鬼の頭2
某山中、山道から外れた道。
戒達三人が去ったすぐ後、崎原陽治の後ろに誰かが近付いてきた。
「…誰?」
陽治は静かに、背後の人物に話しかけた。
「…私です、陽治」
声を聞いた陽治は瞬時に振り返る。
「亜迦里ちゃん!?」
振り返った先には、十代後半くらいの少女。
長い黒髪をおさげに結い、容姿は少し幼いが凜としている。
黒のロングシャツに黒のスカート、茶色のブーツを履き、胸元には月を象ったペンダントをさげている。
陽治は亜迦里を視認するやいなや飛び付こうとする。
「亜っ迦里ちゃ〜…」
しかし、亜迦里は飛び付こうとする陽治の顔面に前蹴り、続いて一回転して腹に後ろ回し蹴り、そして、陽治の体がくの字に折れたところに、頭部に踵を落とす。
「私に飛び付いたら蹴ります、と言った筈です」
ドサッ、と地面に倒れる陽治に無機質な声で言った。
「お忘れですか?」
言われた陽治は意識が途切れそうになっていた、が、なんとか持ち直して立ち上がる。
「……忘れてませんよ、単なるスキンシップですよ」
ゴホッと血を吐きながら、陽治が言った。
「そうですか、次やったら潰しますからね」
「おーけー」
陽治の返事を聞き、亜迦里は一度溜め息を吐いた。
「…ところで、今回は何故、逃げだしたんですか?また暇潰しですか?それとも得意のスカウトですか?」
「ん〜、ちょっとね」
場所は変わって、山の中腹。
木々に囲まれた開けた場所、そこに黒い人のようなものが群がる。
それらの他に動くものは三人の少年。
黒い人のようなものの一体が吹き飛ぶ。
それは頭に角を生やした人ならざる異形の者、鬼。
鬼は地面に倒れると、塵になる。
「どうだ!」
鬼を吹き飛ばした者、優が白い大剣を手に叫ぶ。
その優の背後から別の鬼が襲いかかる。
「発雷!」
その言葉が発せられると同時に、優の背後の鬼に雷が飛び、鬼は黒炭になる。
「油断大敵ですよ、優」
雷が飛んできた方を見ると、左手を前に出した姿勢の蕾が立っていた。
右手に黒い突剣を持ち、両足には雷を纏った黒いブーツを履いている。
優はそれを確認すると、蕾に向かって大剣を振るう。
すると、蕾に向かって真空の刃が飛ぶ。
なにかは蕾の頭の上を通り、蕾の後ろの鬼を横に真っ二つにする。
「お前もな」
二人はお互いを見て、一瞬微笑む。
そして、お互い振り返り、周りに群がる鬼に向かって突っ込んでいく。
その2メートル程離れた場所に戒が立つ。
戒の右腕部には、腕の代わりに龍の頭がついており、その口からは水を固めた突撃槍が伸びる。
戒はその腕を前に出し、前方の鬼の群れに狙いを定める。
「水龍砲!!」
龍の首に水が大量に集まり、一気に爆発。
それにより、戒は前方に凄い勢いで推進。
槍の穂先に鬼の体が次々と刺さり、串刺しの状態になっていく。
やがて、槍は一本の大木に刺さる。
それと同時に槍に串刺しになっていた数体の鬼が塵になる。
木から槍を抜くと、戒の周りに槍に刺さらなかった鬼が群がる。
「…水龍刃」
戒の腕の龍の二本の角、その一本が液体状になり、高い圧力をかけて一直線に噴射され、一振りの水の刃になる。
