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秋葉切子奇譚  作者: 沢邑ぽん助
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00 ありふれた日常

 5月3日、夜22時前。

 駒江はマンションのドアを開けて、真っ暗な自宅に入る。


 世は大型連休だというのにこっちは子供や大人相手の仕事だらけだ。

 もっとも、駒江の場合は世間が休みだから仕事なのだが。


 明かりを付けた後はベッドの横に鞄を置いてから上着を脱いでハンガーを掛ける。そのまま流れるように洗面所で手あらいとうがい、クレンジングコットンで化粧を落とした後は朝ベッドの上に置いたままの室内着に着替え直し、汗で汚れたシャツを洗濯機に放りこんだ。


 それから冷凍庫から小分けしてラップに包んだ冷凍飯を取りだし、皿に載せる。レンジがご飯を温めている間に、棚から片手鍋を取りだして冷蔵庫から出したタッパーの取り出して中身を温める。作り置いたハヤシライスの最後の一つだ。

 電子音が鳴るやいなや、皿を取りだす。

 すっかり熱くなった冷凍飯のラップをはずして温めた鍋のルゥをかけてやると、あつあつのハヤシライスが完成する。

 それをテーブルに置き、スプーンと横に冷蔵庫から出したお茶を注いだコップを置けば、あっという間に遅い夕食の完成だ。


 一口目をゆっくり口に入れ、咀嚼した後は――そのまま機械的に手と口を動かす。

 駒江は明日の事を考えながら、匙を口に運ぶ。

 ゴールデンウィーク中日である明日の仕事は昼から。今日はこの時間まで頑張ったので何のトラブルもなければ夕方前には仕事は終わるだろう。

 冷蔵庫の中身は慌てなくとも明日の朝と弁当分くらいはある、明日の帰りにスーパーにいけば十二分に間に合う。洗濯も朝にタイマー予約しておけば丁度いいぐらいだろう。

 スーパーに行くついでに明後日からようやく貰える遅いゴールデンウィークの菓子や酒の肴でも買っておけばいいかとぼんやり考える。


 食事を終えた後は、食器を洗って片付けてからシャワーを浴びる。

 布団に入ってもよかったが――ちら、っとPCを見る。

 明日は片付けの続きとは言え、昼からだ。多少は遊んでも構わないだろう。

 それに今夜は折角の〈アップデート〉だ。



 PCを立ち上げ、〈エルダー・テイル〉のショートカットをクリックする。

 ふたつあるキャラクター選択画面ウィンドウの上の方、「ヤマトサーバー・〈黒駒〉」の方を選択し、ログインする。


 その後、女性タイプのアバター〈黒駒〉は彼女の所持するギルドルームに転送される。

『こんばんはー』

『こんばんは。仕事お疲れ様です』

 ギルドホールには二人ほど生産作業をしている冒険者が居た。

 駒江は挨拶にテキストで返していく。ここに来る人間の大半は大体自分達の身内で会話していることが多いのであえて音声チャットは開けない。

 今の駒江自身も必要以上はボイスチャットは使わず、ゲームのBGMをOFFに設定し、動画サイトで別の曲を流している。

 ここは体裁としてはギルド扱いではあるのだが、ギルドシステムを利用したレンタル作業場でしかない。


 自分も作業をしながら彼らとテキストチャットで二言三言交わし、しばしの無言が続いた後――テキストウィンドウの文字が動いた。

『そろそろ時間ですから移動します。お疲れさまです』

『こっちも雪崩れますー。お疲れさまですー』

 返事を打ち返す間もなくに彼らはあっという間にギルドホールを退出していった。

 きっと、アップデートを迎えるために自分たちの仲間の場所に向かったのだろう。

 彼らもこんな辛気くさい貸し作業場よりきっと友人達と迎える方が楽しいに決まっている。


 駒江はモニターの前で小さく息を吐く。

 よくよく考えてみれば、ゲームを始めてからひとりでアップデートを迎えるのははじめてだった気がする。

 自分にも前はそんな風な相手がいた。馬鹿馬鹿しくも楽しい仲間たちが。


 まぁ、感傷なぞない。

 まぁ、寂しくもない。

 まぁ、控えめにいって――

「多分、どうでもいいよね」

 アバターの作業が終わり、〈黒駒〉以外誰もいなくなったギルドホールの画面を映すモニターに向かって、駒江は小さく呟いた。


 駒江はマウスを弄り、そのままギルド長の部屋である自室へ移動する。

 データ的には何の意味も持たない飾り付けられた自室を眺めた。一面に敷き詰められたガラス壁からはアキバの市街グラフィックが透けて見える。

 彼女に降りかかるテキストも音声チャットも、メールもない。

 ただ、ひとりでぼんやりと眺めながらその時を待つ。



 PCの時計が0時を示す。

 駒江のモニタに写された情報は切り替わり、この日本にいる数多のプレイヤー達の見る世界も一気にアップデートされる。

 そして。

 彼女の上にも等しく〈大災害〉は訪れた。

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