無限と矛盾と謎解き
「んー?」
「ふむ?」
「うー?」
私、兄さん、ルイファイス。三人で首を捻る。
「矛盾と無限が同じってのはおいといて。無限のものつったら……星、とか?」
「三つしかないって少なすぎでしょう」
「矛盾も関係するなら……ミドリムシ」
「兄さんは斜め上過ぎます」
あれか。無限に細胞分裂するから、ってやつか。
「三つあって、無限で矛盾で、しかも視えなくて存在しなくもある……むしろこの文が完全に条件にあってますよねえ」
「残念ながら存在しているからな」
ちっ、石版は確かに存在してる。
「三つかー。ノルンは三姉妹だし、フェンリルは三兄弟だし、私たちは三人パーティーだし。そういや騎士も三枚までだし。極白夜は【3】が好きですねえ」
「どっちの社長も三月三日が誕生日だからな」
「けっ、仲がいいですねえ」
思いつかない苛立ちにルイファイスと雑談タイムに入ってしまった。兄さん一人が思考中だが、私たちに頭脳労働は荷が重い。
「さすがだレイル。どうする? 自分で言うか?」
「え? なにが?」
だから、兄さんに褒められて咄嗟に素で問い返したのも無理はないと思う。
兄さんは何でもないように、さらりと言った。
「答えは【時間】だ」
――承認。【扉】を開きます――
だばあ、と泉が割れ、地下に続く階段が現れた。
…………。
「「え?」」
「あ。しまった。……すまない」
茫然とする私とルイファイス。兄さんが一人心苦しそうにしている。
え?
「時間はいつまでも続いているから【無限】にして【矛盾】。
【過去】と【現在】と【未来】。三つ合わせて一つの【時間】で、【過去】と【未来】は【現在】を通じて交わっている。だが、同じ概念ではない。
過去は存在するけど見えないし、未来はある意味では存在してないし当然見えない。現在は【今ここにある】とわかるが、認識した瞬間には【過去】になっている。故に見えるが存在しない」
――承認――
「承認はもういいです」
――承認。審判として黙ります――
兄さんの説明に頭痛を覚えながら、階段を下っていく。
「ああ……ノルン三姉妹って、そういや運命の女神でしたねえ」
このノルンは北欧神話に出てくるウルズ、ヴェルザンディ、スクルドの話だ。それぞれ【過去】【現在】【未来】を司ってる。
ともあれ、それで【ノルン三姉妹】と言った時、私が答えを言ったんだと勘違いしたんですね、兄さんが。
「今まで報告された【制作陣の趣味】は謎解きだったんですねえ」
これはコートが含み笑いをしそうだなあ。言ってる台詞も簡単に想像がつく、『計画通り……!』とかそこらへんだろう。
「降りるぞ。この先はボスでもいるんだろ。ルウ、三兄弟揃えておいてくれ」
「わかった」
戦闘準備を始める兄さんたち。私もククルとイルトを出してラァンを戻す。ボスに破壊効果は利かないはずだ。
「行きますよ!」
「「おう!」」
しかし、呼び出した騎士たちは直ぐにカードに戻されることとなる。
降りた先は城だった。
「何をしたいのかわからないです」
私の感想に苦笑いする二人。
ようやく思い出したのだが、あの泉は【ウルズの泉】、大樹が【ユグドラシル】。どちらも北欧神話をモチーフにして私が創ったカードのイラストそのものだった。
ウルズの泉はユグドラシルの根の一本の近くにあるとされ、ノルン三姉妹が住んでいる。ついでにリアルで私が使っているデッキでもある。
補助カードに【石版】も確かにあったが、今まで思い出せなかったのは出現するMOBのせいだろう。
「私、ノルンの補助に葉っぱとかキノコとか設定した覚えない……!」
「よしよしよしよし。光人たちが弄ったんだろう」
ちっくしょう! 著作権! ……は会社保有だからなあ。オンとオフの違いがあってもステラには間違いないし。でも確認取れよー!