戒はそれを薙払うように鬼の群れに振るう。
刃に触れた鬼はほぼ同時に上半身と下半身が分かれていった。
しかしその後ろからわらわらと鬼の群れが出てくる。
「ふぅ、きりがない」
戒は呆れながら、息をつき、蕾の方に向く。
「蕾!」
「はい?なんですか?」
鬼の頭に剣を突き刺しながら蕾は答える。
「スキー場の時のあれ、ここで使っても平気かな?」
そう言われて、蕾は周りを見渡す。
「う〜ん、たぶん大丈夫だと思います」
「そう、じゃあやろう、このままじゃ体力を浪費するだけだ」
「わかりました」
「よし、優!」
今度は優に声をかける。
「あん!?なんだよ!?」
当の優は剣で鬼を薙払っていた。
「危ないから空に逃げて」
「はあ?空は飛ぶなって……」
「見つかっているからもういいんですよ」
いつ近付いたのか、優のすぐ横にいた蕾が言った。
優は眉間に皺を寄せたが、すぐに大剣の上に乗る。
「…飛べ!!フレスベルク!!」
優は大剣の上に乗ると柄に付いている翼の装飾が大きくなり、優を乗せた大剣は上空に飛ぶ。
それを見届けた戒は、槍のついた右手を横に向ける。そのまま、水を放出しながら、その場で勢いよく回り始める。
放出された水は遠心力により、一帯に巻き散らされ、鬼と地面は次々と水を被る。
大体の鬼が水を被ったところで戒は槍を上に向ける。
すると槍の後ろから放出される水は勢いを増し、それにより戒の体は空に向かって飛んでいく。
鬼の群れは一度、上空の戒と優に注意を向けるが、すぐさま地上に残った蕾に目線を合わせ、襲いかかる。
蕾はそれを気にせず、剣を地面に刺し、さらに両手を地面につけた。
「……響雷!!」
瞬間、蕾を中心に地面に雷が走り、一瞬で鬼達を黒炭にしていく。
蕾は地面から両手を離し、辺りを見回す。
「打ち損じはありませんか〜!」
蕾は上空の二人に呼び掛ける。
「うん、ないよ〜!」
優の大剣の柄に捕まっている戒が、地上をくまなく見回してから、答えた。
「…なんかなー」
優がぼそっと、そうこぼした。
「よし、優、下に降りて」
「…おう」
優が応じると、大剣はゆっくりと地上に向かって降りていく。
その時、山の頂上付近から、なにかが山なり飛んでくる。
「なんだ…あれ?」
優がそれを視認すると、いきなり、三人に強烈な負の感覚が襲いかかる。
「戒!俺から離れろ!!」
優に言われ、戒は即座に剣から手を離し、地面に落下する。
すると優は剣の柄を握り、自分を大剣の下にするように体勢を変える。
その間に、山から飛んできたなにかは、それがなにかわかる位置まで来ていた。
それは長身痩躯の男。
血に染まる衣服を纏い、その髪は、黒く長く手入れはされてなく、その手には、黒く長く手入れをされてはいないだろう抜き身の刀。
眼は深く暗く、そして緋に染まりかけた黒眼。
(こいつが……?)
蕾が確認したと同時に男は優の大剣に向けて刀を振り上げる。
その時、優は言いようのない、恐怖に襲われる。
(……普通に受けたらやばい!!)
