第21話 美嘉 2
ありがとうございます!
その日から、悠里はその施設のお世話になり美嘉をはじめとした子供達と共同生活を送るようになった。
初めの頃はどこか悠里の方に遠慮があり、余所余所しさもあったが、何せ一緒にいる時間が長いため、施設のみんなと仲良くなり悠里の口調が砕けたものになるまでそう時間はかからなかった。
「またここで本を読んでるのか?」
「うん」
数週間経ち、悠里が施設に馴染んできたある日、美嘉がいつものように定位置につき本を読んでいると頭上から声がかかった。
本に向いていた視線を上にあげると、美嘉の横から本の中を覗き込むようにしている悠里の姿が目に入った。
美嘉が悠里と話すのは、実は悠里が初めてここにきた日以来であった。理由は、美嘉が悠里にあまり近寄らなかったためである。初日に勢いで質問した美嘉だったが、失礼なことをしたという自覚はあったのか、どこか悠里に対して引け目を感じていた。
美嘉は自分に対して悠里が良い印象は持っていないと思っていたため、悠里の方から話しかけてきたことに美嘉は内心驚いた。
この人も外で遊ぼうと誘ってくるのかなと頭の片隅で考えつつ、それに対して申し訳なさを覚えながらどう断るかを考える。
美嘉は、自分と遊んでもつまらないと思われるぐらいなら、最初から一緒に遊ばなければいいと本気で考えていた。
「どういう話なんだ、これ?」
「え?」
美嘉にとって予想外の言葉に一瞬思考が停止する。そんな事今まで聞かれたことがなかったからだ。
ここの施設では読書を趣味としている子供は、美嘉しかいない。ここの施設では毎月、その子の年齢に応じてお小遣いがもらえるのだが、美嘉はその殆どを本に使っていた。
しかし、他の子供達はそんな事はしない。美嘉が読むのは、主にライトノベルと呼ばれるジャンルの物で、活字の本としてはまだ取っつきやすい部類に入ると思われるが、ライトノベルを買うぐらいなら他の子供達は漫画を買う。他にもお菓子やらゲームやらにお金を使う。そのため、美嘉の読んでいる本には全然興味がなかった。
施設の職員の中には、読書を趣味にしている者もいるが、そっちは推理、サスペンス小説のような本であり、美嘉とは趣味が合わなかった。よって美嘉の小説に興味を持つような人は今までいなかったのである。
「えっと……親を魔物に殺されちゃった主人公が、強くなって、仇を討って、英雄になる話」
美嘉が簡単に語ったのはオーソドックスなファンタジーものだった。しかし悠里は全体ではなく、ある一部分が気になった。
「また、親……か。親に何か思い入れでもあるのか?」
悠里のストレートな質問に対して、なんでこんなにこの人はずけずけ聞いてくるの?、と美嘉は思ったが、同時に自分も同じことをしたのか、と少し反省した。
別に、と美嘉は返そうとしたがその時、脳裏を悠里の悲しそうな笑顔がよぎった。
チラッと悠里の目を見ると、軽々しさなど微塵も感じさせない、ひどく真剣な目だった。
この人になら話しても良いかもしれない。美嘉は自然とそう思えた。それが自分の心の古傷をえぐる行為だとしても。
「ちょっと長くなるけど良い?」
「ああ構わない。こっちから聞いたんだしな」
そう言い、悠里は美嘉の隣に腰を下ろした。
悠里が聞く態勢に入ったのを確認し、美嘉はゆっくりとその小さな口を動かし始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
美嘉の家は特に裕福という訳では無かったが、父はサラリーマンであり、家族3人が不自由なく暮らせる程度には稼ぎがあった。
休みになると、たまに家族3人で遊びに行く。それは、ごくありふれた幸せな家庭の姿だと言えるだろう。そして美嘉もそう思っていた。ある日までは。
そんな幸せが音を立てて崩れたのは、いつだっただろうか。
今から1年ちょっと前のことである。美嘉たち3人は父の休みに遊園地へ遊びにいった。
美嘉はその時8歳で、遊園地へは久々に遊びにきたため、いつも以上にはしゃいでいた。
観覧車やジェットコースター、メリーゴーランドなど疲れなんて知らないとばかりに次々乗りまくった。
早くから遊園地へ遊びにいっていたため、夕方頃になると美嘉に引っ張り回された美嘉の両親はへとへとだった。しかし美嘉の輝くような笑顔を見ると、疲れも吹っ飛び、まあ良いか、と思えた。
美嘉たちは遊園地の後の予定として、レストランで少し豪華にディナーを予約していた。
美嘉もそれを楽しみにしていた。
遊園地を十分に堪能した後、遊園地を出てレストランへ行くため、車を停めてある駐車場へ向かった。
美嘉は余程楽しみなのか、両親よりも前を歩きながら、ちょくちょく振り返り、早く早く、と両親を急かした。
分かったからちょっと落ち着きなさい、と父親が言い、母親は苦笑していた。遊園地で遊びまわったとは思えないほど、美嘉はまだまだ元気が有り余ってた。それは誰が見ても幸せで微笑ましい光景だった。
しかし、その終わりの足音はすぐそこまで迫っていた。
美嘉が交差点の信号を渡っている時だった。はしゃいでいたせいもあったのだろう。美嘉は信号が青だという事を確認すると、信号の真ん中で両親の方を振り返った。
その時美嘉からは見えていなかったが、一台のトラックが向かい側から来ていた。それだけなら良かったのだが、そのトラックは右に曲がる合図を出していた。そう、美嘉の方に。
そのトラックは交差点に差し掛かると、そのスピードを緩めないまま右に曲がろうとした。
「「危ない!」」
低い声と高い声が同時に響いた。その声でようやく美嘉も、自分に向かって来ているトラックの存在に気がついた。首がスローモーションのように横を向く。時間の進みが酷くゆっくりに感じた。トラックを完全に視界へ入れる。運転手と目があった。目を丸くし、慌てていることがわかった。
今からじゃブレーキ間に合わないなあと、どこか他人事のように考えていると、突然美嘉は両肩に衝撃を感じた。美嘉が前方に目を向けると、必死な形相で自分の右肩を押す父親と、左肩を押す母親の姿が見えた。
美嘉の華奢な身体が突き飛ばされる。両親の顔がだんだんと遠のいて行く。美嘉の父親と母親はお互いの顔を見合わせると、どちらともなくクスッと笑いあった。そしてその顔のまま美嘉の方を向く。なぜだか、その笑顔は誇らしげに見えた。
何でそんな顔するの、そう美嘉が思うのと。
トラックが両親をはねるのは同時だった。
ありがとうございました!




