竜帝の鼓動『序』
古来、人とモンスターはお互いの生活領域を犯すことなく、それぞれの土地に安住していた。しかし、人間の生活が安定すると、その均衡は一気に瓦解する。人は武器を手に、モンスターの生活領域を侵し、自分達の領地を着々と広げた。
やがて、人間達は巨大な国家を作り上げた。
その国家の名は『キュラス』
キュラスの軍事力は、近隣の小国全てが束になっても、全くと言っていいほど勝てるものではなかった。
キュラスの初代皇帝、アルクラス一世は、モンスターの中でも上位に位置する龍と、ある取り決めをした。それは、これ以上お互いの領域を侵さないこと。後に災厄龍と呼ばれる龍の王、龍と呼ばれる種の頂点に位置し、この世界が出来て間もない頃から、存在していると言われる太古の龍も渋々、それを認めた。
アルクラス一世の統治は、それは例えようのないほど出来ていて、誰も文句を言う者などいなかった。民の声も良く聞き、それを反映させる良き皇帝。
いつしか、太古の龍『エルザ』もアルクラス一世を認めるようになっていたのだ。そして、アルクラス一世が亡き後も、世襲ではなく優れた者を起用する禅譲で、皇帝の座は受け継がれたために、優れた皇帝が何十代も続いた。太古の龍エルザは姿形を変え、人の姿となり、時たまキュラスの街を散歩するのが楽しみとなっていた。
しかし、人間は必ず間違いを犯すというもの。第九十六代皇帝エタルナが、息子であるソタルナへと皇位を譲ってしまったのだ。
ソタルナは初め、民のため、龍と人のために良き統治をしていたが、ある時からこう思うようになった。
我が帝国の軍事力は、全ての生物を殺せるほどのモノを有している。なのに何故、我が帝国は、龍などという存在と共生しているのだ。
そんな考えに至ったソタルナ帝は、国の兵をかき集め、草原や砂漠、樹海に火山、ありとあらゆるバイオームの土地へと進軍してしまう。それを見た古龍エルザは、嘆き悲しみ、そして怒り狂い、キュラスの都市へと龍の姿で現れた。
「あなた達人間は、愚かにもアルクラス一世と龍が交わした協定を破った。ゆえに然るべき、破壊と殺戮を行う」
エルザは空へと咆哮を放つ。すると天変地異が引き起こり、街は壊滅状態。彼女自身もその鋼鉄をも引き裂く爪、山さえ崩す尻尾、極めつけは、生けとし生ける全ての生命を無情に焼き尽くすブレスを駆使して、破壊と殺戮の限りを尽くした。
もちろん帝国軍は、当時最高戦力を投じて、対処に当たった。しかし、悠久の時を生きてきた古龍の鱗を切り裂くことなど、出来るはずもない。燃え盛るキュラスの都市は、民の棺桶となった。ソルタナ帝はこの日、自身もキュラスと共にその生涯に幕を閉じる。
後世、人々はこの日を原災の日と呼び、太古の龍『エルザ』は災厄龍として恐れられている。
その原災の日から幾星霜の時が過ぎた。
人々は、細々と地方で暮らし、地上の支配者は完全にモンスターへと移行している。
そんな中、ある砦都市が巨龍に襲われていた。
「おい! 大砲の弾はまだか! 後、火天雷大砲の準備は! 」
砦の上で一人の老人が叫んでいる。ナベナと呼ばれるこの砦都市は、度々巨龍の襲撃に遭うことで有名だった。
だからこういう風に、撃退するための設備が整えられている。
巨龍の体長は約150メートルほどあり、四足歩行で歩くのが特徴で、あまりの巨大さに寿命は数千年あるのではないかと言われる。
火薬の匂いが立ち込める砦に、似つかわしくない人物が一人。
十歳くらいの子供が、大砲の弾を重たそうにして運んでいた。その子供は、大砲まで弾を運ぶと筒に弾を込める。その動作は手慣れたもので、そこらの自警団よりも手際が良かった。
「おい、アルクラス! 子供のくせにここに来るでない! 」
