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イケメンよりもラーメンがモテる素晴らしき世界  作者: 一之太刀
二杯目  醤油ラーメン 達人向けの逸品
14/59

ON FIRE!!(オン ファイア!!)

 第1ターム終了。45分経過。

 これから各ブースは持ち時間3分のアピールタイムに入る。


 元来、これは互いに競い合うブース同士の戦いを盛り上げる演出なのだが、早くも一強独走であるこの状況が、会場の売り上げ競争レースをつまらないものにしていた。


 トップのラーメン『燕屋』は初回からアピールタイム参加を放棄。

 客を呼ぶどころではなく、自分の店の行列を処理するだけで精一杯。


 だが、その事実がステージに登った選手たちを負け犬の集まりのように見せている。

 居酒屋の客引きなどでよくある話だが、精力的に客引きをやっていると逆に、あの店は客引きが必要なくらい客がいない。つまり、大したことのない店なのだろうという逆効果の印象を与えてしまうアレである。


 こうなると不思議なことに、本当は『燕屋』だけが8ブース全体の中で一人個別行動をとっているというのに、なぜか他の全員が『燕屋』からハブにされているようにすら感じさせる。


 そんな状態では、人の心を揺さぶるようなアピールなどできるわけもなく、客の拍手もまばら、ステージも盛り上がりに欠けていた。


「麺工房――さん、ありがとうございました。次はラーメン――さん! アピールをお願いします」


 先程まで熱狂的に騒いでいた実況も真面目な司会者へいつしか転向。

 どことなく規則に従ってプログラムを進めさせられているようなやる気のない雰囲気すら見せている。


 こうして、各ブースのアピールタイムは粛々と進み――


 そして、ついに七星たち、ラーメン「    」(ナナシ)の順番がやってくる。




 遡ること10分。


「なあ、シノノメさん? ちょっとステージ行って、コレ食ってこい!!」


 私、東雲志織は突然、七星からとんでもないことを言われた。

 目の前にはホカホカ熱々のラーメン。

 確かに美味しそう。


「でも、時間が足りないわ! 持ち時間は3分しかないのに説明しながら食べながらじゃ絶対に無理よ!」


 私にはフードアイドルとしての心得がある。その私から見て、この短時間にラーメンを一杯食べることは不可能である。

 それでなくても、これはイカスミラーメン。

 真っ黒な口のまましゃべるわけにもいかない。アイドルは、そのあたり口を拭いたり、黒くなった歯や舌を見せないよう気をつけたりといろいろ難儀なのだ。


「大丈夫。お前なら食いきれる」

「ちょっ!? 何それ――」


 やれと押す七星。当然、嫌だ。アイドル人生終わってしまう。

 私はアイドル。コメディ路線で売っていく気はない。


「っと、すみませ~ん! そろそろアピールタイムの時間なんでステージの方に来てください!」


 と、ここで互いにクリンチしたボクサーを引き剥がすように割って入る大会スタッフ。この男、なかなかに押しが強い。


「あっ、ちょ!? 待って、押さないで! え~コレどうすんのよ――」

「あ~すいません。もう時間押してるんで、急いでくださ~い」


 番組スタッフとして、男は海千山千の猛者のようだ。遠慮がない。強引に連れ去られてしまう。


「そうそう……一つ言い忘れてた」

「?」


 引きずられながら離れていく私に、ニヤリと意味ありげに笑う七星。

 こういう顔の時、この男はろくなことを言わない。短い経験でも分かってきた私。ちょっと、身構える。


「スープ一口分でも残したら、今日のまかない抜きだから!」

「!?」


 何ということ! それでは私が飢えてしまうではないか!?




 こうして、話は冒頭に戻る。

 ステージの上で私は丼ぶり抱えて突っ立っていた。

 ちなみに私の順番はまだなのでステージ上といっても脇の方で待機だ。


 そして、ここまで来て気づく衝撃の事実。


 私、何も準備してきてない。

 昨日、あんなに写真撮りまくって作ったパネルもブース裏の荷物置き場。

 何という大ポカ!


