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ちりん、ちりん。
ちりん、ちりん。
〈屋台村横町〉のエリアの一角、〈秋葉切子〉の屋台には大小様々な風鈴が吊され、涼しげな音が鳴り続けていた。
「壮観ですね」
「今の季節限定ですよ。おひとつどうですか? 色々ありますよ」
店番をしているイヌイサンの声に、レザリックはスペース一杯に風鈴が吊されているのを見上げる。
カラフルなガラスで作られたもの、花火や朝顔などの絵が焼き付けてあるものなど多種多様だ。
「これ、何ですか?」
レザリックはふと目に止まった隅の方にあったよく解らない模様の描かれた風鈴を指す。
「猫ですよ」
「……猫?」
レザリックは吊されたその風鈴を取って改めて見てみる。どこをどう見ても丸っぽい何かに四つの棒状の何かが生えている謎の模様にしか見えない。
「それ、私が描いたんです」
「はぁ」
レザリックはイヌイサンにどう言葉を返すかしばらく悩む。——無難に『ユニークですね』とか『独創的ですね』とか言うべきなのか。
「やっぱり、ギルマスみたく描けませんよ。それ以外全部ギルマスが作ってますから」
レザリックはそのまま返答を返さず、吊された数多の風鈴を観察する。
花火、朝顔、金魚——色ガラスで水玉模様や縞模様の付けられているものもあった。
黒駒が描いたものはデザインが王道。悪く言えば無難なものばかりである。
とはいえ、職場の手伝いでそれなりに練習はしているであろうから、全く知識のないイヌイサンと比較する方が間違っている気もするようなきがする。ついでに絵心も。
「黒駒さんはどうなされてるんですか?」
「今は多分作業してるんじゃないですかね」
「……多分?」
「ええ、このところ受注品の仕事で忙しくて。念話も迂闊にできませんしね。作業が作業ですから」
レザリックは昔テレビで見たガラス職人の光景をぼんやりと思い出す。確かに高温の物体を扱う作業をしている時の念話は迷惑以外の何者でもない。下手をすると事故に繋がりそうだ。
イヌイサン曰く、最近の黒駒は仕事で外に出る用事が無い限り、ほぼ作業部屋に籠もってることが多く、リビングに掲示板を置いてギルドメンバー各自でメモを貼りやり取りしているとの事らしい。
食事とか睡眠もいつ取ってるか解らないですし、とイヌイサンはぼやく。
「ああ、そういや、そちらの注文の品は明日には揃うらしいです。出来次第文吾くんに持たせますんで」
「ええ、お願いします」
イヌイサンの視線がレザリックの手元をじっと見ている。手には戻しかけた謎模様の風鈴。
「……い、いくらですか?」
レザリックは風鈴を鳴らす。
ちりん、ちりん。
見てくれはともかく、涼しげな音はいい。
レザリックはそのまま風鈴を鞄に括り付け、軽く鳴る音を楽しみながら、ギルド会館の方向へ戻るのであった。
「……では、本日はこの辺で解散しましょうか」
円卓会議は各自の報告と検討案があらかた出尽くした頃、クラスティが閉会の言葉を告げる。
今のアキバの街は日ごとに産まれる発明で一日ごとに目まぐるしく進化している最中だ。
冒険者だけではなく、そこで暮らす大地人も生活スタイルが変わりはじめている。
その対策や対応で円卓会議も忙しくならない訳がない。
円卓に属する戦闘ギルドは優先的にアキバの警邏にかり出され、一部の暴走した冒険者や大地人達の始末に追われている。
これに関しては〈黒剣騎士団〉内部でも色々あった。
警邏参加も最初は希望する有志だけにさせていたが、フィールドに行ったまま忘れてた結果のドタキャンなどで発生する人数不足、穴埋めに参加しても警邏の巡回場所や対処方法を知らないなどのアクシデントの発生——これらは、レザリックをはじめ、幹部達の頭を悩ませる結果となった。
最終的にはレザリックとマスディのふたりがかりで数日かけてギルドメンバー全員のシフトリストを作成し、アイザックからそれに沿って各自に行動を頼むという辺りで落ち着く事となった。
もっとも、その辺りの苦労は他のギルドでも発生しているであろうが。
六傾姫の彫像に囲まれた会議場を出ようとしたところで、ミチタカに声をかけられる。
「よぉ豪腕の。そちらから声かけてくるなんてなんて珍しいな」
「その辺はお互い様だろ。昔ならこっちも特に話すことなんてなかったからな」
戦闘ギルドと生産ギルドでは目指すところも、プレイスタイルも違う。
ゲーム時代は互いに名は知っていても、遊び方のアプローチが違う以上、こうやって話し合うことはなかった。
「そういや、黒駒って知ってるよな。昔お前のところにいたらしい〈名工〉の召喚術師」
「ああ、それが?」
