第22話 美嘉3
ありがとうございます!
思考が真っ白になった。大丈夫か!?と身体を揺すられながらかけられる声も、響く甲高い悲鳴も、早く救急車を!と叫ぶ怒号も、美嘉は認識できなかった。
目の前で起こった出来事を目が、身体が、心が拒絶する。先程まで両親がいた場所には、飛び散った血痕が見えるだけだ。視線をゆっくり横にスライドさせると、重なり合うように倒れ伏し、ピクリとも動かない両親の姿が目に入った。
すーっと、身体から熱が無くなっていく感覚を覚え、美嘉は真冬の海に突き落とされたかのような寒気を感じた。血の気が引き、全身から力が抜けて行く。力が入らず、倒れ込んだ身体を手で支える事すらままならなかった。そこにさっきまでの元気は、微塵も残っていなかった。
変わり果てた両親の姿を視界に入れながら、次第に真っ白だった美嘉の頭は一つの言葉に占領された。
私の……せい……?
電気のブレーカーが落ちるかのように、美嘉は意識を失った。
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「う……ん、ここは……?」
美嘉の視線の先にあったのは見知らぬ天井だった。視界の端にカーテンが見える。背中や後頭部に感じる柔らかさから、どうやら自分はベッドに寝かされているらしい事はわかった。
身体を起こそうとすると、頭痛が走り再びボスッと枕に逆戻りする。首だけを動かして周りを見渡すと、どうやら個室になっていて部屋の半分弱ぐらいをベッドが占めている。ベッドの横には背もたれのない椅子が置いてあった。美嘉は察した。ここは病院なのだと。
「私……何でこんなところに……っ!?」
自分がこんな場所にいる原因を思いかえす。遊園地に行き、楽しかった事。レストランのご飯を食べに行こうとした事。そして、自分に向けられた両親の最期の笑顔……。
「そうだ、お母さんとお父さんは!?」
痛む頭を抑えながら、ベッドから身体を下ろす。ふらふらする体を壁に手をつき支えながら、ドアを開け、部屋の外に飛び出した。
「きゃっ!」
部屋の外に出た途端、美嘉は何かにぶつかり、尻餅をついた。
「だ、大丈夫!?」
膝をつき、美嘉の顔を覗き込むように声をかけているのは、服装からして看護師の人だろう。
押していたであろうカートの上にはご飯と数点のおかずが乗っており、察するに美嘉の部屋へ病院食を持ってきてくれたところだったのだろう。
「ねえ、お母さんとお父さんは!?」
美嘉が服にしがみつくように尋ねた。看護師は、美嘉の視線に耐えられないといった風に少し目線を下げ、俯いた。大きく一度息を吐くと恐る恐るといった風に口を開いた。
「美嘉ちゃん、落ち着いて聞いてね?」
落ち着くってなんで?
「あなたのご両親は」
やめて、聞きたくない
「交通事故で」
やめて、やめてやめてやめて
「亡くなったわ」
ガラガラと。そんな音を立てて、美嘉の日常は壊れた。
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それから何日が立ったのだろうか。両親の死を知った日から、ただ起きて食べて寝てを機械のように繰り返している美嘉には今日が何曜日かも分からなかったし、興味もなかった。
美嘉の両親の葬式が行われる日になった。両親の親戚や友人が集まり、二人を弔う。美嘉にも慰めの声がかけられたが、美嘉の心には虚しく響くだけだった。両親の遺影を、周りの人達が涙を流しているのを見て、ああ、お父さんとお母さんは本当に死んだんだなと、変に実感した。これは夢でも作り話でもなく、現実なのだと。そう実感した途端、事故の日から今まで流れることのなかった涙が溢れるように流れた。
葬式の後すぐ、美嘉は病院を退院した。しかし、美嘉には行くあてなどなかった。祖父母は父方はすでに亡くなっており、母方は介護を要するような状態で、引き取る事はできない。親戚の家も美嘉を育てるだけの余裕はなかった。
美嘉は病室を出る。病院の出口まで来たところで、不意に声がかけられた。
「あなたが美嘉ちゃん?」
