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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
10/29

09

 ■朝 〈黒剣騎士団〉ギルドホール


「……取引先ってここですか」

「そうですけど」

「メニューに〈黒剣騎士団〉って書いてあるんですが」

「そうですけど」

「……本当にここであってるんですか?」

「あってますよ」

「……」

 ギルド会館の階段を2階降りた先のドアの前。

 〈黒剣騎士団〉の本部は同じギルド会館にあるせいか意外に近所だ。

 ――もっとも、メンバー達は別の場所に自室を持ってる者が多いので、この場所はあくまで倉庫兼たまり場扱いである。


 エルダー・テイルをそこそこかじった人間からすると、〈黒剣騎士団〉と言えば、ヤマトサーバー屈指の超級ド廃人ギルドのイメージが大きい。

 正直な話、『怖い』とか、『頭おかしい』とかのイメージを持たれる部類に入る。低レベルお断りのエリート主義で大手ギルドのわりに小人数だわ、その割にはレイド攻略速度は速いわ――普通のプレイヤーからしたらならあり得ない廃人っぷりを体現したギルドなので仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 そう言えばネットの匿名掲示板に『本格的にこのギルドで活動したいなら会社を辞めてアカウント晒してレベリングさせろ』とかと脅されると書かれてた気がする。

 もっとも、所属してた黒駒や各メンバー、そしてギルマス自身が普通に社会人をやっているので大嘘もいいところだ。

 匿名掲示板周りでまことしやかに語られる噂のだいたいは話半分のやっかみだと黒駒は思っている。


 ――本当に、掲示板の投稿内容通りのヤバいギルドやプレイヤーも存在はするが、今はどうでもいい。


「贅沢言うのもなんですが、もっと大人しい系のギルドは……無いんですか?」

「もう一件戦闘ギルド系の知り合いはありますが、そっちは本拠地がミナミの方なんで……今はちょっと現実的じゃないですよね」

「そうですか……」

 先ほどまであれほど荒く息巻いていたイヌイサンの腰が少し引けていた。

「ま、戦闘力に関してだけは折り紙付きですから」

 しかし、〈黒剣騎士団〉でこんなにビビられるなら、さらなる少数精鋭の女性レイダーだけの〈西風の旅団〉、そして全盛期の〈放蕩者の茶会〉とか見たら失神するんじゃないのかと黒駒はぼんやりと思った。

(これ、『前ここに所属してましたー』とかしばらく言わない方がいいかな……)


