その太刀は先陣を切る
会場にゴングの音が鳴り響く。
抽選で選ばれた審査員150名は一斉に会場へなだれ込む。
まず、彼等を迎え入れたのは、各ブースから吹きつける圧倒的な香り。
魚介、トンコツ、鶏ガラ、香味野菜の香り。
皆、一様に意識を乗っ取られたかのごとく、フラフラと歩く。
向かう先は各ブース。
迎え撃つ店主たちは一斉に麺を茹で始める。
さあ、試合開始だ。
さて、ここで再度、予選のルールについて説明しておこう。
とは言っても、基本的なルールに変更はない。販売数100食で予選突破であることは変わりない。
曖昧だった部分を補強して、追加のギミックをいくつか設けたぐらいだ。
それは以下の通り。
◎試合時間はターム(45分)で区切られる。各タームが終了した時点で次のタームに試合が続行されるかは大会管理委員によって決定される。
◎各タームの区切りでは、各々のブースからアピールタイムを設けることができる。(3分程度)これは強制ではないので、利用しなくても構わない。
◎100食を達成したブースはターム終了時に営業を続行するかどうか決められる。また、スープ切れなどで営業続行が不可能と判断された場合、その時点で営業は終了となる。その後の再開は認められない。
◎各審査員に与えられた食券の数は3枚。食券は各ターム終了時に大会管理委員によって追加配布するかどうか決められる。
◎各審査員はそのブースでのラーメンを完食しきった時点で、そのラーメンのレビューを書くことができる。評価点は1~5点。コメントは100字まで。
(評価後の変更は可能、また運営の判断でコメントは削除することができる)
◎各審査員の下した評価点と現時点での販売数はリアルタイムで各ブース及び正面電光掲示板に強制的に表示される。コメントについては要所にある電光掲示板、本大会ホームページから閲覧ができる。
その他、『食事は全てセルフサービスで、食べ終えた後の器は所定の返却口に戻すこと』『外部から持ち込んだゴミは~』などと、客に対するマナー的な内容が続く。
さて、こうして始まった予選であるが、まず最初に飛び出したのはやはり佐々木小次郎の店『燕屋』。
無論、客たちの下馬評や店としての知名度もあるが、何より彼らを引きつけたのは暴力的とも言える魚介の香りだ。
カツオ節、サバ節、マグロ節、そして煮干し……
これらは強烈に絡み合い引き寄せられた客の胃袋を掴んで離さない。
その名も『魚介ブシ道ラーメン~つけめんの太刀~』。
その味は、太刀を自称するだけあって魚介のキレが凄まじい。
だが、それだけではない。というより、そんなものは序の口。
それを口にした客は皆一様にこう思う。
『――深いッッッ!!!』
そう、幾重にも折り重なった魚介の旨みのつゆは決して何口食べようと薄まらない。
表層的なカツオ節などの香りに、皆引きつけられがちなのだが、それだけに終わらない。鼻で嗅ぐだけでは分からない舌の奥、胃袋の方まで味わなければ分からない何かがあるのだ。
答えはスープではなく、タレにある。
カツオ節、サバ節、マグロ節、煮干しを使用したスープに対し、タレは魚醤、昆布、そして『うるか』を使用している。うるかとは鮎の塩辛である。
これらの発酵調味料、熟成された旨さが、食べる者に深いコクと強いヒキを与えているのである。
だが、それは誰にでもできることではない。
特に、うるかなど、言ってしまえば塩辛である。それを熱いラーメンに入れるなど下手をすれば、生臭くなって食べられたものでなくなる。
しかし、一手間違えてしまえば悪臭にしかならないこの劇物を『クセになる味』に変えてしまうあたり、佐々木小次郎という男が如何に非凡な料理センスの持ち主であるかが覗えるといえよう。
無論、それだけではない。スープにもちゃんと工夫は凝らされている。
スープの各種魚節類。これらはよくスーパーなどで売られている薄削りのいわゆる『カツオ節』だけでなく、『厚削り』も使用されている。
パッと見の表層的な香りなら断然、薄削りが秀でているが、厚削りには厚削りにしかだせない奥深い旨みとコクがある。
何度つゆにつけようが薄くならない所以である。
そのあたりの削り節の厚みを幾重にも変えてくる技は『つばめ返し』の佐々木小次郎の真骨頂と言えよう。
それだけこの佐々木小次郎は、佐々木小次郎のラーメンは、他のそれとは隔絶したものがあった。
「何ということだぁぁぁ! さすがは魚介の名店『ラーメン燕屋』、格が違う。開始数十分で20杯を売り上げ、さらに行列は伸びていくぅぅぅ!?」
