06 ライフ・イズ・オールアローン
「……これも失敗」
その日の黒駒はこの世の終わりのような顔をしていた。
先日アイテムを制作する約束をしたのだが、手作業のおかげでアイテムを制作する事で作成成功率がかなり下がったのだ。
失敗したアイテムは再び炉で溶かして再挑戦できるのが救いだが、それでも、コントロールを誤り、床ににこぼして使えなくなったガラスの量を考えるとやっぱり笑えない。
そんなもやもやを繰り返している時、珍しい来客がきた。
〈西風の旅団〉のナズナ、そしてギルドマスターのソウジロウだ。
「えっと、これを修理してほしいんです」
ソウジロウはマジックバッグより〈天変万化の蜻蛉玉〉を取り出す。その彼愛用の装備である美しい蜻蛉玉の表面にはひどく大きなひびが入っている。
「どうもいつもより耐久力の消耗が早いみたいなんですよね……」
黒駒の記憶が確かなら、ソウジロウはあの〈茶会〉出身で、カウンター技の名手だ。そうそうダメージを受けてここまで壊れるとは思えない。
(……フィールドで身体慣らしたりしてるのかな、やっぱり)
先日のアイザックの話を思い出す。普通に考えて、他の戦闘ギルドもフィールドに出てないわけがない。
「他のギルドも当たってみたけど、修理に対応してくれなくて困ってるんだよね」
「あ、もちろん修復素材の方も持ってきてます。……お願い、できますか?」
ソウジロウは大規模戦闘の報酬でしか手に入らない素材鉱石を無造作に作業机に置く。
「……とりあえず、見せて貰えます?」
「あ、はい」
黒駒はソウジロウより蜻蛉玉を慎重に受け取り、じっくりと眺める。
中央に入ったひびは特に大きく、よくここに持ち運ぶまで衝撃で割れ落ちなかったなと感心してしまう。
――正直言って、これは今の自分の手作業技術じゃ修理できるか怪しい。
黒駒は表情を変えず真面目に眺めるふりをして、どうすればいいかと思考を巡らせる。
現実だと、蜻蛉玉を一から作ることはできるが、ひび割れて壊れた蜻蛉玉を元に戻す修繕など一度もしたことがない。そもそも、腕のあるガラス職人でも結構な無理難題ではないかと思う。
しかし、この世界はガラスの溶解時間や強度等、現実の素材とは大幅に異なっている。そもそもゲーム時代では普通に修繕できていた。ここがそのゲームの延長世界と考えれば、方法はあるはずだ。
黒駒は苦し紛れにメニューを開いて、アイテムのステータスを見る。数値化されたデータを見てみると、やはり耐久値がほぼなくなっていた。――そして『修理する』という見慣れない追加アイコンが出ている事に気づく。
(あれ、これひょっとしてこのまま修理出来る?)
ソウジロウが置いた修理用材料を横に据え直し、改めてメニューの『修理する』を選ぶ。――すると、自分の身体が精神と分離したような感覚が襲う。
椅子に座っていた肉体は勝手に立ち上がり、手前に据えた溶解炉に材料を全て放り込みんで溶解してゆく。そこから整形と冷却を経て材料が練り込まれたガラス棒が完成した。――身体は再び作業机に向かい、座る。
蜻蛉玉を固定している皮紐と金属パーツを外し、割れそうな蜻蛉玉を金属棒に固定した後は、完成したガラス棒の先端をバーナーで溶かし、金属棒を操りながら回していく。すると、溶けたガラスがまるで大きなヒビに吸い込まれるように隙間をゆっくりと埋めてゆく。それと同時に、蜻蛉玉の表面が少し波打ち、淡く発光しはじめた。
もはや黒駒の思考を完全に無視し、身体と蜻蛉玉だけが奇妙な早送りの映像のように勝手に動いている。
メニューを使うと言うことはこういうことなのか。
人がいなければ素直に驚いていたのだろうが、目の前に二人がいるので驚きの表情を押し殺しつつ、身体にまかせ作業を続ける。
「もう少し時間かかるみたいですし、ここ見て回ってもいいですか?」
「程々になら」
その声にソウジロウは「わかりました」と答え、物珍しそうに作業部屋の奥の方に歩いて行った。
「……あのさ」
ソウジロウが奥の方に向かった後――ナズナが言い淀むように口を開く。
「そっちから移動してきた子達、アンタがひとりだって聞いて気にしてんのよ。レーヴェン、一四七、メガロヘクス、姫やっこ……」
ナズナは黒剣から西風に移動した女性プレイヤーの名前を挙げていく。
「はぁ」
「あの子ら、アンタを〈西風の旅団〉を入れてくれないかって、ソウジに直接かけ合ったんだよ」
黒駒は、ナズナの声を聞きながら修繕作業を続ける。
「で、ソウジが『いいですよ』って言ってさ」
「……お言葉ですが、その辺のラインはしっかり引いた方がいいですよ。私、一年前には黒剣辞めてますし」
「こんな状況でも関係無いって言えんの? あの子達は友達として……」
「それでも、です。そちらの敷いたルールが一度決壊したら揚げ足を取る人はいくらでも出て来ますよ」
「それはそうだけどさ……」
ナズナは、眉を寄せてガラス窓の向こうの町の風景に目を向けた。
黒駒もナズナの方に顔を向けることはない。――声は出せても身体を向けることができない、が正解なのだが。
「あんたの言うことももっともだけど……。ともかく、アタシ達はこれで義理は果たしたからね」
「ええ、彼女達をよろしくお願いします」
