一日目 巫女姫と王たち
この大陸には、尊き巫女姫があらせられる。
世界を守護する神ファントセタンに仕える巫女姫は、普段は険しい山上にある神殿に暮らし、姿を現すことはない。
だが五十年に一度、巫女姫は俗界に降嫁する。巫女姫を娶った者を王に戴けば、その国は永劫繁栄を享受することが出来る――と、言い伝えらている。
今年はその五十年に一度の年。春日の祭を七日後に控え、山上の神殿には多くの男性が集まっていた。
若きは十代の少年から、上は四十代、五十代の者もいるようだ。彼らは皆、大陸各国の王や王太子、もしくは元首。
巫女姫の婿選定のたびあまりに膨大な数の人間が詰めかけるため、その昔神殿の界内へ昇れるのは一国一人と定められたという。もちろん、供の者も随伴することは許されない。
今、大陸には幾つの国があるのだろう。普段静謐であるだけに、話し声やざわめきがやたらに耳につく。
「お集まりの方々、しばし静寂を下さりませ」
巫女守の声が神殿広場に響いた。巫女や神殿で働く女性達のまとめ役を務める彼女の声は、隅々にまで届いたようだ。ざわめきがぴたりと収まる。
「巫女姫がおなりです」
巫女守の宣言を合図に、壇上に膝をついて待っていたわたし達は、深く頭を垂れた。
軽い足音が衣擦れの音とともに近付き、目の前を通り、遠ざかる。
長く裾を引く巫女姫の正装。前夜、重いの動きづらいのと文句をおっしゃっていたとは思えない、堂に入った足運びだ。
「本年は巫女姫の配を選ぶ年でございます。皆々様におかれましては無用の説法かとは存じまするが、なにぶん五十の年に一度の事でございますれば、もう一度ご確認のほどをお願いいたします」
そう前置いて、巫女守は選定においての注意点を並べた。
一つ、本日から数えて七日目の春日の祭までに、巫女姫本人に直接求婚すること。なお、求婚は一度に限る。
一つ、各国の流儀は尊重すれど、巫女姫や他の者に危害を加えるようなこと、無理強いするようなことは禁ずる。
一つ、これらの条件を満たした者の中から、春日の祭において婿となるべき者を発表する。
「そして最後。皆様は覆蓋神の御前において、対等でございます。所属の国家を匂わすようなことがあってはいけません。お名前に国号が入るような方も多いと思われますれば、名乗りの際はお生まれの際にお受けになった、個人としてのお名前だけになさいますように」
以上でございます、と巫女守は言葉を結んだ。
「では、巫女姫ご退席――」
言い終わる前に、巫女姫の席がかすかに軋んだ。立ち上がる気配。わたしは思わず顔を上げる。
巫女姫の、背筋が真っ直ぐ伸びた後ろ姿。繊手が頭にかぶった紗の布を跳ね上げるのが見えた。
「姫様!」
悲鳴のような巫女守の咎めを無視し、巫女姫は広場をゆっくりと見渡した。
「私の夫となるべき方々を前に、顔を隠したままというのもどうかと思いましたので」
わたしの位置からだと、王達が一様に巫女姫に目を奪われているのがよく見えた。
大胆な言動に加え、日の光を集めたような金の髪、乳のように白い肌の上、はっきりした目鼻立ちの中で、大きな碧い瞳はひときわ輝く。
御年十六。絶世の、と呼んでいい美貌の持ち主だ。
「このたびは、私などのためにご足労をおかけいたします。どのようなご縁に巡り会えるのか、私も楽しみにしておりますわ」
一つ礼をすると、巫女姫はそのまま壇を下り、神殿へと戻っていった。