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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
20/29

19

 ■???


 気がつけば、黒駒は今までの『黒瀬駒江』の姿のまま、固いレザーのソファーにたったひとりで座っていた。

 そこは、最寄り駅前のコーヒーショップの店内。

 窓の向こうを見ると、コンビニや飲み屋、ファーストフードショップが見える。


(ああ、そう言えば……)

 黒駒はこの店に来る時は大体この窓際に座ってた事をぼんやりと思い出した。

 手元のメニューや貼られたポスター、窓から見える店の名前は、女の名前のようにノイズのようにぼやけて読めない。

 黒駒は天井を見上げる。外国の曲が流れる中、アンティーク風の木製ファンが回っていた。

 何回かテナント名は変わっていたが、コーヒーショップである事は変わらず変わってない。

 名前は変わっても唯一変わらなかったメニューであるコーヒーゼリーのパフェが好きで、来たら毎回と言っていいほど頼んでた気がする。

 家族や、友人と何度来たか覚えていないほどだ。オフ会に行く時の待ち合わせもよくここでした。



 風景とともに、ここに来るまでの思い出が堰を切ったようにあふれ出した。

 二度と会えなくなってしまった家族。

 自分のために泣いてくれたクラスメイト、優しくしてくれた親戚達。

 その中のひとつの裏切りによってすべてが裏返され、それらすべてが己達を美しく見せるだけの嘘に見えたあの頃。

 たったのひとりの広い部屋。ドアを開けても暗いままで、もう家族の声は聞こえることはない。

 自分だけが生きていていいのか。そんな事を繰り返し幾度も考えた。

 そんな思い出の断片がひとつ、またひとつ刺さり、自分がどんなに酷い人間か知らされる。


 ――想像力が足りなかった。

 アイザックが最初に示唆してくれていたはずだ、『今のこれが現実だ』と。

 ――もっと危機感を持てば。

 ゲームとよく似たこんな訳の解らないところに入れられれば、人間何をしでかすか分からないと言うのはきっと頭では理解出来ていたはずなのに。

 ――あの時すぐに〈断罪の蜘蛛の呪糸〉を市場から引き上げていれば。

 本心は外から見える世界に恐怖し、『ガラスを作る』と言う名目で閉じこもっていた自分が恥ずかしい。


 頭の中で『何故自分はこんな人間なんだろう』が何度も何度も繰り返される。

 あまりにも情けなくて、涙が出てきてなかなか止まらなかった。



 涙が涸れ、気がつけばもはや席は無く、砂の上に立っていた。

 身体は『あの世界』のものに戻ってはいたが、服は現実世界のショールとニットワンピースのままだった。

 満天の夜空、紺碧の海、空の彼方へ注ぐ光の欠片。

 空には月が浮かぶが如く、青い星が見える。

 そのまま海辺の方まで歩く。まるで、地球じゃない場所のようだ。例えるなら、月。

(……そうか、みんな、ここに来たんだ)

 黒駒はしゃがんで波を手で受けるように触れ、海の水を少しだけ掬う。

 レザリックの言葉も、文吾の勝利の喜びも、クラウの戸惑いも、アイザックの懺悔も――すべてとはいかなくともほんの少しは解った気がする。

 本当にほんの少しだけだが。

 黒駒はいつの間にか足元にあったにポケットナイフを拾い上げ、髪を少しだけ切り、海に流した。

 何故そうしたかは解らない。だが、そうするのがこの海でのルールのような気がした。ただ、それだけだった。




 次に黒駒が気がついた時――己の身体は大神殿の冷たい祭壇に横たわっていた。

 起き上がろうとして指先の感触に気づく。斬られていた腕より先は綺麗に元に戻っていた。先ほど受けたのはバッドステータスのようなものだったのか。

 それと、いつも付けている簪が外れ髪がほどけていた。おそらく、此処に転送された時にほどけたのであろう。

 半身を起こすが、まだ頭の中が靄がかかったようにぼんやりとしている。


「……気がついたか?」

 いつもの聴きなれた声。――アイザックだ。後ろにはレザリックもいる。

 おそらく、〈帰還呪文〉(コールオブホーム)で帰ったクラウが即座に連絡したのであろう。

「うん」

「チビから聞いたが、PKにやられたらしいな」

「うん。凄いスタイルいい美人な黒髪の女の人だけど、声がおじさんみたいな声の……」

「やっぱり、アイツか。そんな気はしてたんだがな」

「……知ってたんだ」

「ああ、俺も結構前に会ってる。その時は逃げられたが」

 黒駒は無言で身体を起こし、祭壇に落ちた二対の簪を手に取ってそのまま鞄の中に入れる。

「文吾を最後に殺ったのも多分アイツだ。……今まで被害にあった奴の話を聞くと、手口はほぼ同じらしい。大体不意打ちですぐに逃げるらしいから、お前みたいにはっきり見た奴は初めてだけどな」

