騎士と動物と策略
リアルでの騎士カード、【フェンリル】【ヨルムンガンド】【ヘル】を持ち込んでいた兄さんは、コートを睨む私の隣で気まずげにフェンリルを撫でていた。
「なんで説明カットしたんですか!」
「君たちには必要ないと思ってな。まあ、ハンデだ」
「イジメの間違いじゃないです!?」
素知らぬ顔をするコートに噛み付く私だが、登録が済んでしまった今、どうすることもできない。
「諦めなさい」
「お前、ふざけないでくださいね?」
ふるふると震える私の拳にぽふ、と獣毛が当たる。
見ると、黒い毛並に白い斑点のような模様が入った子猫が尻尾を揺らしていた。
「…………」
「持ち込まなかったプレイヤーは代わりにこの広場にいる動物たちを仲間にできるが?」
「く、この……!」
うっかり『持ち込まなくてよかった! 本当によかった!』と思ってしまった……! それはまだいいとして、『事前情報をくれなくてよかった!』と感謝してしまうところだった! それは私のプライドが許さない!
「レイルは動物が大好きだからな」
「かーわーいい!」
すり寄ってくる子猫を抱きかかえ頬ずりをするが逃げる様子はない。そういうAIが組み込まれているのだろうが、毛並は本物と引けを取らない。
「仲間になってくれます?」
みゃあん!
元気な鳴き声が返ってくる。なんとなく、『いいよ!』と言ってもらえた気がして、そのまま子猫を抱きしめた。
兄さんが持ち込んだ【フェンリル】たちは北欧神話に出てくる邪神の子の名を冠した【騎士】カードだ。
中でもフェンリルは漆黒の巨狼で高いステータスを誇るものの、あまり扱いやすいカードではないので上級者向けと言われている。
そのフェンリルは兄さんの足元で丸くなり、ふさふさの黒い尻尾をゆっくりと揺らしていた。
体長3メートルを超す狼は、首に鎖が巻かれていて、その先は主である兄さんが握っている。北欧神話での鎖で繋がれている、という設定が忠実に再現してあった。
「【属性】の説明は受けているか?」
「……いいえ」
目を伏せ首を振る。父さんに言いつけてやる。いやガチで。
私に対する哀れみとコートに対する怒りを浮かべながら、兄さんは簡単に説明してくれた。
【後衛】はカードを使用する際に【ロール】が使用でき、成功した場合そのカードの効果を上昇させることができる。これは【オフステラ】と同じ【審判AI】を使っているので、普段と同じように【説得】か【言いくるめ】を成功させれば良い。
ステラには審判AIと呼ばれている人工知能が二つ存在する。相手チームと自分たちに一つずつ付き、プレイヤーが審判AIを納得させることができればそれに準じた効果を発動でき、これを【ロール】と呼んでいる。味方AIは説得、敵AIには言いくるめ、と区別しているだけで、どちらも同じ【ロール】だ。
【前衛】は【ロール】は行えないが、その代わりに選択したカードと同じ能力を一定時間得る。
兄さんは前衛を選んだそうで、持ち込んだ騎士たちと同様の能力を扱えるとのこと。
【オフステラ】での能力と【オンステラ】での能力は若干違うらしく、オフステラでのフェンリルは、
このカードのATKを半減させる毎に相手のカードを一枚破壊する。
というものだったが、オンステラでは、
このカードのATKを10下げるごとに、敵を1体破壊する。ただし、このカードの元々のATK以上のカードは破壊できない。
というものに変わっている。
これは一度に出現するMOBは5体以上、ということを考慮しての変更らしい。
カード一枚一枚に設定されているATKは、通常1~100ほど。フェンリルは60なので、オフステラで言えば1枚破壊するたびに劇的に弱くなる。
オンステラでは最大6体MOBを破壊できるが、高ATK、つまりはボスとかは破壊できないということ。
それ以外にも普通に攻撃をし、ATKが上回ればカード、もしくはMOBを破壊することもできる。こちらは【戦闘破壊】と呼ばれ、区別されている。
ここでオフステラの基本ルールの解説をいれると、
デッキは全部で15枚、その内【騎士】カードは三枚まで、後の12枚は全て補助カードにしなければいけないのだが、大抵のデッキは騎士三枚とそれを補助する専用カードで構成されている。
三枚の騎士カードを俗に【三○○】と呼び、兄さんは【三兄弟】と呼んでいる。尤も、このカードたちは別の呼ばれ方の方が有名なのだが、今はどうでもいいね。
話を戻すと、フェンリルの効果はATKを下げてカードを破壊する、というもの。なので兄さんは戦闘を行わずMOBを破壊する能力を持っている、ということだ。
最後の【中衛】は【前衛】【後衛】のどちらも使えるが、性能は低い、というありがちなもの。
ただし、【ロール】も自分で殴るのもできるため初心者向けで使い勝手はいい。
私の予想は見事に外れていたわけだが、ルールはわかったし楽しそうだとも思う。思うのだが……。
「何を選ぶにしても持ち込み前提じゃないですか、このボロゴート」
「私を外套呼ばわりするのは止めてもらおう」
私にじゃれ付くこの子猫、【騎士】カードではあるのだが、その能力は……。
このカード以下のATKを持つカードのコントロールを一定確率で得る。
というもので。
何が問題って、この子のATKは1なのだ。まれにみる低ATKで逆にびっくりだった。
「オフステラでも騎士は三枚までだ、動物たちは三体仲間にできるぞ」
コートはそれだけ言い残すと去っていった。
ルイファイスは何か言いたげだったが、やがてコートの後を追っていった。
「幸い動物たちはたくさんいる。ゆっくり考えよう」
兄さんの微笑みだけが私の生きる希望だった。
情報制限が課されていたのは私だけのようで、プレイヤーたちは次々とログインするが動物たちと触れ合おうとはしてない。可愛さに頬を緩ませる者は何人もいたが、カード持ち込みをしたものには動物は懐かないようで、今のところ私の独占状態だ。
「んー、んんんー……」
集まる犬鳥馬牛狐狸兎……たちを眺め、私は困り果てていた。
「ステータス、見えねえ……!」
なんと、仲間にするまで能力すらわからないのだった。
「…………。オンステラではプレイヤーのレベル概念はない。カードの種類と枚数が指標代わりだ」
「つまり私は最下位ということですね……」
ひでえ。
これは、あれか? 白夜にとって最大のライバルである極夜の社員の娘だからか?