団長がアルクラスを見つけ、彼を叱りつけて、砦から追い出す。
そんなことは気に留めず、他の団員はせっせと、大砲の弾やバリスタの矢を運んでいる。
一部の団員は、火天雷大砲と呼ばれる、この砦最大火力を誇る設備の準備をしていた。
こうしてる間にも巨龍は、砦へと迫ってきている。
一方、追い出された少年アルクラスは、喧騒を遠くで聞きながら、トボトボと歩いていた。
「何だよ。あのクソじじい。俺だってこの都市を守りたいんだ。大体、他の団員よりも俺の方が、手際がいいのに。子供ってだけでなんで、あんな扱いを受けなきゃいけないんだ」
アルクラスは、愚痴を周りの迷惑を考えずに、大声で零す。そんなアルクラスに近づく一つの影があった。
「やあ、少年」
突然、降りかかってきた言葉に驚くアルクラスは、反射的に声のした方へ顔を向けた。
そこには、軽装の男性が一人。
モンスター、しかも龍の素材で作られたと思われる鎧を着こなし、背中には、これもまた同じく龍の素材で出来た二振りの剣を背負っていた。
鎧は、赤と黒のコントラストがとても映えていて、背中の銀の双剣が、輝いている。
「誰? 」
アルクラスは、そう男性に問うた。
「俺か? 俺はハンターだ。この砦に巨龍が来るって聞いたんでな」
アルクラスは、聞き覚えのない言葉を耳にするも、今はそれどころではないと、現在の状況を事細かに、ハンターに説明する。
「大体は把握した。んじゃ行ってくる。少年も来るか?」
ハンターは、アルクラスの頭を撫でながら言う。それを聞いたアルクラスは、二つ返事で首を縦に振った。
ハンターとアルクラスが砦に着いた頃、砦は危機的状況に陥っていた。本来なら火天雷大砲をぶっ放し、撃退していくのだが、その火天雷大砲がこんな時に故障してしまったのだ。
「団長! 砦の70%が壊れました! おそらくもう持ちません‼︎ 」
一人の団員が、団長に報告する。それを聞いた団長は、烈火の如く団員に怒鳴りつける。
「弱腰になるな! 我らがここで撃退しなければ、後ろの街に住む人々はどうするっ‼︎ みすみす殺す気か? やる気がないなら尻尾巻いて逃げろこの弱虫がっ! 」
団長は、激怒しながらも、老体に鞭を打ち、弾を運ぶ。しかし、団員の通りでもはや撃退するのは不可能である。
「じぃちゃん」
その声に反応した団長は、帰れとまた言おうと口を開くも、隣にいたハンターの姿を見て、押し黙る。
「ハンターを呼んだつもりはないんだがな」
ハンターを物凄い剣幕で、睨みつける団長。その視線を真っ正面から、受け止めるハンター。この二人が大げんかでもするんじゃないかと、周りの人たちは、内心思っていたが、事実は違った。
ハンターは、団長を無視して背中に差していた二振りの剣を抜き放つ。不敵な笑みを零しながら、団長の耳に届く声で言う。
「ハンターが気に入らないのは、俺も分かる。けどな。勘違いされちゃ困る。俺たちハンターでも、第三者の協力は不可欠なんだ」
団長は無言を貫き、ただハンターの背中を見ていた。
「まあ、こんなくだらねぇことで時間潰すよりよ。この街を守ることに集中した方がかっけぇんじゃねぇの? 」
今の一言で、団長の額に青筋が立ち、怒りの沸点がたちまち頂点へと達した。声を荒げようとした時、前を見るとそこには、修羅がいた。
そこに居るだけで、巨竜に勝ててしまいそうな覇気が、身体中から滲み出ている。表情は極限までに集中しきった顔で、とても話しかけれる物ではない。
「団長さんよぉ。俺が足止めしてやるから、火天雷砲ってやつの準備させとけ。んじゃ、行ってくる」
そう言ってハンターは、二十メートルはあるだろう壁を、文字通り落ちていった。
常人ならば、骨折どころか死んでしまうような状況なのだが、ハンターは五体満足な状態で着地する。
