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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
11/29

10

 ■昼前 〈メトロポル環状陸上橋〉


 1時間後きっかりに〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉に集まった4人は、アキバを出た。

 アキバを出るとPKが結構な数いるという噂だったが、遭遇などは一切無く、スムーズに現実世界で言うところの首都高――〈メトロポル環状陸上橋〉に上がる。

 だだっ広いアスファルトに似た地面の橋がずっと奥まで続いているその道は、まるでロードムービーのような風景のようだ。

「……すっごい」

「だろ?リアルじゃ見れねーよ」

 黒駒の漏らした言葉に何故か文吾が得意そうに胸を張る。


 そして、早速各々が所持する召喚笛で馬を呼び出し、所々草の生えた舗装道路の向こうにあるナカノ方面に向けて馬で駆け出した。

 現実では馬に乗ったことがないのに、いともたやすく乗りこなせるこの身体は本当に便利だ。風をきる感触はなんとなく自転車を坂で一気に走り抜けるあのスピード感を思い出す。

 ――強化された肉体を考えると怪我をする可能性はこちらの方が低そうではあるが。


「ふむ、そちらの方はレベル68ですか……」

「どうする、二枚盾で行きます?」

 レザリックと黒駒は走りながらもグループ念話で話を続ける。

「いや、基本は文吾くん一枚でいきましょう。耐久力は文吾くんの方が圧倒してますし……」


 ――レザリックは考える。

 黒駒の状況説明、そして、イヌイサンの現状を見る限り非常に危うい状態だ。

 状況によっては彼がいつ何を起こすか解らない――できる限り不明瞭な不安要素は取り除いておきたい。

 しかし、文吾のことを考えると不安しか無いのもこれまた事実なのであるが。


「イヌイサンは、逆にレベルが低いのを利用して、ヘイトが稼ぎ難い状態を維持しつつ戦闘して貰った方がいいかもしれません」

「はい。…イヌイサン、そういう感じで対処して貰えますか」

 黒駒の声にイヌイサンが小さく答える。ナカノが近づいてるせいか、返事だけなのに焦っているのが感じられた。

「黒駒さんは到着後偵察展開を優先、指示するまでは雑魚対応で」

「召喚獣の指定は?……とは言っても、うちのギルドホール狭いからあんま大きいの出したこと無いんですけど……」

「小さいので。ナカノはゲーム時代と同じで通路が狭くて細かいダンジョンですから大きい召喚獣はかえって邪魔です」

「やっぱり狭いんだ……って、行ったんですか?」

「この身体になってからはまだ1度だけですが」

「へぇ……やっぱ頼って良かった」

「褒めて下さるのは嬉しいですが、まずはナカノのクエストを終わらせましょう」

「そうですね」

 強い風を受けながら一行はさらに馬を走らせた。



 ■昼 〈ナカノモール〉


「マップだと入り口はここですね」

 酷く静かな地上のアーケード部分をしばらく歩くと――中央付近のフロアに下に降りる階段が出来ていた。

「……先日来た時はこの様な階段は無かった気がしますが」

「クエスト条件があるんじゃないんスかね?」

 失敗により、悪化したクエストという予想はおおむね当たりのようだ。

 問題は難易度であるが――こればかりは入ってみないと解らない。


「そうそう、入る前にこれ付けておいて欲しいんです」

 黒駒は鞄から配布用の〈EXPポット〉と一緒に装飾品を取り出す。

 装飾品と言っても、朝に作っていた大きめのガラスのビーズを複数革紐に繋いで留めただけの簡素な物だ。

「何ですか、この数珠っぽいの」

 文吾は渡された数珠もどきを手に取って眺めてみるが、今まで見たことのないアイテムで、戸惑う。

「とりあえずの保険です。出来れば付けておいて下さい。……もっとも、私も今朝完成させた物だからいまいち自信ないんですけど……」

「アンタはいまいち自信ないアイテムを装備させるんスか!?」

 黒駒に喰ってかかろうとした文吾をレザリックが止める。

