表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

見下していた悪女と平民のせいで落ちぶれる気分はどう?

掲載日:2026/04/17

 私は婚約者カジミール・モデルヌに恋をしていた。

 あとから振り返ってみれば、彼の人柄に惹かれたというよりは、恋に恋をしていたのだと思う。


 幼い頃。

 我がブロンデル伯爵家とモデルヌ侯爵家の間で私達の政略的な婚約が成立した。

 書籍を通じ、私が恋に興味を持った時、既に私には将来を共にする異性がいた。

 だからこそ、そんな彼を意識してしまうのも、恋に必要以上に夢を抱いてしまうのも仕方のない話だったのではないかと思う。


 ――恋なんて、思っているより美しいものじゃない。


 そう気付いたのは、カジミールが恋に落ちてからの事だった。




 成長した私達は王立学園へ通うようになる。

 そこでカジミールは恋に落ちた。

 ……私以外の女に。


 恋は盲目、とはよく言ったものである。

 彼は政治や侯爵家の立場から見ればあまり利益を感じられない男爵家の令嬢オフェリー・カスタニエの美しい容姿を前に、簡単に心を奪われた。


 オフェリーはといえば、きっと本気でカジミールを愛していたわけではない。

 ただ美しい容姿を利用して引き寄せた異性の中で、カジミールの家が最も大きな家だった。

 玉の輿を狙うにはもってこいの相手だった……きっと、その程度の理由。


 そんな彼女にまんまと乗せられたカジミールは、彼女と結託して私との婚約を解消する計画を企てた。

 ただ婚約を解消するのでは両親を説得するのが大変な上に、身勝手な理由で婚約者を捨てた男として、自分の立場が悪くなる。

 カジミールの立場が悪くなるのは本人としても、オフェリーとしても望む事ではない。


 そこで二人はある筋書きを作った。

 社交界では立場の弱いオフェリー。

 そんな彼女をカジミールの婚約者リリアーヌが執拗に虐める。

 その虐めは日に日にエスカレートしていき、やがてオフェリーは命の危険すら覚えるようになる。

 簡単に他者を害する婚約者に激怒したカジミールはモデルヌの名の為にも、そして大切なオフェリーの為にも私に婚約破棄を突き付ける……そんな筋書き。


 言葉にするだけならば、何て馬鹿馬鹿しいと思うだろう。

 けれど、二人は徹底的に私を陥れるため動いていた。

 それに私が気付いた時。

 既に私の悪評を信じる者は大半で、誰も私の言葉には聞く耳も持ってくれなかった。


 そして――


「リリアーヌ・ブロンデル! お前との婚約を破棄する!!」


 大勢の生徒――私を悪女と信じて疑わない生徒達の前で、カジミールはそう言い放った。

 傍に居るオフェリーが勝ち誇った笑みを浮かべている。


 彼は言った。

 お前は立場の弱いオフェリーを害する悪女だと。

 オフェリーの愛らしさに対する嫉妬に駆られ、彼女を危険に晒した……誰かを蹴落とす為ならば手段も厭わない恐ろしい女だと。


 私は必死に無実を訴えた。


 私はやっていない。

 全てが出鱈目だ。

 どうか信じて。


 そんな言葉達は……オフェリーの泣き崩れる声によって意図も容易く掻き消された。


 この日から、社交界にも学園にも、私の居場所はなくなった。



***



 侯爵家に嫁ぐ為に、両親の重い期待に応える為に……好きな人の隣で胸を張れるように。

 そうして幼い頃から積み重ねてきた努力はこんなにも呆気なく無に帰した。


 相当なショックは受けた。

 けれど涙は出なかった。

 感情を吐き出せるだけの居場所がないのだから仕方がなかった。




 すっかり孤立した私は、嘲笑や蔑む視線を浴びながら学園生活を送っていた。

 そんなある日の放課後の事だ。


 人目を避けるべく、誰よりも先に帰宅しようと廊下を速足で通る私を呼び止める声があった。


「リリアーヌ・ブロンデル!」


 驚きと共に足が止まる。

 嫌な予感がひしひしと膨れ上がっていた。

 今、私にわざわざ接触しようとする者で好意的な態度を取る者など、この学園にはない。

 そう思っていたのだ。


