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回復を兼ねて戦闘後に短い休息を取った後、一行は再び先に進む。
広間の奥は、今までの通路とは雰囲気の違う豪奢な装飾で飾られた一直線の広い通路に繋がっており、そこを進むしかなさそうであった。
その突き当たりのドアを開けると、豪奢な飾りがの付いた部屋になっていた。どうやら、貴人の玄室のようだ。
中央にはあからさまな祭壇と石棺――確実にボスの駆動キーだ。
だがそれよりも、黒駒とレザリックの気を惹いたのは周囲の壁であった。
周りの壁には冒険者達が並べられるように両手足と腹を巨大な鉄杭に打ち付けられ、壁に貼り付けられている。
――数えて10人。
おそらく、救出に失敗した者達も含まれているのであろう。
意味は解らないが、自分達を見下ろしながら囁くような声が聞こえる。
そして、彼らの肌は総じて土気色を通り越して腐ったように浅黒くなっており――その肌の一部は腐り落ち、骨が見えていた。
「……これ……みんな〈不死〉状態?」
壁の1人を調べた黒駒は小さく呟いた。
「姿通り、死亡せずにここに留められてる訳ですか……それなら確かに帰ってこれないはずです」
黒駒とレザリックの2人がその気味の悪い風景に圧倒されてるその時、文吾の声が玄室内に響く。
「ちょ、ちょっと、オッサン!勝手に開けるなって!そういう1番ヤバそうなのは皆が周りを確認してから……」
祭壇の上の棺を開けようとするイヌイサン、そしてそれを止めようとする文吾。
「……どけ!早く……時間が、時間がないんだ!」
文吾はなんとか力で押さえこもうとするが、逆にイヌイサンに腕を引き寄せられ――あっさり文吾はバランスを失って祭壇から転げ落ちる。
――そして、呆然とする2人の目の前で、棺の蓋が派手な音を立てて落ちた。
「……また来たか……愚かな冒険者どもめ……」
中から巨大な戦士らしき形を取った亡霊が煙のように現れる。
その体躯は文吾の倍ほどの大きさで、明らかにサイズが石棺と合ってない――が、イベントモンスターとはそんなものだろう。
「……この我の……復活のために……我が贄となれ!」
亡霊の叫びと共に、先ほどより多い骸骨兵達が床から沸き上がる。
「また馬鹿の一つ覚えかよ!」
文吾は脚をふらつかせながら立ち上がって1番近くの骸骨兵を一閃する――が、崩れた骨のその向こうに複数の〈骸骨の弓兵〉が矢をつがえ、待ち構えていた。
矢は障壁で弾かれたが、バランスは未だ追い付かず、後ろに後ずさった。その瞬間、床から生えてきた『腕』が文吾の脚をきつく掴む。
ただでさえバランスを取るのに苦労して動きが鈍い文吾には最悪の展開だった。
一方のイヌイサンは我を完全に忘れた表情で亡霊に向かい、ひたすら殴り、蹴り続ける。
2人の腰のガラスビーズは既に全て砕け散っており、すぐさま前線戦士職の中間を位置取ったレザリックの回復がなければすぐに死亡する可能性が高い。
強化用の〈EXPポット〉を渡しているはずだが、グループ念話で使用を促してもそれも聞こえてはいなかった。
――このままだと、レザリックの回復が切れた瞬間に『詰む』未来しか見えない。
『詰む』――つまり、この4人が壁のオブジェの一部になって、気づかれないまま朽ちていく可能性、そして、今より手に負えないクエストになる可能性だ。
覚悟を決めたように黒駒は息を吐いて、鞄から〈EXPポット〉を素早く取りだし一気に飲む。
「〈従者召喚:火蜥蜴〉×5!」
黒駒の足元にさらに5匹サラマンダーが追加され、6匹が黒駒の横に縦1列にずらりと並ぶ。
そして同時に黒駒は頭の中で6匹をナンバリングしてコントロールを一気に行いはじめた。
正直これだけ一気に出すとMPの減る軽い酩酊感で頭がクラクラしそうになる――が、今は弱音も余裕もナシだ。
――狙うはボス本体。
脳内で照準を合わせ、1体ずつボスに向かい、交代で火炎弾を発射させてゆく。
一気に砲撃すると全部の召喚獣に〈再使用時間〉が発生する。それを押さえるために比較的短い〈再使用時間〉ですむ低位精霊であるサラマンダーを召喚し、あえて1匹ずつ交代で火炎弾を発射させることで〈再使用時間〉のタイムラグを作り、砲撃を維持していく。
召喚獣に関する〈詠唱時間〉〈再使用時間〉減少特化装備である黒駒の武器、〈生命を歌う指揮棒〉と合わせることにより、召喚獣によっては数秒単位で長時間延々とダメージを与え続けられるという寸法だ。
「黒駒さん、待って下さい!」
2人の回復に回るレザリックから悲鳴が上がる。低位の召喚獣とは言え、秒単位で絶え間なく攻撃を続ければ、下手な戦士職よりヘイトが一気に上がる。
「今の状態でそんなこと言ってられない!」
――余裕を失い周りを一切顧みないイヌイサン、動けない文吾。レザリックはフォローで手一杯。ついでに自分は初陣。
――正直この状態でどうしろというのだ、と黒駒だってぼやきたい。
(……それでも、なんとかなるし、なんとかする!)
