拗ね拗ね猫への救済策
「さあて、ラァンの武器はどうしましょうかねえ」
私は左手に填めている腕輪をかざしてみた。特に意味のある行為じゃないけど。
色々と実験をしていたのだが、実りのある物ではなかったので割愛。というか本当にどうしよう?
ラァンのATKは1。これはちょっと低すぎる。
とはいえイルトは完全武装すればATK26。周辺フィールドの雑魚なら軽く蹴散らせる。
蹴散らせるが、ラァンが先ほどからずっと拗ねているのだ。
いつもしがみついているイルトの尻尾に見向きもせず、私の足下で尻尾を地面に叩きつけている。自分だけお役立ち度が低いのが不満らしい。
「補助カードを使えばラァンのATKも7にはなりますし……」
しゃあ!
威嚇された。
『7ぁ? 26に比べりゃ雑魚でしょっ!?』と言われた気分。
「あんまり補助カードの性能上げすぎるのも……エンカウント中に集中しすぎたら私がやられちゃいます」
自分の騎士たちに補助カードを使うときは、カードの形を取らずにロスなしで発動する。
こう書くとメリットに聞こえるが、言い換えると【カードの形を取らないので発動したい時に制作するしかない】となる。
MOBの前で入力、送信、ジャッジ待ちとかやってたらぶっ飛ばされる気がするんだよね。
しかも、有効時間もしっかりあるし。時間切れになったらまた造り直す必要がある。
しゃああ!
『どうせ役立たずだよ!』と言わんばかりだ。どうしよう……?
動物広場でラァンに唸られまくっていると、目の前にノイズが奔る。誰かがログインしたようだ。
黒髪のそのプレイヤーは、私に唸るラァンと、傍で後ろ足を片方だけ上げて休憩しているイルト、その頭で羽づくろいするククルを見て。
「珍しいな。動物に嫌われたのか?」
いつの間にか五時になっていたようだ。
兄さん登場、私は迷わず抱きついた。
「昨日ぶりです!」
「途中でログアウトして悪かったな」
「今日も会えたんだから問題ありません」
しゃああ、みぃぃ! ふしゃああ!
ラァンに噛まれた。
兄さんが目を丸くしているが、それどころではなかった。子猫に噛まれた程度、とよく言われるが、実際は手加減を覚えた飼い猫よりも牙も爪も鋭い子猫の方がよほど痛い。
しかも、遠慮容赦なく噛まれて引っかかれてる。痛い痛いいたいー!
「どうしたラァン。……イルト、格好良くなったな?」
べり、とラァンを引き剥がしたついでにイルトに気付く兄さん。
ククルたちの能力についてはメールで伝えたが、馬具のことはまだ言っていなかったっけ。
「バイトして頂ました……。ATK大幅アップです」
「なるほど。ラァンは出番がなくて拗ねてるのか」
兄さん大正解。
「どうしましょう?」
「補助カードを使ったらどうだ?」
「一度に二枚までなんですよ。しかも、ククルに私の創った補助カードは効果ないんです」
ククルに対し、ククルのATKを上げる、というカードを使用してみたが、結果は惨敗。まあ当然だよね。
「なんで無限に関するものってアウトになるんですか? オフステラでもそうですけど……ステラの禁止事項は【矛盾】じゃないんですかねえ?」
「無限は矛盾の一つだ」
思わず愚痴るとあっさり答えをくれた。が、説明が簡潔すぎてわからない。
「例えば、無限の部屋を持つホテルに無限の客が止まったらどうなる?」
「意味がわかんなくなります」
「だろう?」
本来なら満室になるはず、だけど、部屋数は無限だから満室はありえなくて、でも客も無限だから……やめよう。わけがわかんない。
「星の数は無限とされてるのに……!」
「星じゃなくて戦術のステラだからな」
「連星の大半は二つ以上ですよ!」
「星関連だが、いきなりとんだな。ブラックホールとの連星もあるんだぞ」
「え!? 吸い込まれちゃわないんですか!?」
「お前ら兄妹はツッコミ不在だと本当にどうしようもなくなるな」
気付けばかなり話し込んでいた私たちに声をかけてくれたのは、先ほど別れたルイファイスだった。
「ルイス、どうした?」
「よう、ルウ。元気か?」
「先ほどまで元気はなかったがレイルに会って元気になった」
「お前も大概隠れシスコンだよな。恥ずかしげもなくそういう事を言わないでもらえるか?」
「つうか、【角付き】。気になってたんですけど、それ取らなかったんですか?」
私はぴ、と指を伸ばしてルイファイスの額を指した。
兄さんはルイスと呼んでいるこの少年、見た目で特筆すべきはその額に生えている【角】だろう。
氷で出来ているかのように澄んだ水色をしているその角は、邪魔にはならないが無視はできない、という程の大きさだ。
生え際には綺麗な銀細工の飾りがついているのだが、これはコートが特注した人工物。おかげで変わったサークレットでもつけているかのようにも見えるが……。
「知らないけど、コートも生糸もキャラデザは弄れないようにしてんだよ。お前もそれつけてんじゃん、【羽根付き】」
「だよねえ、なんでその機能つけなかったんでしょうね? Sなんですか?」
そして私の最大の特徴、というか目立つのは腰の辺りに生えている黒い羽根。
赤い蝙蝠のような骨格に黒い皮膜を貼った、まるでおとぎ話の悪魔のようなその羽根はルイファイスの角同様、生まれた時から生えていた。
気にしすぎているわけではないが、気にしていないはずもない。
それなのに、ルイファイスを溺愛しているコートがゲームでも晒す真似をするというのは……。
「光人、ルイスの角大好きだからな」
兄さんが微笑みながら言う。瞬間、ルイファイスの顔がげんなりと曇った。ついでに角も曇っていく。
「磨かれるぞ?」
「常に上機嫌でいるのは不可能だと思わないか?」
感情によって水滴が付いたり曇ったり輝いたりするルイファイスの角だが、コートはその角を磨くことが大好きだ。
泣いて暴れて殴って蹴って嫌がるルイファイスだが、このことに関しては妥協する気が一切ないコートは様々な手を使ってそれを磨き上げる。
寝込みを襲ったり、不意を突いたり、泣き落としたり、脅したり。
変態なんじゃないかと思う。
「愚痴りに来たのなら他をあたってください。今私は忙しい」
「そっちから話逸らしたくせによく言うな!?」
角がぎらり、と銀色に光る。刺殺能力はないので別に怖くはない。
「クエスト誘いに来た。どうせお前たち二人きりで行くだろうけど、このゲームはパーティー組むのが前提だから」
「わざわざありがとうございます。でもちょっと問題が……」
ちなみにラァンは未だにご機嫌斜めだ。『私抜きで行ってきなさいよ!』と言わんばかりにそっぽを向いてしっぽをばしばし振っている。
不思議そうな顔をするので簡単に説明すると。
「ATK以外の補助カードを創ればいいんじゃないのか?」
ルイファイスがやっぱり不思議そうに首を傾げながら言った。
「…………。」
私は兄さんと顔を見合わせ、手を打った。