「うちに欲しいんだが……向こうが了承してくれればギルドごと引き取っても構わないか?」
その言葉にアイザックは憮然とした顔に変わる。
「ンなモン、アイツに直接聞けよ。なんで俺に聞くんだよ」
「なんでってなぁ。お前、あのギルドの手伝いに〈黒剣騎士団〉からメンバー出向させてるだろうが」
(……文吾のことか)
アキバ一の人数を誇るギルドはどうやら耳も早いようで——向こうから見たら〈秋葉切子〉は黒剣系列のギルドか何かと思われているらしい。
全員が出口に向かうのを見計らい、ふたりのギルドマスターは先ほど会議のように副官を横に置き、円卓の椅子に座り直す。
その様子にギルドマスターの何人かが振り向いたが、すぐに興味をなくしたように退出ししていった。
「で、また何で急に」
「今の建築ラッシュはいいんだが、うちでフル回転しても素材を作る人手が足りないんだ。特に〈ガラス職人〉系はどこの生産ギルドも人数がいないんだよ。前のアップデートのレシピもコンプしてる奴なんて特に珍しい」
「へぇ」
生産職が作れるアイテムは二年前の拡張パックである〈錬金術師の孤独〉で大幅に強化されており、中には長期シナリオや大規模戦闘の報酬でようやく手に入るというレシピも出てくるようになった。〈ガラス職人〉も例に漏れず、そのような報酬レシピが複数ある。
(まー、あの辺は生産一辺倒の奴らじゃちょっとキツかっただろうしなぁ)
ミチタカの話は続く。
現在の〈海洋機構〉はアキバ内に大量にある建物の改築・増築、そして生産三大ギルドで計画されている造船プロジェクトなど、職人だけでもかなりの人員が割かれており、食料や衣類などの日用品を扱う部門はともかく、工芸関係の人員の余裕はないらしい。
「で、先日〈秋葉切子〉の黒駒が改装の仮相談に来たんだが、持ってきてくれたガラス板が凄くてな……正直に話すと、アレは今のウチの職人じゃ作れない代物だ。今はウチから向こうに注文しているんだが」
「ほー、そりゃかなりすげー話だな」
アイザックは他人事のようにそう言った後、考えるような風に一拍子置いてから、口を開いた。
「……俺じゃなくて黒駒に直接言えばいいだろ」
アイザックは話を切り上げるように立ち上がり、そのまま部屋から出ていった。
「ったく、クソめんどくせぇ。わざわざ俺に聞くなっつーの」
物理法則を無視した無限廊下の床を踏み抜くような勢いで歩きながらアイザックは顔をしかめると、それまでずっと黙って後ろを歩くレザリックが口を開いた。
「まだ彼女はこちらの身内なんですよ、よそから見れば」
円卓が出来る前から旧知の知り合いという事で、手に入りづらくなっていたアイテムを特別価格でに融通してもらっていたのだから当然と言えば当然かもしれない。
そもそも黒駒は元幹部だ。あの状況で旧知の者に頼るのは普通にいうあり得る事だろうし、自分達が考えてなくとも周りがそう推測するのは予想に難くない。少なくともミチタカはそう思ってるように見えた。
「……何故彼女にだけ『黒剣に戻ってこい』と言わなかったのですか」
レザリックは呟いた。その声のトーンは少し低く聞こえた。
「そりゃあ……あいつ、俺が誘う前に他にギルドメンバー入れちまったし……」
「それより前にも言うタイミングは何度でもあったんじゃないですか」
「……ねぇよ、んなモン」
結局のところ、一年ほど前のいざこざを発端にしたこちらの勘違いの結果、彼女が黒剣を辞めてから『いまだに大昔からのダチだと思ってるのは自分だけ』という事実を突き付けられるのが恐かっただけだ。先日の一件でそれが多少の杞憂であると気づくまでは。
「しかし、黒駒さんが〈海洋機構〉に入られるとは」
「まだ入るって決まった訳じゃねぇだろ」
「よく言い切れますよね」
「しかしそんなに人手不足なのか?あそこ」
「いえ。つい最近構成員の総人数が三千人を越えたらしいと聞きましたが?」
「うへ、まだギルド員増えてるのかよあそこ……いくらなんでも増えすぎだろ」
「それでも足りないほどの需要がアキバには溢れてるのでしょう」
アイザックは返事の代わりに鼻を鳴らした。
レザリックの言う通り、円卓設立前の湿気煎餅時代を考えると、新しい食事や便利な道具はいくらあっても困る事はない。今後自分達の身に何が起こるかすら誰も解らないのだから、なおさらである。
「しかし、何でいまさらあんな大人数のギルドに入りたがるんだろな」
「人が多いからですよ。個人でやるよりは変に責任負わなくてもすみますし」
「そんなもんかね」
「今のアキバで大手ギルドに入る理由なんてそんなものです。アイザックくんも面倒は嫌いじゃないですか、それと同じです」
「それとこれを一緒くたにすんな」
