第23話
ありがとうございます!
「君は、一体………?」
「俺にも、何が何だか……」
ーーー今のは何?それにさっきまでの雰囲気とまるで違う。不思議な子だわ……
空の視線の先で、急に悠里は明後日の方向に目を向けた。悠里の行動に気を取られていると、小柄な人物が空の横を通り過ぎた。
「悠兄!!」
「ん、おっと!」
立ち止まった空を追い越してきた美嘉は、勢いを緩めることなく、突進でもするかのように悠里に向かって抱きついた。全然違う方向に目を向けていた悠里はいきなり抱きついてきた美嘉に反応が遅れる。
そのためバランスを崩した悠里は、美嘉の勢いに負け、尻餅をつく。
「いてて……一体どうしたん」
「心配したっ!」
悠里が目を開けると、息がかかる程の至近距離に美嘉の顔があった。その瞳には大粒の涙が浮かび、悠里をキッと睨んでいる。
フーッと荒い息を繰り返す美嘉の、熱を孕んだ瞳は悠里の目を捉えて離さなかった。
数瞬、美嘉と見つめあった悠里は、不意に肩の力を抜き、口を笑みの形に歪める。そして右手で美嘉の頭を撫でた。
「そっか、心配してくれたのか。ありがとう」
「うううう〜〜〜っ!!」
悠里が襲われたのは、元を正せば自分のせいであると思い込んでいる美嘉は、また自分のせいで……、とどうしても考えてしまった。
魔物と悠里の距離がどんどん近付くのを見た時、最悪の結末が頭をよぎったが、空の攻撃により、魔物にダメージを与える事に成功した。
これで逃げられる!と美嘉はそこに希望を見出した。
しかし、その希望は他でも無い悠里によって絶望へと姿を変えた。悠里が逃げようとせず、魔物に立ち向かおうとしたからだ。それも丸腰で。
悠里からすれば勝算があったわけだが、そんな事は見ている美嘉からはわからない。悠里の行動が酷く無謀な行為にしか思えなかった。
結果的に悠里は無傷だったが、一歩間違えば本当に死んでいたかもしれないのだ。美嘉が怒るのも無理ないだろう。
不注意でこんな事態を招いてしまった自分に対する不甲斐なさやら、悠里が無事でよかったという喜びやら、悠里の自分を省みない行動に対する怒りやらで、美嘉の心はぐちゃぐちゃだった。
美嘉は、悠里が確かにそこにいることを確認するように、抱きついたまま悠里の胸にぐりぐりと自分の頭を擦り付ける。
可愛い女の子に抱きつかれ号泣されるという状況など、今まで悠里は経験した事がなかった。
つまり何が言いたいかというと、こういう時どうすればいいかわかんねえ、というやつである。
悠里はとりあえず、恐る恐る美嘉の背中に手を回し、美嘉を安心させるようにポンポンッと優しく背中を叩いた。
1分ぐらいそうしていると、次第に美嘉の呼吸は落ち着いたものになり、頭のぐりぐりも止まった。
「落ち着いたか?」
「………うん」
返事は返ってきたが、美嘉は顔を上げない。悠里に泣きはらした顔を見せるのが恥ずかしいのだ。
「もういいかな?」
「え、あ、はい!すみません、もう大丈夫です」
悠里と美嘉のやり取りが終わるのを律儀に待っていてくれた空が頃合いを見計らい、声をかける。悠里は慌てて立ち上がるが、美嘉は悠里にくっついたまま離れなかった。
「すみません、お見苦しいところをお見せしました」
「ん?いやいや構わないよ。そんなに君のことを心配してくれるなんていい妹さんじゃないか。うちにも妹がいるんだけど、私が仕事に行ってもそんなに心配してくれないよ……」
最初は悠里達を微笑ましそうに見ながら話していた空だったが、話しているうちになんだか泣きそうな表情になった。ちなみに悠里の胸に顔を埋めている美嘉の耳は恥ずかしかったのか真っ赤になっていた。
「はぁ……だって姉さんは心配なんてしなくても、いつも無事に帰ってくるじゃない」
声の方向に目を向けると、美嘉を追うように歩いてきた可憐達の姿があった。
「あれ、可憐いたの?」
「いたの?じゃないわよ。それにさっきのは何?姉さん達が気を抜いたせいで黒羽くんが危険な目にあったじゃない」
「う〜、それについては言い訳する余地もありません……。君、黒羽くんっていうのか。黒羽くんもごめんね?」
「あ、いえ、別に大丈夫ですよ。特に怪我もしなかったし」
戦闘中の空とはまた別人のようだな、と悠里は感じた。さっきまでの凜とした、それこそ可憐と似たような雰囲気は今どこにもなく、これが素なのか、ころころと表情が変わってなんだか可愛い人だな、と思った。
「そう、それだよ。さっきから気になっていたんだけど、君どうして無傷なの?」
「え?どうしてって……悠里が攻撃を喰らわずに魔物を倒したからじゃないんですか?」
今の質問の意図がわからなかった光輝が、頭に疑問符を浮かべながら答える。
「黒羽くんは……今まで魔物と戦った事ある?」
常識的に考えれば、悠里はまだ一年生。それも編入したてで、魔物と戦った事などあるわけがない。学園で、そういった授業がされるのは3年になってからである。
そんなのあるわけないじゃないですか、そう答えるのは簡単だし、事実悠里はそう答えようとした。
しかし、口を開きかけた時、ふと思い留まる。そんなのあるわけない、という自分の言葉にひどく違和感を覚えたからだ。
ーーーあの時……魔物を倒した時、俺は何を考えた?こいつなら勝てるって思わなかったか?何故そう思ったんだ……?戦ったこともないのに。
やはり悠里は、戦ったこともない、というところに違和感を感じる。少し考えた後、悠里はゆっくりと口を開く。
「もしかすると、戦ったことがあるのかもしれません」
「そのもしかするとっていうのはどういうことだい?」
「それは………」
ふと視線を感じて、悠里は視線を下に向ける。美嘉が悠里を案じるような目を向けていた。それに対して大丈夫だ、というように笑ってみせた悠里は視線を戻し、
「俺、3年前から記憶がないんです」
そうカミングアウトした。
ありがとうございました!