 とはいえ、この声を無視した事でまたよからぬ噂を立てられるのもごめんだ。

 私はしぶしぶ振り返った。

 そして、目を見張る。


 手を振り、速足で私に近づく人物……私の名を呼んだ人物は見覚えのある顔をしていた。

 ……というか、社交界で彼の顔にピンとこない者の方が珍しいだろう。

 金髪碧眼に、端正な顔立ちをした男子生徒。

 名はヴァレリアン。

 この学園の生徒会長であり――我が国の王太子だった。


「は、はい」


 彼に呼び止められるような事をした覚えはない。

 しかし覚えのない罪を言い広められている今、どんなとばっちりが来てもおかしくはない。

 私は身構えた。


「良かった。いつもすぐに帰ってしまうから、中々捕まえられなくて困っていたんだ」


 しかしそんな私をよそに、彼は笑顔で私にこう言った。


「君に頼みたい事がある」




「文化祭の手伝い……?」


 空き教室まで連れてこられた私は、殿下の口から出た言葉を反芻する。

 彼は頷いた。


「ああ。知っての通り、三ヶ月後に学園では文化祭が開かれる。その出し物の手伝いをしてやって欲しい」


 想定外の依頼に私は困惑する。

 そんな私を置いてけぼりにしながらヴァレリアン殿下は続けた。


「我が校の生徒は大半が貴族だが、商家の子や特待生制度で入学した平民などがいる事は知っているだろう」

「え、ええ」

「彼らは貴族である生徒のように家を継いだりできる訳ではない。卒業後は自ら食い扶持を探す必要がある。彼らにとって、自分の可能性を誇示したり、何かしらの実績を積んで置く経験は卒業後の未来に大きく影響する」

「平民である生徒にとって、文化祭というのは単なるイベントではなく、将来を見据えた、自らの価値を売り出す大きな好機である、と」

「そういう事だ」


 平民の生徒にとって、文化祭で爪痕を残す事がいかに重要な事であるか。それについては理解した。

 生徒会長であるヴァレリアン殿下が率先して動いているのは、学園が表向きは『平等』を謳っており、平民の生徒も他生徒と同様にイベントを楽しめるよう助力すべきという考えがあるからだろう。


 とはいえ、だ。

 それでも分からない事がある。


「文化祭での平民生徒の出し物……その評判が絡むというのであれば、私程不適切な人選はないでしょう」


 ――何故、わざわざ私を選んだのか。


 今の私は学園一不評な悪女。

 ただ人手を欲しいだけであるならば間違いなく私は避けるべきだろう。

 流石に、何か考えがあっての誘いだとは思うけれど……どう転んでも悪手にしかならないような気がした。


「勿論、君を選んだのには理由がある」


 ヴァレリアン殿下はそういうと片目を閉じながら得意げに言った。


「――炎上商法だ」


 何だかとても何かが燃えていそうなネーミングだ。

 聞き覚えのないその言葉を不思議に思いながらも、何となく褒められた言葉ではないのではという事を私は悟っていた。




 どうやら『炎上商法』というのは、要は敢えて大勢から嫌われたり批判が集まるような方法で興味引き、客の数を増やすという手法の事であるらしい。

 名付け親はヴァレリアン殿下ご本人だとか。


 評価を得ようにも、客足が少なければ得られる評価も何もない。

 この学園で、平民である生徒達の立場は非常に弱い。

 常に見下され、いないものとして扱われる事すらままある。


 そんな彼らが文化祭で注目されるには一工夫がが必要。

 そしてその一工夫こそ――私という特大の爆弾を平民生徒の出し物に交ぜるというものであった。


「いや、それでは客足は増えるかもしれませんが、評判は最悪でしょう」

「何、こういうのはファーストタッチさえ乗り越えればどうとでもなるものだ。特に……今回のようなケースならばまず問題はない」


 ヴァレリアン殿下は既にある程度成功の目途が立っている、と自信満々に告げた。


「今回、平民の生徒が用意するのは舞台発表――まあつまり歌劇だ。昨今の観劇ブームや芸術への注目度は無視できない。流行に乗ればそれだけである程度関心を惹けるし、何より今年の生徒にはそちら側の才を持つ生徒が多い。上手くいけば卒業後にそちらの道で食べていく選択肢だって出来る」

