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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
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07 死に続ける日々

 ■朝 〈書庫塔の林〉


「ったく、遅すぎだろ、あいつら……」

 〈黒剣騎士団〉のギルドマスター、アイザックはアキバの横のフィールド、〈書庫塔の林〉の中央でただ1人佇んでいた。

 気づいたのは今さきほど。

 後ろで喋っていた仲間達がやけに静かになったと思って後ろを振り返ってみれば、そこに仲間達の姿はなく、気がつけば森の中でひとりきり。――どうやら後続を無視して先に進み過ぎたらしい。

 とは言っても心細くもなんともない。

 この初心者向けフィールドであり、他のエリアに向けた通過点で、モンスターに遭遇しても被害どころか返り討ちに出来る実力と余裕はとっくの昔に出来ている。このエリアも既に自分達のように『この世界に来て改めて鍛え直した』冒険者によってほぼ狩り尽くされているであろう。


「……ん?」

 アイザックは何かに気がついたように森の奥を見た——人の声が微かにだが聞こえる。

 後続の仲間にしては進行方向がおかしい気がするが、とりあえずは音の聞こえた方に向けて足を進めた。

 奥に進むたび、剣戟の音は響き、何度も繰り返され、怒号が上がり、叫びが上がる――。

 そして、その音の主達がアイザックの視界に入った瞬間――死亡して虹色の泡となってかき消える見知らぬ冒険者とばらまかれるアイテムと金貨が見えた。


 ――その場にただ1人残るは女。

 すらりとした脚、豊かな胸、整った顔、豊かな髪、身体のラインのはっきり出る装備。

 ぱっと見はモデル系の美人であったが、その纏う空気はなぜかまともなものが感じ取れない。


(……PKか?)

 アイザックはその場から動かず、ただ女の様子を見る。

 女は作業的に金貨とアイテムを拾い、己の鞄に次々と詰めてゆく――そして、作業を中断し、こちらの姿にようやく気づいたように、ゆらり、と揺れるように振り返り、木陰から覗いていたアイザックの方に視線を向ける。


「どうも、こんにちは」

 その口から出た声は見た目とは正反対の酷く低い男のものだった。

「PKとは趣味が悪りぃな」

「そうですかね。この方々もPKだったようですが」

 女の低い声につられ、視線を落とす。

 散らばる物は、フィールドに持ってくるには少々多すぎる金貨、高レベルアイテムの中に不自然に混じる中・低レベル域のアイテムの数々――。

 その中から男声の女は高レベル装備のネックレスを拾い上げ、鞄にしまう。

「弱いのが全て悪いんですよ。レベルがあるからって強い訳ではないのを全く解っていない。……そんな事も理解できない馬鹿なら死んで当たり前ですよ」

 スタイルの良い美女の笑顔から発せられる低い男の声が悪びれもなく言葉を紡ぐ。PK特有の自分勝手な理屈と声と外見のアンバランスさが気味の悪さを余計にかき立てる。


 だが、そんな外見よりも、アイザックの視線は腰の得物に向かっていた。

 鈍く光る細いワイヤー状の武器。1度ゲーム時代に『古くからのダチ』に見せて貰ったことがある。

「……〈断罪の蜘蛛の呪糸〉(ギロチン・ワイヤー)か」

「ええ。ですがこれは残念ながら戦利品じゃないですね。市場で正当に買った物です」


 ――何が残念だ、PK野郎め。

 アイザックはそう心の中で毒づき、顔をしかめる。


「値段は少々高かったのですが良い掘り出し物でした。こんな時期に買えたなんて幸せですよ」

 〈断罪の蜘蛛の呪糸〉(ギロチン・ワイヤー)

 〈ガラス職人〉の上級職である〈名工〉用、レイド報酬レシピから作れる武器の1つである。

 モンスター相手なら、最後まで鍛え抜いた製作級クラス程度の威力の高い武器でしかない。

 しかし、この装備はPvP、つまりプレイヤー同士の戦闘で特に真価を発揮する。

 PvPではその武器を見て、モーション変化を瞬時に読んで対策を立てることが往々にある。

 しかしこの〈断罪の蜘蛛の呪糸〉を装備することによって、戦闘のモーション自体が独自の物に変化し、しかも行動ごとにランダムに振り分けられる。――要は、モーションを見て相手がどのような技を繰り出してくるのか推測は一切不可能になるのだ。

 さらに攻撃範囲が通常の武器より少し長く、読み間違えれば相手の懐に入る前に被弾してしまう。

 現状では対人戦闘であるPKにもっとも適した武器であろう。


「威力を試してみますか? 幻想級ほどの火力はありませんが、人相手にはなかなかの物ですよ?」

「……ぬかしやがる」


 1対1の対人戦闘ならヘイトなぞ飾りにしかすぎない。対戦相手は目前の1人しかいないのだから。

 モーションが読めない以上、それまでに打たれた行動からの『予測』と『カン』だけが頼りになる――が、そんなものはいつものことだ。最後に必要なのはむしろそれしかない。


 男声の女は〈断罪の蜘蛛呪糸〉を手に取り、構える。

 同時にアイザックも愛用の大剣、〈苦鳴を紡ぐもの〉を構えた。

 2人の間にはいつ切れてもおかしくない張り詰めた糸のような緊張感が覆う。


 ――その時である。


「……団長……どこにいるんですかー?」

「……まったく、先に行きすぎですよぉ……」

 微かに聞こえたいくつもの声はゆっくりとだが段々こちらに近づいてくる。

 その声に気づいた男声の女は、スッと構えを解くと、ゆっくりと後ろへ下がりはじめる。

「……なんだぁ? あんだけ煽りまくってケツまくって逃げるのかよ?」

「廃人レイドギルドの集団に囲まれるのは趣味ではありませんから」

「そりゃ、2人きりのサシでの勝負じゃねぇとイヤって意味か?」

 目の前の人物は何も答えず――身を翻し、そのまま振り返らず森の奥に走って消えた。


 振り下ろしどころを失った剣を収めると――ようやくギルドメンバー達がのこのことやって来る。

「遅ぇぞ、おめえら!」

「旦那が先に行ったんでしょーが……」

 ブツブツ言う団員達の1人が地面にばらまかれた金貨とアイテムを見た後、恐る恐るアイザックの顔を見る。

「これ、PKっすよね……大将がやったんすか……?」

「んなワケねぇだろが。俺がこんなクソセコいマネするかよ、バカたれ」

「「「ですよねー」」」

 自分で言っていて何となく綺麗事だけを吐くハーレム系ギルマスの言葉が脳裏に浮かんだが――気にしないことにした。

「……さっきまでここにPKがいたンだよ、俺のツラ見て逃げやがったけどな」

 ――正確には他のメンバーが来たから逃げたのだが、アイザックにとってそんなことは知ったこっちゃない。

「で、これはどうします?」

 落ちているアイテムを確認してみると、あらかた高レベルのアイテムは回収されており、残りは少しの金貨と換金価値の低いアイテムばかりであった。

「どうもしねえよ。しょっぱい火事場ドロボーなんて趣味じゃねぇ。それよりも道草食ったな、とっとと行こうぜ」

「団長が先に行ったんでしょうが……」

「そんなコトもあったな……よし、とっとと行くぞ!」

 滅茶苦茶な棚上げ台詞を堂々と言い放つギルドマスターの号令にも従い、今日もエリアに向かうのであった。


 ――今だ見えぬ、高みにあるレベル90の壁を突破するために。

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