ナズナは微妙に割り切れない顔をしていたが、その表情は今の黒駒には見る事ができなかった。
その時、作業場の奥から場違いな明るい声が響く。
「うわぁ、すごい! この炉、触るとちゃんと熱い!」
その声にナズナが視線を向けると、据え付けられている予備の溶解炉をあちこち触り、指から煙を出しているソウジロウの姿があった。
唖然とするナズナ、黒駒の体勢は変わらずに作業が続けている。
「早めにヒールして下さい。そのまま放っておくとバステも付きますから」
「ヒール? バステ? どうなってんのさ」
「あの人の触ってる炉、ガラスが溶ける温度の出る炉ですよ?」
言葉の意味を即座に理解したナズナは、あわててソウジロウの元へ駆け寄る。
そして、『人のところのものを勝手に触らない』と言い含めながら〈ヒール〉をかけはじめた。
「いやー、ちゃんと熱いんですね。驚きました」
「……」
ナズナに回復して貰った両指先を合わせて、ニコニコ笑顔のまま、ソウジロウは黒駒の対面に置かれた椅子に座る。
改めてソウジロウを近くで見ると、人なつっこそうな笑みを浮かべる美少年である。伝説の茶会での活躍も含め――まぁ、モテるのも解る。
しかし、なぜ彼が異常なまでにモテるのかはいまいちよく解らない。
気軽に近くに来てくれる気さくなアイドルほどファンが勘違いを起こしやすいとかそういう系統のものなのかもしれない、と黒駒はぼんやり考える。
「で、〈西風の旅団〉には来ないんですか?」
「ええ。いきません」
単刀直入すぎる言葉には単刀直入で返す。
「先ほどナズナさんともお話ししましたが、私には合わない場所だと思いますので」
「でもっ、ウチに来れば黒剣から来た皆さんが……」
「ソウジ、その辺にしときな。〈鉄面皮〉も色々考えて言ってるんだよ」
ナズナの声にソウジロウはあからさまにしょんぼりした表情になる。
――やっぱり、この男はなんとなく苦手だ。
作業中でも表情は変えれるみたいだが、黒駒は愛想の笑みを浮かべる気持ちにはならなかった。
驚異の速度で冷却された蜻蛉玉を金属棒から外し、金具を取り付けて新しい飾り紐に装着してしっかりと束ね終えると、手の動きは止まり、黒駒の身体は解放される。
手に持ったままの蜻蛉玉を片手に改めてメニューを確認すると、耐久値は完全回復していた。無事、修理に成功したらしい。
「できました」
「ありがとうございます! 本当に助かりました!」
先ほどのションボリした表情はどこへ行ったのか――ソウジロウは修復された蜻蛉玉を手に、まるで花が咲くような笑顔を浮かべる。
ソウジロウは笑顔で手を差し出す。黒駒が申し訳程度に伸ばした手を握り、その手をもう片方の腕で腕でぷんぷんと振った。
黒駒の表情は最後まで変わらなかった。
「……今更言われても、ねぇ」
二人が帰った後、黒駒は自分の身を考える。
ずっと遊んでいたメンバーと新しくギルドを作って。
それからギルドを辞めて、一人になって。
新しくギルドを開いても、一週間前の大騒ぎが起こってから結局一人だ。
過去は変えれない、あの時は戻らない。
自分たちのある世界がこの世界になっても、だ。
アイテムをめぐるいざこざ、その結果のないことだらけの陰口、判断する者の勘違い――そして大喧嘩の末の仲間別れ。
とどのつまり、レイドギルドだと掃いて捨てるほどある話だ。それが自分に起こっただけだ。
今でこそ誤解は解け、交流もそれなりに戻っては来たが――それでも自分にとってあの場所とその肩書きは過去のものだ。
ログインは別サーバーのもうひとつのキャラにした方が良かったのかもしれない。
黒駒は月のサーバーに置いてある武道家のキャラの事を考える。
アレはアレで体格性別の差、アイテムの量で苦労しそうだが、少なくともこのヤマトよりはしがらみはあまりない。
それこそ、今更言ってもどうしようもないのだが。
「……あー」
どうも嫌なことを思い出してしまった気持ちだけが酷く疲れてきた。
気持ちを切り替えようと、軽く伸びをして深呼吸をする。
(そいや、さっきメニューで修理できたけど、アイテムも作成できるかな)
黒駒はメニューを開き、今まで気づかなかった制作の部分メニューを見つける。
ひとまず、メニューを押して〈精製ガラス塊〉を作ってみる。
先ほどの修理と同じように身体が早送りで勝手に動き、ロスもなくきれいなガラス塊があっという間に完成した。
どうやらメニューを介するとゲームと同じように正確なようだ。ただ、体は自動で動くので微妙な感じではあるが。
(ひょっとして、これ使えば今まで作ってたの材料ロスなしですぐにできてたんじゃ……)
――そりゃゲーム世界ならメニューもあるだろう。
黒駒はこんな単純なことに気づかなかった事と無駄に減っていった素材のことを考えて激しく後悔した。
それに、制作にこちらの世界独自の行動がある可能性もある。今まで手作業で作っていたアイテムもメニュー作成で見える行程で解ることもかなり多そうだ。
「……とりあえず、頼まれ物残り作ろうか……」
多分、ゆっくり作っても頼まれてた時間には十分間に合うが、メニュー作成が存在する以上、それにも慣れなければならない。
黒駒は明日からのスケジュールの見直しを考えつつ、制作メニューの〈精製ガラス塊〉を再び選択した。