第4話
「えっと……何故そんな役目を俺たちに?」
悠里が皆を代表して質問した。
「この学園ではな、優秀な者と劣っている者との差が広がりやすい傾向があるんだ。
優秀な奴らは良い環境で自身の能力の向上に努められるのに対し、そうでない奴らは劣悪な環境で同じことをしなければならない。
お偉いさん達は設備に差をつけて、生徒の競争心を煽るつもりらしいが、こんな状況じゃ最初にあった差がますます開くだけだ。
そしてそのうち下の奴らは上を向くことをやめてしまう。それだけじゃない、下のやつが上を向かなくなると、上の奴らを追いかける存在がなくなり、上の奴らは危機感を持たなくなる。そうなると向上心が失われて、上の奴らの成長速度も著しく低下する。
そんな悪循環に陥るんだよ。
でも、お前らはまだ入学からそんなに経っていない。多少差はあるが、十分に巻き返せる可能性はある。」
生徒達は、藤野の言葉に驚いていた。
落ちこぼれと呼ばれる自分達が、優秀な1組や2組の人に勝てる可能性があると言われたのだから、驚くのも無理はない。
ーーーこの学園はそんな仕組みになってるのか……本末転倒だな。生徒達の競争心煽るためにした事が、逆効果じゃないか……
あんまりといえばあんまりな内容に悠里は内心げんなりとした。
ーーーまあ、あんだけ発破かけといてもう越えられない壁があるので、どうあがいても無理ですとか言われなくて良かった。目標にする価値があるって事だからな。
「どうする?俺はこのままバカにされ続ける学園生活なんて真っ平ごめんだ。
だから俺はあいつらに勝って、胸を張って学園生活を送りたい。
そしてたった今先生からも可能だってお墨付きをもらった。十分目指す価値はあると思うが?」
悠里はクラスの全員の顔を見渡しながら問いかける。
「そう……ね。うん、私もあいつらの鼻を明かしたい。見返したいわ。」
「そうか、分かった。これからよろしくな。えっと……」
「杏里……木原杏里よ。よろしくね、黒羽。」
長く下ろした、やや緑がかった髪の少女は勝気そうな笑みを浮かべ、悠里に手を差し出した。
「ああ。よろしくな、木原。」
悠里がニコッと笑いながら、木原と握手を交わした。
その時、悠里の顔を直視した木原の頬がわずかに朱色に染まったが、悠里は横からかかってきた声に気を取られ、気づかなかった。
「俺も仲間に入れてくれないか?」
燃えるように逆立った赤い髪の男子生徒が悠里に尋ねた。
「ああ、もちろん。黒羽悠里だ、よろしくな。」
その男子生徒は180センチを越えていて、身長の低い悠里はやや見上げる形になりながら手を差し出した。
「俺の名前は火神和也だ。和也でいいぜ。
よろしくな、悠里。」
爽やかな笑顔で火神は悠里の手を取った。
ーーー背が高くていいなあ……羨ましい。
悠里が密かにDNAに文句を言っていると、2人の生徒が先陣を切った事で、躊躇していた他の生徒たちも思い切ったのか、次々に、
「俺もやるぞ!」
「私もやるわ!」
と悠里に言ってきた。
悠里は短くなったチョークを手に取り、黒板に大きく、「打倒、俺らより上のクラスの連中!」と書くと、
ぶふっ
と、誰かの軽く噴き出すような声を皮切りに皆、大きな声で笑い始めた。
「なんだよ、俺らより上のクラスって」「あら?良いじゃない。分かりやすくて」などと言いあい、それもそうだと悠里たちは大いに笑った。
どこか吹っ切れたような、ようやく巣から飛び立つ事の出来た小鳥のような、明るい笑い声だった。
結局、隣のクラスから苦情が来るまでその笑い声が収まる事はなかった。
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「さて、今後の目標も定まった事だし、次にやる事は何かね?それじゃあ…そこの君!」
悠里が指差した先には、少し黒ずんだ青髪の男子生徒がいた。
「ええ!?俺!?えっと……特訓……かな?」
「ばかやろう!!お前は何もわかってない!」
悠里はビシッとその男子生徒を指差したまま、怒鳴った。
その男子生徒は、少しムッとした顔で、
「じゃあ、何をするって言うんだよ。」
「何って……そんなの決まっているだろう?
