第6話
ありがとうございます!
「ここ、隣良いかい?」
悠里が隣を向くと、目の下のクマと白衣が印象的な女性が立っていた。見るからに不健康そうなその白衣の女性の事を一言で表すなら、研究者という言葉がぴったりだろう。
「ええ、良いですよ。」
「どうもありがとう。
いやあ、夏は辛いね……今にも溶けそうだ。」
「そうですね……もう夏休みも終わったっていうのに、まだ太陽は元気ですね。」
「全く……早く引っ込んで欲しいものだよ。」
と、悠里とその女性が他愛のない話をしていると、
「日清水先生、こんなところにどうしたんですか?」
と、光輝がその女性に尋ねた。
「ん?なんか新学期初日に元気の良い子達がいるって小耳に挟んでねぇ。暇だから見に来たんだ。」「日清水先生?」
「ああ、それは私の名前だねぇ……。
私は4組の担任をしている日清水佳苗という者だ。後、能力者の研究を行っている。」
「日清水先生も白衣を着ているんですね。うちのクラスの藤野先生も白衣を着ているんですけど、何か関係あるんですか?」
「うん、あそこで審判やってるあやちんは私の友人だねえ。もともと同じ研究チームに居たんだけど、担任のクラスを持ってからあやちんは研究チームから抜けてしまったんだよ。嬉しいことに、まだその時の白衣を大事にしてくれているみたいだねぇ。」
「あやちん…?」
「研究所にいた頃は、あやちん、かなっぺと呼び合う仲だったのさ。」
どこからか、そんな事実はない、という声が聞こえたような気もするが、悠里は聞こえないふりをした。
「お二人は仲が良いんですね。
ちなみにどんな研究をしてらっしゃるんですか?」
「私とあやちんは親友だよ。
研究所にいた時はよく一緒に居たねぇ……。
それと研究だったね。能力者がこの世界に誕生してから100年経ったわけだが、まだまだ分からないことは沢山あるからねぇ……。今は主に、能力が発現する人としない人の違いについて研究しているよ。ただ、私自身は能力が使えないからねぇ……。なかなか進んでいないのが現状だよ。なんなら君が協力してくれても良いんだけどねぇ、黒羽悠里君?」
「あれ、なんで俺の名前を?」
「そりゃあ知ってるさ。
この学園が始まって以来、初の編入生。そして、世界初の後天的能力者だものねぇ……。」
後天的能力者。
今のところ、この肩書きを名乗れるのは悠里だけだ。
能力者には今まで一つのパターンしかなかった。
それは、生まれた時から能力者として生まれてくる…つまり先天的に能力を備えている、先天的能力者。
しかし何事にも例外は存在するらしい。それが今回の場合悠里だった。悠里はこの学園に入学するまでの間、一般の人間という扱いだった。そのため、高校生になるまでの15年間能力とは無縁の生活を送ってきた。
しかし、高校1年の一学期、ようやく高校生活にも慣れて友達も出来始めた頃に、悠里は覚醒した。そして、それが政府の知るところとなり、悠里はこの学園へ編入する運びとなった。
能力者は、政府で情報を管理されている。
今まで能力者は皆、先天的なモノだと思われていた。しかし、悠里が後天的に覚醒した事によって関係者の間では大騒ぎになった。
今までに能力が成長することはあるが、別物に変化するような事はない。
火を使う者が、ある日突然水を使うようになったり、風を起こせる者がを土を操れるようになる、といったような事はなかったのだ。
しかし悠里の場合、もともと能力者じゃなかった者が能力者になった。
ならばその能力も変化することがあるかもしれないと言われている。
そういった理由で研究者の中で悠里は結構注目を集めているのだ。
「そんな大したもんじゃないですよ。」
「そうかい?君たちはまだ若い。可能性は無限にある。決めつけるには早いと思うがねぇ。まあ、研究に協力したくなったらいつでも言いにおいで。大歓迎だからねぇ。」
「考えておきます。あ、もう始まるみたいですよ。」
二人が話しているうちに準備が整ったらしい。和葉達は互いの姿を見据えながら、対峙している。
「両者、礼。」
和葉と武蔵は一礼し、武器を構える。
場を緊張感が包む。
「……バトル開始!」
藤野の合図が聞こえるや否や、武蔵は能力者の恵まれた身体能力を存分に発揮し、地面を蹴った。見た目とは裏腹に、一般人なら目で追う事も難しい速度で突っ込む。
対する和葉は、さっそく能力を使うのかと思いきや、能力を発動しないまま弓を射る。
自身の速度と弓矢の速度が合わさり、瞬きすらできない速度で迫ってくる矢を、武蔵は危なげなく斬り払った。
能力者は動体視力も強化されている。動体視力と言うのはいかに眼球を早く動かせるかだから、眼球を動かす筋力が強化されているというと分かりやすいだろうか。
「武蔵の方は何か理由があるのかもしれないが、何で和葉は能力を使わないんだ?どこから来るかわからない弓矢とか結構強いと思うんだけど。」
悠里は光輝に尋ねた。
「ああ、確かに和葉の能力を聞いて、弓持ってたらそう思っちゃうよね〜。でも、ここが何組か忘れたのかい?そんな便利な能力だったら5組な訳ないじゃないか。あははは。」
「そりゃそうだけど……じゃあ何か欠点でもあるのか?」
「もちろんさ。」
「もちろんなんだ!?
どんな欠点があるんだ?」
「一歩も動けないんだ。」
「へ?動けない?」
「そう。確かに透明には成れるんだけど、その場から一歩も動けないんだ。動いちゃったら透明化が解けちゃうらしいよ。」
「なんだその能力は……隠密行動とかほとんど出来ないじゃないか……」
「かくれんぼとかなら強いんだけどね。
まあそんなわけで、相手が見ているときに透明化するなんて論外。もしも一瞬相手の目が離れた時に透明化するにしても、もともと居た場所からそんなに動けるわけもないから、大体の居場所はバレちゃう。そこから弓を放っても対処されちゃうんだよね。だから集団戦はともかく、今回みたいな1対1の対人戦ではほとんど使えないんだよね。」
「それは厳しいな……。」
和葉は弓を放ち続けるが、武蔵は全て退ける。
「っっっ〜〜〜!!」
矢を物ともせず迫ってくる武蔵に、和葉はたまらず後退するが、武蔵はその隙を見逃さない。
後ろへ下がろうとしている和葉の顔に鋭い突きを放った。和葉はそれを首を大きく傾げることで避け、続く武蔵の横払いに地面を転がりながら距離をとった。
「武蔵は良い動きをするな。思い切りも良い。
だけど、なんで武蔵も能力を使わないんだ?まさか……またなんか欠点があるのか…?」
「え……?そんなの……」
光輝はそこで一旦言葉を切ってから、
「あるに決まってるじゃないか。」
と、輝く笑顔で言った。
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