28 ハロー・チャイルド
「クソ、何でこんな事しなきゃなんねぇんだよ……」
その日のアイザックは両腕にいくつものアイテムを抱えながら、自らの屋敷の中を何度も右往左往していた。
以前からレザリックに『自分の住む場所なんだから屋敷を片付けろ』と幾度も言われていたのであるが、ついに向こうが業を煮やし強硬手段に出られたためだ。——すでに清掃に入る予定の大地人の家政婦もダース単位で手配済みだという。
そこらに放置したままのアイテム類を拾い集め、埃まみれの部屋にまとめて突っ込んで鍵をかける。その感覚は急な来客時に部屋のものを押し入れに入れていくノリに近い。
この屋敷を購入した時に管理人として大地人を雇うというオプションもあったのだが、余分に維持費がかかるし、なにより自分以外の誰かに物を触られてるのがどうも気に入らない。ゲームであった時代は所詮データであってそこに住む訳ではないという点で何とでもなった。
しかしそれが『現実』になった今——アイザックはこの巨大な屋敷を買った事を全力で後悔していた。
とにかく片付けるために、ひたすらアイテムを抱え、空き部屋に運ぶ。
正直どれがどのようなアイテムかなんて覚えてすらいないし、ウィンドウを開けていちいちチェックするのも面倒くさい。
そして、大昔に無造作に積んだせいか、バランスが崩れて横倒しになっていた木箱のひとつを触ろうとした瞬間——それはガタッと音を立てて大きく揺れた。
「……これで一段落、かな」
先日購入し〈海洋機構〉によってリフォームされた新しいギルドビル方面に出発した大荷物の大八車数台を見送った後、黒駒は軽く伸びをした。
これで文吾とクラウに掃除して貰い、改めて家具をきちんと配置すればこの家に住めるようになるだろう。
新しいギルドビルに住んでも良いのだが、この家を放置するのも勿体ないので、ギルド会館を引き払い次第、黒駒はここに住むことに決めている。
(アイテムのコンテナ無くなると結構広いなぁ……)
自分的には小さい家を買ったつもりであったが、改めて家の中を歩いて回ると一人暮らしには少し広い。
買った当時は浮かれて結構お高い家具を買ったりしたのだが、結局は生産職の宿命である素材アイテムの貯蓄、そしてレイド報酬などの売るに売れないレアアイテムによる部屋の圧迫の結果、使うのは一番手前の部屋の寝室と地下の作業場だけになってしまっていた。
もっとも、ギルド会館に〈秋葉切子〉として部屋を借りた以降は寝室も地下も完全に素材アイテムで埋まり、完全な荷物置き場と化してしまったのだが。
黒駒がそんな事をぼんやりと思い出している時——何故か木箱を抱えたアイザックが駈けてきた。
「いやな、ウチの屋敷で見つけたんだが、開けようにもどうも怪しくてなぁ」
荷物を運び出したばかりで何もないリビングにそのまま木箱を運び込んだが、木箱は先ほど以上にガタガタ揺れている。
「開封トラップ付きのブツかも知れねぇし、俺一人で開けて何かあったらヤベェしな」
「普通に黒剣のギルドホールまで持って行って開ければいいんじゃないかな……」
「もし大被害出たらどうするんだよ」
黒駒は何だそれは、と言いたげに目を細めるが、すぐに諦めたようにため息を吐いた。
アイザックの屋敷からだと〈黒剣騎士団〉の本拠地が入っているギルド会館に向かうよりも黒駒の家の方が近い。十中八九そこまで持って行くのが面倒なだけなのだろう。
木箱を改めて見返すと、ヤマトサーバーでは見なれない綴りの文字と紋章の書かれたラベルが貼られてあった。海外サーバーのものであろうか。そして、崩れて傷ついたのかわからないが、箱は少し壊れており、指先が入れそうなぐらいの隙間が開いていた。
「やっぱり、こういうのは慎重にだな……」
アイザックの言葉をガン無視して黒駒は即座に木箱を開ける。
「開けたよ」
黒駒の腕には木箱の中身——体長四〇センチほどの小さいパンダがちんまり抱きかかえられていた。ふわふわの白黒が「なー」と甲高い鳴き声をあげて首を傾げる。
——その姿は、あざといくらい可愛い。
「〈グレーターパンダ〉の赤ちゃんか……結構なレアじゃないの、これ」
中国サーバーのユニークモンスター〈グレーターパンダ〉の赤ん坊は、現地の高難易度クエスト報酬の一つで、最初は赤ん坊がペット扱いで配布される。そして現実時間で三ヶ月間ほど側に置いて餌をやったり遊んでやったりの育成をしてやると、成長して晴れて騎乗生物として契約できるようになる。