「歌劇……炎上商法……まさかとは思いますが、私にその舞台に立てと?」

「勿論その通りだ」

「すみません、早急に帰宅しなければならない理由を思い出しました」

「待て待て待て。せめて話くらい聞いてくれ」

「人の悪評を利用し、傷口に塩を塗るような提案に気分よく耳を傾けられるとでも」


 じとりと私が睨めば、殿下は困ったように両手を軽く上げた。


「勿論、いい気はしないだろう。だからこそ赤裸々に語っている訳だ。それに君にだって利益はある」

「利益?」

「君が気に掛けている自分自身の悪評。君が悪女だというあれだが」


 彼の澄んだ青い瞳が細められ……不敵な笑みが湛えられる。


「――虚偽だろう?」

「……な」


 言葉を失う。

 これまで誰も……私自身の口から繰り返し主張したその真実すら、信じてはくれなかった。

 だというのに目の前の彼は、私が何も話さない内からその真実に辿り着き……そして、確信していたのだ。


 私は返事すら出来なかった。

 けれどその反応や顔色から、ヴァレリアン殿下は自身の憶測が正しかったと確信したのだろう。

 満足そうに頷いた。


「君、文学史の授業を受けているだろう。であるならば『沈む都とジュヌヴィエーヴ』は知っているか?」

「は、はい」


 突然の問いに私は目を白黒とさせる。

 殿下が挙げたのは非常に有名な文学作品で、我が国で流行っている歌劇の中でも非常に人気な演目の一つだ。

 それ故にいくつかの場面を講義で暗記させられている。


「最後の章は覚えているか?」

「暗記しています」

「勤勉だな」

「試験範囲でしたから」

「なら話は早い。少し付き合ってくれ」


 ヴァレリアン殿下はそう言うと、凭れ掛かっていた壁から離れ、私の正面に立つ。


「俺はオーギュスタンを演じる。君はジュヌヴィエーヴを演じてくれ」

「え……っ」

「何。ちょっとしたオーディションだとでも思ってくれればいい。ああ、勿論手は抜かないように」

「お、おまちくださ――」

「『ああ、ジュヌヴィエーヴ。何故君はこのような愚かな事を』」


 私の制止を待たずして、ヴァレリアン殿下は『沈む都とジュヌヴィエーヴ』の最終章のある台詞を口にする。


 『沈む都とジュヌヴィエーヴ』は悲劇だ。

 神に魅入られ、特別な力を授かったジュヌヴィエーヴは富も名声も手に入れたが、恋人オーギュスタンの心だけは手に入らなかった。

 ジュヌヴィエーヴの力の為に彼女の恋人のふりをしていたオーギュスタンは他の女性を愛していたのだ。


 嫉妬し、怒り、それでも恋に狂わされたジュヌヴィエーヴはオーギュスタンを自分のもとに繋ぎ留めようとする。

 しかしそれを煩わしく思ったオーギュスタンはジュヌヴィエーヴを突き放した挙句『魔女』であると言いがかりをつける。

 嫉妬に狂っていた彼女を見た人々はオーギュスタンの言葉を信じ、彼女を業火で焼き払おうと動き始める。


 最終章はオーギュスタンに最後まで裏切られ続けたジュヌヴィエーヴが怒りと悲しみに暮れ、そんな彼女を憐れんだ神が手を差し伸べる。

 ジュヌヴィエーヴは神にこう望んだ。

 ――『この都を、私ごと海の底へ沈めてください』。


 ヴァレリアン殿下が口にした台詞は、そんな最終章の、海に沈み始めた都でジュヌヴィエーヴとオーギュスタンが対峙するシーンである。


 自らの過ちを受け入れず、ジュヌヴィエーヴを責めるオーギュスタンの醜い姿を目の当たりにしたジュヌヴィエーヴは彼と口論をするうちに感情を剥き出しにしていく。


「愛している人が離れていく痛みが分かる? 人から裏切られる痛みが分かる? そのどちらもを一度に受けた私の痛みが、貴方には分かる? オーギュスタン」


 声が震える。

 これは芝居とか、そんな大層なものではなかった。


「どちらか一つならばきっと耐えられた。けれど、他の誰でもない貴方が、私を陥れた。その事実が、何より耐え難かった」


 カジミールと過ごした日々が、彼に恋をしていた時が過る。

 私に一切心を寄せないカジミールと、そんな事にも気付けない、世間知らずで愚かな私。

 そして――私を裏切った彼。


「ただ、傍に居てくれればよかった。それだけで私は幸せだったのに」


 涙が溢れた。嗚咽が零れた。

 私は崩れ落ちたまま顔を両手で覆って泣きじゃくる。



「どうしてよりによって貴方だったの……っ」


(ああ、そっか)


 ジュヌヴィエーヴと自分を重ね、悲しみに駆られながら、私は思う。


(私、きちんと悲しかったのね)


