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■夕方 〈アキバ大聖堂〉付近
ナカノモールのダンジョンから上がってしまえば〈帰還呪文〉で瞬時にアキバの街中にあっさりと戻ってこれる。
黒駒はそれになんとなくガラス製作の理屈と一緒の『一部だけ無駄に便利な不思議パワー』の微妙さを感じずにいられなかった。――結局はギルドに籠もってても、フィールドに出ても数えればキリが無いことなのであるが。そんでもって『この世界の仕様です』と言われればそこまでなのだが。
一方、イヌイサンは冒険者達のアイテムを持ち、一足先に通称『大神殿』――〈アキバ大聖堂〉の方に走って行った。
今頃、無事父娘の再会を果たしているだろう。
「そうそう……無事終わったから約束通りの追加報酬渡しておくね」
2人に〈EXPポット〉を1本ずつ渡す。
「うっひょう! レザリックさん、これ俺個人で持ってていいんスかね!?」
「貴方の報酬です、好きになさい。ただし、前払いのポーション3本はこちらの倉庫で引き取ります」
「やっぱそうっスよね……他の先輩達に怪しまれそうですし」
文吾はため息を付いた後、そそくさと〈EXPポット〉を鞄の中にしまい込んだ。
「……その、怪しまれるの?」
黒駒の言葉にレザリックは申し訳なさそうに言う。
「〈EXPポット〉自体、現在ありえないほどの高額で取引されてる物ですからね……幹部強権で取り上げてるように見えるなら申し訳ありません」
「まぁ、その辺はそっちのギルドの問題だと思うから……文吾くんが安全な方選んだ方が良いと思う。レザさんならその辺誤魔化し効きそうだし」
「すみませんね」
「いえ、無理聞いてもらったのこっちですし……」
「そんなこと言ったら俺も色々勉強になったっスから、いいですって」
無事終わった戦いの感想をあれこれ言いながら3人は大神殿方面へに向かう。――こんなところだけはゲームと変わらない。
大神殿の前にはアイザックと〈黒剣騎士団〉の本隊が居た。
――あの様子だと、あちらは何人か死人が出たのだろう。
アイザックは3人の姿に気づくと軽く手を上げた。
「なんだ、黒駒。お前ら一緒に外出てたのか?」
「うん、色々あって……フィールド出なきゃいけなくなったからさ、残ってた2人に無理言って頼んだ……ゴメン」
「……そっか、後でレザに詳しく聞く」
「じゃぁ、私神殿の中にちょっと用事あるから、今度また」
「おう。またヒマが出来たらそっちに顔出すわ」
何かが起こるでも無く、2人は何ごともなかったかのように普通に別れの挨拶を交わし、黒駒は大神殿に入っていった。
「……なんスかアレ。なんで団長相手にあんなに軽いんスか……?しかもあっさり話終わってるし!」
「まぁ、なんといいますか……人にも歴史が色々あるんですよ」
ふて腐れる文吾に対して、レザリックはそう言った後、何も語らなかった。
「おぅ、文吾、その調子じゃ今日は死ななかったみてぇだな」
黒駒が大神殿に入っていった後――アイザックは2人に歩み寄り、長身の文吾を見上げる。体格上、下から目線になっているが、目つきは刃物のように鋭い。
幹部の1人であるレザリックに連れ出されたとは言え、上の命令を無視して勝手に出たことには変わりない。
「細けぇコトは気にすんな。どーせあの女に無理矢理連れてかれたンだろ?」
「は、……はい」
明らかに怯える文吾を見て――アイザックは罰を否定するように豪快に笑い飛ばした。
「死ななかったら結構結構、終わりよければ全てよし、ってな。これから死なねぇコトに慣れてきゃいい、その感覚を忘れンなよ!」
「……はい!」
その時、横に本隊のギルドメンバーの1人が駆け寄ってくる。――どうやら蘇生したメンバーの収容が終わったらしい。
「……よし、てめえら!派手に帰還するぞ!」
アイザックの声に皆が勢いよく叫ぶ。
2人は本隊の列に入れられ、ギルドホールへの帰還の道を歩くことになった。
〈黒剣騎士団〉の厳めしい隊列はアキバの中央通りを進む。
彼らの『武力』をこの街に住む全ての者に見せつけるように。
生きて帰り、本隊の皆と並んで歩いていることで、今まで死に続けた自分がの何かがほんの少しだけ報われたような気がした。
そして、ゲームだった時代の憧れの人は憧れのままの姿で目に写った。それらが文吾には嬉しくてたまらなかった。
