オフステラとオンステラ
「父さん、とーさん」
朝が弱い父さんを揺さぶること数分。寝ているのか起きているのに拒否してるのかはわからないけど、最初の数分間はどんなに叫んでも揺すぶっても水をかけても起きることは決してない。たぶん、拒否してるんだろうね。
それでも諦めずに揺らし続ける四分間。
うっすらと目を開いた父さんは、兄さんと瓜二つ、逆か、兄さんが瓜二つな顔でもごもごと何かを言った。
普段は研ぎ澄まされたナイフのように鋭い光を宿しているはずの目だが、眠たげにぽけっと細められている今は妙な色気しかしない。
「父さん、起きてくださいってば。んなエロい顔してると襲われますよ」
「零流が襲うのか?」
「阿呆。」
どこの世界に父親の寝込みを襲う10歳児がいんだよ。
襟足にかかる程の長さの黒髪と、焔のような赤い瞳、同性ですら振り返る美貌を持つ、20代前半にしか見えない魔性の男、林檎流也。
天才と名高いカリスマ主任のはずなのに、家では色々残念な人だ。
「起きてくださいってば!」
「んー」
唐突に布団の下から父さんの白い手が伸びる。
逃げる間もなくがっしと掴まれ、そのまま布団の中に引きずり込まれた。
「ぅおい! 起きろ、寝ぼけんなって!」
いくら細見の父さんでも、小学生の身長と力では抜け出すことは不可能、抱き潰す勢いで抱き枕にされた。
「遅刻しますよ!」
「私は仕事よりも家庭を優先する」
「単身赴任してる人が何言ってんですか、いいから起きろ!」
完全に寝ぼけた父さんから抜け出すには起きてもらうしか方法はない。
身体を捻って鳩尾に左手を添え、そのまま気合一閃。
父さんは跳ね起きてくれた。
朝食を用意する間に洗顔その他を済ませた父さんがよろふらと席に着いた。
トーストやら目玉焼きやらの理想的な朝食を並べていると何故か父さんは目に涙を浮かべ。
「父さん、レイルの愛が痛い……」
鳩尾を撫でる父さん、どうやら雑な起こし方を嘆いているようだ。
「はいはい」
適当すぎる返事に涙を流しながら席に着く。
「うう……。
ところで。バイトする気はないか?」
「いきなり切り替えましたね、話は聞きましょう」
父さんの前の席に座り、自分の分のトーストをかじる。
切り替えの早さはいつもの事なので軽く流したが、滲ませていた涙をあっさり引っ込める辺り、演技を疑わざるを得ない。
ともあれ、父さんが『バイト』と言ってくる時は大抵テストプレイを頼まれるのだが……。
「今度うちと白夜の共同でゲームを発売してな」
「知ってます。」
つか。その為に単身赴任してるんでしょうが。
若干寝ぼけているのか、『レイルは情報が早いな』と訳の分からないことを言っている。
「それで、VRの家庭用ハードを開発した」
「おおう、すごい」
VR、つまりヴァーチャル・リアリティはパソコン内部と脳を直結させるため、通常は睡眠に近い状態でいくつもの機械やケーブルに繋がれ初めて成立する。
それでも、人数制限をしながらとはいえ市内に何か所かは体験できる場所はある。あるのだが、かなりの時間と金が飛んでいく、暇を持て余した貴族の遊びだ。もちろん比喩表現で、この街に貴族はいない。
そんな装置を家庭用ハードにするとは……我が父ながら恐ろしい。そしてそんなことに全力をそそぐ二社が恐ろしいほどバカっぽい。
「で。テストプレイヤーになってくれないか? 安全装置はあるんだが、問題はゲーム難易度でな」
「安全に関しては信用してますが、私がテストプレイヤーでいいんですか? その、対象年齢的に」
私は現在10歳、紛う方なき子供だ。
どの程度のものかはわからないが、ハードの購入だけでも数万はかかると思うのだが。そんなものを一般の10歳児が手に入れられるとは考えにくい。
「ああ。レイルなら大丈夫だろう」
その自信は一体どこから?
「レイルが普通の10歳児とは思えない。それに、大半は一般から募集するが、白夜と極夜からも数人テストプレイヤーを出すんだ」
「はあ」
「白夜から出るのが、ルイファイスと光人君なんだ」
「あいつ馬鹿でしょ」
なに社長御自ら参戦してんだよ。
白夜光人。御歳25歳にして白夜の社長、実質の白夜市の支配者でもある。
冷たいほど冷静沈着、何事にも感情を乱さない白夜至上最も優れた社長、とか謳われているが、その実態はただのブラコンだ。
とはいえ、そう言うことならば私に話が回ってきたのもわかる。
要は、社長が参加すんだからそれと同等の奴出せや、ということなのだろう。だったら極夜社長が参加しろよ。
「引き受けました。
で、どんな内容で?」
「……引き受けてから聞くのか。
【ステラ】を元にしたMMOだ。カードバトルではないが、まあ、カードは出てくる」
「ああ、ステラ関係なんですね。いや、まあ、父さんが参加してるならそうなりますが」
「数ヶ月間を予定している。仕事が終わってからの参加でいい。詳しい説明はチュートリアルを見てくれ」
「はいな」
事前情報がないのはどうかと思うが、まあ、チュートリアルで内容を把握できるか、というのもテストの内ということだろう。
「ハードは今日にでも部屋に運んでおく。頼んだぞ」
「はーい」
最後にコーヒーを飲み、父さんは席を立つ。
それを呼び止め。
「ゲームタイトルは?」
「【family strategy】、ステラと区別する為に【オンステラ】と呼んでいる」
直訳で集団戦術、か。
……それってただの戦争って言わない?