「くそっ!!」
優は空いてる手を固める。
すると、その手に大気が集まる。
次の瞬間、男の刀が優の大剣に振り下ろされる、と同時に優は大剣の腹に固めた拳をぶつける。
刹那、大剣から男の側の空間に強力な風圧が発生する。
それにより、男は吹き飛びながら、しかし体勢を立て直して、すっと地面に着地する。
優もほぼ同時に着地した。
「優、大丈夫か!?」
戒は優に駆け寄る。
しかし、蕾は優を素通りし、突然攻撃を仕掛けてきた男と相対する。
「…蕾?」
戒が呼び掛けるが反応しない。
「……聞いてもよろしいですか?」
蕾は男に話しかける。
「……あまり関心しないな、敵と話そうとするなど…」
男は静かに答えた。
「どうしても聞きたい事があるので」
蕾がそう言うと男は溜め息を吐き、
「……まあ、いい、なんだ?」
「貴方が東西神憑協会の東北支部を潰した人ですか?」
「……そうだな」
「何が目的で?」
「…仕事だ」
「一人でやったんですか?」
「……三人だ」
「そうですか、では…」
そう言うと蕾の体から殺気が漏れ出す。
「東北支部支部長、武元鳴海を殺したのは貴方ですか?」
「………どうだかな、名前など聞かずに殺してるからな」
男は冷たい眼差しで答えた。
「……そう、ですか」
そう言うと、蕾の体が今居た場所から消える。
と、数秒と待たずに男の後ろで蕾が自分の突剣を振るう。
男は後ろを見もせず、長刀を背中に回し、それを防ぐ。
「……速いな」
「……後の二人の居場所はどこですか?」
「……それは流石に言えないな」
「……ならば、力ずくで聞きます!」
怒りに満ちた声で蕾は言い放つ。
男は鼻で笑った。
「……どうやら随分と大事な人間だった…」
「破ああぁぁぁぁ!!!!」
男が口を開いていたその時、戒が男の横から槍で突撃してくる。
その距離はもはや避ける範囲ではない。
男は蕾を力任せに突剣ごと吹き飛ばすと、戒の方に向き直す。
男は長刀の刃先を戒の槍の尖端に合わせ、戒の推進を無理矢理止める。
「な!?」
(……動かない?!)
「どけ戒!」
「え?」
戒が後ろを見ると、大剣を形状変化させた双剣を持つ優が突っ込んでくる。
直ぐ様戒はしゃがみながら側転する。
「おらぁっ!!」
優は男に双剣を縦に斬りつける。
男は長刀を水平にして、防ぐ。
衝撃など無いが如く、まったく動かずに。
「ぐ!……このぉ!!」
優はそのまま体を回転し、双剣を平行にして今度は横に斬りつける。
しかし、それも同じように防がれる。
「………軽いな」
男が冷笑を浮かべて言う。
「……っだとこらぁ!?」
その言葉を皮切りに優は烈火の如く双剣を振るう。
様々な方向から、時に片方のみ、時に左右同時に双剣男に向ける、が、それら全ても男の長刀によって阻まれる。
「……遅い」
男は長刀の柄を優に向け、腹部に思いきり叩き込む。
「がっ!!」
優は後方に吹き飛び、地面に転がる。
(……やれやれ、どこが厄介だ…)
男は少し下を向き、再び溜め息を吐いた。
その時、男は自分を覆う影に気付く。
上を見ると、頭上には小さな雷雲があった。
「……降雷」
雷雲から雷が落ちる。
男はすぐに長刀を上に投げる。
すると長刀が避雷針の役目を果たし、雷は長刀の所で止まる。
その間に男は雷雲の下から出た。
「……水龍刃」
その瞬間、男の右腕を水の刃が体から斬り離した。
斬った断面からは血が勢いよく噴き出す。
男の目の前には、自らの武器を振り抜いた戒がいた。
「……甘いな」
男は残った左の手で自分の首を指す。
「……飛ばすならここだ」
「…死んでもらっては困ります」
戒は強い眼光放ちながら言った。
「……そうです、あなたには生きてもらいます」
蕾が男の後方で立ち上がる。
「言ってください、他の二人の居場所を」
男はそれを聞くと三度溜め息を吐く。
「……負けてもないのに、か?」
「その状態で言える事ですか!?」
蕾は突剣で男の右腕を指す。
今だに出血は止まらずにいる。
「このままではどのみち貴方の負けです!」
「……やれやれ」
男は周りを見渡す。
男を見つめる戒、男に剣をつきつける蕾、木によりかかりながら男を睨みつける優。
「……仕方ない、死んで己を怨め」
そう言って、蕾を睨む。
その眼は緋く狂気に満ち、しかし、どこか哀しそうな眼をしていた。
「……解放」
続く
久々の&中途半端な投稿。
……色々ごめんなさい。
一応、次でこの話を終わりにし、まったりした話を挟む予定。
でも予定は未定……。