そこにいたのは40代半ばほどだと思われる、おっとりとした雰囲気を持つ女性だった。
誰だろうこの人は、と女性を見ながら頭に疑問符を浮かべていると、
「その人は私の知り合いで児童養護施設を経営しているのよ。ほら、美嘉ちゃん行く所ないでしょう?なら、彼女のところはどうかなって」
「美嘉ちゃんの事情は聞いてるよ。うちにはね、美嘉ちゃんのように幼い時に両親をいろんな理由で失った子達がいるんだ。同じような境遇な子達なら、仲良くなれるんじゃないかな?」
自分と同じような境遇というところに、美嘉は少し興味を抱いた。そして、この数日間何かと世話を焼いてくれた看護師の勧めということもあり、施設に入ることを決めた。
「分かりました、よろしくお願いします」
その日の夕方頃、美嘉達は施設に到着した。ちょうど学校に行っていた子供達が帰って来る頃だった。
施設の入り口を通ると、まず美嘉は食堂に案内された。
「みんなーちょっと集まってくれるー?」
その声で、ぞろぞろと施設内の子供が食堂に集まって来た。
「ここにいる美嘉ちゃんが、今日から一緒に暮らすことになりました。それじゃ、美嘉ちゃん。簡単に自己紹介してくれる?」
「えっと、美嘉です。趣味は読書です。これからよろしくお願いします」
美嘉は頭を少し下げた。言い終わってから、少し無愛想だったかなと不安になったが、頭を上げて、それは杞憂だったと分かった。施設の子供達も職員の人もとても優しい目をしていたからだ。
「「「こちらこそよろしく!」」」
ここに来て良かったと美嘉は感じた。
美嘉の新しい日常が始まった。
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美嘉の過去を聞き終えた悠里は、考え込むように黙り込んだ。
話している途中から、美嘉の目には涙が浮かんでいた。やはり、自分から思い出したくない記憶を掘り起こすのは辛かったようだ。
「私のせいで……お父さんとお母さんは死んだんだ……」
「確かに、美嘉のせいじゃないとは言い切れないのかもしれない」
美嘉は悠里の言葉に、俯き唇を噛むようにして耐える。目から溢れた雫が地面に落ちた。分かっていたことではあるが、他人に言われると堪えるものがある。
「でも」
美嘉は顔を少し上げ、上目遣いで悠里を見る。
「美嘉のお父さんとお母さんは本当に不幸だったのか?」
「だって死んじゃったんだよ!?不幸に決まってるじゃない!」
知らず知らずのうちに、美嘉の語調が強くなる。
「うん、俺も亡くなって良かったなんていう気はさらさらない。じゃあなんで二人は亡くなったんだ?」
「それは……私を庇ったから……」
「そうだな、死んでもいいと思えるくらい大切なものを守るためにトラックの前に身を投げ出したんだよな」
「え?」
「二人は最後どんな顔してた?」
「……笑ってた。もう直ぐ死ぬかもしれないのに……幸せそうに笑ってた」
「幸せそう……か。二人の幸せって一体何なんだろうな」
「え?そんなこと急に言われても……」
「本当にわからないか?二人のことを全然知らない俺でもわかるぞ」
「お父さんとお母さんの幸せって何……?そんなの分かんないよ……」
「お前だよ」
「え?」
「死んでもいいと思えるくらい大切な美嘉が、幸せそうに笑って生きてくれることに決まってんだろ」
「わた……し?」
「今の自分を押し殺しながら生きてる美嘉を見て、二人は喜んでくれると思うか?褒めてくれると思うか?」
「………………思わない」
「ん、何だって?声が小さくて聞こえなかったわ」
「思わない」
「何?聞こえねえよ!」
「思わないっ!」
「ほれもういっちょぉ!」
「からかわないで!」
「痛え!?」
からかわれていると怒った美嘉は、横に座る悠里のスネをグーで殴った。
「ふふっ」
目に涙を浮かべて、ゴロゴロと転がりながら痛みに耐えている悠里の姿が滑稽で、思わず美嘉は笑ってしまった。
「やっと笑ったな」
「あははははっ」
「ちょ、そこは笑うところじゃないだろ!?」
計算通りだぜ、みたいな雰囲気を出しながらも涙目になっている悠里の姿は、美嘉のツボに入ったらしい。お腹を抱えて笑っていた。