 悲しくて、悔しくて、腹立たしくて。

 激情となるだけの心の種は確かに私の胸の奥で燻ぶっていた。

 今までそれが表に出ず、私すら気付けなかったのは……私に居場所がなかったから。

 私がこうして悲しむ事を許してくれる存在がいなかったからだ。


 本当ならばこの後もオーギュスタンの台詞が続く。

 しかしヴァレリアン殿下は芝居を続けはしなかった。


「今の君の嘆きに耳を傾けてくれる者はいないだろう。君は涙を流すだけで、無罪を主張するだけで反感を買う。だが」


 代わりに彼は台詞にはない言葉を口にする。


「歌劇には脚本がある。話すべき言葉は定められている。そしてそれを決めるのは、演者ではない誰か」


 顔を覆ったすぐ先で落ち着いた声が聞こえる。


 「舞台の上でなら、君は何を言ったって、何をしたって罪にはならない。もし現実と同様に君に後ろ指を指す連中がいるならば、その時は俺が相手を笑ってやろう。だから」


 顔を上げる。

 開いた視界の先で、ヴァレリアン殿下は優しい笑みと共に手を差し伸べていた。


「舞台に立ってくれ、リリアーヌ・ブロンデル。立場の弱い生徒の為――そして君自身を救う為」

「私自身を、救う……?」


 ヴァレリアン殿下は深く頷いた。


「逃げ道を用意し、フィクションだと主張しても尚『本物かもしれない』と思わせる事が出来たならば……君の立場は一変する。そしてそのチャンスを掴むのは君自身だ」


 彼の力強い言葉と真っ直ぐに私を映す眼差しは、恋や噂に流されてきた周りの人達とは全く違っていて。

 私は彼の手を取ったのだった。



***



 それからの三ヶ月。

 私は平民の生徒達と共に文化祭の出し物である演劇の準備をした。


 服飾、建築、絵画、文学……ありとあらゆる専門に強い者が揃っていた事もあり、それぞれの強みを存分に活かした作業が進んでいく。


 私にとって救いだったのは……同じチームの彼らが誰一人として私の悪評を真に受けていなかった事。

 私をただのチームメイトとして迎え入れてくれた事だ。


「それにしても、信じられませんよ。何故リリアーヌ様がこんな目に」


 脚本担当である男子生徒ファブリスがペンを走らせながら不満を零した。


「仕方がないわ。貴方達のような人達が珍しいのよ。そもそも何故信じてくれるのか、疑問でしかないもの」

「そんなの決まってるじゃありませんか」


 丸眼鏡の奥、大きな瞳が瞬かれた。


「あの騒ぎ以前から、リリアーヌ様は僕達平民とも分け隔てなく接してくれた。誰よりも誠実に接してくれた貴女を僕達は見て来ていましたから」


 私は確かに、身分の差で態度を変えたりはしなかった。

 大半の生徒が自然と蔑む平民の生徒達。

 彼らと普通に接していたのは、学園の方針に敢えて逆らうだけの理由がなかっただけ。

 慈悲深いからでも何でもないのだ。


「ただ、普通に接しただけよ」

「それで充分ですよ。貴女は自分の目で見て、自分の考えを信じて普通に接してくれた。だから僕達も、同じように自分の目を信じる事にしただけです」

「……ファブリス」

「殿下だって同じか、それ以上にきっと、リリアーヌ様の事を見ていますよ」

「ヴァレリアン殿下が?」

「はい。だって」


 ファブリスは頷きを返す。

 彼は何かを思い出すようにくすくすと笑っていた。


「脚本の内容に悩んでいた時にリリアーヌ様を呼ぼうと言ったのも、脚本にこの話(・・・)を提案したのも……ヴァレリアン殿下なんですから」


 初耳だった。

 彼とはあれ以降も文化祭の準備で何度も顔を合わせているけれど、そんな雰囲気は一度だって出した事がなかった。

