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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
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14 〈断章〉ある男の記憶

男であり、女である者はただ、森の中を走る。

ただ、身体の中の『渇いた感情』を埋めるために殺していた。

いくら殺しても己の中の『渇き』は癒されない。

殺しても癒されるのは一時だけだ。また、〈姫〉が『それ』を欲しがる。




次の日は仕事だった。

だからその日はアップデートで変わった様子だけ軽く見て帰るつもりだった。

本拠地のミナミの方で過ごそうかと思ったが、やはり一番大きなホームタウンであるアキバで迎えた方が面白いと思ったのだ。

きっと掘り出し物のアイテムの情報もすぐに流れるに違いない。

そんな軽い気持ちでログインしただけだったのだ。


――そして、すべてが一気に変転し、狂った。


そこに自分の男としての身はなく、変わりにゲームで使っていた女の身体があった。

声は自分のままなのに、海外の雑誌で見て印象に残っていたグラビアアイドルを模して作ったその姿は、あまりにも本来の自分とかけ離れていて、逆に笑ってしまう。

川に映った顔は、少しだけ――自分に似ていた。


最初は戸惑ったが、身体にはすぐに慣れた。

慣れざるを得なかったというのが正しい。

誰かが起こした低レベルモンスターのトレインにはじまり、襲ってきた頭の緩いPK達を数え切れないほど相手にすれば、嫌でも勝手に身体は覚えてくれる。


同じ顔をしたPKを複数回殺した。

そいつらのアイテムを売り払っても、大地人は何食わぬ笑顔で何度も買い上げてくれる。

やはり、この世界は所詮作り物だ。

殺せば殺すほど、無意味に金貨は貯まっていく。


アイテムを売り払い、ギルドがアイテムを販売する市場を検索する。

誰かが買っていったのか、ギルドがアイテムを引き上げたのか、品数はひどく少ない。

だが、その中で物珍しいものを見つけた。

〈断罪の蜘蛛の呪糸〉。

製作級アイテムでもレアリティーが非常に高く、普段なら出回らない代物だ。

記憶が正しければPK相手なら最高級の武器だったはずである。

ただ、売り値段は金貨65万とあまりにも高い。制作者が売る気は無いのがありありと解る。

だが、今の手持ちなら買える。そもそもこの身に大きな金など無用だ。


そして、その新たな武器を試し斬り代わりにモンスター相手に振るった時から――自分には、ひとりの女の幻覚が見えるようになった。


「……誰ですか?」

それは、このエリアでは見たことの無いモンスターを殺した直後に起こった。

気配に気づき、ワイヤーを飛ばす。しかしその攻撃はかすりもしなかった。

それは陽炎。光による揺らめき。


だがその陽炎の揺らめきは段々と人の姿を取り――現実に変わる。


そして、現れたそれは〈姫〉であった。

豪奢な衣、愁いに満ちた瞳。

立ち上る気高さ、美しさ、神秘性――。

何故かは解らない。

だが、それを〈姫〉としか認識出来なかった。


「……心が渇いているのでしょう?この世界に疲れているのでしょう?」

〈姫〉は美しい笑みを浮かべ、こちらに向かって手を伸ばした。

「さぁ、手を取りなさい。貴方のすべてを私が癒しましょう」




殺しなさい。もっともっと殺しなさい。

貴方の世界に帰るために。

私とその同胞に〈共感子〉(エンパシオム)を。

貴方や冒険者の記憶を――世界の記憶を捧げなさい。


武器を振るう度に、〈姫〉の喜ぶ笑顔が見える。優しい言葉が紡がれる。

その脳に響く美しい姿と甘い声に段々と思考が麻痺し、浸食されていく。

まるで自分というプログラムが〈姫〉というウィルスに犯されるように。


『それ』は考える。

完全に消滅する直前に相手の武器に憑依できたのは僥倖であった。

〈姫〉と呼ばれる女の姿は月で事前に採取したデータ、そしてアイテムのフレーバーデータから参照しただけのものだが、この宿主は何も疑っていない。

宿主は知らないままひたすら武器を振るい続ける。もう少しすれば、武器経由でこの生命体を完全に浸食できる。

それが成れば己は〈採取者〉(ジーニアス)として新たな力を得るだろうと――。

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