それは……」
悠里が、鬼気迫る顔で言葉をためると、張り詰めたような緊張感が場を支配した。
「「「それは……?」」」
「それは、自己紹介だ!」
「………は?」
悠里以外の生徒はポカーンとした顔をした。
「だって俺、このクラスのこと何も知らんし。」
「はあ、思い詰めたような顔してるから、なにを言うかと思えば……自己紹介?まあ、それもそうね。私たちは貴方の名前しか知らないし……貴方は、名前すら知らない生徒もいるだろうし。」
木原が今の状況を簡単にまとめると、様子を見守っていた藤野が、
「そうだな、じゃあ順番に名前と能力を言っていくか。」
と、皆を促した。
「出席番号順で行くと、まず僕からだね。僕の名前は朝比奈 和葉。能力名は「透明人間」」。
簡単に言えば透明人間になれる能力だよ、よろしくね。」
セミショートぐらいの茶髪の女の子が笑顔で名乗り出た。
ーーー透明人間か……結構使えそうな能力だけどな。それにしても……
「なんで女子が男子の制服を着てるんだ?」
悠里としては、深く考えず尋ねた事だったが、
言葉を放った瞬間先ほどまで笑顔だった和葉の顔が凍りつき、プルプルし始めた。
木原や周りの皆も、あちゃーって顔をしている。
ーーーな、なんだ?なんか変な事言ったか俺?
「ぼ、僕は……僕は男だよ!!」
「え、ええ!?だ、だって結構可愛い顔してるし「はうっ!」和葉って女子みたいな名前だから「ぐはっ!」てっきり女子だと……」
「うぅ……ぐすっ、黒羽も僕を女扱いするんだ?どうせ僕なんて、これからも一生女扱いされるんだ……」
「ここまで的確に相手の急所を抉るなんて……黒羽、恐ろしい子……!」
悠里の隣で木原は戦慄していたが、悠里は、体育座りをしながら涙ぐんで俯いている和葉におろおろしていて、気づかなかった。
(和葉はね、昔から女の子みたいでかわいいって近所で評判だったの。で、和葉は一人っ子なんだけど和葉のお母さんは娘が欲しかったみたいでね、和葉に女物の服を着せてたの。本人にとっては黒歴史らしくて。だから、女みたいとかいうとああなっちゃうの。)
(そうだったのか……ところで、木原はなんでそんなに詳しいんだ?)
(え?ああ、私和葉と家が近所なの。いわゆる幼馴染みってやつね。)
(へぇ、なるほどな。幼馴染みならこの状態の和葉にどう対応したらいいかとか分かるか?)
(そうねぇ……男らしいとか、そんな感じで褒めればすぐ機嫌治るわよ。)
(おお!やってみる!)
悠里は一度小さく深呼吸した。言葉を間違えてはならないという緊張感をヒリヒリと感じ、背中を汗が伝ったのが分かった。
悠里が何かないかと周りを見渡していると、和葉の机の上に、無糖と書かれた珈琲の缶が置かれているのを見つけた。
「へえ、和葉は珈琲をブラックで飲めるのか!すごいな「ぴくっ」。俺はブラックで飲めないから尊敬するよ。和葉は男らしい「ぴくぴくっ」な!」
和葉は、悠里が男らしいとか言うたびに反応を示した。
「和葉に男気では完敗だな!」
この一言がトドメとなり、今まで俯いていた和葉が顔を上げ、上目遣いで悠里を見た。
「…………本当?」
「お、おお!和葉は少なくともこのクラスで一番男らしいよ!」
和葉はその言葉を聞き、ニコッと頬を緩ませた。
「もう、そう思ってたなら最初から言ってくれればいいのに!悠里は素直じゃないね。」
「あ、ああ悪いな。和葉の男らしさは言葉で表現できなくてな。」
ーーーこいつが男ってもう詐欺だろ!なんだよあの潤んだ目での上目遣い!しかもそこから微笑まれたから、ちょっとドキッとしたじゃねえか!……あれ?俺もしかしてさっき男にときめいた?……それってもしかしてホ…いや、そんなバカな………
悠里が和葉の性別を超えた理不尽さに慄きながら、ヤケクソ気味に和葉を褒めると、和葉の機嫌はあっさり直った。
「それは聞き捨てならないな」
と、言いながら制服越しでもわかるムキムキのマッチョメンが声を上げた。
「俺の名は武田武蔵。
能力名は「自然の恵み」だ。
朝比奈がこのクラスで一番男らしいと言うのは聞き捨てならない。その称号は俺に与えられるべきだろう。」
ーーーまた面倒くさそうなのが来た……俺は今心の平穏を保つのに忙しいんだよ!
悠里が自分のホモ疑惑を解消しようとしているところに声をかけられたので悠里は若干イラっとしたが、仲間割れがしたいわけではなかったので、返事をすることにした。
「そうか、じゃあ2人ともいちば「何言ってるんだよ!悠里は僕を選んだんだよ?だから僕が一番だよ!」ん……」
悠里が場を収めようと口を開くと、途中で和葉が割り込んだ。
「なるほど…お互い譲れないというわけか……ならアレで決めるしかないな。」
「そうだね……アレで決めるしかないね。」
「「能力者バトルで!!」」
和葉と武蔵が同時に叫んだ。
「能力者バトルってなんだ?」
「それは僕から説明するよ。」
悠里は独り言のつもりだったが、横から声がかかってきたのでそちらに目をやると、黄色い髪をした男子生徒が悠里の方を向いていた。
次話の投稿日は未定です。