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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
9/29

08

 ■朝 〈秋葉切子〉ギルドホール


 黒駒は相変わらず自分のギルドホールに籠もっていた。

 十日ほど前に、はじめて外には出てみたが――外の空気は険悪で、あのアイテムに65万を出した主を探すどころではなかった。

 あの日結局したことといえば、食事アイテムの購入くらいである。後は偶然出会った前ギルドの友人と世間話をした程度か。――あまりいい内容の話ではなかったが。

 それからはギルドホールへの引きこもりに逆戻りだ。

 身体を動かし、召喚獣を操るトレーニング、それとガラス製作の練習。


 流石に情報収集も兼ねて食事は外に3日に1回は買いに行くことにしたが、やはり基本的に引きこもりである事には変わりなかった。

 だが、全く収穫が無かった訳でも無い。

 毎日作業場でガラスをひたすら作っているうちに、メニューにあるアイテムはメニューの製作コマンドを使えば、身体が自動で動いて短時間でできることに気づいたため、ここ数日はアイザック達に頼まれたアイテムをひたすら作っていた。


 そして本日は――数日間に渡るメニューコマンドブートキャンプ中にふと思いついた新しい創作アイテムを作ってみようと考えていたのであった。



 一応、昨日の時点で軽く試作してみて効果を調べたところ、思った以上に上手く行ったので、改めて本製作に取りかかる。

 まずは、ベースである〈精製ガラス〉に特殊な鉱石を数種を入れて溶解炉で溶解する。――ここまではとあるアイテムの製作と一緒である。

 しかし、ここから違う加工作業に移るので、これを作るにはメニューは使えず、手作業になる。

 溶かしたガラスは、素材アイテム用に徐冷と成型をしてくれる〈整形加工機〉(と便宜上呼ぶことにした)で棒状に加工し、棒ガラスに形状を変える。

 最初は普段は入れない素材が入ったガラスを整形加工機に入れると壊れないか不安であったが――結果はファンタジー理論の勝利で特に問題もなく、棒状のガラスに加工することが出来た。


(結局どういう原理なんだろう、これ……)

 ――ちなみに、メニューを使わずに、棒ガラスを予熱せずそのままバーナーの火に突っ込んでみたら現実と同じ様に温度差で棒ガラスが弾けたのを確認しているので、素材を作る手段自体はあまり現実と変わらないはずと判断した。

 それでも、素材はおろか設備家具の機能が現実世界の物理法則から乖離してる。――勿論、今使おうとしてるバーナーもありえない。黒駒だけでなく、中学生レベルの理科をかじったことのある人間なら誰でも『どんな鉱石が混じった棒ガラスでも温度関係なしに均等に溶かしてしまうバーナーがあってたまるかバカヤロウ』と言うだろう。

 数日弄っている間に『これは本当に〈ガラス〉なのか』という考えがよぎったが、それを調べる道具なぞある訳がないし、生産性の無さそうな哲学に耽ったところで解決しない事象なのでそれ以上は考えないことにした。

 ――それはさておき。


 黒駒は金属製の細い棒に白い離型剤を塗って乾燥させておいた物を十数本用意し、すぐ取れるようにバーナー近くの空き瓶に立てかけておく。

 そして、先ほど完成した特別製の棒ガラスをバーナーの横に置き、道具を確認してから改めてバーナーに火を付ける。

 棒ガラスをバーナーの火から少し離してムラなく温めた後、改めてバーナーの火の中に先端から少しずつ入れ、炙って溶かしていく。

 火に当たっている部分のガラスが線香花火のように赤く丸くなりはじめたら、脇に置いておいた離型剤を塗った鉄棒を1つ取ってバーナーの火に入れ、これも赤くなるまで炙る。

 棒ガラスの先端が充分に赤く柔らかくなったらタイミングを見計らって、ガラスを棒に乗せる様に置き、ガラスの位置を固定したまま、棒の方を回して必要な大きさになるまでガラスを巻き取る。これで1つ完成である。――さらに完成品に火が当たらぬよう少し間隔を開けて1本の鉄棒に複数のガラスの玉を並べて作っていく。


 玉を作り終えたら、鉄の棒ごと灰状の徐冷剤を入れた箱の中に入れてやる。入れただけで徐冷剤の跡も付かずにすぐに冷えるし、離型剤を塗っておけば確実にガラスは取れる、さらにガラスの穴の内側に張り付いた離型剤も洗えばすぐ取れる。

 ――やっぱりこの世界の技術は超絶マジカルパワーだと思いつつも、その辺りは突っ込むとキリが無くなりそうなのでなるべく考えないように心の棚に保留しておいた。実際現実世界で製作するよりも便利で早いのは事実だ。

