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第25話

ありがとうございます!

「ーーー、以上で報告を終わります」


悠里達と別れた後、空達シルフィードのメンバーはある場所に来ていた。


対魔士ギルド。

そう呼ばれているこの場所には、様々な役割がある。


その中の一つに、魔物に関するデータ管理というものがあった。ここでいうデータとは、現時点で確認されている魔物の習性や弱点といった情報である。


しかし、稀に新種が発見されたり、既存の魔物でも新たな行動パターンが見つかったりする時がある。


そういった予兆を見逃さないために、対魔士には帰還時に必ず何か変わった事がなかったかの報告をしなければならない義務が課せられている。


対魔士に課せられている義務は他にもあり、有事の際には、上から出動の命令が下る時がある。その命令には余程の理由がない限り従わなければならないのだ。今回空達が魔物と戦闘を行なったのもこれに当たる。


空達がいるのは対魔士ギルドの中でも、最も奥に位置している部屋だ。誰でも入れるような場所ではもちろんない。


「報告ご苦労。何か変わった事はなかったか?」


空達の報告に対し、簡単に労いの言葉をかけたのは、ギルドマスターの肩書きを持つ刻字原蓮司(こくじはられんじ)という男だ。まだ30代という若さにして、国に対しても大きな影響力を持つこの対魔士ギルドのトップにまで上り詰めた傑物である。


「いえ、特に変わった事は……あ、そういえば」


「ん、何だ?」


「いえ、そこまで重要なことではないのですが……」


「構わん、言ってみろ」


「はい、現場で少々面白い少年を見つけまして」


「ほう、君が他人に対して興味を持つとは珍しいな」


「そうでしょうか?」


「ああ、まあこの話はいいだろう。他に何かあるか?」


「いえ、ありません」


「そうか、此度の任務改めてご苦労だった。下がっていいぞ」


「はっ。では、失礼します」


会話中、空は見る者の心を冷ますような静謐な雰囲気を纏っていた。そこに悠里や可憐達と話していた時のような陽気さはどこにも存在しなかった。これが対魔士としての……最強としての空の顔なのだろう。空達は刻字原に対して一礼すると、回れ右をして退室した。


刻字原は空達を見送った後、自身が座る回転式の椅子を半回転させると、徐に懐からライターと煙草を取り出し、一服する。


「面白い……ね。その少年はこの停滞した世界に、何らかの変化をもたらしてくれるのかねぇ」


そんな独り言は誰の耳に入ることもなく、宙に消えていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


空達がギルドマスターの部屋から出て、受付などがあるエントランスまで来ると、途端にたくさんの人に囲まれる。


「空さんサインください!僕大ファンなんです!」


「ちょっと!私が先だったでしょ!?抜け駆けしないでよ!」


この様子を見れば、シルフィード……特に空がどれだけ人気かが分かるだろう。周りを見れば、空ほどではないが他のメンバーもサインをねだられていた。


「ストップストップ!そんな喧嘩しないでもみんなに書いてあげるから。ほらほら並んで並んで〜」


そう言ってみんなをまとめ、列を作らせる空には、先ほどの雰囲気は微塵も残っていなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ーーーく、苦しい……


睡眠状態と覚醒状態の狭間のような意識だった悠里は、そんな感想を抱いた。


苦しさを認識するのと同時に、急激に覚醒状態へと天秤が傾く。


「ん、んん〜〜ん?」


悠里は目覚めると、体を起こして腕を上げながら大きく伸びをしようとした。しかし体は起き上がらず、また腕も上に上がる気配がない。ていうか身動きが取れない。そしてなんだか異様に上半身が重たかった。枕のそばに置いてある目覚まし時計を首だけ動かして見ると、午前5時半頃を指していた。悠里が寝たのは11時前ぐらいだったので6時間半ほど寝た計算になる。


ーーー6時間ぐらいじゃ疲れが取れなかったのか?


悠里は現実逃避気味にボンヤリとそんなことを考える。


何から現実逃避しているのか?


