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五日目 2 槍と短剣

 旭様の部屋を飛び出したわたしは、先程とは逆に階段を駆け下り、階段を上りかけていたリクハルド様の横を抜け、卓の脇に置いたままだった杖を拾ってから、広間を横切って巫女殿を出た。


 神殿前の広場にたどり着き、いったんわたしは足を止めた。後ろからリクハルド様が追い付いて来る。


「一体どうしたんですか」


 広場を見回し――いた。見覚えのある背中。門衛に声をかけ、外門を出ようとしている。

 彼は肩越しにちらと後ろを見た。わたし達に気付いただろうか。


「あの方です」


 わたしは短く答える。


「あの方が、下さったんです」

「……ダスリズアをですか?」


 わたしは小さく頷いた。地面を蹴り、再び走り出す。目を丸くしている門衛を横目に門をくぐる。


「巫女姫様がそんなに血相変えてるってことは、ばれちゃいましたか」


 いたずらがばれた子供のような顔をしたカレル様が、まるでわたし達を待ちかまえていたかのように――否、『ように』ではなく待ちかまえていたのだろう。

 わたしは慎重に口を開いた。


「お認めになるのですか。あの花が毒花であり、あなたが故意に持ち込んだと」


 カレル様はひょいと肩をすくめた。


「姫様はお優しいな。あれ、毒のこと知らなければどう見ても雑草なのに、ちゃんと飾っておいてくださったんですね」

「どういうおつもりですか」

「んー、富くじみたいなものですかねー。当たったら嬉しいな、っていう。あ、姫様、富くじって知ってます?」


 わたしが黙っていると、カレル様は照れたように笑って話を戻した。


「でも心配ないですよ。よっぽど運が悪くなければ死にはしませんから。僕が頼まれたのは、そこの王様を殺すのが一番、あなたを殺すのが二番、死なないまでも毒で体調崩す人が出たら婿選びにけちがついて中止になるかも知れないのでそれが三番、……まあ王様があなたを手に入れなければ何でもいいと」


 カレル様の表情と口から出る言葉が全くかみ合わず、一瞬彼が何を言っているのか分からなくなる。


「……大分、過激な政敵をお持ちですね」


 横に立つリクハルド様を見上げる。彼は左手に門衛から借りてきたらしい槍を持ち、右手で嘆くように顔の半分を覆っていた。


「面目ない」

「ともあれ、この場であなた達を始末すれば完了だ」


 カレル様が大きく両手を広げると、昨日湖のほとりで遭遇したのと同じ、頭巾をかぶった男達が現れた。六人だ。

 そのうちの一人がカレル様に短剣を収めた鞘を投げる。受け取ったカレル様は躊躇いなく抜き放った。


「巫女姫様、僕を追ってきた勇気だか正義感だかは認めますが、軽率でしたね。あなたが絶対なのは神殿界内だけ。そうでしょう?」


 リクハルド様が数歩前に出た。


「彼女は関係あるまい。俺だけを狙うべきだろう」


 わたしをかばうようにリクハルド様は槍を構える。わたしは唇をかみ、杖を両手で握り締めた。


「格好いいね、王様。姫様聞いてました? 隅っこで震えててくれれば格好つけの王様に免じてあなたは見逃してあげる」


 わたしは息を吐き、杖の持ち手をねじった。

 留め具が外れ、二重構造になっていた中身が飛び出す。真っ直ぐ立てるとわたしの肩を越すほどの長さになったそれのつなぎ目部分を、再びねじって固定する。


「……巫女姫様、何それ?」


 うろんげな眼差しでこちらを見つめるカレル様が、うろんげな声音で尋ねた。リクハルド様も首だけで振り返った。


「何の変哲もない杖です。わたしのことはお気になさらずとも結構。どうぞお続けください」

「……まあいいけど。本当におとなしくしててくださいよ。かわいい女の子は生きてた方が世界のためだ」


 カレル様は短剣を構える。


「じゃ、姫様のお言葉に甘えて、っと!」


 地を蹴ったカレル様だったが、後の先を突いて放たれた槍の突きがその足を止める。


「……簡単にこの命、くれてやると思うな」


 今の突きは、相打ち狙いの一撃だったように見えた。

 ほんの少し間合いがずれればカレル様の刃はリクハルド様に届いていたはずだ。

 首の後ろが氷を押し付けられたように冷たくなる。


 頭巾の男達がリクハルド様とカレル様を取り囲み、その包囲をじわじわと狭めていっている。輪が狭くなればリクハルド様は始終背後を気にしなければならないし、槍の取り回しも難しくなる。