「ほら、文吾くん、いちいち突っかからない。ウチのギルドはこの人のアイテムに数えきれないほどお世話になってます。彼女が言うなら大丈夫なのでしょう」

 レザリックはじっと黒駒を見つめる。

「信じていいんですね?」

 レザリックはさらに念を押すような真剣な目で黒駒を見てくる。その顔に、黒駒は頷く。

「うん。信じてくれたら嬉しい」

「そういうところ、昔と変わりませんね」

 昔から、イベントやクエストで新レシピを入手したらアイテムを作って他人に効果を試させるのはよくある事であったし、今回もそうだろうとレザリックは考える。

 ――作ったらとりあえず試しに使ったり使わせたりしたがるのは生産職のサガなのかもしれない。

「そうそう、文吾くんとイヌイサンはこの量の多い方をつけておいて下さい」

 レザリックが受け取ったものよりビーズの量が多く、倍ほど長い。

「……ホントに訳に立つんだろうな……」

 イヌイサンは何も言わず装着し、文吾は渋々受け取って、ぶつぶつ言いながら腰に括り付けた。




「じゃ、太郎、行っておいでー」

 マップの指定通りの階段を降りた後、黒駒は事前に召喚しておいたチワワサイズの〈火蜥蜴〉(サラマンダー)を降ろした。

「なんで召喚獣に名前付けてるんス?」

「この子達、複数召喚しても見た目ほぼ一緒なんで、操作する時番号振ったり名前付けたりしないと解りにくい感じが……」

 〈清き流れ〉(ウンディーネ)みたく服装で識別が解りやすくできないですし、と黒駒は付け加える。

「へぇ、こうなってからの〈召喚術師〉ってみんなそんなもんなんスか?」

「……〈施療神官〉の私に〈召喚術師〉のことを聞かないで下さい」

 文吾の疑問に、レザリックは何とも言えない微妙な顔をした。

 黒駒は目を瞑って大きく息を吐いた後、〈幻獣憑依〉(ソウル・ポゼッション)を発動する。

 黒駒が憑依したサラマンダーの太郎は外見から予想されるスピードをいともたやすく無視し、するするとダンジョンの奥へ入っていった。

 数分ほど経った後、黒駒はフッと目覚め、鞄から紙とペンを出し、地形をざっくりと書き込んでいき――また〈幻獣憑依〉を発動する。そしてそれを繰り返すこと数回。

「とりあえず大広間っぽいところまで来た……みたい。道中入り組んでるけど敵はなし」

「敵影は?」

「大広間の中央から北にかけて〈動く骸骨〉(スケルトン)が結構な数居るね……まだ太郎には気づいてない。あの子小さいからねぇ」

「そのまま気づかれずに奥には行けます?」

「流石に死角がないから無理かも。骸骨も多すぎるから行くと気づかれそう……あ、でも」

 黒駒はペンと紙を置き、再び〈幻獣憑依〉を開始する。

 また数分ほど経った後、黒駒は〈幻獣憑依〉を解除し、再び紙に書き足していく。

「南の方向に通路があるんだけど、行き止まりに宝箱があるね。ぱっと見モンスターも居ない、トラップやスイッチもないけど……今行けるのはそこまでかな」

 とりあえず骸骨退治か、と文吾が呟く。

 レザリックは完成したマップもどきを覗き込んで少し考える。

「南の通路の大きさはどのような感じでしょうか?」

「ん……大体私3人半くらい?高さは私2人くらい。大広間に比べたらかなり狭いね」

 黒駒は腕を水平に伸ばす。おおよそ、この3倍の間隔と言いたいらしい。

「そうですか。……通路の部分に印を付けておいて下さい。皆さんもこの場所は覚えておいて下さい」

 レザリックの言葉に黒駒と文吾は頷く。――だが、イヌイサンは聞いてるのかすら解らない。

「意外に初心者向けクエストなのかもしれないっスね、これ」

「油断は禁物です。気を引き締めていきましょう」




 一行は幾重に分かれ、曲がりくねった通路を地図を頼りに最短で通り、大広間に出る。

「早く……早く!」

 骸骨兵の群が気づくよりも速く――イヌイサンの〈モンキーステップ〉からの〈シャドウレスキック〉が先頭の骸骨兵の頭蓋骨を一気に砕く。

(……思ったより速い!)

 中衛・後衛の2人がイヌイサンのスピードに思わず舌を巻く。

 彼自身が元々運動神経の良い人間だったのか、それとも子供のことを思う余りに無心になっているのかどちらかは解らない。

 その後、遅れて走る文吾の太刀が〈飯綱斬り〉を放ち、さらに別の骸骨兵が切断される。

(レザさんの言ってたのはこのことか……!)

