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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
21/29

20

 再び魚釣り場の近くまで移動した黒駒は、何かを待つように佇んでいた。

 全く確信はなかったが――まだ、あの男声の女はここに残ってそうな気がしたのだ。


 そしてしばらくすると死角からワイヤーが伸びてきた。しかし、黒駒が事前に用意しておいたアイテムの障壁がワイヤーを跳ね返した。

(……やっぱり居た……!)


「ちょっとは準備をしたみたいですが、無駄ですよ?……〈姫〉、彼女はもう一度命を捧げてくれるようですよ。素晴らしいですね」

 女は相変わらず見えない何かと話してるようだが、黒駒は相手にせず、手にしたEXPポットの栓を開け、流し込むように飲み干した。

 ――この手の敵はとにかく距離だ、武器の特性からして、距離を詰められるのが一番マズい。


 まずは〈清き流れ〉(ウンディーネ)を3体召喚して遠距離からの時間差連射を開始する。

 いくら射程が伸びていても間合いの長さは白兵より魔法の方が圧倒的に上である。女の射程までギリギリまで引きつけ、瞬時に特技を発動させる。

「〈戦技召喚:風乙女〉(セイレーン)!」

 瞬時に風の乙女が猛烈な風を纏い、舞う。女を引き離し、黒駒はすかさず位置取りを変更する。


「その程度では私は倒せませんよ?」

「……その辺も何も用意してないと思いでかっ!」

 女が踏み込もうとすると――いつの間にかその足元に落ちていた小さいガラス欠片は破裂して、女の脚に破片が刺さる。

 以前黒駒がアイテムの試作で作った物の1つで、装備するだけだと低レベルのワンド以下の攻撃力だが、攻撃消費アイテムとして使うと高ダメージを叩き出せる〈聖剣エクスホニャララ〉(アザー)の素材を小型のマキビシタイプに加工したものだ。名付けて〈聖剣エクス地雷〉(マイン)と言ったところか。

 位置取りを変更するどさくさに紛れて撒いたものに引っかかってくれたようだ。


 再びワイヤーが伸びるが、これも障壁で弾く。マントの裏に仕込んだ浄玻璃の護石のビーズが勢いよくいくつも割れていく。

 一応下手な〈守護戦士〉(ガーディアン)以上の装甲程度は確保しておいたはずなのだが――それでもせいぜい、後1発耐えれればいい方か。


(とにかく、間合い取らなきゃ……!)

 黒駒は〈火蜥蜴〉(サラマンダー)〈清き流れ〉(ウンディーネ)の同時召喚を行い――火炎と水流を一気にぶつけ、巨大な水蒸気を発生させてその霧に紛れ、朽ちて苔むした壁の裏に転げるように飛び込み、そのまま隠れる。


 その瞬間、メニュー画面が突然出た。


『〈従者:黒剣の闘士〉との契約が完了しました』

『召喚契約数がいっぱいです』

『契約を解除する召喚獣を選んで下さい』


(……何これ?)

 身体を低くした姿勢のまま、黒駒はウィンドウの内容に混乱する。

 何故今出たのか。何のカテゴリの召喚獣なのか。燃費もわからない。

 だが、今出た言う事は何らかの意味があるかもしれない――まったくないかも知れないが。


 死んでも終わらない世界であっても、終わらないからと言って思考を、行動を放棄するのは違う。

(どうせまた死ぬなら、すべてやってからだよね……後悔だけなら死んだ後にいくらでも出来るだろうし)

 黒駒はこの世界になってまったく使ってない召喚獣を選んで消し、即座に〈従者:黒剣の闘士〉の召喚を開始する。

 身体がすかざす発動動作を開始する。己の取ったその構えは、自分の知っている知識の中には全くないものであった。


「……逃げられるとお思いですか?」

 声と共に女のワイヤーが風圧ともに水蒸気のヴェールを切り裂き、黒駒の方に伸びる。

 だが、その細く鋭い刃は黒駒には届かず、何故か見覚えのある鎧姿の男――アイザックが攻撃を受け止めていた。


「よぉ。どうやら博打は成功したみてぇだな」

「……博打? ……何やったの?」

「詳しくは後でだ!」

 いるはずのない想定外の伏兵の出現。女はバックステップで一度間合いを取り、再び構える。


「やい、うちの奴らが世話になったようだな」

 女の真っ正面に漆黒の大剣〈苦鳴を紡ぐもの〉の剣先を向け、アイザックは残った片手で招くように軽く手を上げる。

「来いよ。……それともまた、俺の強さにビビってケツまくって逃げるか?」

 そしてさらに挑発するように――ニィ、と口元を上げて笑う。


「コイツ、〈姫〉の前で戯言を!」

「ゴチャゴチャ訳わからねぇこと言ってンじゃねぇよ!」

 アイザックは瞬時に〈キャッスルオブストーン〉を発動する。ワイヤーはその鎧に触れる間もなく滑り、弾かれる。

 その間に黒駒は〈戦技召喚:風乙女〉(セイレーン)の強風で女をアイザックの間合いに押し込んだ。

 そしてすかさずアイザックのデータを確認する。カテゴリが〈召喚獣〉扱いになっている上、レベルが89に下がっていた。

(博打ってこういう意味だったの……!?)