 わたしはリクハルド様の背後の一人に忍び寄り、杖を振り上げた。

 気配に気付いたかこちらを振り返るが、もう遅い。

 思い切り頭部を叩く。たたらを踏んだ男のみぞおちを返した杖先で打ち抜く。

 倒れ込んだ彼を杖で制しておいて、わたしは声を張り上げた。


「リクハルド様! 相打ちなどされたら、決して許しません!」


 カレル様はリクハルド様の突きを避け、その勢いで大きく下がって間合いを取った。


「おとなしくしててって言ったのに……姫様が悪いんですからね」


 カレル様が軽く左手を挙げると、頭巾の男達がわたしの方に向き直った。得物は全員が短剣だ。


「貴様ら、何をっ……!」


 リクハルド様がわたしの方へと踏み出しかけたが、カレル様はそれを許さなかった。

 短剣を突き込まれ、リクハルド様はすんでのところでそれを受ける。


「やだなー、王様の相手は僕だってば。死ぬまで僕だけ見ててよねえ」


 にいと唇を歪めてカレル様が笑う。その間も剣さばきは鮮やかで、得物の長さで勝るリクハルド様は、防戦に追い込まれている。


 一方わたしは、背後に回ろうとした一人のあごを打って隙を作り、門壁を背負う位置に移動した。

 五人の男達と対峙する。この配置を崩さず、背後に気を付けておけば、そうそう負けはしないはず。

 わたしは杖を構え、一人一人の目を睨み付けた。


「わー姫様ってばやるうー」


 カレル様が抑揚なく語尾を引っ張った。


「姫様もだけど、王様も意外とデキるよねー。全く困っちゃうなー。標的の戦力は正確に教えてもらわないと――計画が狂う」


 何かが頭巾と頭巾の間から飛んできて、わたしはとっさに杖で払った。

 地面に刺さったのは、果物をむくような小さな刃物。


 わたしの気がわずかに逸れたのを見逃さず、頭巾の男達は動いた。

 歯を食いしばって防戦に回るが、一度崩れた流れはなかなかわたしの思惑どおりにならない。

 刃物を投げたのは、恐らくカレル様。みすみす隙を作ってしまった。

 それでも何とかしのいでいると、門から門衛が顔を出した。


「おい、何の騒ぎ――わあ! 姫様!」

「人を……呼んでください! 早く!」

「は、はい! 姫様も早くこちらに!」


 今の状態ではちょっと無理な注文だ。この包囲から抜けようとした瞬間に斬られて終わりだろう。わたしは首を振る。


「そんなことより、早く……!」


 二人分の刃を受け止めた杖がぶるぶる震えている。

 力では到底太刀打ち出来ない。

 それにこのままでは残りの誰かに脇から斬られるに違いない。早くいなして次に備えなければならないのに。

 まずい。力を逃がす道筋が見えない。このままでは――


「助太刀いたしましょう」


 涼やかな声音。途端、杖にかかる負荷が減った。頭巾の一人が派手に吹き飛ばされる。

 わたしはもう一人の短剣を跳ね上げ、杖先で目を狙って牽制した。

 頭巾の男達は第三の人物を警戒してか大きく間合いを空けた。


「我が名はヴェンツェル。ただ今より巫女姫に加勢するので、命が惜しくない者はかかってくるといい」


 ヴェンツェル様。

 聞き覚えのある名に、わたしは彼を振り返った。

 光沢のある銀の髪は長めに伸ばして束ねており、顔立ちは女性めいて甘く整っている。年齢は二十歳ぐらいだろうか。

 婿候補の一人だ。直接会うのは初めてだが、他の巫女が噂をしているのを聞いたことがある。何でも、旭様の幻影をかぶって彼に会った者全てを、偽物だと看破なさったとか。


 ヴェンツェル様は素手のまま頭巾の男に無造作に歩み寄った。男の短剣が振り下ろされ――次の瞬間、男は地面に倒されていた。

 凄い。どう動いたのか全く分からなかった。


「姫様」


 ヴェンツェル様はわたしを見、眉を寄せた。


「ん? あれ? 姫様? ……まあいいか。姫様、この者達どうします? さすがの私も神殿の門前を血で汚すのはどうかと思うんですが」

「お手数ですが、殺めぬよう加減をお願いします。動きを封じて捕縛します」

「お言葉のままに。ところでアレは何ですか? あそこで刃を交えている二人は、確か我がお仲間では」


 ヴェンツェル様の加勢で、わたしも確実に急所を狙う余裕が出来た。一人の手首を打ち、次いで眉間を突いて昏倒させる。


「お若い方はカレル様とおっしゃいまして、もうお一方、リクハルド様のお命を狙っているのです」

「巫女姫を巡る男の戦いってわけでもなさそうですね。カレル君の方は何というか……そう、『もぐり』というのでしょうかね、そんな感じはしていました」


 観察力なのか他の何かなのかは分からないが、ヴェンツェル様の眼力は本物らしい。おとりの巫女姫を見破った上に、婿候補の中に混ざった暗殺者にも気が付いていたとは。


「慧眼でいらっしゃいますね」

「よく言われます。何でも、気持ち悪いほどだとか」


 息を乱しもせず答えながら、ヴェンツェル様が頭巾の最後の一人を地に沈めた。

 全くの素手で、武器を持った相手にここまで完勝してのけるとは、凄まじいまでの技量だ。


「お見事です」

「姫様こそお見事でしたよ。衛士よりお強いのでは?」

「ご冗談を。わたしのこれは、単なるままごとです」

「そうは見えませんでしたけどねえ……ああ、まずい。リクハルドさんの方、このままだとやられますよ」


 わたしは息を詰める。

 ヴェンツェル様は悠然と腕を組んだ。


「カレル君はさすがに本職ですね、こういう場合の戦い方をよく知っている。リクハルドさんは、ああいう系統の戦闘者は苦手みたいですね。見た目以上に劣勢ですよ。……さて、私はリクハルドさんに手を貸すべきなのか。みすみす恋敵に塩を送るような気がするんですが」


