龍神覚醒2
「……解放……」
戒の言葉を合図に戒の周りに作られた水柱が戒に集まり戒を包んでいく。
さらに集まった水柱は合わさってうねりを作り水の竜巻を形成し、そして、不意に弾けて中の人物を露にする。
体を覆うは蒼き鱗で造られた洗練された鎧。鋭角的で、それでいて流麗な形状。
目につくのは背中に伸びるしなやかな尾、一間隔ごとに節がつき、尖端は鋭利な刃の様。
両の掌には紅玉、その内には蒼き煌めきが揺らめく。
頭には顔まで覆う龍の頭を模した兜、それはまさに龍の威圧感を表し、見るものに畏怖すら覚えさせる。
戒は自分の今の体を面越しに確かめた後、鬼を見据えた。するといきなり鬼が一瞬で詰め寄り戒に左足で上段に蹴りを繰り出す。
しかし、鬼の蹴りは直撃の瞬間に戒の右腕によって止められる。
鬼は動揺とも取れる一瞬の硬直を見せたがすぐに足を引き、拳を放つ。だが先刻のようにそれも戒の掌で止められる。
次いで鬼が空いてる拳を撃つが今度は腕で弾かれる。
苛立ちなのか、鬼は歯ぎしりをたてながらすかさず掌で止められた拳と弾かれた拳を両方引き、そこから連続して拳を突き出す。その連打を戒はまったく動じずに淡々と両腕で弾いていく。
鬼の次々と繰り出される連打は段々と速さを上げていき常人から見れば拳が十にも二十にも見えるほど高速化していくが、戒の体にはかすりもしない。
それでも一向に止まらない連打、刹那、戒は鬼から伸びる顔を狙う左の一発、その一発のみを首を曲げて避け腕が伸びきると同時に自らの右腕を振るう。
次の瞬間、鬼の左腕が中空に飛び、次いで左腕があった場所からは血が噴き出し戒の体を紅く染めあげる。
振るった右腕、その先にある掌に埋め込まれた紅玉から水の刃が伸びていた。
鬼が血の吹き出る自身の左腕に気を取られてる間に戒は右腕を左脇に据え、一気に右腕を振り抜く。
鬼は振り抜く一瞬手前で反応し後ろに跳ぶが、戒の右掌から伸びる水刃は鬼の右足を捉え、膝から下を飛ばした。
戦いの場を囲む森林、その中にある大木の頂上に程近い枝で陽治と亜迦里が佇んでいた。
「見事に圧倒しているね」
「……正直、いくらあの状態になったからと言ってもあれは異常ですよ。陽治、本当に彼の思念神はアンコモンなのですか?」
「さあね、俺も信じられなくなってきたよ。まあ、別に前例も居るし、そう不思議がる事でもないさ」
前例、その単語に反応し、亜迦里は顔をしかめる。
「……あの漆黒の彼ですか?」
「零もよくあんなの下に置けれたもんだよ」
表情を綻ばせながら陽治はクスクスと笑った。
「ま、ここからが正念場かな? 手負いの獣は恐ろしいって言うしね」
鬼は半ば倒れるように着地した。
失った左腕と右足から血を流しながら、残った右腕と左足を地面につき、全ての眼に戒を映す。
戒は右掌から水の刃をさらに伸ばし、再び左脇に据え、そして鬼の体めがけて一気に振り抜いた。
神速の刃が鬼に触れようとしたその時、鬼が咆哮を上げ、鬼に触れた刃は蒸発して消えてしまった。
何故蒸発したのか? 答えは鬼の周りの状況が出していた。降り注ぐ雨と足元にある水溜まり、鬼の近くにある水という水が蒸発している。
それが意味する事、鬼の発する体温、熱が異常と言える程に上昇しているという事。
蒸発した水は靄になり、靄は鬼を中に隠してしまう。
同時に周囲の雰囲気が変わったように思えた。
その事態に戒はほんの少し動きを止めたが、やがて意を決したように右掌から先程より強く鋭く刃を伸ばし、なおも咆哮が続く靄の中に向かって構えを取った。
一拍置いて咆哮が止む。
戒が刃を振り抜こうとした瞬間、それは靄から突き出た赤黒い手により阻止された。
刃が振り抜かれる寸前で手は戒の頭を掴み、地面に勢いよく打ち付ける。
同時に靄が消え去り、手の主の姿を現した。
無くした左腕と右足はそのままに、全ての筋肉を盛り上げたように体格を二回りも大きくし、額に伸ばした角を天を衝くように突き上げ、そして身体中に開かれた眼を消しその代わりというように顔面に十五の眼が緋く、爛々と輝いていた。
鬼は戒を地面から引き上げると、森に向かって投げつける。
戒は地面と水平に凄まじいスピードで飛んでいく。
すぐさま戒は両掌から水を噴射し、推力を無理矢理押し殺して鬼の方向へ体を向ける。
その戒と目と鼻の先で十五の眼が戒の龍面を写していた。
それを視認した戒はいきなり来た上からの衝撃に地面に叩き付け、追い討ちとばかりに戒の腹に拳が落とされる。
拳を落とした鬼はさらに顔に胸に、再び腹に、また顔に、殴って殴って殴って、鬱憤を晴らすように殴り続ける。
戒の纏う龍麟の鎧が少しずつ鬼の乱打を浴びて綻びを見せ始める。
それでも殴るのを止めない鬼。
やがて龍面の目を覆う部分が砕かれた。
砕かれた部分、そこから覗く、とても暗くて、悲しそうで、憐れむような眼が鬼を見た。
そこで鬼の動きがようやく止まる。
鬼の両肩に生える二本の水の刃、殴られ続ける中で戒が鬼の両脇腹から交差するように突き刺した刃によって。
刃は心臓で丁度交差し、さらに両肺を突き破っていた。
鬼の口から大量に吐き出される血、次いで力の抜ける体、その腹を戒は蹴り上げると、鬼の体は数秒宙に浮き上がり、やがて戒の正面に転がり落ちた。
その間に戒は立ち上がり、両手を合わせる。すると、戒の鎧から伸びる尾が外れ、戒の後方で浮かびながら先端と尖端を接続して輪状になる。
鬼は顔を上げてそれを見た。口許からは今だ血を垂れ流し、十五の眼は今だ爛々と輝き、殺気は衰えず今だ戒に向けている。
鬼は片方ずつしか残ってない手足にこれまでを遥かに越える力を込め、そして足の筋肉を爆発させるように戒に向かって飛びかかり、腕の筋肉を爆発させるように拳という弾丸を叩きつけようとした。ようとしたのだ。
その捨て身とも言える行為は、その限界とも言える攻撃は、その悪あがきとも言える突攻は、戒の突撃、その一撃に封じられた。
鬼が飛びかかろうとした瞬間、戒は合わせた両手を離す。同時に後方の輪が回転し始める。次に両掌から水を放出、水は瞬時に突撃槍を象る。戒が槍を手に取ると後方の輪の中心点から圧縮に圧縮を重ねた様な水の激流が噴き出し、その勢いが戒の体を鬼に向けて発射させ、鬼の拳が放たれる前に、槍で鬼の体を串刺しにした。
激流の勢いはそのまま戒を推進させ、草木を薙ながら森の中を突き進んでいく。
そして、凄まじい轟音と共に、鬼を一本の巨木に、磔にした。