兄と妹と幼馴染
ゲーム一日目 月曜日
家に帰ると、VR機材は既に運び込まれていた。
ヘルメットに簡略化した機械をこれでもか! と取り付け大量のコードでスパコンに接続した、という外見。見るからに重そうだが、つけた後は横になって身体は眠った状態になるので負担は少ない、らしい。
ちなみに有線なのは、有事の時は線が外れて強制的に目が覚めるようにするため、とのこと。これが父さんの言っていた安全装置か。……単純だな、確実だけど。
キャラクターデザインなどはテストにあまり関係ないからか、自分の外見データがそのまま使用される。一部弄りたい場所があったのでそこは不満だが、私一人の意見で左右できるはずがないので断念。
私の外見データ――父さんと同じ黒髪だが、目の色は青、ついでに顔は母さん似――がそのまま取り込まれる。
その他の外見データーー早い話が見た目ーーは完全に子供で天然とか無邪気とか、そう言った雰囲気がぴったりだと言われている。その後で『中身に似合わず』と必ず付け足されるけど。
服装はとりあえず黒いジャケットと短パンという動きやすさ重視。動きやすいにくいがゲームに反映されるとは思わないが、気分と言うやつだ。
基本情報を入力してから目を閉じてスイッチオン。手動でもオンオフできるが、とりあえずオートを試してみた。
すぐに睡魔に似た感覚に襲われ、一瞬意識が落ちる。
ふと気付くと、仰々しいOPが流れていた。おおう、入りが唐突だ。
「VR経験がないからわからないですけど、慣れるまで面倒ですねえ」
独り言は自分の耳にしっかり入る。音声は異常なし。
タイトルコールの後に初期設定が始まる。
最初に名前を入力。えーっと、【レイル】、入力完了。
次いで属性の選択。属性?
【前衛】【中衛】【後衛】の三択なのだが……。
これは属性と言うのだろうか? まだ職種の方がしっくりくるぞ。
指を伸ばして目の前に浮かぶ画面をスクロールする。
が、説明がない。
思わず腕を組んで悩み込む。これ、事前情報があること前提? それとも賭け? 賭けなの?
「【ステラ】が元になってるなら……それ関連なんでしょうけど」
ステラに使用されるカードは三種類。
それぞれ【戦士】【衛視】【軍師】と呼ばれ、戦士は攻撃、衛視は補助、軍師は妨害に特化していて、三枚併せて【騎士】カードと呼ばれている。
「…………変えんなよ」
面倒くさいな。そのまんま引用でいいでしょうに。
当てはめるとして、前衛が戦士、なのは間違いないだろうが。
中衛はどっちだ?
言葉の意味としては中距離攻撃、でいいのだろうが、補助も妨害も中距離じゃないし……。
悩んだ末【後衛】を選択。できれば衛視がいいのだが……あれだ、賭けだ。
――【後衛】を選択。よろしいですか?――
はいはい、よろしいです。
――【属性】は変更できません。本当によろしいですか?――
確認するなら説明をくれ。
私は【はい】をタップした。
――名前【レイル】 属性【後衛】 確認しました――
さて。では参りましょうか。
しばし視界が真っ暗になったと思ったら突然ノイズが奔る。
思わず目を閉じ、ノイズが収まってから開くと。
「おー!」
目の前に広がった明るい風景に思わず歓声を上げていた。
白で統一されたレンガや木の建物が広がり、足元は同じく白の煉瓦敷き。
今いる場所は広場のようで、中央に大きな噴水が存在感を放っている。空は突き抜けるような青、時折雲が湧き出るように発生し、しばらくすると消えていく。
広場のあちこちに猫や鳥、犬に狐、果ては牛や馬が思い思いに寝転んだり歩いたりしている。しかも、全てまだ子供だ。
「すごい! コートも生糸も案外いい趣味してんじゃん!」
あのブラコン眼鏡と極悪カイコもまともな感性ってあったんだ!
思わず本音を溢すと頭上からずばん、と拳が降ってきた。
「あう」
「案外、とはどういう意味だ?」
「コート、いきなり殴る方がどういう事です?」
頭を押さえて呻くと、今回の発起人、白夜光人がそこにいた。
コートを挟むように左右に二人ずつ取り巻きと思われるプレイヤーがいる。
「ちっ、ゲームの中でも侍らせてんですか?」
「男を侍らせる趣味はない。白夜から出てくれたテストプレイヤーたちだ」
内三人は知らない顔だが、うち一人は見覚えがある。というより見知った顔だ。
コートが指で指示すると一人を残して三人は散っていく。その際かなり深々とお辞儀をされ、なんかむずがゆくなった。
「よー、レイル。お前も来るって聞いて大騒ぎになってたぞ」
残った一人はコートの義弟、ルイファイス。私の幼馴染でもあるが、滅多に本社から出てこない引きこもりだ。
「私はファイが出てきてることに驚きを隠し切れません」
「それはこっちの台詞だ。兄ぃにいくら積まれた?」
「父親からぼったくるほど人間終わっちゃいませんよ」
「極夜からはぼったくるだろうよ、お前」
「もらえるものはもらっとけ、って言うでしょう? 所謂勿体ない精神です」
「絶対に違うと思う」
ルイファイスと応酬していると、背後で小さな笑い声が聞こえた。
私は即座に片足を軸に勢いよく回転、いつのまにか後ろに立っていた笑い声の主に飛びついた。
「兄さん!」
「久しぶりだな、父さんは元気か?」
そこにいたのは私と同じ配色を持った、父さんそっくりの青年。
一週間ぶりにあった最愛の兄は私を抱き留めてくれた。
「……納得した」
「なるほど、確かに流於が参加するならレイルも参加するな」
ゲームの中でも律儀にかけている白縁眼鏡を押し上げたコートと半眼になっているルイファイスが何かを言っているが、私の耳には入ってこない。
MMOと聞いた時、正直参加を辞退しようかとかなり思ったのだが、極夜市からもテストプレイヤーを募集すると聞いた時にその考えはすっ飛んだ。
もしかしたら、と思っていたのだが……。
「レイルが参加するかもしれないと思ってな。応募したら当選した」
「運命ですね!」
「いや当ったり前だろ、林檎家の長男なら応募来た段階で採用するだろ」
「こちらから誘う手間が省けたくらいだな」
再びぶつくさ言ってくるギャラリー。
水を差すか、この性悪義兄弟。
「レイルはなんのカードを持ち込んだんだ? お前のことだから【後衛】を選んだろうが」
「ん? カード? 持ち込み?」
唐突に兄さんに尋ねられ、私は首を傾げた。何のことだろう。
きょとん、とする私に何を思ったのか、兄さんとルイファイスが一瞬硬直した。なんだかざわめいていた周囲のプレイヤーたちも口を噤んだような気がする。
「お前、最低だな」
ルイファイスの底冷えする声。じろり、とコートを睨んでいる。
兄さんも責めるようにコートを見つめ、睨まれている本人は眼鏡を上げるフリをして顔を隠した。
「レイルにはこのくらいのハンデが必要だろう」
「言い訳とか見苦しいな」
言い放つルイファイス。コートが地味にダメージを受けたようだ。
躊躇いがちに説明してくれたのは兄さんで。
「【オンステラ】は【オフステラ】と連動している。登録の時にリアルで所持しているオフステラのカードを持ちこんで初期装備にできるんだが……」
「……………………」
私は顔を上げ、その場の面々を見渡した。
兄さんは困ったように眉を寄せている。
ルイファイスは呆れたようにため息をついている。
周囲のプレイヤーは同情するように様子を伺っている。
私はゴミを見る目でコートを見た。