 しかも他の召還獣のようにコントロールしようにも弾かれる。基本的には自立行動型扱いのようだ。

 こちらもかなりのMP回復装備を付けて、EXPポットを飲んでいるはずなのだが、MPのバーは少しも回復しない。明らかに減る分と相殺されている。

 黒駒の手持ちでも大食らいの部類に入る〈不死鳥〉(フェニックス)ですらここまで減りはしない。

(基本的なヘイトの管理や装甲の厚さ、技はアイザックそのままっぽい? ……ゴーレム辺りの運用法が使え……ないよね……)

 黒駒は何とか思考を戦闘のそれに戻す。いっそ驚いたまま乾いた笑いでも浮かべられれば良いのだが、目の前の光景はそんな暇は与えてくれない。


「おい……お前ホントに冒険者かよ!?」

「私には〈姫〉がついていますから。ねぇ……」

「……だから〈姫〉って誰だっての!」


 お互いの得物で打ち合う2人の姿を凝視しながら黒駒は頭をフル回転させる。

 今までの攻撃の蓄積、アイザックの召喚後もアイテムやセイレーンのサポートを入れつつ数撃は入ってるのだが、武器のリーチの差でここぞというところで反撃を受ける。装甲はこちらが圧倒しているとはいえ、相手はモーションの読めない対人戦特化武器、しかも、想定されている攻撃力を何故か遥かに超えている。

 とにかく、化け物じみた速さと攻撃力で圧倒してくる。しかもHPもそこそこ削ってるはずなのにまだ余裕がありそうだ。――アイザックの言った通り、本当に冒険者なのか怪しく思えてくる程だ。

 まったくHPが削れていない訳ではないだろう。しかし勝利に繋がる最後の一歩が見えてこない。このままだと機動力と攻撃力で押し切られる。


(……どうするか……)

 黒駒はただ、ひたすら2人を見据え――考えを纏める。

 結論は至ってシンプルだ。アイザックを確実に懐に送り込み、移動をされる前に火力を上げて物理で殴る。

 それさえできるなら、確実に押しきれるはずだ。


 しかし、問題はアイザックの強化である。

 しかも精霊でも幻獣でもない、ただの冒険者だ。黒駒得意の精霊を強化する技も使えない。

(なら、火力はこれしかないか……)

 黒駒は〈血を分かつ絆〉(ブラッドスウェアー)を発動する。召喚獣の力は跳ね上がるが、術者であるこっちは一気に消耗する技だ。

 HPとMPが消費される事で発生する酩酊感と気怠さが一気にこみ上げる。ナカノの一件でも味わった感覚だが、いまだ慣れない。

 一度でもこっちに攻撃を向けられたら、多分持たないだろう。攻撃が向けられると言う事はアイザックが倒れると言う意味でもある。


(もうひとつ、確実に送り込むには……)

 正直、こっちは自信がない。失敗するかもしれない。――ただ、何もせずに終わるよりはよっぽどいい。

 自分の技術と運。それと今まで見てきたアイザックの引きの強さ、どうしようもない局面をアドリブで乗りきっていたあの勢いを信じるしかない。

 自分達はいつだってそうだ、どうしようもない盤面になってもそこから逆転してきた。

(いつものやり方だと思えば……大丈夫、なんとかなる)


 黒駒の前方で2人の剣戟はまだ続く。〈血を分かつ絆〉(ブラッドスウェアー)の効果か、アイザックがじりじりと押しはじめている。

 その隙に、黒駒はサラマンダーを1体召還し、両者の死角から気付かれないように慎重に移動させる。

 己のMPも限界に近い。これをしくじったら終わりだ。


「……いつまでもいつまでもしつこい! 〈姫〉に寵愛を受ける私が負ける訳がないでしょう……っ!」

「うっせぇ、こちとらお前が何言ってんだかサッパリ解んねぇんだよ!」

 風を切る音を立て、女のワイヤーがアイザックに向けて伸びる。


 ――来た。


 黒駒はこの瞬間を見極め、ひとつの特技を発動する。

「〈コールサーヴァント〉!」

 瞬時に女の後方に待機させたサラマンダーとアイザックの場所を入れ替える。

 女の前方にはサラマンダーが出現し、――アイザックの位置が女の背後に入れ替わる。

 ワイヤーはサラマンダーを切り裂いただけに留まり――。


「悪りぃな、俺はこっちだ」


 アイザックは瞬時に〈苦鳴を紡ぐもの〉を構え直し――裂帛の気合を込めた〈オンスロート〉で一気に叩き斬った。

「〈姫〉! 行かないで下さい! 何故そんな顔をなされて……」

 男の声で絶叫に近い声が響くが、叫びきる前に、その身体は虹色の泡のように弾け、消えた。

アイテム紹介


〈聖剣エクスホニャララ〉(アザー)

〈名工〉低レベルで作成可能。

ガラス製の豪奢な片手剣であるが、装備しても攻撃力は全くない。

ただし、消耗品の投擲武器として使用すると強力な攻撃力を発揮する。


〈聖剣エクス地雷〉(マイン)

投擲する事によって大ダメージを与える事の出来る消費アイテム〈聖剣エクスホニャララ〉の素材をそのままマキビシタイプに加工した戦闘用アイテム。フィールドに撒いて使用する。

小さくなってひとつひとつの攻撃威力は減ったが、命中力は上昇している。


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