「遠いわッ!」
だから極夜の社長をどうにかしやがれってんだよ!
「よしよしよしよし」
「にーさーん!」
嘆いていても仕方がない。とはいえどの子を選べばいいのかわからない。
「どうしましょう?」
「お前が好きな子を選べばいいさ」
ぽん、と頭を撫でられる。
好きな子、ですか……。
「よし、それじゃあ……」
好きな動物にしよう。
30分程悩んだ末、半ば疲れた私はそう決めた。
そこからはあっさりと決まったのだが、どうやら動物たちに個体名はないようだ。名前を聞いても小首を傾げてきょとん、としている。
と言う事で命名式です!
「この子はラァン、こっちの子はイルト、それでこの子がククルで!」
黒毛で白いヒョウ柄の子猫がラァン、鬣が炎のように赤い白馬がイルト、黒い目をした白フクロウがククル。
「よろしくな」
兄さんが手を伸ばすと、ラァンが肉球を乗せ、イルトが額を擦り付け、ククルが嘴で甘噛みする。何この幸せな図。
ひとしきり戯れていた兄さんだけど、夕食の時間とのことでログアウトしてしまう。
半泣きになったけどご飯には勝てない。苦笑しながら手を振って消える兄さんを見送り、涙を拭って最後の確認に移る。
「さてさて、能力を見てみましょうか!」
毛玉たちに手をかざすとステータスが浮かぶ。
まずラァン。先ほど確かめた通り、ATKは1で【このカードのATK以下のカードのコントロールを一定確率で得る】。
ATK以下のカード、とは【このカードのATK以下のATKを持つカード】という意味で、共通認識されている為省かれている。
次いでイルト。【このカードのATKの数値だけ破壊を防ぐ】。ATKは1。
一度だけバリアを張れる、という認識で合っているだろう。イルトが頷くように嘶いた。
そしてククル。ATKはこの子だけ2で、能力は。
【このカードのATKの数値×1/分、補助カードを作成・発動することができる】。
…………ん?
ステータスをよくよく見直して気付いた。ククル、この子、【衛視】だ。
【衛視】は、【戦士】と違い、【騎士】カードでありながら補助カードに近い能力も持つ。オフの方でも高値で取引されるレアカードだ。
補助カードは【ロール】する際の成功率を上げるのだが、枚数制限がある。しかし、【衛視】に制限はない、補助カードの上位カードとも言える。
レアを引いたことに驚くが、テキストの意味がちょっと分からない。
実験してみよう。
頭にとまらせてみると視界の右端に新たな項目が現れた。
いくつかの枠と【送信】の文字。
視界を流れていくチュートリアルの通りに入力していく。
命名【猫の集会】
対象【ラァン】
説明【仲間を集めて自身を鼓舞する】
効果【ATKを2上げる】
送信、っと。
――承認。審判として許可します――
おお?
ラァンのATKが3になっていた。
続いて。
命名【ねこじゃらし】
対象【ラァン】
説明【闘争本能を刺激する】
効果【ATKを2上げる】
送信。
――承認。審判として許可します――
おおおお!
命名【ネコカン】
対象【ラァン】
説明【ご飯の時間でやる気を上げる】
効果【ATKを2上げる】
送信。
――作成できるカードは一分間に二枚までです――
ああ、【/分】って毎分ってことね。
最後は弾かれたが、最終的にラァンのATKは5まで上がっていた。
夕飯の支度をし、お風呂に入ってから帰ってきた父さんとご飯です。
「父さん父さん、なんで持ち込みカードを教えてくれなかったんですか?」
「社長が面白がってね……」
「あのクソ生糸野郎。」
「言葉遣い。それから社長は【せいし】だ。いい加減悪意を持って読み間違えるのは止めなさい。
それより、どうだった?」
父さんの表情は軽い雑談、と言った様子だが、声色は真面目だ。父さんは表情に真意を現したがらないが、声は素直。
「楽しかったですよ。別の形とはいえ、また【ステラ】と関われて、本当に楽しいです」
ステラが普及したのは五年ほど前が、私自身がステラ対戦をしなくなってから既に四年が経っている。
「そうか」
父さんの表情は変わらないが、声には感情が籠っていなかった。
ゲーム一日目、コートと生糸の策略に引っかかったものの、出出しは順調と言っていい。
最後にラァン、イルト、ククルを【三獣士】と名付けてみたが、思いのほか語呂が良かった。