■夜 〈黒剣騎士団〉執務室
「……で、何の用ですか?」
「いや、ちょいと話がな……」
ギルドメンバー達が全員解散した後、レザリックはアイザックが普段まったく使わない執務室に呼び出された。
アイザックは仏頂面で安いソファーに座る。そしてテーブルに勢いよく足を乗せた瞬間――テーブルが中央から一気にバキっと割れ、乗せた足がそのまま派手に床に叩きつけられる。
「……おい、ここのテーブルってこんなにヤワかったか?」
「そのようですね。ああ、テーブルはすでに黒駒さんに調達を頼んでますので安心して下さい」
「そうだよ、黒駒だよ、その件だよ」
「その件?今日の我々の話ですか?」
「それも聞きてぇが、それよかヤベェの見つけたンでな」
「……アイザックくん、『黒駒さん』と『その件』と『ヤベェの見つけた』だけでは流石に理解出来ないので、もうちょっと分かりやすく説明をお願いします」
「くんってゆーな!……じゃねぇ、黒駒が売ってた武器買ってPKしてるヤツに遭った。逃げられたがよ」
レザリックの少し眉が上がった。
「〈断罪の蜘蛛の呪糸〉ですか?確かに希少なアイテムですが、他の生産ギルドを探せば制作者は他にも居るとは思いますが……」
「ンなワケねぇ、そもそもアレ自体レイド攻略報酬レシピだぞ?しかもヤツは『今の時期に市場で買った』とか抜かしてやがった……この騒ぎの中あの武器売ってたのは黒駒だけだ。あんなのすぐ手に入れられるモンじゃねーだろうが」
アイザックの記憶が確かなら、十日ちょい前――自分達がアイテムの工面を頼む前にはまだ市場に売りに出していたはずである。金貨65万だったか。
「あの値段で買う馬鹿がいるってのは驚きだが……買った奴、結構シャレにならねぇぞ」
アイザックは相対した時に見えた、ドブの底に沈んだヘドロの様な瞳を思い出す。
アレはきっと人を殺すのに躊躇しない狂人の面構えだと言い切れる。――もっとも、リアルではそんな人間に会ったことはないが、もしいたらあんな顔だろう。
とにかく、美醜とは別のレベルで気に入らない面構えであった。
「で、この件黒駒さんに言うんですか?」
「言わねぇよ。下手すっと無駄に死にに行くの目に見えてるじゃねぇか。放置だ放置」
「黒駒さん自身が気づいたらどうするんですか?隠蔽してたことを怒るかもしれませんよ?」
「アイツがそう簡単にキレるとは思わねぇが……キレたらその時はその時で考えるしかねぇな。どうとでもなるだろ」
「何処かで聞いたことのある言葉ですね」
返事をせずしばらく黙った後、ようやく生半分の返事を返す。
「……おう」
レザリックに生返事をしてる間に、アイザックは別のことを考えていた。
冒険者の金貨の所持額は、平均的におおよそ五万程度と言われている。
高レベルになり、大型レイドや一攫千金の高レベル向けシナリオをこなせばそれ以上に稼げないこともないが――結局は強力な武器防具相応のメンテナンス代、消耗品やアイテムの補充、借りているギルドハウスや部屋の賃料でレベル相応の額が飛ぶ。
もっとも、自分達のようなレイダー、そして黒駒のような特殊なレアレシピを多く持っている生産サブ職は例外に当たるのだが――本当に例外なのでこの際置いておく。
それに大抵の冒険者はフィールドに出る前に必要な金銭以外は銀行に預けていることが多いので、やはりそれほど持っている訳では無い。他のエリアでしか販売してない限定アイテムを購入する等で持ち運んでいるなどの例外もあるが、やはりそれもない。――そもそも今の状況を考えると大金を持って移動などまず意味が無い。
そこまで考えて辿り着いた答えに――胸糞の悪い何かがこみ上げてくる。
(……あのクソ男女はあの武器を買うために〈アレ〉が起こってから数日でどれだけの冒険者を殺して金貨とアイテムをブン盗ってきたんだ?)
アイテム紹介
〈断罪の蜘蛛の呪糸〉
大型レイドコンテンツ〈人造天使計画〉でレシピ入手可能武器。取得には〈名工〉高レベルが必要。
暗殺者専用特殊武器であり、装備すると武器の名前は自動マスクされ、戦闘時の行動モーションがランダムに変更される。また特技の攻撃範囲が一部変更される。ぶっちゃけPvP戦特化武器。
また、強化アイテム〈叡智の結晶〉を注ぎ込み再制作する事により、他のガラス武器より大幅な強化が見込まれる。