22 新しき『日常』
「あの、数日中にビルを買おうと思ってるんですけど……改築って予約出来ませんか?」
その日の朝、黒駒は〈海洋機構〉のギルドハウスにある、改装受付のカウンターまで来ていた。
「はい。仮予約して建築のお見積もりというコースがあります。それで、予定の物件はお決まりになっておりますでしょうか?」
受付スタッフが取りだした地図に黒駒は指を置くと、受付スタッフはすかざすマークを付ける。
「所有者はギルドですか? 個人ですか?」
「……ギルドです」
「〈秋葉切子〉さん、ギルドマスターさんは黒駒さんでよろしいですね?」
受付スタッフは、黒駒のウィンドウを確認したらしく、慣れた手つきで書類に名前とギルド名を書き込んでいく。
一方の黒駒はカウンター横に置いてあるアキバの地図の名前欄に名前を書き、購入予定ビルの場所に印を付けてそのまま受付に提出する。
「それと、建築のプランの方ですが……もうお決まりになっているならこちらも事前に予約して下さると作業が速くなりますよ」
受付はさらに新しい紙を差し出してきた。そこには、最低限の修繕からフル回収・内装工事各種・屋上エリアの増築や地下の拡張工事まで——ずらっと値段がリストアップされている。
この辺は事前にイヌイサンと内部を確認済みなので、あらかじめ予定に入れている建物の外見修繕と補強と内装工事、水回りエリアの設置、個室用の壁作り、地下倉庫の拡張——今必要な必要なものを選んでゆく。
「それと、お願いがあるのですが……外壁素材持ち込みって可能ですか?」
「はい。ただしその場合、こちらで現物を確認して建材として使用出来るかの検証作業が必要になりますので、建物が確定しても工事にかかるまでには少しお時間を戴きますがよろしいですか?」
「あ、はい……じゃぁ、現物出しますので検証の方お願いします」
黒駒は腰に付けていたマジックバッグを床に置いて、そこから鞄の数倍以上のサイズをしたガラス板を取り出した。マジックバッグ系統はどこかの青い狸っぽい猫型ロボットの四次元ポケットのように物理法則を無視して出てくるので、大きなものを出す瞬間は微妙にバランスを取るのが辛い。
「ウチの〈強化ガラス板〉です。通常のガラス板より強化されています」
受付は初めて見る素材に少しびっくりした顔をした後、すぐに我に戻って慌てて別の書類を出し、そこに書き込んでゆく。——どうやらビルはまだの状態で素材の現物を用意されているとは思ってなかったらしい。
「最大制作サイズはこれでよろしいですか?」
「いえ、ガラス壁サイズまでは作れます。一応、こちらで建材用にガラス壁サイズを25枚ほど確保してますが、必要でしたらさらに生産します」
「……今すぐスタッフを呼びますのでお待ち願えますか?」
その後、〈強化ガラス板〉は受付が念話で呼んだスタッフに引き取られていった。最大サイズの方も欲しいと言われたのでそれも渡す。
「では、こちらで仮の見積もりを作成させて戴きます。キャンセル、物件確定のいずれも十日以内にお願いいたします」
——次の日、別口で〈海洋機構〉から〈強化ガラス板〉四十枚の注文が来た。
そこから約一週間、黒駒は仕事漬けの日々を送ることとなる。
アキバの街の端の端、曲がりくねった薄暗い路地を抜けると、そこには廃墟の瓦礫と緑で覆われたエリアが広がっていた。
街中のはずだが、もうここはフィールドに入っていると言われてもおかしくない。
「何でこんな隅っこに家買ってるんだろうね。もっといい場所ありそうなのに」
クラウの言葉に文吾は黙ったままである。もっとも、何も喋れないといった方が確かなのだが。
あの事件の後、〈ロデリック商会〉で文吾の身体をあらためて診てもらったのだが、『明確にバッドステータスとして出ている訳ではないので、普通に会話を重ねていればそのうち話し方を思い出すのではないか』という曖昧な返事しか帰ってこなかったそうだ。
口頭による会話のキャッチボールは成立しないが、それでも文吾が理解できているのは対応で何となく解るし、詳細を訪ねたければ筆談で事足りる。思った以上にコミュニケーションに支障は出ていない。
もはやアキバの街の中とは思えない緑に覆われた廃墟の道を進むと、一気に開けた場所に出る。そこには、広めの庭の付いた一軒家がぽつんと佇んでいる。
外観は大地人のファンタジーっぽい家と現実の日本家屋をちゃんぽんに掛け合わせたような二階建てである。クラウは地元の観光エリアで見た昔の外国人の家を思い出した。
屋敷というほどもないが、ひとりで住むには十分すぎるサイズの家だ。
二人は蔦で覆われた塀沿いに歩き、あらかじめ入れるようにしてもらっておいた門扉を開ける。
「……うわぁ」
玄関ドアを開けた瞬間、クラウの小さな声が漏れる。そして、その瞳は文吾の方に助けを求めるように向けられた。
玄関からリビングにかけて吹き抜けになっているのだが、既にその場所の天井近くまで木製の中型コンテナが何個も重ねて積まれている。勿論、その後ろの方も同じ様にコンテナが置かれ、同じく高く積まれていた。
「ねぇ、ずっとゲームやってるとこんなに手持ちアイテムって増えるの?」
クラウの質問。とはいえ、やはり文吾はなにも答えない。
家主である黒駒からは『量が多いので持って来るのはゆっくりでいい』とは言われているが、それでもこの家のコンテナ全部を運び終えるには結構な日数がかかるだろう。
「……とりあえず運ぼっか」
とりあえず、二人は出入り口そばのコンテナを運ぶことにした。
久々の更新となります。
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