プロローグ
そこは紅い世界だった。
夕暮れの空、血に染まる大地、視界を覆う炎。
そんな地獄のような場所に一人の少年がいる。
「あぁ・・・・・・」
彼の口から漏れたのは嗚咽だけ、しかし目から溢れんばかりの涙が出てくる。
この場に他に人が居たならば、その理由に疑問すら持たなかっただろう。
大地にあるのは血だけではない。
視界に入るのは炎だけではない。
人と飛行機。
人は形を留めず、留めたとしても動きはしない。飛行機も役にはたたない鉄クズに成り下がっている。
飛行機事故、そんな言葉が思い浮かぶ。
彼はただ悲しいのだ。
炎は熱く焼け死ぬかもしれない。涙が止まらず干からびるかもしれない。
そんなことも頭の隅に思い浮かんだが一歩も動けなかった。
「・・・・・・ぁ」
どのくらい時間が経ったのだろう。
流す涙も涸れ疲れ果て辺りを見ると彼は疑問が浮かぶ。
なぜ?死体の数が足りない気がする。
なぜ?飛行機が細切れになっているのだろう。
なぜ?自分は傷ひとつないのだろう。
「・・・・どうして?」
疑問を持ったからか泣き疲れたためか思考と言葉が戻りかけたようだ。
そのとき背後で足音がした。
振り返るとスーツを着た青年が立っていた。
「・・・・・・っ」
また言葉がうまく出せなかった。
先ほどまで呆然としていたとはいえ自分の周りくらいは見ていたはずだ。なのにこの青年はまるで足音と供に現れたのだ。
青年をよく見てみると優しそうな顔立ちに柔和な笑みを浮かべている。だが、まったく安心感が抱けない。現れ方といい周囲の惨状を見て笑っていられることも信じられない。
なによりスーツに汚れひとつ付いていなかった。
事故に遭ったのか、ここまで来たかわからないが傷はおろか汚れすらも付けずにこの場に居るのだ。
彼でさえ無傷ではあっても血や埃にまみれているというのに。
得体の知れない不安が込み上げてくる。
それを打ち消すために
「あなたはいっ・・・」
「きみの疑問に答えましょうか?・・・呉羽紅葉くん」
質問をしようとしたら見透かされたように声をかけられた。それも自分の名をよばれるとは。
紅葉は驚きを隠しきれないまま再び質問する。
「あなたは一体何者なのですか?」
それを聞いて男は笑みを更に深くした。
そのとき紅葉の不安はなぜか恐怖へと変わり次の言葉を聞き逃しそうになった。
「わたしは黒川・・・黒川始。どうぞよろしく」