 というようなことをヴェンツェル様はおっしゃったが、半分以上耳を素通りした気がする。

 神術――は使えない。私の技量ではリクハルド様も巻き込んでしまう。旭様ならば高い精度でカレル様だけを狙えるに違いないのに。

 武術においても、あのお二方の間に割って入れる力はない。


 出来ることが、何もない。


 脱力感に襲われた。膝から力が抜けて倒れそうになるのを、杖にすがってこらえる。

 リクハルド様が、負けるなんて。負けたら、待つのは死。

 不意の悪寒に肩を掴んで耐えていると、ヴェンツェル様が「あ」と声を上げた。

 顔を上げると、衛士の一団が、門から出て来るところだった。その数、およそ十人。ヴェンツェル様は、軽く肩をすくめた。


「私の出番は不要のようですね。では失礼いたします、巫女姫によく似た方」


 優雅にきびすを返し、ヴェンツェル様は門の中へ消えていった。何事もなかったかのように、何の余韻も残さない。……不思議な方だ。


「何なんだよ、全く、割に合わないったらないね!」


 衛士隊がやって来たことに気付いたか、カレル様が舌打ちして声を上げた。距離を取るため飛びすさろうとする。

 わたしには隙らしい隙とも見えなかったが――リクハルド様が踏み込む。

 その勢いを上乗せして逆さに持った槍を突き出す。

 槍の石突きがカレルの脇腹に突き立てられ、そのまま彼を地面に縫い止めた。


「あばらを何本か砕いた。動かぬ方が賢明だぞ」


 リクハルド様の影になって表情は見えないが、カレル様が苦しげなうめきを漏らすのが聞こえた。


「おうさま……何だよ、今の、踏み込み……はんそく、だっ……!」

「あいにく眼前の敵の隙を見逃すような教育は受けてこなかったのでな」


 衛士隊長が指図し、衛士達はてきぱきと頭巾の男達を捕縛していく。カレル様も、しかめ面ながら抵抗する様子もなく捕縛された。

 わたしは杖を元の長さに戻す。

 元どおり左手で持ち手を包み込んだところで、自分の手が震えているのに気付いた。この程度でこのていたらく。影巫女失格だ――じき、役目を解かれるにせよ。


「巫女姫、お怪我はありませんでしたか?」


 リクハルド様が駆け寄ってきた。わたしが自分の手を見つめていたためだろう、「お手が?」と覗き込む。わたしは手を握り込んだ。


「いいえ、わたしは大丈夫、怪我はありません。それよりもリクハルド様の方が……」

「奴が毒刃の使い手でなくて幸いでした。俺もまだまだ未熟です」


 言って笑うリクハルド様は、腕や肩を中心に幾つもの傷を負っていた。血がいまだにじみ出しているものも多い。


「……カレル様のお国元へ、問い合わせます。必ず、子細を明らかにします」


 婿候補達の身元は、各国から書状で保証されている。わたし達巫女や他の職員には明かされないが、巫女守と衛士隊の一部は知っている。カレル様とて王族としてやって来たのだから、国元が承知をしていないわけはない。


「いや、その国は利用されただけでしょう。……奴の言っていたことで概ね見当が付きました。敵は内外に多いですが、あそこまでの馬鹿はそういないので」


 リクハルド様は苦く笑う。


「神殿やあなたに対してしたことには必ず償いをさせます」

「でも」


 いけない、と思いながら、けれど舌が勝手に言葉を紡ぐのを抑えられない。


「一番傷ついているのはあなたでしょう?」


 言った側から後悔した。リクハルド様のことなど何も知らない癖に、何を知ったようなことを言うのだ。


「……ごめんなさい」

「いえ。これは俺が選んだ道、俺が選んだやり方の結果ですから。前を向いて、これからのことを考えるだけです。ですが……ありがとうございます」


 リクハルド様は微笑した。そこに、あの苦さはない。

 ――ああ、とわたしは思う。

 リクハルド様は巫女姫に求婚する気はないとおっしゃったけれど、この方が旭様の婿となってくださればいいのに。

 この傷だらけで強い方に、旭様の朗らかさは癒しとなるだろう。

 この方の心と力は、旭様の時に強すぎる光を和らげ、彼女のしるべとなってくださるだろう。


 旭様が降嫁なさった後もわたしはここに留まるけれど、ふとした時にお二人がわたしのことを思い出してくだされば、わたしもお二人とともに外の世界に飛んでいけそうな――そんな気がする。


 輝ける陽を失った、薄っぺらい影のようなわたしであっても。

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