騎乗生物としての性能は山岳や高傾斜の崖のような高低差のある地形に強く、特に地理的に起伏の多いヤマトサーバーで運用するとかなり強い部類に入り、育成に〈調教師〉が必須な訳でもない。そんな訳で一時期はそれ目当てで中国遠征に行く者もいたほどだ。
しかし、だ。
成長後の性能がいくら良くてもそれまでの育成の面倒さが勝り、倉庫に入れたままにしていた。
さらにその後に、騎乗生物としては最高級である〈鋼尾翼竜〉や〈鷲獅子〉を手に入れたため、完全に不要な在庫と化したそれは今日まで倉庫の奥から出される事はなく、今の状況に至ると言ったところである。
「ちょっと待てよ、中国サーバーの遠征ってかなり昔じゃねぇか……?」
「そだね。〈最強工務店〉の時のことだから……現実の時間で四年とちょい前、かな」
黒駒は懐かしそうに目を細め、腕の中でもぞもぞ動くパンダを抱え直す。
「んで、ゲームの時間が一ヶ月で一年だから……」
——このパンダはゲーム時間換算でおおよそ五十年ほど放置されていたことになる。
「この子の名前どうしよ?決めた方がいいんじゃないの?」
「そう言われてもなぁ……コマの好きに呼べばいいんじゃねぇのか?」
そう言われ、パンダを抱きかかえたまま黒駒は即答する。
「じゃぁ、パンダだしパンパン」
出た名前にアイザックは口をあんぐり開ける。そういえば、目の前の人物のネーミングセンスが皆無だった事を今さらながら思い出した。
「流石にそのまま過ぎんだろが!せめてもうちょい考えてやれよ……」
「んー、じゃあダンダン?」
「お前バカだろ、もっとカッコイイ名前ねぇのかよ」
「じゃあ、アイくん考えなよ」
アイザックは数分ほど考えた後、とりあえず思いついたいくつかの候補を口の中で呟きながら目の前のパンダの状態確認のモニタを出した。しかし、名称はすでに『パンパン』で登録されており、何故かリネームも効かない。
「なんで思い通りになんねーんだよ!俺のだろーが!」
「そんな事言われても……ねー、パンパン」
〈グレーターパンダ〉の赤ん坊改め『パンパン』は実にクソ適当過ぎる名前を自分の個体名だと認識したらしく、名付け親である黒駒に甘えるように鳴きながら身体を何度も擦り付けていた。アイザックとっては元々の取得主である自分を無視して懐いているのが実にムカつく状態である。
「百歩譲って名前はそのままでもいいけどよ、飼い主は俺だぞ、なぁ?」
アイザックが黒駒の腕の中をのぞき込んだ瞬間、パンパンの小さな腕がその顔面に勢いよく叩き降ろされる。
HPに全く減少はないが、顔を撫でてみると小さなひっかき傷が幾筋か付いているのが解った。
「……おめぇ、ペットのくせに調子に乗りやがって……ちょっとこっち来い!」
アイザックはパンパンの胴体を両手で掴み、黒駒から引き剥がしにかかるが、小さい身体からは想像出来ない力でしがみついたまま一向に離れようとしない。
「くっそ、なんで俺にはなつかねーんだよ!取得者は俺だろがっ!」
高レベル〈守護戦士〉のパワーで全力で引っ張られはじめたパンパンはいやいやしながらさらに黒駒にしがみつこうとする。
「パンパン、めっ!」
その言葉の直後、パンパンの前脚がスッと黒駒から離れ、引っ張っていた手応えが消えた——結果、アイザックはパンパンごと勢いよく後ろにひっくり返り、後頭部を直撃した。
その隙を縫い、パンパンはすぐさま腕をスルリと抜け出し、黒駒の方に逃げようとする。
「このっ、クソ毛玉ぁっ!」
すぐさま身体を起こし、捕まえ直そうとすると、パンパンは急に反転し抗議の鳴き声をあげながらジャンプしてアイザックの顔面に飛びかかって覆い被さり、そのまま頭に噛みつこうとする。
その様子に慌てて黒駒が駈けより、パンパンのちいさな頭をぽふりと軽く叩いた。
「パンパン、そう言う事しちゃダメでしょ!」
すると、アイザックの顔から剥がれるようにポロリと落ち——そのまま申し訳なさそうに鳴いた。
その後も、パンパンのアイザックに対する反抗的な態度は続き、頭を触ろうとしたらかぷりと手を噛まれた。引っ張ってみるが、そのまま離れず引きずった状態になる。
「なんでこうなんだよ。お前のいう事はちゃんと聞くのに」
「……多分、私は決定的な危害を与えないからじゃない、かな」
「は?」
これはあくまで推測だけど、と黒駒は呟く。
「ええとね。データ上の所持者であるアイくんがパンパンの生死与奪の権利を持ってるんだよ」
「もっと解りやすく言え。あと名前もなんとかならねぇか」
「うーん、名前の方は『コマの好きに呼べばいい』って言ったよね? 多分、それのせいだと思う」
「マジか? そんな簡単にか?」
「うん。おそらくは、だけど」
