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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
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 その日の夕方、一週間ほどぶっ続けであった仕事ですっかり用件を忘れかけていた黒駒は、ギルド会館の大通りを挟んだ向こうにある〈生産ギルド街〉方面に歩いていた。

 この身体ではさほど暑さは感じないが、それでも日の落ちる遅さはやはり夏を感じた。


 本来ならもっと早く、もう数日前には来る予定だったのだが——今までの受注品の他に〈海洋機構〉から一気に発注された〈強化ガラス板〉の作業が立て込んでしまい、すっかり遅くなってしまった。


 大きなビルを向こうに越えた彼女の目の前には四階建てのビル。他のビルに比べるとすこし高さはないが、横幅は広い。店内がロフト型式らしく、一階から二階が大きく吹き抜けになっているのが特徴だ。この開けた部分を一面ガラス張りにして、工房と店舗にすれば、外から見てもサマになるだろう。

(来るの遅くなったけど……まぁ、ビル残ってたからよしとするか)

 黒駒は他のビルをぐるっと見回す。辺りのビルはすでに中規模クラスのギルドが購入しているところもあり、それほど工事の手を入れなくてもいい綺麗なビルなどは既に人が入ってるとおぼしき明かりが灯っている。


 黒駒は目当ての廃ビルの前に立ち、メニューから〈ゾーン購入〉を選んだ。

 目の前に新しいウィンドウが出現し、購入金額と銀行の所持金が表示され、『購入しますか?』と言うメッセージと選択肢が出てくる。

(あれ、予想してたよりちょっと高い……四階建てだけど横幅あるし地下もあるからかな)

 黒駒は、もう一度確認した後——メッセージの下の選択肢の『はい』を押す。すると、もう一枚ウィンドウが出現し『本当に購入しますか?』という確認メッセージと選択肢が出たが、それも『はい』を押す。

 すぐに銀行の所持金表示がビルの金額分一気に減る。その分、少し気持ちが軽くなった気がした。


 二ヶ月ほど前の一件で手に入れた金だが、早く減らして流通の流れに戻したかった。正直、このお金をどこに払ってるかはサッパリ解らないのだが、その辺はゲームのファンタジー理論でヤマトの大地に養分のように金を撒いてるようなものなんだろうと思うことにした。

 すぐさま、入退場制限をギルド員のみ、別枠で文吾も設定し、ギルド会館方向へ引き返す。



 ギルド会館付近に立つ多くの屋台は、その便利な立地のせいか夜になっても賑やかで人が絶えない。

(そういや最近何も食べてなかったような……いつからだっけ)

 香辛料や肉の焼ける匂いが否応なく食欲中枢を刺激するが、まだ残ってる仕事の量を考えるとゆっくり食事なんて取ってる暇なぞない。

「おっ、黒駒ちゃんじゃないか」

 かけられた声に振り向くと、〈黒剣騎士団〉の副長であるドン・マスディが大型屋台ののれんから顔を出していた。

 最近はサブ職である〈筆写師〉の技能のせいか、『マッさんならレザの横で書類書きにヒーコラ言ってる』とかアイザックから聞いた気がする。


「久しぶりだな。元気してるか?」

「ええ。私も文吾君も元気にやってます」

 一礼をする黒駒に、マスディは後ろの大型屋台を指さす。

「どうだ?たまには一緒にメシでも。みんな居るぞ。何なら文吾も呼んできても良いしな」

 魅惑的な誘いに、黒駒は少しだけ困ったように笑って顔の前で手を振った。

「いえ。すぐ帰ってしなきゃいけない仕事が山ほどあるんで……」

 再び黒駒は申し訳なさそうに一礼して、その場を離れた。


 マスディが屋台の中に戻ると、カウンターに座ったレザリックがそれを見計らい、エールの追加を頼んだ。

「お帰りなさい。こっちから見てましたよ」

「なんか疲れてたように見えるんだが」

「今朝ギルドの方に聞いてみましたが、今彼女仕事で忙しいらしいですからね。おそらく外に出て来たのも用事のためだけでしょう」

「あの子も大変だな」

「ええ。でも彼女が選んだ道ですから」

「そんな忙しい子に文吾を押しつけたんだろ? うちのバカ団長様は」

 マスディの言葉にレザリックは黙り、そのまま屋台の奥の方に視線をずらした。


 そこにいるアイザックは周りの団員達と話すのに夢中で、今までのやり取りに一切気づいていなかった。それどころか黒駒が近くを通った事すら気づいてないだろう。

「……あのバカはあの子が潰れた時の事を考えてるのかね」

 もうここはゲームじゃねぇって否応になく解ってるだろうが、と呟き、マスディはカウンターに置かれたエールの入ったジョッキを受け取る。

「それとも、潰れないとでも思ってるのか……なんのかんの言ってもあいつらゲームでの付き合い長いしな……」

 何ごとかぶつぶつ言ってるマスディの言葉を聞き流しながら、レザリックはぼんやり考える。

 ——屋台の中から見た黒駒の表情は、ひどくよそよそしく見えた。

(……アレでも余所様には身内に見えるんですかね?)