私たちが降り立った場所は明らかに地下ではなく、森の中にぽっかりと開いた草原のようになっていた。
高い空を見上げると雲一つない晴天だ。光がさんさんと射している。
そこに君臨する城なのだが、白亜の石で出来ていて入り口部分は巨大な扉が君臨している。
私がデザインしたものに間違いないのだが……色が違うからわからない。
「どっちかなー……」
「ウトガルザじゃないのか?」
「レアカード扱いでヴァラスの方も同じデザインなんですよ……」
巨人族の国にある都市である【ウトガルザ】に存在する宮殿、オーディンの住む宮殿【ヴァーラスキャールヴ】。だがしかし、今まで見たのはノルンと植物たちだ。巨人族要素もオーディン要素もねえ。
強いて言えばウルズの泉だが、これはユグドラシルの三本の根の内、オーディンたちの住処へ続く根の近くに生えている、というものくらいだが……。
あそこを住処にしてるのはノルン三姉妹だしオーディンが飲んだ水はミーミルの泉のもの。ウルズの泉とは別物だ。やっぱり関係なさそう。
「ウトガルザなら巨人を出してほしいな」
「……俺は北欧神話デッキのお前らが北欧神話ダンジョンに偶然で入り込んだことが怖い……」
「どっちですかね、いやマジで。オーディンだとしたら主戦力のフェンリルで一発でしょうけど、ロキだったら一発アウトですよ?」
「だな。レイルのデッキがないのが惜しい」
ラグナロクにて【主神オーディン】を噛み殺したとされるフェンリルだが、困ったことにオーディンの義兄弟の【ロキ】の息子だ。
【三兄弟】とある通り、ヘルとヨルムンガンドも同じくロキの娘と息子なので本当にどうしよう。
「トールの可能性もあるぞ」
兄さんが微笑みながら言う。困ったときや悩んでいるときは、大体微笑んでいる。つまり、今は困っているのだろう。
「その場合ヨルムンガンドが何もできないですね」
オーディンの息子である【雷神トール】はヨルムンガンドの頭を何度か殴り飛ばしているので、これも終わりだ。こう考えると甥たち仲悪いな。トールとロキは仲良しだったはずなのに。
有名どころはこの三柱だが、私創った北欧神カードはまだある。今まで一枚も出てきてないのが恐ろしい。
神話を気にして悩むのはこれがTRPGでもあるからだ。相手に『親に逆らう恐怖により士気が下がる』とか言われて審判呼ばれれば確実に通る。20くらいは落されると思うのだよ。
「ウトガルザが一番後腐れないけどなー」
「ええ、でも言い方気を付けてくださいな。神々が一気に庶民臭くなりました」
巨人族の国にある都市を治める【ウトガルザ・ロキ】。同じ名前でも、フェンリルたち三兄弟とは何の関係もない。
と、いうか。
そもそもどうやって入るよ?
扉固く閉ざされてんのに。
取らぬ狸もいいところだった。
「帰ります?」
「ここまで来て!?」
「あ。いっそミーミルの泉の水飲めばいいんじゃないですか? あれ、あらゆる知識が身につくはずです。多分探しゃありますよ」
案外上にあった三つの泉のどれか、とかね。
「お前、最初の泉で水飲もうとして失敗してたじゃん!」
ぎぃ
「じゃあぶっ飛ばす? オーディンは戦争と死の神ですよ?」
ぎぃぃ
「ウトガルザ・ロキなら問題ないって話になっただろ! ――審判!」
ぎぃぃぃぃぃぃ
「なんの【ロール】ですかっ!」
「二人とも。開いたぞ」
「「え?」」
声と動作を揃えて振り向く。
いつの間にかしっかりと閉まっていたはずの観音開きの扉が、迎えるように開いていた。
「ああ、変な音すると思ったら」
「ノイズかと思ったぜ」
「行くか」
考えるのも面倒だ。時間経過で開いたとかそんな解釈でいこう。
扉は完全に開いている。早く入らないと閉められそうで、横一列になったまま同時に中に入った。