銀の双剣を構えながら、巨竜の顔面へと突進する。巨竜の顔とハンターがすれ違う瞬間に、二連撃を食らわせ、踵でブレーキをかける。そして、ブレーキをかけても相殺出来なかった勢いを、体を捻じり無理矢理方向転換することにより、それを利用し、また連撃を放つ。
銀の流星がそこに居た。地上に舞い降りた星は、常人には捉えることすら、出来ない速さで巨竜を斬りつけてゆく。
その痛みに耐えかねた巨竜が、思わず仰け反り動きを止めた。
その時を待っていたと言わんばかりに、ハンターの口角が鋭利に釣り上がる。
「俺は、ハンターなんでね。悪く思うなよ」
その言葉の矛先は、巨竜。
次の瞬間、ハンターから本当に銀色の闘気が滲み出た。これが彼の本気で、幾多の竜達を屠ってきた彼の本来の姿でもあった。
「銀流閃」
闘気を剣に纏わせて放った一撃の威力は、巨竜の頑丈な鱗を一瞬で切り裂き、ハンターの、蹴り上げは奴の顎を砕いた。
人でありながら、人ならざるモノ達、それがハンター。
最期の足掻きと言わんばかりに、巨竜はその巨体を持ち上げ、砦を壊そうと腕を上げた。
だが、既に準備は整っている。要塞都市ナベナが擁する最高にして、最大の威力を誇る武器『火天雷砲』は、通常の弾とは違う、紡錘形をした弾を使用し、弾自体に雷の属性を付与した希少価値の高い弾である。それを普通の大砲よりも、より巨大な大砲で撃ち出す強力な武器。
「ふん。あのハンターの手を借りたことは少々癪だが、あやつのおかげで、準備が整った! 照準を合わせろ! 」
団長の号令と共に、砲術士が照準の微調整へと入った。そして、準備が整ったと真っ赤な旗を振る。それを見た団長が、カッと目を見開き、大きく口を開けた。
「火天雷砲……撃てぇ‼︎ 」
大砲に火が灯る。たった一撃。その一撃が、全てを破壊する。火が天を穿ち、雷が竜を撃ち抜く。その撃ち抜いた時の音は、まるで竜の咆哮。
巨竜が最期に見たのは、自分の存在を遥かに凌駕する、人ならざるモノの悲しい涙だった。
ここに、巨竜ドラゴルス絶命す。
数時間後、砦はすっかり宴会ムード一色で、皆が踊り、酒を飲み、勝利に酔いしれていた。
「少年、混ざらないのか? 」
そんな砦の隅っこで、ぼっと空を眺めていた少年がいる。それが気になったハンターが、少年に声をかけた。
「俺は、結局見てるだけだった。何か役に立てると思ってた。なのに戦場の気迫に押されて、見てることしか出来なかった」
遠くのテーブルには、沢山の料理と酒が置かれている。砦内で戦った者は、自分はこういうことをした。ああいうことをしたと自慢し合っている。
ハンターは、少年の言葉を黙って聞きながら、肉を食べていた。
「何を言ってんだよ。今日のMVPは少年だ。理由は簡単。俺を砦まで案内したこと」
少年は、虚を突かれたような顔でハンターを見た。
「そんな意外そうな顔すんなって。褒美に、これやるよ」
そう言って差し出されたのは、竜の鱗を一瞬で切り裂いた銀色の双剣。月に照らされて、綺麗な銀の輝きを放っている。そう、ここから、アルクラスの伝説が始まった。
宴がお開きとなり、ハンターも報告のために、ハンター協会本部へと帰った後。一人アルクラスは、ハンターから譲り受けた双剣を、見つめていた。
「俺は、なってやる。あの人を超えるハンターに」
そうアルクラスは高らかに宣言した。
それから数年後の要塞都市ナベナの門に、齢18のアルクラスが、背中にあの双剣を差して立っていた。
「そろそろか。ハンター試験までには着かないとな」
背丈も高くなり、この数年間ずっと修行していたので、かなり体つきも良くなっている。
そして、アルクラスは、ナベナの門をくぐり出た。




