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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
18/29

17

 円卓会議が結成された後、まず行われたのはアキバ近辺のモンスターの駆除であった。

 これは、戦闘に慣れない低レベルプレイヤーや大地人に向けた措置である。しかも、時間経過で再POPするので定期的に行わなければならない。

 将来的には有志による参加も視点に入れているが、今はまだ発足したばかりと言う事で、円卓参加の四大戦闘ギルド中心に行われる事になった。


 〈書庫塔の林〉の鬱蒼と茂った木々を縫って、文吾が太刀を最後の〈緑小鬼〉に浴びせた。ゴブリンは声を上げ、瞬時に金貨とアイテムに変わる。

「へっ、シャバ僧が『いっちょ前』にやるようになったじゃんかよ!」

 戦闘の終わりを確認し、〈黒剣騎士団〉の特攻隊長であるフリードは呪歌の旋律を奏でていたギターを止める。


「いえ、まだまだっス。未だに大神殿にお世話になる事もかなり多いッスし……」

 そして、戦闘の余韻も抜け、一息ついて文吾が仲間達の方向に振り返ろうとしたその瞬間――。

 首に細い糸のような何かが引っかかったと思うと、視界が反転し――そのまま落ちる。ドサっという音と共に視界が再び揺れた後、真正面に草と自分の足らしきものが見えた。

 誰の声かもわからない絶叫の声の次に、PK襲撃を叫ぶ号令、再び武器を構え直す仲間達。

 全てが意味不明のまま、文吾の意識はぷっつりと消えると同時に――身体が消滅していった。




 ■???


 気がつけばいつも見る部屋だった。薄暗い、病院の一室。

 細い文吾の腕から延びる透明の管は、いつものようにベッド横に吊り下げられたパックに繋がっていた。

 部屋の中で唯一明るいテレビは何かを放送してるのだろうが、もはや視界はノイズまみれで、映像も音も全く理解することが出来ない。

 それどころか、来る度に視界のノイズが増えていっており、全てがぼやけはじめている。


「お子さんは……」

 ドアの向こうから沈んだ医者の声。母親のすすり泣く声。どれだけ潜めていてもその音は文吾の耳にはしっかりと聞こえている。

 以前ははっきり聞こえていたはずの言葉も、今ではもう何と言ってるのかすら分からなくなってしまったが――成人まで生きられたら良い方だと言う内容だけはなんとなく覚えていた。