――それしか方法は無いのだ。黒駒はそう自分に言い聞かせる。
雑魚の攻撃を無視してただひたすら砲撃は続く。
雑魚の攻撃を受ける度に黒駒の腰に下がっているガラスビーズが、1個、また1個と弾け飛ぶ。
そして、本体である正面からの巨大な亡霊の剣が迫る――だが、砲撃を止めることは出来ない。
避けきれずやむなく受ける。吹っ飛ばされぬよう前のめりに踏ん張った足は剣の風圧で後ろに下がり、口の奥から酸っぱい液体と鉄の味が混じったものがこみ上げてくる。――それでも、集中は途切れさせることはできない。
〈EXPポット〉の各種補正があるとはいえ、次に攻撃が当たったらおそらく死ぬ確率は高い。しかし全滅を考えるとサラマンダーによる連続砲撃は止めないし、止めれない。
――その刹那。
「敵はこっちだぁぁぁぁ!!」
イヌイサンが、背後から声にならない怒号を上げながら亡霊に向け、〈ワイバーンキック〉を放つ。
それが決まった瞬間、亡霊は苦悶の咆哮を上げ、消滅した。
ボスである亡霊の消滅と共に雑魚が消え、彼らの居た場所から金貨とアイテムが一気に弾け出る。
その光景を見て、戦闘が終わったと実感した瞬間――黒駒の身体に一気に痛みと疲れが吹き出してきた。
(……死ぬかと思った……)
1匹を残してサラマンダーの召喚を解除し、黒駒は大きく息を吐こうとしたが、痛みと吐き気が復活し、また湧き出てきた口の中の液体まで零してしまいそうなので口を閉じた。
「まったく、初めての戦闘なのに無茶しすぎですよ、貴女は」
急いで走ってきたレザリックの〈ヒール〉を受けると、吐き気も痛みもスッと抜け、かなり楽になる。
「……そうそう、口の中のものは隅の方で早めに出してきた方がいいですよ、戦闘だとよくあることですから」
口を拭くため用にわざわざ鞄の中から洗いざらしの布をそっと渡してくれた、レザリックの女子力の高さがちょっと黒駒の心に痛かった。
その一方で穿たれた釘による戒めが解かれ、10名の冒険者達が壁からふわりと落ちてくる。
イヌイサンはすぐさま1人の少女の名前を叫び、走り出す。それは、娘の現実世界での名前のようだ。
イヌイサンは泣きながら――ゾンビのような肉体に変わり果てている娘を抱きしめる。
「ごめんな……父さん、今までお前がこうなっていたなんて気づけなくて」
「ううん、ここに助けに来てくれただけでも嬉しい。ありがとう、お父さん」
娘は微笑み、父の手を握る。
その瞬間、不死の効果が消えたらしく――イヌイサンの娘は瞬時にアイテムと金貨を零してかき消えた。
「大丈夫です、娘さんを含め、今度こそアキバの大神殿に向かったと思います」
レザリックの言葉に、イヌイサンは心底安心したようにへたり込んだ。
「ほら、座ったら駄目だろ!おっさん、早くダンジョン出て娘さんの所へ行こうぜ!きっとアンタを待ってるからさ!」
文吾はイヌイサンをなんとかして引っ張り起こすと、肩で支えるようにダンジョンの出口へ連れ出そうとする。
「待って下さい、帰る前にアイテムの回収が先です。ここに囚われていた冒険者の皆さんのアイテムもありますから……出来れば返してあげた方が良いでしょう」
「はい!……解りました!ほら、オッサンも娘さんの拾ってあげて!」
「は、はい!とりあえず全部拾えばいいんですね?」
2人は広がったアイテムを一気に拾い始める。ちらほら見える低レベルのアクセサリーや装備の類は確実にここに囚われていた冒険者達の物であろう。
「黒駒さん、大丈夫ですか?」
隅の方で口の中の物を出して戻ってきた黒駒は頷く。この身体になってから初めての『召喚最大数である6体召喚』のせいか、頭がひどくぼんやりとする。
「……しかし、この身体になってから戦闘はじめてだったけど……なんとかなるもんだなぁ、って」
「練習の積み重ねもあったんじゃないですかね。実際、なんとかできたのでしょう?」
「そうだと、いいんだけどなぁ……」
「その辺、黒駒さんはもうちょっと自信持った方がいいと思いますけどね」
レザリックはポンと黒駒の肩を軽く叩いて少しだけ笑った。
――その後、4人で拾えるだけのアイテムと金貨を拾い、ダンジョンから出た。
アイテム紹介
〈生命を歌う指揮棒〉
大型レイドコンテンツ〈人造天使計画〉でレシピ入手可能武器。取得には〈名工〉高レベルが必要。
装備する事によって召喚獣に関する〈詠唱時間〉〈再使用規制時間〉を大幅に減らす事が出来る召喚術師専用片手杖。
また、強化アイテム〈叡智の結晶〉と注ぎ込み再制作する事により、他のガラス武器より大幅な強化が見込まれる。