「ふぅ……やっぱり美嘉は笑ってるほ「あはははっ」笑いすぎだろ!俺の格好いいセリフ台無しじゃねえか!」
「やっぱり悠里は大事なところで締まらないよねっ」
「やかましいわ!って、お前ら……」
悠里に声をかけたのは、施設の少年だった。悠里とはもう軽口を叩ける仲になっている。そしてその子供の後ろには、施設中の子供達が集まっていた。
「みんな集まって一体どうしたんだ?」
「いやー美嘉ちゃんが悠里に虐められてるって聞いて」
「虐めてねぇよ!?誰だそんな嘘流したやつ!」
「でも、遠目に悠里と話してて、美嘉ちゃんが泣いてるの見たら、結構そう見えなくもないよ?」
「ぐっ、正論すぎて反論できないだと!?」
「でも、そうじゃないみたいで安心したよ」
「ったく、ちょっとは信用しろ。……そうだ。せっかく集まったんだし、みんなで遊ばないか?」
「え?僕たちはいいけど……」
代表として喋っていた少年が語尾を濁し、美嘉の方をちらっと見る。大方、美嘉が参加しないんじゃないかと考えているのだろう。
「私も……やる。いや、やりたい。ダメ………かな?」
「え?勿論……」
「「「いいに決まってる!」」」
ちょうど20人位だったので、悠里はサッカーを提案し、特に否定の意見もなかったため、みんなでサッカーをすることになった。
「はあはあはあ………もう……無理」
「美嘉……お前体力ないな」
5分ぐらいすると、美嘉は体力切れでギブアップした。根っからインドア派の美嘉にサッカーはきつかったらしい。
ただ、その顔はとても満足そうだった。
その日以降、美嘉はみんなと遊ぶようになった。
外で遊ぶ時は断ることもあるが、それでも以前に比べれば全然ましだった。顔も前より生き生きしていた。
そして3年後、悠里が能力者として覚醒し、学校の近くへ住まなければならなくなる。施設から通うには、学校は遠すぎるからだ。
「私もついてく」
美嘉がそう言うのは、子供達や職員達からしたら割と予想通りだった。この3年間、みんなと美嘉は仲良くなったが、悠里に友達以上の想いを抱いていることは、バレバレだったからだ。
それを知らないのは、悠里だけである。
「えっと……」
悠里はどうするか決めかねて、美嘉と一番仲の良い職員の女性に視線を送る。
ちなみに、お金の面では心配ない。能力者は政府……つまり国の管轄となり、人の1人や2人は余裕で生活できるだけの資金面での援助があるからだ。
つまり、重要なのは当人達の意志だけだということだ。
「美嘉ちゃんもちょうど中学に上がったばかりだし、別に良いんじゃない?」
「そんな軽く……。美嘉は中学の人達と離れても良いのか?」
「ん、別に良い」
施設のみんなと離れるのは少し寂しかったが、幸せに生きると決めた美嘉に、着いていかないという選択はなかった。そして、ここ数年で美嘉が自分の意見をちょっとやそっとじゃ変えないことを悠里は知っていた。それはつまり、
「はあ……じゃあ一緒に行くか。俺も1人じゃ寂しいしな」
「うんっ」
一緒に施設を出るというのは、確定ということである。
元気よく返事をした美嘉に苦笑しながら、悠里はまだ見ぬ能力者の集う学校に、想像を膨らませた。
翌日、施設のみんなに見送られながら、外へ出る。中には泣いている者もおり、悠里と美嘉は、危うくもらい泣きしそうになった。
最後に、美嘉をここに誘った人でもあるこの施設を経営している女性にお礼を述べる。悠里や美嘉は、普段ほとんど接する機会がなかったがこの人がいなければ、美嘉がここに来ることはなかっただろう。悠里も此処に迎え入れてくれたことにとても感謝していた。
「今まで本当にありがとうございました」
「お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそですよ。また困ったことがあったらいつでもいらしてくださいね」
「「はい!」」
施設のみんなが手を振って、2人を見送ってくれる。
悠里と美嘉の2人は、施設のみんなに手を振り返しながら、新たな日常に向かい、一歩踏み出した。
ありがとうございました!