パンパンは噛み付いたまま口を離そうとしない。ふりほどこうと腕ごと振っても一向に離れない。ダメージはほとんどないがイラっとする。
たかが赤ん坊、されどモンスター。
「名前の理屈は解った。もうひとつはどうなんだ。さっきの説明じゃサッパリ解らん」
「ペットの所持者は気に入らないペットを自由に売れるし捨てれるって事だよ。勿論このパンパンも含まれるよね」
「……だったらそれこそもっとこう、主人に対する態度ってモノあんじゃないのかよ」
「そうだしても、結局所持者にとって『不要なアイテム』なら誰かにあげたり売ったりするし、それが出来なかったら捨てたりするでしょ?」
その言葉にアイザックは口をへの字にして黙った。
実際、アイテムだってゲーム時代だといくら高価なアイテムでも己が使わなければ譲渡や売却、さらに必要がなければ廃棄してきたのだから反論できない。アイザックだけではなく、黒駒もそうだし、そもそも冒険者の大半がそうだ。
いまだ手をかじったままのパンパンを見る。
やってる方向性はアレだが、これはこれで必死で生きようとしてるのかも知れない。
「パンパンからすると、気づいたら箱に入れられたまま五〇年放置は腹立ててもおかしくない気がするんだよね。で、所持者の気まぐれで箱から出れたはいいけど、このまま売り飛ばされるかまた箱に入れられて捨てられるかもしれなかったら……自棄にもなるよね?」
「……おう」
「よく解らないけど、このパンパンにだって『個人の意志』みたいなものがはあるんじゃないかな」
珍しく饒舌な黒駒の意見に同意するようにパンパンが鳴く。そして、アイザックの手からぽろっと外れて落ちた。
その後、黒駒が持っていた林檎をパンパンに何個か与えると、先ほどの凶暴っぷりは嘘のようにおさまり、二人には目もくれず林檎をかじっている。
「よほど腹減ってたんだな、コイツ」
「そだね」
その間に改めて木箱の中を漁ると、専用おもちゃらしき太めの笹と、ペット用の装備である〈誘導の首輪〉が入っていた。
餌も入ってたようだが、破けて空になった袋から察するに閉じ込められてる間に食べてしまったらしい。
アイザックはソファーに腰掛け、嚙まれてよだれでベトベトになった手をタオルで拭いながら足元のパンパンを眺める。
人から見れば可愛く見えるであろうが——こっちからすればもはや単なるクソ生意気な白黒毛玉でしかない。
「こいつ、どうやって面倒みたらいいんだよ。これじゃ散歩してもどっか行くぞ」
「〈誘導の首輪〉入ってるし、出かける時に付けてあげれば問題ないんじゃないかな」
正直言って、腹を空かせたり機嫌が悪くなったらまた噛み付かれそうなのでこれの散歩は遠慮したい。
一方のパンパンは林檎をすべて食べ終わって満足したのか、そのまま転がって眠りはじめる。
ゆくゆくは逞しい騎乗動物になるとはいえ、今はまだ小さい赤ん坊らしくマイペースだ。
「なぁ、コマ。その……」
「どうせパンパンの面倒見ろって話でしょ?」
「おう。俺明日から遠征で数日留守にするからよ」
「いいけどさ。食事代とか後で払ってよね」
「解った。つーか、他の奴に頼もうにも懐くか解んねぇしなぁ……」
足元の小さな生き物は知らぬ存ぜぬで眠ったまま、寝返りをころんと打つ。
「それにお前、コイツの世話で散歩でもしねぇ限りずっと作業部屋に籠もりきりだろ。いい機会じゃねぇか」
「……今日は出てるけど」
「どーだかな。お前この前それで死んでるだろが……」
——その時、アイザック耳元で念話のチャイムが鳴る。レザリックからだ。
「アイザックくん、今どこにいるんですか? ひょっとして掃除サボって出かけてるんですか?」
「……やべっ」
「『やべっ』てどういうことですか?こっちは屋敷を開けて貰うのを待ってるんですけど……」
念話越しのレザリックの底冷えのする声に一瞬焦る。毛玉に気を取られて大地人達が来るのをすっかり忘れていた。
「じゃ、じゃぁ頼む! 俺今から急ぎの用あるから!」
アイザックが慌てて立ち上がり、ドアを勢いよく閉めた音に合わせ——パンパンがむっくりと起きる。そのまま黒駒の脚をよじ登り、膝の上で丸まった。
この調子だと、戻ってきても本来の主人もペットも己の立場をすっかり忘れてそうな気がしたが——。
(……その時はその時で考えよ)
黒駒は膝の上で丸まってる小さな白黒の背の柔らかい毛並みを撫でた。
〈誘導の首輪〉
ペット用装備アイテム。
これを着用させられると着用した主人からおおよそ半径5m以上は離れることが出来なくなる。
主にフィールドや人の多いところでの散歩に愛用されている一般的な装備である。