「……あとさ、〈断罪の蜘蛛の呪糸〉(ギロチン・ワイヤー)買った人だよね。自分で言ってた」

 黒駒は、ぽつりと呟く。

「……止めないと」

「……どうやってだよ?」

「決めてない。でもとにかくなんとかする」

「なんとかって……何だよ、そりゃ!」

 既に立ち上がった黒駒の瞳は酷く――誰にでも容赦なく噛みついていくような色を湛えていた。

 アイザックは止めようとその腕を掴もうとするが、むなしく空をきる。

「大丈夫、〈召喚術師〉(サモナー)はソロ職だから。ひとりでもなんとかできるよ」

 その言葉に少し昔の下らない言い争いを思い出して、アイザックは苦い顔をする。


 黒駒のビルドは〈精霊術師〉(エレメンタラー)だ。

 状況によって精霊を切り替え、弱点を突いて攻撃するタイプである。

 突き詰めれば単純火力に関しては〈妖術師〉(ソーサラー)に肉薄するのだが、他のビルドに比べると耐久力に欠ける。

 どちらかと言うと〈召喚術師〉の中ではあまりソロ向きではないビルドだ。

 〈召喚術師〉と言うと、ソロ職というイメージも大きい。だが、召喚獣とも無限に契約出来る訳ではない。あくまで選択肢が多いだけであり、最終的には全てに対応する事などまず出来なくなる方が多い。

 ――そもそも不意打ちを喰らえば、装備を固めた高レベル〈武士〉(サムライ)でも確実に死ぬような攻撃力だ。装甲の薄い魔法攻撃職1人では勝ち目はあまり見えない。


「黒駒さん、また死にますね」

 走って出ていく黒駒の背中を見送った後、後ろに控えていたレザリックは静かに呟いた。

「責任感じてそうですし、きっと独りで止めようと続けるでしょうね……件のPKを倒すか、心がすり切れるどちらかまでは」

 レザリックはアイザックの方へ顔を向け、静かに見据える。

「アイザックくん……貴方はどうするんですか?」

 戦いに取り憑かれ、心を擦り減らした人間の結果は文吾で見たではないか。

(アイツも……そうなるのか……?)

 アイザックは気がつけば苛立ちで思いっきり歯を食いしばっていた。ギリと口の中に音が響く。


 ――己の行動に死ぬほど後悔するのは、それこそ死んで見るあの場所だけでいい。


 そして、ようやく何かを振り切ったように大神殿の出口へ向かって走り出した。

「……肝心な時にヘタレですよね、あの人」

 レザリックは誰にも無く呟いて、ため息をついた。



 アイザックはフィールドへの入り口である〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉方面に向け、一気に駆ける。

 そして、黒駒ならどうするかを脳内でシミュレートしはじめた。

(あの装備はあくまで私服みたいなもんだ、本気で勝ちに行くならまずギルドに戻って装備を調え……ヤベェ!?)

 いきなりの自分の読みのミスに気づき、慌ててターンしてギルド会館の方に足を向ける。


「コマ!黒駒は何処だ!」

 アイザックはギルドホールのドアを開け、あらんばかりの大声で名を呼ぶ。だが中は静かであった。

 階段を上がり、私室のドアを開けて声をかけるが――やはり返事はない。

 声に気づいてクラウが私室のエリアのドアからそっと顔を出す。明らかにアイザックの剣幕に怯えていた。


「おいチビ! 黒駒は何処に行ったか知らねぇか!」

「さっき自室に戻って倉庫で服変えて……すぐに出ていった……けど」

 アイザックは即座にフレンドリストを開ける。黒駒の場所はもうすでに〈書庫塔の林〉の方面に入っており、思わず舌打ちをする。

 何処のフィールドかは解っても、フィールドのどの場所にいるまでは把握できないからだ。それに、戦った場所は黒駒しか知らない。

(落ち着け、何か方法があるはずだ……)

 アイザックは大きく息を吐き、はやる気持ちを抑える。急がば回れ、焦ってもどうしようもない。

 フィールドに居る人間が解るほどの派手な爆風が起こった後なら、巡回チームも警戒するし、向こうだって移動してるはずだ。即座に遭遇して戦うと言う事はまず無いと信じたい。