その答えは、悠里の首の付け根辺りから下半身にかけて大きく膨らんだ布団である。


ーーー昨日カレーを食べ過ぎたのがよくなかったのかなぁ……


「ってんなわけねーだろッ!」


悠里が自分で自分にツッコミを入れると、ビクッと布団が震えた。しかし、少し待ってみても次に何かが起こることはなかった。


悠里ははぁ、とため息をつくと布団の中で何かに拘束されている右腕を、思ったより苦戦しながらもなんとか引き抜くことに成功する。


自由になった右腕で自分にかかっている布団をめくると、案の定そこには悠里に抱きつきながらすーっと可愛らしい寝息を立てている美嘉がいた。


「おーい、そろそろ起きてくれ」


美嘉から返って来るのは相変わらず可愛い寝息だけだ。


悠里は背中を軽く叩きながら、再度呼びかけてみる。


美嘉はまだ起きない。


悠里は少しイラっときて美嘉の頬をペチペチ叩きながら呼びかける。


それでも美嘉はまだ起きなかった。


ここまで来ると、どこまで起きないんだろうかという好奇心が悠里に生まれる。試しに頬をつまんでみた。まだ起きない。そのままグニグニと動かしてみる。少し身じろぎした。これ以上は危ないかもしれない。


ただ、悠里はここで止まらなかった。


無防備に開いた美嘉の脇に手を伸ばす。よし、くすぐってやろう、そう悠里は思い、悠里の指が美嘉の脇に届いたその瞬間、


パチっと、美嘉の目が開かれた。顔を上にあげた美嘉と冷や汗がダラダラと流れて止まらない悠里の目があった。


美嘉の目が、自身の方向に伸びている右腕に止まった。そしてその右腕を視線が辿り、自分の脇に触れている指にたどり着く。


今までどこか寝ぼけ眼でぼーっとしていた美嘉の顔がだんだんと赤くなっていき、目も鋭さを増していく。


「………悠兄。何か言い残すことは?」


「……ほっぺたってすげー柔らかいんだな」


美嘉からの返事は、容赦のない平手打ち……つまりビンタだった。


大きく仰け反った悠里は後ろの壁に頭をぶつけた。段々と意識が遠くなっていく。最後に悠里が見たのは、まるでゴミでも見るかのような侮蔑のこもった眼差しだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「悠兄、もう起きないと学校遅れちゃうよ」


「ん、ん〜。うわ、もうこんな時間か」


「ほら、早くご飯食べて」


「おう、いつもありがとな。それにしても何か忘れてる気がするんだけど、美嘉は何か知らないか?」


「知らないっ」


食べ終わった食器を持ってキッチンへ向かった美嘉の横顔はなぜか赤みが差していた。頭に疑問符を浮かべながらも、まあいいかと、悠里は早く食べ終わることに専念する。


朝食が終わり、学校の支度をし、2人で一緒に家を出る。美嘉と悠里の学校はそれぞれ違う場所なので、途中で別れる。


悠里が校門にたどり着いたのは、1時間目が始まる15分前ぐらいのことだった。


「あ、悠里!おはよう!」


「黒羽はいつもこのくらい登校するつもりなのかしら?結構早いのね。もっとギリギリに来るタイプだと思ってたわ」


「和葉おはよう。そして木原は何気に失礼だな……」


「あらごめんなさい。私思ったことをすぐ口に出しちゃう素直な性格なのよ」


「素直って言葉がここまで薄っぺらく感じたのは初めてだ……」


3人で雑談しながら教室まで行く。中に入ると、何故か誰もいなかった。


「おかしいわね。この時間に誰もいないなんて」


「ん、なんか前に書いてあるぞ」


悠里が黒板を指差すと、和葉と木原も前を向く。するとそこには、


[本日の1時間目は第二グラウンドで行う。各生徒は教室に荷物を置き次第、第二グラウンドに集合するように]


達筆な字でそう書かれていた。


「どうやらみんなもう行ってるみたいだね」


「そうだな、俺たちも行かないと。あと一つ聞きたいことがあるんだけど……」


「ん、何?」


「着替えたりとかしなくて良いのか?」


「え?ああ、そのことね。うん、心配いらないよ。ここの制服は僕たちみたいな能力者が十分な動きができるように考えて作ってあるから。この制服って見た目よりもずっと可動域が広いんだよ。ほら、僕と武蔵君が闘った時も2人とも制服だったでしょ?」


「あーそう言えばそうだったな」


和葉と武蔵の闘いを思い出しながら悠里が答える。


「疑問は解決した?なら早く行きましょう」


雑談しているうちに思っていたより時間が経っていたようで、授業まであと5分程になっていた。


「そうだな、少し急ぐか」


3人は少し急ぎ気味に、第二グラウンドへ向かった。

ありがとうございました!

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