 尻込みするイヌイサンを無視して黒駒はドアを開ける。

 そしてすぐ、ホールの惨状にしばらく無言になった。

 何かを擦って黒くなり汚くなった壁、酷く砂埃が貯まっている床、さらにあちらこちらに打ち捨てられたゴミ。

 ――常に出入りしている人数を考えると解らなくも無いが、それでもたった十数日で何処をどうやったらここまで汚くなるのか正直意味がわからない。


「こんにちはー、〈秋葉切子〉ですー! 注文の品お届けにあがりましたー!」

 気を取り直し、黒駒はドアの向こうに聞こえるように、大声で叫ぶ。

「……これで上手く行くんですか……?」

「……野良で素性も腕も解らない人を誘うよりはよっぽどマシなのは確かです」

 横でまだ尻込みしてるイヌイサンをなだめるように口で言ってはみても、黒駒は内心冷や汗をかいていた。

 ギルドハウスは思った以上に閑散としていたのだ――と言うかむしろ人が全くいない。もしかして全員フィールドにでも行ってるのだろうか。


「……あ、あのー、すみませーん!」

 声を張り上げること数回、ようやくドアを開けて出てきた見知らぬ〈武士〉らしきメンバーに声をかける。

 体格は普通なのだが、ビックリするほど背が高い。実測したら2m以上はあるのではないのか。

「そちらの団長さんに頼まれてたアイテム持ってきたんですけど……」

「そんなの、俺、聞いてないんスけど?」

「知らないとか言われても……その」

「ちゅーか、今そんな簡単にアイテム出すギルドあるかよ、帰れよ」


 黒駒は明らかな上から目線に少々懐かしさすら覚えた。ちょっと昔にはよく見たパターンの口ぶりだ。

 〈黒剣騎士団〉に入った新人特有『自分は特別な者に選ばれた』とか思ってる類。

 そして、そんな下らないプライドを顔に出してる奴は大体がついて行けずにさっさと退団していく、そんなパターンだ。

 黒駒の経験からしてレイドギルドに一番必要なのは妥協と協力だ。薄っぺらい強者のプライドだけでやっていける訳ほどレイドギルドは甘くない。


「だから部外者は出て……」

「文吾くん、待ってください。この方は私と団長が頼んだ物の納品の方です。間違いありません」

 奥のドアから控えめではあるがしっかりとした声が響き渡る。ドアの向こうには、この〈黒剣騎士団〉の実質的な管理人であるレザリックの姿があった。


「すみませんね、うちの新人が粗相をしました」

 2人はレザリックに勧められるまま、執務室に通される。

 ほぼ使われていない執務室はすっかり汚くなっていた他の部屋と違い、最低限のシンプルな家具だけ置かれ、まだ清潔に保たれていた。

「……なんかこの前来た時よりやつれてません?」

「前も団長が言いましたけど、倉庫のアイテムの消費が早すぎて調達と在庫確認が追いつかないんですよ」

 この忙しさは誰かさんが1年前に抜けて以来ですよ――そんなレザリックのつぶやきに、黒駒は思わず顔を逸らす。

「それはさておき、思ったより早かったですね」

「何とかなったのもあるけどさ、事情があって」

「隣の方の件ですね。何に巻き込まれたんですか」

「……レザさん、ニュータイプ?」

「いえ、黒駒さんが人を横に連れてることってあまりないですし、連れている時の条件は大体限られてますから」


 とりあえず、自分の作ってきた作成アイテムと、支払い分の素材アイテムと金貨を交換しながら、ナカノモールからイヌイサンさんの娘らしき人物から救出要請が来たことまで話す。


「ふむ……」

「で、回復と前衛最低1名ずつ、武器職も貸してくれると嬉しいかなって」

「ほとんどじゃないですか。あの後も黒駒さんはフィールド未経験のままなんですか?」

「う、うん……毎日練習はしてるけど実戦はさっぱりしたことないからね……」

「確かにアイテム作ってたらそんな暇もなさそうな感じですしね。そちらの方……イヌイサン、さ……ん?」

「……あ、さん付けはいりません」

「ではイヌイサン、貴方は?」

「私も体動かしたり一通り技が出せるようにはなってますが……」

「フィールド経験がないと」

「はい」

「では、人手がいるなら団長達の帰還を待たないといけませんね。夕方以降には戻って……」

「それじゃ時間がないんです!」

 イヌイサンは焦る声で木製のテーブルを叩いた。ミシリと明らかに危険な音が鳴ったが、かろうじてテーブルの表面には何も起こっていない。

「……ごめん、うちで弁償する」

「なるべく早めにお願いします。で、時間が無いというのはどのような……」

 黒駒はイヌイサンに頼み、再び例の救援メッセージを再生して貰う。

 己の子供の悲鳴を何回も、というのは非常に心苦しいのだが、その辺をどうこう言ってる余裕は無い。


「ふむ、タイマーが切れたらどうなるんでしょうか」

「そういえば書いてませんね」

「普通に死亡扱いではないのですか?」

「じゃぁ、なおさら助けないと……!」

「いえ、それならこのままタイマーを切らして彼女を死亡扱いにした方が得策でしょう」


「「……は?」」

 レザリックの当然という感じの言葉にイヌイサンの表情がこわばり、黒駒は目を細める。


「……ちょっと、理解が追い付いてないんだけど……つまり、どういうこと?」

「ゲームと同じです。我々冒険者は死んだら最後に寄った大聖堂のあるタウンで生き返ります」

 レザリックはまじめくさった顔で言った。大真面目に言っているのは黒駒にはよく解る。――だからこそ、二の句を継げなかった。

「ずいぶん驚いてますね」

「いや、死んだこと無かったから……その、うん」

「あまりお薦めしないのは確かですけどね。あの感覚は酷いものです。慣れるものではないですから」

 レザリックは拒否する様に首を振る。その口ぶりからして――死んだことがあるのかもしれない。

(と、いうことは……)