 だが、私は気づく。ここにないなら、持ってきてもらえればいい。

 アタマイイ私! よ~し、呼ぶぞ~マサシく…ん……

 

『麺は予め硬めに茹でてある! 伸びる心配は大丈夫だから』


 頼みのマサシ君は何か妙なメッセージボード掲げていた。

 それを見た周囲の客は苦笑。

 私は恥ずかしさのあまり真っ赤になって目をそらしてしまった。


 いや、それではダメだ私。どうにかしてパネルを持ってきてもらわねば。

 

 再度、マサシ君と目が合ったので、ブンブンと首を振り(そういうことじゃなくて)、私たちのブースを指さし(ブースから)、四角を書いて(パネルを)、丼ぶりを持ち上げる(持ってくる!)。


 コクリと頷くマサシ君。


 ああ、通じた……思えば、私たちは今、初めて心が通い合った気がする。


『大丈夫。キミなら二分くらいで食いきれるから!』(マサシボード)


 ダメだった。


 お~~~いっ! ふざけんじゃねぇ! このままだと私、舞台の上でさらし者の刑だぞ。やめて。マジやめて。


 悶える私。それを見たマサシ君、何かをカキカキ……


『大丈夫。美味しいリアクションとか、ラーメンの解説トークとかいらない!』


 は? 何それ? アピールの時にアピールしなくて何するのよ!


『「かわいい」とか「上手い演出」とか、そういうの君には期待してないからby七星』


「………………」


 正直、『イラッ☆』っときた。

この私に向かって、あの男は…あの男はぁ……


『残したら、今日からまかない抜き!!』(マサシボード)


――ぷちっ


「……………」


 やってやろうじゃねぇか、この@:ぇ「f*#%ぁ!!!!(←志織覚醒!?)




「では、次のブースからラーメン「   」(ナナシ)さん! どうぞっ!!」


 舞台中央に進む私。ズシッ、ズシッと踏みしめながら進む私。そう、今の私は、

 もう何も怖くない!!!


「いや~先程から、ずっと気になっておりました。これが例のイカスミラーメンですか? 先程からずっと食べたそうにして身悶えていましたからね――「ギロリッ!」ヒイッ! では、アピールタイムお願いします!!」


 私の形相(びぼう)にビビったのか、いきなり開始を宣言する司会。

 高速で時を刻み始めるタイマー。


 だが、舐めるな。この程度の不意打ちで、この私が後れを取るものか!


 瞬きの間に、割り箸を割り、次の瞬間には私はもう麺をすすり始めていた。


――ズゾゾゾッ! ズゾゾゾゾッッ!!


 遅い、遅い、遅過ぎるぞッ!!! 今の私にはタイマーの(とき)が止まって見える!


――ズゾゾゾッ! ズゾゾゾゾッッ!!


 猛烈な勢いで麺を吸い込む私。それは、さながら丼ぶりの中に生じたブラックホール。

 今の私にライバルはただ一人、『ダイ〇ン』、テメエだけだッ!


――ズゾゾゾッ! ズゾゾゾゾッッ!!


 その志織の食べっぷりに、会場はいつも間にか静まり返っていた。

 誰も私語をしない。司会も今やマイクを握って棒立ち。

 皆が、彼女の食べる姿に魅せられていた。


 そんな凍り付いた時の中で、私だけが等速で動くことができる。


 極限までの集中状態。


 いつしか、私は全てのしがらみを忘れてひたすらラーメンを食べていた。


『ああ……おいしい……幸せ……』


 いつの間にか忘れていた。

 アイドルであること、アピールしなくてはいけないこと、残したらまかない抜き。


 今はただ、少しでも多くこの幸せを感じていたい。


 だが、それも長くは続かない。


――ゴッゴッゴクッ!!!


 抱えていた器からスープがなくなる。

 もっと食べていたいのに……

 これなら私はずっと食べていられるのに……


 だが、それも仕方がない。

 幸せはいつまでも続かないから幸せなのだ。


 東雲志織、イカ墨トマトラーメン2分07秒、完食。


 私は司会の兄ちゃんから水を一杯もらって一息つく。


「あ、あの……まだ10秒残っていますが……」


 思い出したようにマイクを向けてくる司会者。

 そんな彼に私は、


「ゲフゥゥゥーー」


 盛大に大きなゲップをしてやった。


 仕方がないでしょう?

 だって、今の私には、この胸に宿った幸せな気持ちを語り得ないのだから。




「ふぃれの上で……何すか、それ?」(後輩)

「いや……(読み仮名振っておこう……)」(俺)


 これはですね。前回のサブタイトルの『チーム七星』から通して二つ合わせて一つの文章に――

 分かりにくいですか? 格好つけたい年頃なんです、すみません。



 二郎では『ニンニクマシアブラマシヤサイ』がジャスティスな自分。

 でも、最近は健康のために『ヤサイマシ』もするよ!

 このオーダーの難点は後日、会社や学校がない金曜の夜にしかできないこと。


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