最初は飲み比べ
北欧神話には、ロキとトールが一緒に旅をする、という話がある。その時立ち寄ったのが巨人の国の都市、【ウトガルザ】。
そこでこの幻術使いルーズにトールたちがいじめられるのだが、その内容こそが今からやる【余興】なのだ。
「三人いるのだ、一人、一つずつだ」
「ルーズ、『感謝するがいい』みたいな言い方やめません?」
反論するも、ルーズは答えない。
そしてルーズ以外の観客が大した反応してないのが怖い。精々囁いてる程度だよ。
「時間を与えよう。よく相談するがいい」
「どーも」
鷹揚に言われ、適当に返事をし。即座に円陣を組んだ。だってこれ明らかイベント。負けたら光の街に戻されるフラグ。
「で、どんな内容の神話なんだ? 掻い摘んで説明してくれ」
「はいな」
トールが与えられたいじめ……もとい、技比べは……。
まずは飲み比べ。
トールは用意された巨大な杯をわずかに減らす程度しか飲めなかったのだが、それは当然で中身はなんと海に繋がっていたりする。
力比べは猫を持ち上げろ、という内容だったが、そこは巨人の国、実は幻術でにゃんこに見せかけた大蛇。しかも大きさ半端なく、世界を覆って余りある、くらいの巨大な蛇。
そして力試し。『オレの頭殴ってみな』と言われたトールが殴ったのは実際には山。
要は詐欺である。
ウトガルザ・ロキは幻術の使い手なので、トールたちをからかってこんなことをしたのだが、後でネタ晴らしをした時にぶっ殺されなかったのがすごいと思う。何がすごいって、ロキにも同じようなことしちゃってるのだ。性根悪いという設定のロキによくもまあこんな真似ができたなあ。
だからこの【余興】でも絶対に同じようなことをされると思う。
説明を終えると二人が横目でルーズを見ていた。その目は完全に軽蔑の色を湛えている。
「仕方ないんです。巨人には巨人の誇りがあるんです」
「まあなんでもいいけど。誰が何する?」
「とりあえず持ち上げさせようとしたにゃんこの蛇はぶっちゃけヨルムンガンドなんで、力比べは兄さんがいいと思いますよ」
「んじゃ飲み比べは俺が行くわ」
ルイファイスのデッキは水に関するものが多い。海と聞いて選んだのだろう。
「じゃあ、私が力試しですね。
ルーズ、決まりましたよー」
「では始めるとしよう。せいぜい我らを楽しませてもらいたいものだよ」
言ったルーズは人差し指を伸ばし、空中に線を引く動作をする。
瞬間。
頭上から滝のように水が降ってきた。
「「「いやいやいやいや!」」」
「この水を飲み干してみたまえ。できぬのならば、溺れ死ぬがいい」
「無茶ぶり!」
なんでルイファイスの【余興】なのに私たちまで水被んなきゃなんねえんだよ!
降ってくる水を腕で必死に防いでいると兄さんに抱き寄せられた。ジャケットを被せるようにして水から庇ってくれるのに感動しながら、ルイファイスを見る。
ルイファイスは腰のポーチ型のアイテムボックスからカードを取り出す。出現させていた騎士たちは、そもそも城に入る前の話し合いをしている時にとっくに戻っていたので、再度呼び戻す必要があった。
「【ゆき】!」
カードから飛び出すように現れたのは垂れた耳がかわいい兎だった。
ただし、毛皮は雪で出来、耳は葉っぱのような緑、粉雪を常に撒いていて目は青、そして大きさは大型犬ほど。
その名も【雪兎】。
ルイファイスの【軍師】の【騎士】である。
雪兎はぴょこぴょこと跳ね回る。まき散らされる粉雪が水に触れると、次々とそれを固めていく。
雪兎の能力は【相手のATKを自分のATKと同じにする】と言うもの。ちなみにこの子のATKは10。
ATKが低い相手も10まで上げてしまうが、三騎士で闘うのならばこれ以上ない妨害となる。
雪兎が大きく跳ね、天から降ってくる滝にぶつかる。
粉雪が滝を覆い、徐々に凍り付いていく。
「雪兎の能力に上限はない。つまり、流れる水も凍らせられる。審判!」
――承認。審判として許可します――
ルイファイスは中衛、【ロール】も当然使える。
「そして、凍らせたものは言うならば【氷】、水ではない、つまりこの場に水はもうない。俺は水を全て【飲み干した】。審判」
――承認。審判として許可します――
ルーズは口元を歪めながら手を叩いていた。
水と氷は音もなく消えていく。ルーズの幻術だったようで。
「……お前ら兄妹は! いちゃつきやがって!」
「「え?」」
振り返ったルイファイスは半ばキレていた。
……そう言えば、抱き寄せられたままだった。