ふたりはそのまま話題を続けながら〈黒剣騎士団〉のギルドホールのある階まで階段を降りてゆく。
「〈ガラス職人〉って生産職でも滅多にいないレア系生産職だしな。俺もアイツ以外にあのサブ就いてる奴ほとんど知らねぇし」
生産職でアキバで最大人数を抱える天下の〈海洋機構〉ですら少ないという事は、三大生産ギルドの残りのふたつである〈ロデリック商会〉と〈第8商店街〉にもあまり数はいないと予想に難くない。
「つーか、昔ならともかく、今の状態でレベル低かったり戦闘に慣れてない奴がソロでダンジョン行って帰りに〈緑小鬼〉の集団と連戦なんて無理っぽくねぇか?」
「その前に肝心のダンジョンのあるナインテイル方面に行けませんよ」
「……そういやそうだな」
アイザックは髪をかきあげ、後頭部をポリポリとかく。
〈ガラス職人〉の転職クエストはこうだ。
モンスターのレアドロップアイテムである〈玻璃の真球〉を三つ入手する。
〈玻璃の真球〉を持ち、アサクサの職人街に赴き、老職人の元に一週間通ってアイテムにまつわる話を聞く。
話を聞いた後、ナインテイル方面、旧世界で言うところの長崎にある〈オーラショ旧大聖堂跡〉内部にひとりでキーアイテムを取りに行き、最後にゴブリンの集団が複数回に分けて出て来るのでそれを討伐し、アサクサの職人の元へ戻ると——無事転職ができるようになる。
ゲーム時代基準だと、〈玻璃の真球〉の手に入れにくさを除けばシンプルな転職クエストだ。
しかし、〈大災害〉を越え、〈都市間ゲート〉が使えなくなっている現状では、ナインテイル方面に行く事が難しい。
キーアイテムである〈玻璃の真球〉が手に入って、アサクサの職人と会話が出来ても、このナインテイルの〈オーラショ旧大聖堂跡〉までの距離はススキノに向かう倍、たとえアキバから〈獅子鷲〉や〈紅翼竜〉で向かったとしても、片道一週間は覚悟しなければならないだろう。そもそもナインテイルエリアの治安やモンスターがどうなってるかすら解らない状況ではどだい無理な話である。
——ざっくり一言でまとめると『現状では〈ガラス職人〉に転職不可能』という事だ。
〈ホネスティ〉有志が調査している〈妖精の輪〉のタイムテーブルさえ解明されれば、その手の遠距離移動が必要になるクエストも楽にこなせるだろうが、現状では単なる無い物ねだりでしかない。
そして、円卓の報告の中にもあったが、各種ギルドは生産サブ職持ちをレベルの高さより現実の知識と技術がある人材をいかに抱え込む方に動き始めているらしい。
特に顕著なのは〈料理人〉を中心とする調理に関連する生産サブ職だ。メニューで作るのと自力で作るので味と食感という結果で明確に出てくる。
結局の話、サブ職レベルなど、メニューで単純作業を何度もこなせば簡単に上がる。要はスキルはあっても現実の知識のない生産者より、現実の知識を持った者がスキルを身に付けさせた方が早いと言う事だ。
もっとも、調理に関係しないサブ職ではレベルが高い者にしか作れないアイテムが必要になる時もあるので一概には言えないのではあるが。
何となくいびつな気がするが、EXPポーションの時のようにあからさまな詐欺と搾取のような人的被害が出てる訳でもないので〈円卓会議〉は何も言わないし、そもそもそんな権力を持った組織でもない。
アイザック自身も『大工としての知識を持っているならいっそ〈大工〉に変えてみればいいんじゃないか』と、ギルド外の人間に何度か言われた事があるが、この世界での自分は現実のような〈大工〉として生きるよりも今のサブ職である〈剣闘士〉で剣を振るっている方がよっぽど性に合っている気がする。
「そういや、さっきからお前から鳴ってる音はなんだよ」
「ああ、風鈴ですよ。自室に飾ろうかと思いまして」
レザリックがバッグに括り付けたガラスの風鈴を外して揺らすと、ちりん、と涼しげな夏の音が響く。
「なんつーか、かき氷とかスイカとか喰いたくなる音だな」
「アイスもいいですよね。冷えた麦茶とか」
冒険者の丈夫な肉体で季節を感じなくなっても、このように外部からの季節を求めるのは、日本人のDNA的なものなのかも知れない、とアイザックはぼんやり考える。
「アイザックくんもひとつ買ってみてはどうです?……もっとも、あの汚屋敷だと飾る場所無さそうですけど」
「うっせぇな。家なんか寝れりゃ問題ねぇだろが」
「それでもやり過ぎです。まったく、清掃用に大地人を雇うとか方法はあるでしょうに……」
「聞こえねー、俺にはまったく聞こえねーわ」
そのままくどくどと始まるレザリックの説教をかき消すように、アイザックはわざと大きな音を立ててギルドホールのドアを開いた。