「我が〈黒剣騎士団〉メンバーの大半は、既に数回死んでいると考えて貰って結構です」

 思考を見透かすようにレザリックはそう言った後――本来は死なない方がいいのかもしれませんが、とため息を付く。

 その言葉に、黒駒は少し考える様に口元を手で覆った。何かが引っかかるのだ。

「……ちょっと待って下さい」

「何ですか?」

「イヌイサン、最初に救援通知鳴ったのっていつですか?」

「え、ええと……自分達がこの状態で放り出されてからおおよそ半日後くらいですね。いつの間にかフレンドリストに入ってたし、名前も知らないプレイヤーだったので、気味が悪くて触りませんでしたが……」

 イヌイサンは後悔するように呟く。なおも黒駒は質問を続ける。

「レザさん、この状況でも冒険者なら死んだら神殿送りになるけど、一応街に戻ってこれる、これも合ってますよね?」

「……そうですね」

 黒駒は指で自分のこめかみを押さえ、考えを整理しながら絞り出すように言葉にしていく。

「ん、……普通にナカノのダンジョンで死んで大神殿に帰ってくるなら、もうとっくの昔にアキバの町に戻って来てるんじゃないんですか? ……なのに、何でまだナカノに居て救援通知鳴ってるのかなぁ、って……」

 2人は黙ったまま言葉の続きを待つ。

「……でね、クエストって放置すると悪化するタイプのものってあったよね? ……勿論、ゲーム時代はそんな事になる前にクリアすることが多かったけど……」

「そう言われてみれば……」

 レザリックは眉間に皺を寄せ、考える表情になる。

 黒駒は横のイヌイサンをちらりと見た。なるべく表情を消そうとしていているが、それでも焦燥は隠し切れていない。


 黒駒の言葉もあくまで推測である。

 どっちを選んでも時間は消費する。戦うか、戦わないかの差なだけだ。

 ――だが、正直な話、ここで放置すると、イヌイサンの娘が戻ろうが戻って来なかろうが今後ろくなコトが起こらないのは予想に難くない。


「改めて言います。レザさん……いえ、レザリックさん、残りの子も連れて、この人の娘さんの救出を手伝って下さい」

「とは言っても今ウチの中には私とさっきの彼……文吾くんしか居ないんですが」

「じゃぁ2人でいいです」

「……我々はボランティアをするつもりはありませんが」

「ボランティアなんて一言も言ってませんよね? 報酬ならここに」

 黒駒は鞄から1本の瓶を取りだした。

 独自のフォルムの青い瓶。――〈EXPポット〉だ。

「ゲーム通りにアップデートでレベル制限が解除されてて、レベル上げしてる人達なら……一番必要な物だよね?」

 さらに鞄から取りだし、壊れかけのテーブルにそっと並べていく。計3本。

「ひとりにつきこれだけ、成功報酬でもう1本。ああ、追加で必要ならクエスト中に使用するのにさらに1本支給……これじゃダメ、かな?」


 ――1人約5本。

 レザリックはあまりのレートの高さに思わず目を点にする。


 現時点で〈ハーメルン〉から買い取っている値段を考えると破格の報酬である。それだけ『助けて欲しい』という意味も含まれているのであろうが。

「そんな訳で、人助け、手伝ってくれないかなー……って」

 そういえば、普段は酷く大人しいのに一度火が付くと爆走するタイプでしたね――レザリックは、昔を思い出しながら目の前に置かれた瓶と黒駒の言葉に小さくため息を付いた。

「……お引き受けしましょう」




「イヌイサン、馬は持ってますか?」

「召還笛ですか?今は会館の倉庫に預けてますが……」

「じゃあ先に行って引き出しておいて下さい。1時間後に〈ブリッジ・オブ・オールエイジス〉で合流しましょう。もう1人のメンバーには私から伝えておきます」

 レザリックの言葉に頷いて早足で出ていったイヌイサンを見送った後、残った2人はお互いに苦い顔になる。


「そういや、何で娘さんがお父さんのキャラクター知ってたんでしょうねぇ」

「同じ家に住んでるなら家族の不在中にPCにいろいろ細工できるでしょうし……多分、夜ゲームしてて父親とニアミスしないようにフレンドリストに入れたのかと。相互フレンドなら、相手が今いる場所も把握できますから」

