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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
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03

 ■三日目


 差し込む朝日と同時にベットから起き上がり、腹に溜まるだけマシな食事を取った後は、うろ覚えのラジオ体操を何回か繰り返し、廊下と階段のダッシュ10往復30セット、部屋に障害物を置いてサラマンダーを四方八方に動かすことを繰り返す。

 ――召喚や魔法スキルの発動はそんなに強く考えなくても大丈夫な事も解ってきた。また、技名を声に出しても発動するようで、いちいち考えるよりはこちらの方が早い気がする。この辺は、臨機応変に使い分けた方が良さそうだが。

 もう少しサラマンダーの反応速度が上がったら、さらにコンテナを積んで新コースを造ったり障害物迷路でも置いてみると面白そうである。


 昼を過ぎ、誰も居ない玄関先のソファで味と食感のしない〈厚切りローストビーフ〉の最後の一切れを飲み込んだ後、まだ片付けていない工房の方でガラスを作ってみることにした。

(こっちの方も覚えとかないと……)

 召喚獣と同じく、いきなり高レベルのアイテムを作って失敗したら目も当てられない。そんな訳で、〈ガラス職人〉が一番最初に覚えるレシピであり、色々な材料のベースになる〈精製ガラス塊〉を作ることにしてみた。

 ます溶解炉を開けて中に据えられた陶製の椀状のツボ――るつぼの中になにも無いのを確認した後、炉に火を入れる。


 黒駒は職場の光景をなんとなく思い出した。

 現実の黒駒――『黒瀬駒江』は小さなガラス工房で働いていた。

 仕事で本格的にガラスを作っていた職人ではなく、あくまで事務員の仕事であったが。

 とは言え、一般人向けに開かれている工芸教室での準備や、教室に参加している生徒をフォローをするためにそれなりの技術と知識は教えてもらっていたので、ガラスについて全く知識や技術がないわけでもない。一言でまとめるなら素人に多少の毛が生えてちょっと生えそろった程度である。


 鞄から耐火性能のあるゴーグルを取りだして装着した後――材料である珪砂と灰と鉱物をきちんと数通り入れて、改めて炉の中を覗き込む。

 火を入れた溶解炉のるつぼの中に入れた材料は、すぐに赤い飴のようにぐにゃぐにゃの状態になっており、既に溶けたガラスと化していた。

(時間も全然かかってないし温度調整もしてないのにこれだもんねぇ……)

 黒駒は半分呆れた目で溶解炉の中を覗く。現実なら、炉に各種材料を入れてから溶けきるまで、温度調整をこまめにした上でゆうに数日はかかるのにこっちだとあっという間だ。――この辺は流石ゲームといったところだろう。


 るつぼの中で飴状に溶けたガラスを吹き棒で巻き取って取りだすと、現実に似た熱気と感触を感じた。現実でガラスを触る時と同じように耐火性能のある装備の方がいいのかもしれない。

 水飴のように溶けたガラスを、なるべくこぼさないように慎重に操りながら、隣の機械に入れると、あっという間にガラス職人の基礎アイテムであり大体のアイテムのベースになる〈精製ガラス塊〉が完成する。

 これを用い、さらに鉱石やモンスター素材と一緒に溶解炉に入れ、さらに溶解加工することによって様々な力を持つガラス素材に変化させていくのである。


 この機械、おそらくはガラスの徐冷と整形を一気にしてくれる機械なのだろうが、スピードと規模を考えると現実ではありえない物体であった。

 何故もこう短時間で割れずに冷えて綺麗に固まって出てくるのか――その辺りがどうも不思議で、黒駒が今最大級に突っ込みたい部分であった。――現実に比べて便利なのは事実ではあるし、ゲームの世界にリアリティを求めるのもおかしいのかもしれないが。

 ええい、これが精霊の力か、魔法パワーか、ファンタジーか、と思いながら作業を続ける。

 慎重に作業したつもりではあったが、初めてのせいか、少しガラスを床にこぼしてしまった。

 しばらくすると、下の排出口からガラス塊でなく冷えて細長くなった棒状のガラス〈精製ガラス棒〉がパラパラパラと出てくる。

「あれ、設定間違ってたっけ?」

 まだ強く熱を持つ吹き棒を火傷しないよう専用のベンチに慎重に置いた後、機械を確認してみると――横に小さいレバーがあり、これで完成形状を棒と塊に切り替えるのであろうということが判明した。

 普段見えてないだけでこんな機能があるとは知らなかった。

(画面だとここまで細かく確認して使う訳じゃないから……自動で切り替わってたのかな?)

 しかも、棒ガラスの数を確認してみると、完成できる数より3本足りない。――こぼしてしまったのが悪かったのだろう。

 ゲームでやるよりも時間もかかってしまったのも問題である。精製自体は不思議素材と不思議機械で瞬時に出来ても、途中で手が追い付かない。


「まぁ、これも使うし良いけどねぇ……」

 口の中で諦めの言葉を出してはみても、どうやってもこの結果には納得がいかなかった。

 キャラとして最高レベルに上げイベントやレイドで取得できる特殊レシピも全部揃えている。しかも現実のガラス工芸の知識を多少ならば知っている。

 ――出来ないなら、出来るまで何度でも繰り返すのみ。

 そして、黒駒は己の満足できる精製ガラスを作る作業に取りかかるのであった。


 なお、メニューで作るともっと安全に早くできることに気づくのはもう数日してからである。

 今後この現実の知識が必要になるとは、まだ、知らない。

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