 文吾の楽しみは病院内の授業の時間と貸し出して貰える本の数々。そして、誕生日に与えられたノートパソコンでネットで世界の情報を見る事だった。

 世界のニュースや近所の出来事を見るたびに、自分の世界は少しずつ広くなっていった気がしていた。

 〈エルダー・テイル〉をはじめた時もそうだ。

 広告が気になり、様々なサイトでスペックを調べてみたら自分のパソコンでもできる事に気づき、親と医者に相談してみたところ時間を決めて遊ぶことを条件に許可してくれた。


 もっとも、消灯後も内緒で遊んだ事は数知れないのだが。


 パジャマにくるまっていた自分の身体が急に大きくなる。『あの世界』の肉体だ。

 文吾は、砂浜に座って光の海をただ眺めていた。

 死の苦しみの後、必ず最後に来る幻想的な海辺は酷く心地よく、段々ここから動きたくなくなってくる。


 何度戦ってもナカノの戦い以降、満足に勝てない。あの時は勝てたはずなのに。

 文吾の中にはそれ以外に湧き出てくる反省も悲しみも、あまりなかった。

 自分の来てしまった世界がなんなのか解らない。


 ただ解っている事は――どこの世界にいても自分は死んでしまうと言う事実。

 その事実に気づいてしまった瞬間、文吾の中に線のように張り詰めていた『何か』がぷっつり切れたような気がした。




 PKの襲撃から一時間ほど後――〈黒剣騎士団〉のモンスター討伐部隊はアキバの大神殿に戻っていた。

 肝心のPKはそのまま隠れて逃げたらしく、周辺を捜索しても痕跡は見つからず、外見を知ることも出来なかった。


 そして、肝心の被害者である文吾はなかなか起き上がってこない。普段ならもう既に起き上がってもおかしくないはずだというのに。

 その長さに気づいた仲間の1人が、何度か揺すり起こすと祭壇の上の文吾はようやく目を覚ましたが――目の焦点がいささか合っていない。まるで生ける屍のような瞳である。

「……おい、どうしたんだよ」

 仲間は気付けに文吾の頬を何度か軽くはたくが、目がうつろなまま、反応は返さない。


「副長、今すぐ大神殿に『回復職』を手配して貰えませんかね……『ヤバイ』事になっているみたいで」

 文吾の様子を横目に、念話をするフリードのサングラスで隠れた目は酷く険しくなっていた。

 文吾は〈ナカノモール〉の一件以降、当人の『戦いたい』という意志を優先し、改めてフリードの特攻部隊に編入された。

 確かに再編入後は死亡率は下がったが、それはほんの少し。


 それでも文吾は頑なに戦闘に勝つ事にこだわり、行くことを辞めようとしなかった。

 だからこそ、今回の状況は看過できるものではなかった。



 夕刻〈黒剣騎士団〉ギルドホールにある会議室――と言う名ばかりの安物の椅子と大きなテーブルが並んだだけの煤けた部屋に全ての幹部が招集された。

 ギルドマスターであるアイザックの横、ミリタリー系デザインの装備に身を包んだ威丈夫、副長であるドン・マスディが現状報告を促す。


「レザリック、フリード。文吾の様子は?」

「回復の方は完全です。これと言った外傷も見当たりません。ですが……」

「飯もちゃんと食器使って食えるし、自分で起き上がってトイレにも行ける。そっち辺の方面は『問題』はないみたいだ」

「……私達の言ってる言葉も解ってるみたいなんですけど」

「今回は今までに『ありえない』死に方だったからな……それが何か『関係』あるかもしれねぇ」

 フリードの脳内で、文吾の首が綺麗に飛んで落ちた光景がフラッシュバックする。――ゲーム時代なら悪趣味な新エフェクトだとまだ笑って済ませられたが、一ヶ月半を越え、この世界に馴染んでしまっていた自分達が見せつけられた『現実の光景』はあまりにも衝撃的すぎた。

 勿論、今までならありえなかった光景に耐えきれず吐いたメンバーもいる。彼らも暫くは休ませたほうが得策だろう。


「ともかく、この状態だともはや戦闘は無理でしょう」

 レザリックの言葉に全員が無言になる。

「で、だ。……〈黒剣騎士団〉(ウチ)の総意として、文吾の今後の処分をどうするかを決めたい」

 アイザックは眉間に皺を寄せて口を引き結び、何も喋らない。――それを横目にマスディは会議の進行を続ける。


「僕は除籍を提案します。うちは戦闘ギルドで売ってます。円卓会議とやらを考えると、鉄火場の仕事が優先で回ってきそうですしね。それに今までのイメージもあります。そもそもうちは実力主義、弱い人間を置いておける余裕などないのでは?」

 フリードの横、遊撃隊長であるパウルスはその整った顔を曇らせ、プラチナブロンドの髪をいじる。


「俺は反対だ!文吾の今までの努力が『無駄』になっちまうじゃんかよ……!」

 フリードは噛みつかんばかり立ち上がり、周りを睨む。今まで文吾の世話を担当していたのもあるだろう、情が移っているのかもしれない。


「……ボクはどっちがいいとも言えないなぁ。皆の言う事も解るけど……繊細な問題で今は答えが出せないよ」

 ひょっとしたら僕ら自身もいつかああなるかもしれないしね――と付け加え、親衛隊長であるゼッカ=イーグルは形の良い眉を潜める。その華奢な少女のような姿からは考えられないバリトンボイスのギャップは凄いが、その声の下した指摘はもっともであった。


「レザリックは?」

「……私は、除籍に賛成です。復帰を見越してリハビリを行うにしても、今は戦闘から離れて環境を変えた方がいいでしょう」

 マスディは、黙ったまましかめ面から表情を変えないアイザックを横目で見る。

「幹部の意見が出揃った訳だが、どうするんだ、アイザック。最後に決断するのはここのギルマスであるお前だ」


 マスディの言葉にアイザックは何も答えず、立ち上がってドアに向かう。

「……ちょっと出てくる」

「何処へだ?」

「文吾の身柄を頼める場所だ。それから答えは出す。しばらく時間をくれ」




「さて、今日の売り上げを数えましょうか」

 既に番頭が板に付いてきたイヌイサンの号令で、2人で本日の売り上げを数え、販売商品数と在庫を紙にまとめていく。

 2人ともサブ職は〈ガラス職人〉、〈筆写師〉ではないのでコピーは取れないが、元は事務職、ペンで売り上げを書いて纏める程度なら今の状況でも十分できる。


「マグカップは思ったより売れましたね……耐熱の不透明なガラスマグカップってあんまり見かけないタイプですからかね」

「そうですね。鋳造したガラスマグって外国製のものがアンティークショップで売ってるくらいで、現実でもだいたい透明の薄手のものが多いですし」

 イヌイサンが用意してくれてたメモに目を通しながら、黒駒は商品の売り上げを清書していく。他には、定番の容器などを鉱石の配合や製作法を変えて、ゲームでは無かった形や色あいの物を混ぜてみたが、それが思ったより評判が高かったらしい。