 なるほどねぇ、と、黒駒はレザリックの言葉に頷く。


「しかし、正直言って幸先が不安ですね。向こうもそうでしょうが、いきなりこんなことに巻き込まれるとは思ってませんでしたから」

「我が子が事件に巻き込まれてるのにうろたえない親は普通は居ないですからね……感情的になられないか不安です。それもあるんですが」

「それも、って?」

「いえ、ここに残ってる……文吾くんですが、あまりお薦めしませんよ」

「? ……なんでですか?」

「死亡の数が異常に高すぎるんです。私が見た限りだと……既に15回は越えてますね。実際はもっと死んでるはずです」

「……1日1回以上?」

 黒駒の言葉にレザリックは無言で頷いた。

 流石にあまりの死亡回数の多さに、ギルマス含む幹部全員で相談した結果、とりあえず『しばらく休んで次の戦いに備えろ』とことにしたらしい。


「彼には不運が重なってまして」

 レザリックの説明によると、リアルの文吾は体が小さく、病気がちで、運動もろくにできなかったそうだ。

 現実では無理だからゲームでは理想の容姿にする、MMOだとよくある話だ。――だが、文吾の場合はそれが逆にアダとなった。

 プレイヤー本来の体格と運動機能の大幅な差に加え、この混乱が起こる直前に加入したばかりという新人故の焦りなどが重なり、ギルドメンバーの中では死亡回数が飛び抜けて高い。

 ゲームだった時代ならギルドから放り出すのも考えに入るだろうが、この状態になってからはそうもいかない。


「うーん……確かにまずいですねぇ」

「せめて体格だけでもとは思いますが……〈外観再設定ポーション〉だけはどこも出回らないんです」

「〈外観再設定ポーション〉……確かにアレならなんとかなりそうですけど……うーん」

 レベル30以下のプレイヤーがいれば必ず毎日生産される〈EXPポット〉と違い、〈外見再設定ポーション〉は大昔のラジオ番組のコラボイベントでなければ手に入れられなかったアイテムだったため、稀少度が段違いだ。

 しかも文吾が己の体に関する全てを話したのはギルドメンバーが所持していた〈外見再設定ポーション〉をすべて使いきった後――。

 そこまで黙っていたことから予想するに――相当言いたくない話だったに違いない。

「黒駒さんは持ってませんか?〈外見再設定ポーション〉」

「……他のアイテムと交換で人にあげちゃったんですよ、イベントのキーアイテムか何かと」

「ああ、昔そんなことがありましたね」

 確かにレアアイテムだったが、所詮はネタアイテム。当時はここまで重要になるとは思わなかった。

 お互いしばらく無言になる。ここに居た時代、調達関連でアイザックにムチャ振りをされた時の空気を思い出す。


「でも、そろそろ勝ち星あげないと、その子心折れちゃうんじゃないかなーって……」

「確かにそうですが……今回のクエストは分が悪いのでは」

「や、結構その時のノリと勢いがあればなんとか勝てるもんじゃないかな?」

「どっかの誰かみたいなこと言いますね」

「士気は大事。そういうことです。それに選んでる時間も余裕もないですし」

 私もそろそろ準備に戻らないと、と黒駒は立ち上がる。

「大丈夫、なんとかしますし、なんとかなります」

 口で言ってる強気な台詞と相反し、黒駒は微妙に頼りなさげな顔になる。

「なんとかなると思えばなるかもしれないけど、ならないと思ったら絶対にどうにもならなくなっちゃいますから」

 その言葉にレザリックは少しだけ頷く。


「それと……この件でアイザックくんに何か言われたら私達はどう説明すれば良いですかね?」

「私に騙されたとか言っとけばいいんじゃない……かなぁ……?」

「……あの人が黒駒さんを騙したり利用してる回数の方が遥かに多い気もしますが」

「そうだっけ。まぁ、怒られたらその時はその時考えるしかない……かな。なんとかなりますよ、多分」

 黒駒は、そう言って少しだけ表情を崩し、苦笑した。

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