第13話
ありがとうございます!
神立星守学園は10を超える校舎に、闘技場をはじめとした様々な施設を有しているため、その面積は下手な大学なんかとは比べ物にならないほど広大である。
その中で普段、生徒達が授業を受けたりして生活するのは、校門から入って最初に目に入る第一学舎である。
1階には職員室があり、2階から順に3年、2年、1年と学年ごとに振り分けられている。学年別に見てみると1組は階段を上がってすぐの場所。そこから2、3、4と遠ざかっていき、5組が一番遠くに位置している。
さらに付け加えて言うならばトイレも階段側にあり、この一部分だけ切り取って見ても、5組が最も不遇であることがわかる。
5組の悠里達は、帰るためにどの道1組の前を通らなければならないわけだが、今は用事があるため、下校しようとする生徒達に取り残されるように1組の前で立ち止まる。
1組の外観は5組とは全然違う。ドアも手動ではなく自動ドアで出来ており、室内はピカピカに磨き上げられた清潔感漂う白の壁をはじめ心地よく勉学に集中できる環境が整えられている。
悠里は改めて1組をまじまじと見て、少し圧倒されるように呆然とした後、決意したように1歩踏み出した。
そして窓からそっと中の様子を伺うと、
「あーそりゃそうだよな……」
教室の中に人がいる気配はなかった。
今日の予定は昼までのはずなので当然っちゃ当然である。どうしようか考える悠里を見かねて、
「居ないんなら仕方ないし、職員室に届ければ?」
「うん、それもそうだな」
和葉の提案を悠里は特に否定する理由もなかったため、すんなり受け入れた。悠里達は、もう誰も居なくなった階段を雑談しながら下って行く。
1階に到着し、職員室の前まで来ると中で誰かが喋っている声が聞こえた。
(……本当に届いてないですか?)
(うぅん、どうやらそのようだね)
(はぁ……分かりました。失礼します)
悠里達が中に入っても良いのか職員室のドアの前で決めあぐねていると、中で話していた人物がドアを開いて出てきた。
爽やかさの漂う青い髪に吸い込まれそうな青い瞳。出てきたのは蒼乃可憐その人だった。
蒼乃は悠里の顔を見て、何か引っかかった様子で悠里をじいっと観察した後、何かに思い至ったように目を見開き口を開いた。
「あなた、昨日私と会ったわよね?その後何か拾わなかった?」
「ん、ああ。もしかしてあんたが探してるのはこれのことか?」
悠里は蒼乃の生徒手帳を差し出す。
「ああ、それそれ。助かったわ、無くして困ってたのよ……。えっと、学校では見たことないわね……。名前は?」
「今日から5組に編入してきた黒羽悠里だ。よろしくな」
「なるほど、編入生……。黒羽君ね、覚えておくわ。私は蒼乃可憐。所属は1組よ。よろしく」
「蒼乃は俺のクラスを聞いても態度を変えないな。それになんていうか……意外と普通なんだな。もっと話しにくい奴なのかと思ってたよ。クラスでもほとんど喋らないって聞くし」
悠里は、蒼乃と少し話してみて、思っていたほど話づらさを感じなかった。まあ根岸の件もあり上のクラスの連中は5組を見下しているという先入観もあり、蒼乃がそれに該当しなかったからかもしれないが。
「まあ、無愛想なのは認めるけどね。クラスで話さないのは、あんなプライドの高いナルシスト連中と話したいと思わないからよ。確かに才能はあるのかもしれないわ。だけど、そこに胡座をかいて努力しないなら、才能なんて価値のないものに成り下がるだけよ」
「蒼乃は自分の考えをしっかり持ってるんだな」
「そんな大層なものじゃないわ。5組を馬鹿にしないのも、馬鹿にできるほどの実力が私にはないからよ。それにあの人達と比べれば、ここにいる学生……特に一年生なんて全員まだまだ未熟ってだけ」
蒼乃は悠里から視線を外し、少し遠くを見るように喋る。
悠里達は蒼乃の言うあの人達というのが誰なのか推測する。まあ推測するまでもなく、答えは予想できるのだが。