 生徒会長としての動機を語り、好機は自分で掴めと言っていた彼が、私の事を考えて裏で動いていくれていた。

 その事実を知った私の胸が、速まった。



***



 文化祭当日。

 私は同じチームの生徒達と舞台発表の場である大広間へと向かう。

 その時だった。


「ちょっと、ねぇ、見て」

「ああ。あれが伯爵令嬢か。聞いてあきれる」


 すれ違い様聞こえた声に振り返る。

 そこには醜い笑みを貼り付けたオフェリーとカジミールがいた。


「平民の中に紛れる事しか出来なくなったとは。笑えるな」


 そう言葉を吐き捨てるカジミール。

 それを聞いたファブリスが何かを言い返そうとしたのを私は無言で止めた。


「いいのよ」

「ですが」

「言わせておきなさい。どうせ――数時間後には、何も言えなくなっているわ」


 私はファブリスや周りの生徒を諭す。

 そしてその場を去ろうと歩き出したのだけれど。


「やあ、皆」


 そこへヴァレリアン殿下が現れる。


「準備の方はどうだい?」

「順調です」

「というか、当日なんですからそうでなければ大問題でしょう」

「はは、確かにそうだ」


 私のツッコミに笑ったヴァレリアン殿下は、それから私の隣に並び、カジミールとオフェリーへ視線を送る。


「君達は平民に紛れる王太子の事も笑ってくれるのか?」

「な……っ!」


 意地悪く笑うヴァレリアン殿下に対し、言葉を失うカジミールとオフェリー。

 同じチームの誰かがプッと笑い、私もつられて笑ってしまう。

 少しだけ、気分が良いと思った。




「緊張してる?」


 舞台袖。

 炎上商法とやらのお陰か、観客席は満席。立見席が作られる程に大広間には人が集まっていた。

 ここまでくると、一周回って人気者なのかもしれない。

 そんな適当な事を考えていた私へ、ヴァレリアン殿下が声を掛けて来る。


「いいえ? やるべきことは同じですし、チームメイトの優秀さはこの三ヶ月で理解しました。私一人の失敗に左右されるようなものではありません」

「そうか。安心したよ」

「それにしても……」


 振り返れば、彼もまた衣装に身を包んでいた。


「……まさか、殿下まで出演するとは」

「いいだろう。俺だって芝居がしたいんだ。混ぜてくれよ」

「本当に、一体どこでお芝居なんて身に付けたんだか」


 ヴァレリアン殿下は演者として協力してくれただけではなく、芝居の指導まで買って出てくれたのだ。

 そして悔しいことに、彼の指摘はどれも的確だった。

 私や、他の演者の芝居の質が上がったのは、間違いなく彼のお陰だ。


「王太子たるもの、何でもできた方がいいものさ」

「舞台向けの芝居なんて、普通王族貴族は使わないでしょうに」


 緊張感が抜けるような会話をしていると、開演の合図が出る。

 私達は会話を切り上げる。


 私の登場は冒頭から。

 深呼吸を一つする。


 それから一歩前へ踏み出した時。


「後悔させてやれ。君という女を敵に回した奴らを」


 そっと背中を押された。

 お陰で胸が張れる。

 私は堂々と前へ進み出るのだった。




 この脚本は、私の人生の一部――学園での裏切りやそれによって立場を失った事……その真相を語るものだった。

 登場人物の名前を変えただけ。

 そして結末を付け足しただけで……それ以外はそっくりそのまま私が経験した事。


 だからこそ生々しい現実味があるし、多くにとっては一部くらいは心当たりがあるシーンが存在する。