 その後もどんどんガラス玉を量産してゆく。短くなった棒ガラスは先端を火で溶かして残りの棒ガラスに繋ぎ直して、繰り返し使う。

 勿論、最後まで残った短いものも普通の棒ガラスに繋いで、最後の最後まで使い切る。

「よっし、これで30個出来た……」

 最後の最後のギリギリまで素材を使い切って最後の棒を徐冷剤の中に入れた後、バーナーの火を消した。



 気を張り詰めた作業を終わらせた後、黒駒は一息付き、いそこでようやく作業室に人が居ることに気づいた。

「……あ、すみません。お邪魔しましたか?」

 壁にもたれ掛かっていた細い目の男、イヌイサンは詫びるように手を上げる。

 彼は二週間以上前の例の騒ぎが起きる前からここの施設を利用していた〈ガラス職人〉のひとりで、本来は別のギルドに所属している。

「え、ええと。いつから居ました?」

「30分ほど……前ですかね」

 黒駒さんが集中してるからどうも声をかけられなくて、と言う苦笑交じりの言葉に、そこまで気づかなかったのかと黒駒は自分自身に少し呆れた。


 ひとまず中央のリビングに移動し、お互い席に座る。

「それで何の用です?」

「大変厚かましい話ですが……しばらくここで居候させて貰えませんか?」

「あれ、イヌイサン、ギルド入ってませんでしたっけ。この前もそれで……」

「いや、それが……お恥ずかしい話でして」


 イヌイサンの話によると――例の事件の時、彼のギルドにはギルドマスターがサインインしていなかったそうだ。

 この混乱の中、まとめ役であるギルドマスターが居ないギルドは数日の間にあれよあれよと空中分解、ギルドメンバー達は行き場所を失ってちりぢりになってしまったとのこと。

「……それで、ここに」

「ええ、宿代もさすがに毎日となると馬鹿になりませんし、他に落ち着けるギルドが見つかるまでの期間だけでもいいので……置いていただけませんでしょうか?」

 少しだけでも良いですから、と申し訳なさそうに頭を下げるイヌイサンの姿に、黒駒は一度ゆっくり目を閉じて無言になる。

 正直、ここは個人でやれば確実にスペースを圧迫する〈ガラス職人〉の為に、金銭で部屋と家具を貸すだけのワンマンギルドの予定で作った所だ。どうも人を置く気はしない。

 とはいえ、未だ訳の分からないこの状況。この場所の使用者のひとりであった顔見知りを見捨てるのも少々薄情極まりない気もする。


「……まただ」

 急にイヌイサンの視線が斜め下に落とされる。おそらく、念話の類か。

「お邪魔でしたら席外しましょうか?」

「いえ、念話では無いんです。……この世界でこうなってから、1日おきに知らないプレイヤー名とタイマーが表示されるんですよ」

「タイマー?」

「こう、カウントダウンされる感じで。今日の夕方辺りに切れるみたいですけど……後、プレイヤーは『クラウ=クラウ』って名前なんですけどね、いつの間にかフレンドリストに入ってて。黒駒さん、知ってます?」

「いえ、全然……」

「メッセージも同封されてるみたいですが、知らないプレイヤーからなんで、どうも気味が悪くて開封が……」

 確かにいきなりこんな世界にブチ込まれて名前の知らないキャラからのメッセージ、とか確かに気持ち悪い。――とは言え。


「気味悪いと思いますけど、一応開けておいた方が良いですよ」

「でも……」

「タイマーが出てるということは何かあるんでしょうし、後で取りかえし付かなくなる前に見ておいた方が良いと思います」

「そうですか?なら……」

 黒駒の言葉にイヌイサンは渋々メニューの再生ボタンを押した。


「……助けて、お父さん! ねぇ、聞こえてる?助けて……」


 ホールに響き渡る少女の声――その声を聞いたとたん、イヌイサンの顔色が変わった。

 直後黒駒にも解るように大きく出る時刻カウントらしき数字と地図。場所は〈ナカノモール〉。

「お、お父さん……?」

 黒駒が疑問を呟く前にイヌイサンはすでに立ち上がっていた。

「……すみません、先ほどの話は無かったことに」

「ちょ、ちょっと、待って下さいっ!」

 黒駒も立ち上がって止めようとする――メッセージ主との関係やギルドの云々はともかく、このまま放置するとマズいのは確かだ。

 この勢いだとフィールドに出て十中八九死ぬ。そもそも生きてナカノにたどり着けるか自体怪しい。

「落ち着いて下さい、今ひとりでアキバの外に出るのは自殺行為です!たどり着く前にモンスターに殺されますよ!」

「じゃあどうしろって言うんですか!」

「誰かに頼めばいいじゃないですか!」

「……このひとりだけの(ソロ)ギルドに?」

 そのひとりだけのギルドを頼ってきたのは誰だと反論したくなったが――黒駒はあえて黙る。そして、少し考えた後口を開いた。

「……私個人の取引先にこの手の件にうってつけのギルドがあります。まずそこに相談してみましょう」



 ――とんでもない厄介事が来たなぁ。

 いきなりの超展開に黒駒は頭を抱えたくなった。

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