「蒼乃は、対魔士になりたいのか?」
ここで、対魔士についての説明をするためには、先にある物の説明をしなければならないだろう。
魔物。この世の物とは思えない異形な姿をした生物は、言葉の通りにこの世界の生物ではない。
100年前、地球に生まれたのは能力者だけではなかった。ゲートと呼ばれる、異界に通じるとされている穴が、地球上にいくつも出現した。魔物はそのゲートを通ってこの世界にやって来る。
日本は当初、魔物を相手に有効な対処法を示すことができなかった。銃も効果は薄く、対人に特化した戦法はまるで通用しなかった。
そのため、じわじわと前線が後退し、劣勢に追いやられていった。そのままなら、今こうして悠里達が平和に学生をやっている未来もなかったかもしれない。しかしそうはならなかった。それは何故か?主な理由は二つだ。
一つ目は、神さまが魔物除けの結界を張ったからだ。魔物がその結界を越えて侵攻してきた事は今の所ない。
もっと早く張ればよかったと思うかもしれないが、張れる距離にも限界があった。なので、神さま達は互いに範囲が被らないようーーただ単に仲が悪いという理由もあったがーー別れて結界を張った。
その結界の範囲が今の各国の領土となっている。これは世界中で神さま達の存在が簡単に受け入れられた理由の一つだ。
ただ、昔から神を信仰している人達の中には今の神さま達を認めていない人も一定数おり、逆に魔物こそを神が遣わした存在かのように崇めている者も居る。
その話はさておき、二つ目の理由だが、それは能力者の存在である。その当時異能を顕現する能力者の存在は、それなりに知られていたが、あくまでもそれなりであった。
しかしある1件以降、その存在は広く深く認知されるようになる。
今から99年前、能力者とそして、魔物が出現して1年経った頃、日本の領土の約5分の1、人口の1割程が魔物によって侵攻、奪われていた。
人々の顔にも少しずつ絶望の色が濃くなっていく中、戦闘の最前線も最前線の、十数体の魔物を軍人達が遠距離から攻撃している最中にまだ高校生ぐらいだと思われる少年が1人、魔物と軍人達を分かつように姿を見せた。
勿論、魔物達の強さ、恐さを知っている軍人達は、何してる、早くこっちに来い!と少年に向かって叫んだ。少年は魔物のほうに向けていた目をチラッと後ろの軍人の方にやり、口を動かす。
距離があったため声は聞こえなかったが、一番前にいた軍人には、「なんかいける気がする」と不敵な笑みを浮かべる少年の口が動いた気がした。
静止の声を投げかける間も無く、軍人達の視界から少年の姿が消えた。いや、正確にいうならば、消えたと錯覚するほどの速度で魔物に接近したのである。少年は、無造作に魔物へ近づくと地面を軽く蹴った。
すると決して低くはない魔物の顔と同じ高さへと到達する。そしてそのままクルッと踊るように蹴りを繰り出した。その蹴りは、魔物の顔を風船でも割るかのように
吹き飛ばした。
そう蹴り飛ばしたのではなく、跡形もなく吹き飛ばしたのである。その後にあったのは、とても戦いとは呼べない蹂躙である。
数分で全ての魔物を打ち倒した後、少年は軍人達の下まで行き、「ね、余裕だったでしょ」と言った。その言葉とあどけない笑顔に軍人達に呆然とする選択肢以外はなかった。
例えEランクの魔物ーーー魔物はその強さによりランク分けがされているーーと言えども日本で初と言えるほどの圧勝だった。
この出来事により、能力者の有用性が証明された。
そしてこの3ヶ月後、対魔士……対魔物を生業とする戦士が職業として登場したのである。
そしてさらに能力者の育成を目的とした学校が創立された。
海外でも似たような動きが確認されている。劣勢に立たされていた人類が、魔物に対抗するための手段を一つ生み出したのである。
これからは1週間以内に次の話をあげられればと思います!