 レザリックは既に茶を飲み干して空になってしまった木製ジョッキを指でつつき、軽く傾けた。



(さて……〈耐熱ガラス板〉の続きしなきゃ)

 ギルドホールの作業部屋に戻った黒駒は丸く伸びをすると、壁に掛けておいた〈古都の吹き棒〉を取り、材料を炉に放り込む。

 炉に入れた材料が十分に溶けて混ざり合ったのを見計らった後、黒駒は〈ブラウニー〉を二体召喚する。

 彼らは炉の近くに据え付けられたプレス用大型ローラーの右端と左端に待機させられ、術者である黒駒の命令を待つ。


 黒駒は、炉の中の溶けて飴状になったガラスを吹き棒で大きめに巻き取ると、そのままローラーの方へ向かい、ローラーの中央隙間部分に向けて左右均等になるように吹き棒を操りながら丁寧にガラスを流し込みはじめた。

 それと同時にブラウニー達が動き、ローラー両端に据え付けられたレバーを掴んでローラーを回転させはじめる——すると、パスタマシーンで伸ばしたパスタのように均一な厚さに引き延ばされたガラス板がゆっくりと出てくる。

 ガラスが少なくなったらすぐさま吹き棒を手繰って炉から取りだし、ローラーで押し出して平らになった表面がいびつにならないよう細心の注意を心がけてさらに流し込んでゆく。

 伸ばされた板は磨かれた金属板の上にゆっくり着地したのを見計らい、そのまま板を移動させながらさらにガラスを押し出していくと——〈強化ガラス板〉の元の完成だ。

 後はこれを徐冷室に入れて時間をかけて熱を取り、分解した金属製窓枠を定規代わりにあてがい、細工師の宝石を刃にしたオイルカッターで断裁して仕上げる。

 また断裁して残った切れ端は、洗浄の後再熔解して次のガラス板制作時に継ぎ足す予定だ。


 黒駒はひとまず完成した一枚を徐冷庫に入れた後、金属板をローラーの下に敷き、さらにもう一枚作成する準備をはじめる。

(……このペースだと朝までには後二枚くらい、かな)

 大型ローラーはガラス窓を作成する時に必要となる設置家具なのだが、自動で動くメニュー制作とは違い、ひとりでは回ってくれないので苦肉の策でブラウニーを召喚したらなんとかなった——というわけである。おそらく、ローラー回しは人力でも可能だろうが、サブ職のレベルにどれだけいるかが解らないので何ともである。

 ブラウニーで代用できているのだからそんなに必要レベルは高くないかも知れない。


 黒駒がこの製法を完成させたのは二週間ほど前なのだが、とにかくローラーを回す召喚獣のコントロール配分が難しい。

 正直言って前に戦闘で行った六体の時間差攻撃よりも難易度が高いかも知れないと黒駒は思う。あれはまだ場所を固定して数秒ごとに決まった技を出していくだけだったからだ。自分の手元のコントロール確認と平行しながら、その時々のガラスの状態にあわせて召喚獣をタイミングよく微細に動かしていかねばならないのは、二体とはいえ本当に神経を使う。


 本日四枚目を徐冷庫に入れ、五枚目を作り始めた頃、外が少しずつ白んできた。

(そろそろ疲れてきたかな……でも納入は昼過ぎだしもっと急がないと……)

 そう考えている最中——ふっ、と黒駒の腕の力が抜けた。刹那、飴のように溶けたガラスが付いた吹き棒ごと黒駒の膝に直撃する。

「……っ!」

 黒駒は火傷の痛みで顔をしかめる。耐火装備とは言え、所詮は生産補正のかかるだけの装備だ。戦闘で装備するものほどの防御威力はない。

 手を伸ばし、近くの火ばさみを取ろうとするが、まだ赤いガラスのかかった膝に妙に力が入らず、そこまで手が伸ばせない。仕方なく吹き棒の先を使って剥がしにかかるが——それでもどうにもならず、まるで熱槐に身体の力が吸い取られていくように失せていく。

 膝を中心に全身に広がっていく火傷の痛みともに、とどめのように全身が動かせなくなるほどのさらなる倦怠感、HPが一気に減るときの虚脱感が襲いかかってくる。


 そして、そのまま、意識がもぎ取られるように消え——黒駒が次に周りを明確に認識したのは、一度『死んで行った』コーヒーショップの店内だった。

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