「……黒駒の個人倉庫を見せろ! 今すぐだ!」


 私室兼応接間の部屋の奥、ガラス壁で区切られた個人スペースの横の個人倉庫の扉に入れるのは、黒駒当人と掃除担当のクラウだけに設定されており――別ギルドのアイザックだと個人スペース近くまでは入れても、肝心の倉庫までは入れない。


「ええと……うわっ!」

「どーした、チビ!」

 アイザックは顔だけ出して扉の向こうを覗き込む。

「装備の場所、折角片付けたのがぐちゃぐちゃになってる……」

 ここまでは予想通りだ。黒駒は確実に『勝つため』の装備に調えてる。

 アイザックは自分の頭の中に残っている黒駒と一緒に行ったクエスト、レイドの報酬の記憶をひっくり返す。

『エルダー・テイル』と言うゲームを始めて、気がついたらすでに横に居たと言うか、それくらい大昔からずっと一緒だった。2人でクリアしたクエストやレイドは数知れない。――多すぎて思い出せないのもあるが、横にはつい最近その過去のアイテムの数々を整頓をしてるクラウも居る。


「チビ、とにかく漁れ! 漁ってアイテムの名前挙げてけ!」

「チビじゃないって! クラウだってば!」

 アイザックはクラウに指示し、アイテムの名前を確認させながら過去の記憶を引きずり出す。この世界にウェブ検索やWIKIが無いのが本当に恨めしい。

「あっ、そういやこれ! これならどう!?」

 しばらく続けていると、クラウはコンテナの中身を思い出したように漁り、一枚の古びた羊皮紙を差し出した。

「ん、〈召王の呪印書〉? 何だったか……」

 アイザックは差し出されたアイテムを受け取る。書かれているのは古アルヴ語らしく、いまいち読めないが――最後の片方に黒駒の文字で書かれた名前と血判が押されている。

「ええと……召喚獣関連のアイテムだっ……け? この前これのこと聞いた時に『なんかあった時に悪用されないように』って名前書いて自分の血を押し付けてた」

 クラウの言葉を聞き、フレーバーテキストを見て――アイザックはようやく思い出した。


 〈召王の呪印書〉。

 大型レイド戦の報酬、幻想級の消費アイテムの1つである。

 通常なら契約不可能なミニオン級以上のモンスターと契約できるアイテムだったはずだが、ドロップ確率が恐ろしく低いらしく、他サーバーはさておき、ヤマトサーバーだとこれ1つしか出てないはずの物だ。


「……って、バカかお前!俺はモンスターじゃねーっつの!」

「でも、後は事前に準備がいるものとか、どっちも装備しなきゃいけないセットのものとかばっかだよ?……召喚ならすぐに行けなくない?」


 クラウの言葉にふと止まり、アイザックは考える。

 自分達の世界が変わり、ルールも変わった。

 〈腹ぐろ〉がこの前の会議で言ったように、3大生産ギルドが蒸気機関を作ったように――この世界がゲームだった時なら一切不可能であった、新しく『何か』を産み出せる事が判明している。黒駒も実際にそれが出来ている。


 そしてもうひとつの証拠。黒駒はここに名前を書き込み、血判を押している。

 そもそもこのアイテムはメニューで契約をするアイテムであり、このように直接書いて契約するアイテムではないはずだ。

 黒駒はゲーム時代なら出来なかった事――肉筆で文字を書きこみ、印を押せたのだ。

 ふと、ひとつの考えがよぎる。


 もし、このモンスターに血判を押させるであろう部分に自分の名前を書き込み、自分の血判を押したら――?


「チビ、ペン持ってこい!今すぐにだ!」

 アイザックは右腕の篭手を外し、右手をむき出しにする。

 言うやいなや、アイザックは思い切り犬歯で唇を噛み切り、唇から血を流した。それを右指の親指ですくい、一気に契約書の開いた項目に押しつける。

 そしてクラウが即座に持ってきたペンをむしり取るように掴み、自分の名前を書いた。

アイテム紹介


〈召王の呪印書〉(サモナー・オブ・コントラクト)

大型レイド戦の報酬ドロップ、幻想級の消費アイテムの1つ。

通常なら契約不可能なミニオン級以上のモンスターと契約できるアイテム。

ヤマトサーバーは勿論、各海外サーバーでもドロップ数はごくわずかという超レア物。

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