「後は……試しに置いたお冷やグラスやパフェグラスも反応良かったですね。まとめて注文が来ましたし……」

「これから飲食店を開業する人が結構いるみたいですからねぇ。一番手に入りやすい木製カップでもいいでしょうけど、やっぱり現実に近い方が雰囲気……」


 その時、ギルドホールのドアが勢いよく開かれる。開けた主はアイザック。

 普段見せる強気な表情は影を潜め、いつになく沈んだ顔であった。

 その明らかにありえない表情を見て、何かをすぐさま理解したように黒駒は立ち上がる。


「イヌイサン。ちょっとアイザックと話してきます……クラウちゃんもしばらくこっちに来ないように言っておいて下さい」

「でも……クラウは今ギルマスの個人倉庫整頓してませんでしたっけ」

「彼女の仕事終わるまでにはなんとかしますので。ひとまず念話で部屋から出ないよう伝えて貰えませんか」

「はい」

 空気を察してか、イヌイサンもそれ以上追求せず、あえて見ない振りをして作業に戻った。



 沈んだ表情のアイザックを自室兼応接室に入れて、ひとまずソファーに座らせた後――自分も向かいの席に座り、すぐさまメニューで部屋を侵入禁止に変更した。

 沈黙がしばらく続いた後、ようやくアイザックは口を開く。


「……すまねぇが、文吾を頼めねぇか」

 予想だにしない言葉に黒駒は少し躊躇する。

「……どう言う事?」

「アイツはもう駄目だ。俺達の場所だと無茶をさせちまう。ここで雑用なり護衛なりで預かって貰えないか?」

 相手が普段の表情ではない分、黒駒はどう答えて良いか戸惑う。


「もう駄目って……ホントにそれでいいの?文吾君の気持ちは?」

「気持ち、か……その気持ちが解らねぇようになってるんだよ」

 アイザックは目を伏せて、また少し黙った後、ぽつりと呟く。


「黒駒、おめぇ……死んだ事、なかったんだよな」

 解りにくいかも知れねぇが、と前置きをつけてアイザックは続ける。

「なんて言えばいいんだ……、死ぬと死ぬほど辛くなるんだ。それで、いかに自分がどうしようもねぇ奴か気づくんだよ」

 黒駒は黙ったままアイザックの話を聞き続ける。

「……正直死ぬのは俺もつれぇんだよ。これ以上何度も死ぬのは出来るだけ避けたい」


 アイザックは、表情を隠すように顔を下げる。

 それに気づいた黒駒は無言で席を立つと、アイザックの横に座り直し、正面の椅子の方向だけを見た。

 今の黒駒にできるのは、ただ横に座る友人の話を聞き、表情を見ないことだけだった。

 当人もあまり人に見せたくない顔になってると気づいているだろう。


「でもな、アイツは毎日それをずっと続けてたんだよ。俺らの数倍どころじゃきかねぇ数で」

「うん」

「あいつの心が壊れる……いや、もう壊れてる……」

「……うん」

「……アイツの事には気づいてたのに、戦闘に出し続けた俺の責任だ。俺がアイツを……」


 アイザックは絞り出すように声を吐き出した後、そのまま黙りこくってしまった。

 エルダー・テイルをはじめて、お互い知り合って、仲間としてやってきた長い付き合いの中、弱音を吐かれた事は何度もある。

 だが、今までのそれとはまったく違った。それは弱音ではなく――懺悔だった。

 その後はお互い何も言わず、沈黙が部屋を支配する。


 ふと、黒駒がパネルを押すような仕草をした後、片手を耳を押さえた。念話を受け取ったらしい。

「はい。こっちにいます……ええ……わかりました、言っておきます」

「……マスディか?」

「うん。そろそろ頭冷えただろうし戻って来いってさ」


(場所は予想されてたってことかよ……)

 アイザックの人間関係は基本ギルドが中心だ。

 別のギルドにも『ダチ』はいない事はないのだが、プライベートを愚痴ったり相談出来る人物は本当にごく少数である。だからマスディもここに来るだろうと目星を付けてたのかもしれない。


「じゃぁ、そっちも手一杯の所済まねぇけど、文吾の事、頼めねぇか?」

「むしろこっちは人手足りてないから……大歓迎だよ」

「ああ。……すまねぇな、コマ」


 気がついたら、昔の呼び名で呼んでいた。

 一年前のあの時から、今まで呼んでいたその名は使ってはいけない気がしてあえて避けていたのだが、今は何となくそう呼ばないといけない気がした。

 一度口に出して呼んでしまえば、自分の酷くくだらないこだわりだった気もする。


「気にしない。……アイくんもさ、あんまり考えすぎたら駄目だよ。ただでさえ考えるのには向いてないタイプなんだから、ドツボにはまるよ」

「……ごもっとも、だな」

 アイザックは気持ちを切り替えるように両手で顔を挟み込むように己の頬を勢いよく叩いて、ソファーから立ち上がった。――その顔はようやくいつもの表情に戻ってきていた。

「じゃぁ、文吾は後で連れてくる。教育方針もお前に任せる。……それと、黒剣から籍を外すようなコトはしねぇ。オレもなるべく顔出すようにするからよ」

「ん。まかされたよ、心の友」

「……おう」


 ――そして、アイザックは来た時と同じように派手な音を立てて扉を開き、出ていった。

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