会場正面、特設ステージでは司会(実況?)の人が大きな声で叫んでいる。
さらに、それに釣られる客たち。
まさに行列が行列を呼ぶ展開となっていた。
こうなると、他ブースにおける被害は甚大。
顧客のことごとくを『燕屋』に奪われた他ブースには人通りも少なく、果てには開始早々にして閑古鳥が鳴くがなく有様だった。
さらに都合が悪いのは今大会採用されたレビューシステム。
『燕屋』のラーメンを食べた者はこぞって高得点をつけていた。
それを見て興味を惹かれる顧客たち。
「ああっと、これは早くも勝負あったかぁ~!? ラーメン燕屋、行列を伸ばし完全独走態勢だぁぁぁ~!」
さらに煽っていく実況。
これには他の店主たちも、ため息をつき、首を振るばかりだった。
だが、それをよしとしない男がいた。
七星慎之介である。
彼は『常識』、『限界』、『才能の差』、『下馬評通り』といった言葉が大嫌いな人間である。
故に、この状況、黙っていられるわけもなく――
「なあ、シノノメさん? ちょっとステージ行って、コレ食ってこい!!」
七星がキレた。
≪おまけ≫~イカ墨トマトラーメン開発秘話2~
「そんなわけで新しい食材だけでなく、既存のラーメンにはない新しい方向性について考えてみるのはどうかな?」(マサシ)
「そうね! それはいいアイデアよ!」(志織)
「となると……ラーメンが中華と和食の中間だと考えて、イタリアンとかフレンチとか?」(七星)
「あと、アァメェリケン! スパニッシュッね!?」(妙にネイティブ発音、志織)
「なんだよ、アメリカンって……」(困惑の七星)
「うん、ここは同じ麺料理、パスタがあるイタリアンがヒントになるんでは?」(苦笑のマサシ)
「そうね! パスタは私も好き……でも、こいつイタリアンなんてオシャレなことができる顔じゃないわよ?」(不安のまなざし)
「かおェ……」(ORZ)
「おいッ!? バカ、やめろ。そこは言及するなッ!」(焦り)
「え、でも……」(突然の強い語気に驚き)
「イケナイ。ソレ以上イケナイ……」(断固たる口調)
「あ、そのゴメン……」(反省)
「そ、それで、イタリアンなんだが……どうだシンちゃん、何かやりたいことはあるか?」(強引な軌道修正)
「そ、そうね……トマト系とか、クリーム系とか……」(便乗)
「かおェ……」(泣)
「クッ、仕方がない……御免ッ!!!」(覚悟)
――バッキィィィ!!(七星のみぞおちに正拳を叩きこむマサシ)
「グッ……ゴホゴホ。は!? おれは……おれはしょうきにもどった」(覚醒)
「ああ、それで使う食材なんだが……」(聞かなかったことにする)
「そ、そう、何かある?」(またも便乗)
「なら……トマトがいいな」(キラリッ!)
「「トマト?」」(ちょっと引きぎみ)
「ああ、トマトはグルタミン酸を多く含む貴重な食材だからな。煮干し、カツオ節、昆布、トンコツ、鶏ガラなどのラーメン基本食材の中では昆布にしか多く含まれていない。世のラーメン屋がこぞって昆布ダシをとる所以だな……」(カッ!←眼光)
「グ、グルタミン酸? 急に難しくなったわね」(あ、ヤベえ……)
「そう、うま味成分にはいくつか種類がある。それらは単体でももちろん美味いが、組み合わせることで相乗効果を発揮する。例えば、ラーメンなら煮干し、カツオ節、トンコツ、鶏ガラのイノシン酸プラス昆布のグルタミン酸。ソバやうどんなら昆布のグルタミン酸、干し椎茸のグアニル酸の組合せだな」(ドドドドッ←スゴ味)
「お、おう……分かったわ」(禁忌を犯した感)
「OK! と、トマトは理解した。他には?」(闘いに挑む漢の顔)
「イカスミを使う……」(噴火前感)
「「い、イカスミ!?」」(な、なんだってー←背景にカミナリ)
「無論。たかがトマトを使っただけで新機軸とは笑止千万。俺なら色味から味から香りまで全てを一新させる。そして……」(覇者のオーラ)
「「そして?」」(怖い)
「漢は皆、黒に染まるッッッ!!」(世紀末覇者に進化)
「「ヒィィィーー!」」(ヒィィィーー!)
「料理は顔じゃねぇ!! 目にもの見せてくれるわッッッ!!!」(黒王号プラス)
二章では更新ペースを早めて疾走感を出したいなと思い、今週は二話ずつ更新していきたいと思います。書き溜めなくなりそうだけと頑張るよ!
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