 女を捨てているとしか思えない表情をかわいいとは微塵も思わない。

 なのに、その女は今、舞台上で誰も見たことないほど輝いていた。


――ゴクリッ。


 彼女がスープを飲むたびに、チャーシューを噛むたびに、客席からツバを飲む音が鳴る。


『本当に美味そうだ……』


 この瞬間、志織を除く全ての者の心が一つになっていた。

 そして、こう思う。


『それに、なんて嬉しそうに、幸せそうに食べるのだろう』


 彼女にあんな表情をさせるラーメンとは、いかなる味がするものなのだろうか。

 観客は皆、凝視する。そして、


 アピールタイム開始から2分07秒。器を置く。

 東雲志織、イカ墨トマトラーメン完食!


 そして、それは観客にかけられた魔法が解ける時間。

 今、夢から覚めたように現世に意識が戻る。


 会場の時が再び動き出した。


「あ、あの……まだ10秒残っていますが……」


 思い出したようにマイクを向けてくる司会者。


 あのラーメンはどんな味だったんだろう。気になる。

 会場が再び注目する。


 が、そんな司会に彼女は、


「ゲフゥゥゥーー」


 幸せそうに、満ち足りた表情で大きなゲップをもらした。


――ピィィィーー!


 そこで、あろうことかまさかの時間終了の合図。


 結局、感想は聞けず仕舞いに終わる。

 その時、会場の心は再び一つになる。


『ああっ!(私も、俺も、僕も、)アレ食べたい!!!』




 今、会場に大きな流れがきていた。


 それは七星が起点となり、マサシが煽り、志織が呼び寄せた大きな流れ。


 会場の空気が変わった。

 七星は、それを肌で感じていた。

 ステージの方で何かが起こった。そして、それは間もなくこちらにやってくる。


 数秒後。目に見えぬはずのその流れは、客の足音と共に、人の流れによって可視化され、やって来た。


「イカ墨トマトラーメン、一つお願いします!」

「ラーメン二人前で」

「ここって大盛りできますか?」


「はい。少々お待ち下さい!」


 即座に戦闘開始。七星は迷わずフリザル全てに麺を叩きこむ。

 テーブルにはいっぱいに並べられた丼ぶり。計六人前。そこにタレを投入。

 先の先にある工程を踏まえ、トッピングを乗せやすいようにスタンバイ。

 タイミングを見計らって、スープを各うつわに注ぐ。


――ピッ……


 ここで、麺茹でのタイマーが鳴る。

 が、瞬間、止められる。


 麺茹で時の七星の体内時計は恐ろしいまでに正確だ。

 彼は普段からタイマーを必要としない。

 どんな忙しい時でもピシャリとその時間だけは守る。


 ここからは時間との闘い。

 鋭く湯切って、流れるように器に投入。軽く箸でほぐす。


「マサシッ!!」


 七星の声にマサシが具材を乗せていく。


「熱いのでお気をつけてお持ち下さい」


 トッピングが終わった二杯をマサシが提供。

 そこでマサシは目を見張る。


 いつも間にか自分の仕事を終えた七星が逆側からマサシのトッピング作業をフォロー、否、既に終えていた。

 しかも、マサシが行ったトッピングよりも断然にこちらの方が美しい。


「これ出したら、すぐに次の器並べて」


 言葉がなかった。

 動揺を隠せぬままマサシは、言われるままに、お客さんへラーメンを出していく。


 恐るべき七星の作業速度。


 彼はまったく無駄なく自然に全ての作業をこなしていた。

 特に急いだ様子はなかった。だが、彼は圧倒的に速かった。

 何故か。一言で言うなれば、それは洗練されていたと言うべきか。


 手の動き、足の運び方、目線、おそらく意識に至るまで、彼には一切の無駄がなかった。


「………………」


 すげえものを見たと思う。

 マサシは昔、まだ学生の頃、飲食店でバイトをしていた経験があった。そこでは学校を卒業するまで4年間働いた。

 簡単なオペレーションなら誰よりも速く回せるようになった。その事実はマサシの中で僅かながら確かな自信を形成するに至っていた。


 だが、それも今、微塵も残さず吹き飛んだ。

 バイト時代、会社に入ってからも、こんなスゴイ奴見たことがなかった。

 

 これが本物。


 それがまさかこんな所にいたとは。

 普段、自分と陽気にダベりながらラーメンを作っている兄ちゃんと同一人物だとは夢にも思わなかった。


 初めて知った。この男がこんなにカッコいい仕事をするのだと。

 目から鱗が落ちた気分だった。


 そして、マサシは漠然と思う。


 ああ、これが職人芸ってやつなんだな、と。




≪おまけ≫~Lord of the RAMEN 女王(東雲志織)の帰還~


 それは東雲志織がアピールタイムを終え、こちらに戻ってくるまでの間の僅かな時間。


「なあ、アイツ、ちゃんと残さず食ったと思うか?」


 怒りモードから通常モードに戻った七星は、いつもの自信のない状態になっていた。


「まあ、大丈夫! そこはホラ、うちの方でうまくやっといたから。うん、あの子はシンちゃん(唆す)よりもかなり楽だったよ?(あの子、マジチョロインだわ~)」

「ん? 今何か、聞き捨てならないことを言ったような……」

「いやいや、気のせい。それより、早くお客さん来るよ! 準備して!」

「…………?」(釈然としない表情)


 何か思う所がないでもない七星だったが、マサシの言うことももっともかと思い、仕事に戻る七星。


 心の内ではかなり失礼なことを考えていたマサシに気づかない。

 もし、これを神様が空から眺めていたら、こう言うに違いない。


『おまえ、それでいいのか七星!? チョロ過ぎるぞ七星!!!(笑)』


 ただし、七星には神通力などない。当然、神の声など聞こえなかった。


 と、ここでマサシはもう一つ重要なことを伝え忘れたことに気づく。


 そう、志織のアピールタイムの前に『「かわいい」とか「上手い演出」とか、そういうの君には期待してないからby七星』と勝手に七星の名前を語って書いたボードのことだ。


「うん、気にしないことにしよう」

(だって、シンちゃんが東雲さんにシバかれるのは確定しているし)

 

 真犯人のくせに他人事なマサシであった。



 その後。


「いや~、これはまた凄い勢いで食べてきたみたいだね」


 顔にイカスミの黒が点々と残る志織に、のほほんと宣う事情を知らない七星。

 対して志織は、


「ええ、もう何も怖いものはないわ」

「――――ッッッ!?」


 ブラック契約を交わした某魔法少女バリに吹っ切れていた。


 ただし、その姿は『恥じらいを捨て、この俺も魔法少女になることができたわぁ!!(北斗キャラ風劇画タッチ)』とか言ってしまいそうなくらいヤバイ何かだった。


 この時、唐突に、何故か七星は死んだ婆ちゃんの顔を思い出した。(命の危機)


「ま、待て!? 話せばわか――「死ね」ギャァァァーー!!!」


 制裁はここに成された(濡れ衣)。

 七星の職人技キッチンタイマーの部分は実話が元になっています。人間の感覚って凄いもので、世の中にはそういう奴がいるんですよね~

 と、今回は料理人のスキルについても言及してみました。


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