七星と志織(その1)
新規連載始めました。第一章部分については毎日、更新しようと思います。よろしくお願いします。
20××年。世界は変わった。
料理は女の仕事と言われた時代は終わりを告げる。
今や好きな人のために料理を作るのは男の仕事。
そして、今の時代。料理がうまいということが、他のなによりもモテる。
それが常識となっていた。
故に、ここにも一人。愛する女のために美味い料理を作らんとする男がいた。
男の名を七星慎之介。顔はイマイチ……否。一生、女には縁がないと言っても過言ではないほどのブサメンだ。
しかし、料理には自信があった。
なにせ、七星の家は老舗のラーメン屋だ。
毎日、行列のできる忙しい店を七星は小学校入学時より、ずっと手伝ってきた。クラスの友達と遊びたいのを我慢して、放課後と土日はずっと店の中。
今や、ネギなど目をつぶっていても切れる。けっして、目が痛いわけではない。
慎之介は慣れた手つきで麺を湯切る。そのまま流れるような動きで、スープに沈める。
後はトッピング。チャーシュー、メンマ、海苔とネギ、最後に鳴門をあしらって完成だ。
古き良き、昔ながらのザ・ラーメン。
彼は決して気取らない。その一杯は基本に忠実だ。
されど驕らない。その一杯はラーメン創世の時より常にその時代の最前を走り続けている。
彼が作ったのはそんな一杯。
「どうぞ……」
ここまでくれば、言葉は必要としない。ただ、味わってもらえさえすればいい。
そんな慎之介の声なき言葉を受け、少女もまた静かにスープを口に含む。
瞬間、少女の口は鮮やかな弧を描き、僅かなため息を漏らす。
そこから後は一気だった。
堰を切ったように麺をすする。
チャーシューにかぶりつく。
普通なら、ここで一言、「おいしい」と感想を述べるべきであっただろう。
それが、作ってくれた者への礼儀であり、いただく者としてのあるべき姿である。
だが、しかし……
バカが。何を悠長な。そんなことをしていては麺が伸びてしまうではないか、愚か者め!
そう言わんばかりの少女の食いっぷり。
レンゲなどもどかしい。
麺と具材をひとしきり腹に納めると、丼ぶりを掴み、一心不乱にスープを乾しにかかる。
そして、
「はぁぁぁ~~~」
恍惚。少女は官能的とも蠱惑的とも言えぬ大きな息を吐く。その唇はスープ表面を浮かされた油に濡れて、いつもよりも艶やかに輝く。
少女の名を水瀬水面。押しも押されぬ学園のアイドル。
そんな彼女をぜひ自分の彼女にせんと、男たちはこぞって水面に告白した。それはもう、しまくった。
しかし、全戦全敗。学年一のイケメン、ファッション誌のモデルに学生会長、サッカー部のエース、バスケ部の顧問(……っておい!?)に至るまで、全てが玉砕した。
故に、彼女、水瀬水面は学園のアイドル。誰のものにもならないから学園のアイドル。
それでも七星慎之介には勝算があった。
幼少時代、その時間を彼はバカみたいにスープ煮込み時間に費やしてきた。そんな彼の作るラーメンが、マズイわけがない。
その彼がラーメンで告白する。
まさに、必勝とも言える一手。いや、一杯である。
『……勝ったっっっ!!!』
空の器、その底には「君が好きだ」の五文字。
不器用で迂遠な、しかし、彼にしか渡すことができないラブレター。
それを少女は確かに眼に映す。
そして、彼女は微かに笑ったのだ。
ああ、きたぜ。ぬるりと。これからは俺の時代。バラ色の青春時代。
俺の腕は最高のラーメンをつくり、さらに、その腕は最高の女を抱く。
ザ・約束された勝利の人生。
もう少しで俺は学校を卒業し、独り立ちする。そこからは仕事に恋愛、全てが完璧。
進〇ゼミも真っ青なサクセスストーリーだ。
だが、それは言わば神サマからのご褒美。
思えば、これまでの人生、散々だった。
小学校では煮干し臭いと笑われた。換気扇をいくら回そうと、ずっと店にいれば匂いは自然と染みつく。
昨日は遊園地に連れて行ってもらったと自慢するクラスメイト。その時、俺は寸胴をかき回していた。
お誕生日会に誘われた。俺は仕事だった。日曜日、書き入れ時の忙しい日に休めるわけもなし。みんなが遊ぶ中、俺は一心不乱に客に水を出し、テーブルを拭いていた。
だから、俺は、僕は……そろそろ報われても……いい……よね?
「七星クン。ゴメンナサイ。私ね……メンクイなの」
アレ? 何ヲ言ッテイルノカ分カラナイ……