 黒駒は一瞬顔をしかめる。――文吾の攻撃力は申し分ないが、それを差し引いてもフォローできないくらい移動速度が遅過ぎるのだ。

 ただ無人の通路を普通に歩いてる時はそれほど気にならなかったが、走り始める時やとっさのステップのテンポがかなりずれている。

 黒駒自身は運良く身長や体格の差は割と少ない方であったが、それでも最初は歩行訓練が必要だった。

 ――体格が本来のものと乖離すればするほど行動が困難になるということなら、容易に死んでしまうという結果は仕方ない話なのかもしれない。


「……っ!なめんな!」

 骸骨兵の正面からの攻撃を、文吾は太刀を構え直してギリギリ止める。だが、側面からのもう1体の攻撃に避けきれず――受ける。

 だがダメージは瞬時に遮蔽され、代わりに文吾の腰にぶら下がったガラスビーズが1個ずつパァンと音を立てて砕け散る。

「黒駒さん、アレは?」

「〈浄玻璃の護石〉の改良版です。ひとつの障壁の威力は元のより低いですが、ビーズ状にして紐で大量にまとめることで原形以上の障壁総量を持ち運べるようにしてます」

 そう説明した後、段々見境が無くなりはじめている様に見えるイヌイサンの横から来る骸骨兵に向かってすぐさまサラマンダーの火炎弾を打ち込む。

 ――今はアイテムの障壁でもっているが、これはあくまで奥に向かう前哨戦、全て使い切る訳にはいかない。


(これが本物の戦闘……!)

 黒駒はサラマンダーを操りながら――動く骸骨兵に完全に照準が合っていない事実に焦る。

 これが『エルダー・テイル』というゲームでの戦闘ならば黒駒1人でも余裕で制圧出来ているはずだ。

 しかし、現実はそうではなかった――レベル90が3名いて骸骨兵に押されている。

 毎日身体を動かしているというのに、未だに己の神経が冒険者の身体のスペックに追い付いていないのがはっきり解った。

 初心者フィールドで高級消費アイテムを大量消費したアイザックの気持ちに今なら同意できる。


「文吾くん、引き続きヘイトを上昇させながらさっきの場所まで下がって下さい!黒駒さんも移動お願いします!」

 〈ヒーリングフォージ〉でイヌイサンが打ち漏らしした敵を叩き、レザリックは2人に指示を飛ばした。

「さっきの場所ってなんですかっ!?」

「さっき見た地図に描きこんでもらった場所です、後ろの宝箱の通路近くです!」

 悪い予想通り、イヌイサンは下がらず――文吾の方に向かう骸骨兵への追撃をただ無闇に繰り返す。

 指示を受け、文吾は脚をもつれさせそうにしながら、必死で走る――が、黒駒の方が速く動き、位置に付いた。

 レザリックは打ち漏らしに対処しながら、既に〈浄玻璃の護石〉が切れているイヌイサンの方に回復に向かう。

「そのままに通路を後ろに攻撃を続けて下さい!おふたりのヘイトは必ずイヌイサンより高くなるように!」

 ひとまず敵の来ない通路を背中にし、文吾の位置を固定することで移動に関する負担を減らそうという策である。

「来いよ、お前ら!敵はこっちだ!」

 文吾は必死に敵を叩き切りながらわざと大声で叫んで敵の注意を引く。骸骨兵の攻撃が文吾に当たりかけた瞬間、フォローするように黒駒の火炎弾が骸骨兵を破壊する。


 ――その後は簡単だった。

 レザリックがなるべくヘイトを上げずに数を減らすようにイヌイサンを誘導する。

 ヘイトを上げる文吾に吸い寄せられるように骸骨兵がやってくる、文吾が叩き切る、黒駒のフォローの火炎弾がただ単純に繰り返された。

 いわゆる、『パターンに入った』という状態だ。


「……最後の1体ぃっ!」

 文吾は咆えるように叫びながら共に骸骨を一刀両断する。そして、自分がまだ生きていることに驚愕しつつも、喜びを隠せなかった。

アイテム紹介

〈浄玻璃の護石〉

〈ガラス職人〉上級派生職〈名工〉低レベルで作成可能。

使用する事で一定の強度の障壁を展開させる事が出来る消費アイテム。

この障壁は特技やアイテムで回復させる事は不可能であるが、アイテム分の障壁が残っている限り再利用可能。

秘宝級でも同効果のアイテムが存在するが、こちらの方が威力が高い。お値段も高い。

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