 だが、ここで私を批判したり嘘つきと叫ぶ者はいない。

 何故なら――私は与えられた脚本に沿って演じているだけ。そして登場人物も名前は異なる。

 ただの偶然であり、思い違いである可能性がぬぐえない以上、下手に言及をすれば寧ろ当時の自分達の悪事を突かれる可能性だってあった。


 だからこそ私は何にもとらわれず叫べた。

 私は無実だった。裏切られただけだった。


 そして問い掛ける。

 真の悪人は、一体誰だったのかと。




 クライマックス。

 婚約破棄を突き付けられた私は動じることなく相手を見据えた。


「私が本当に傷害や殺人未遂の罪を負っているというのならば、そう断言するに値する証拠を提示していただいて構いません。しかしどうか考えてください。これだけ大勢の目がある学園で、何故私が捕らえられていないのか。そしてこれから先、どれだけ経っても捕まる事はない私を見て、どうかもう一度考えて欲しい」


 私は敵役の男女から目を逸らし、客席へ向く。


「本当の悪が、一体誰であったのかを!」


 偶然、視線を投げた先にはカジミールとオフェリーがいた。

 私を笑いに来たのだろう二人は、他の観客からの視線を一度に受けていた。


「なるほど……確かに言われてみればそうだ」


 脇役の生徒役が呟く。

 更に同調するようにして別の者が口を開いた。


「そもそも、彼らが距離を縮め、誰が見ても友人以上の接触をしていたのは悪評が流れるよりも前の話。時系列が違う」


 そう言ったのはヴァレリアン殿下だった。

 何故王太子ともあろう方がただの名もなき脇役なのか。

 それは彼が嬉々として脇役を選んだからである。

 普段注目されてばかりだからたまにはこういう立場に回ってみたかったのかもしれない。


 とにかく、実際の立場と役の立場の乖離がおかしくて、私は思わず笑ってしまいそうになった。


「それに、二人の関係に婚約者である彼女が嫉妬するのは当然の話だし、愛し合った二人が互いに結ばれる事を望んでいたのだとすれば……彼女に罪を着せようとした理由も明白ということか」

「ま、まさか」

「きっと、この婚約破棄に正当性を持たせる為だったのでしょう。私がここで彼らに反論しなければ、二人はきっと未来で――喜んで婚約を交わしているはず」


 カジミールとオフェリーは婚約破棄の騒動後、即座に婚約を交わしていた。

 この台詞も全て、二人の悪事を仄めかす為のものだった。


 当時は恐怖と不安、悲しみに負けて立ち向かえなかった私。

 本来しなければならなかった事、そしてしたかった事……自分の口で自分の無実を証明する事。


 当時の情景を思い浮かべながら、私は懸命に伝える。

 芝居としてではない。

 あの日の当事者として。


「自分の目で見たものを信じなければならない。そうしなければ、人は簡単に誰かの過ちに引きずられるのです。どうか、目を覚ましてください!」


 ふざけるなという声が飛んだ。

 しかしそんな否定の声はたったの二つだけ。

 それらは周囲から冷ややかな視線が飛び交う地獄のような空間の中、静かに消えていくのだった。




 その後私は多くの友人に恵まれ、また、恋に恋をするのではなく、本当の愛を知り……自分を見てくれる異性と結ばれて幸せになる。

 そんな幕引きの中、大広間に降る拍手は想像以上に大きかった。


 私達の演劇は、大成功を収めたのだった。



***



「早速、彼らは孤立しているらしいな」


 舞台発表後。

 演劇の成功を祝う打ち上げが空き教室で行われる。

 それぞれが思い思いに語り合う空間を壁に寄り掛かりながら眺めていると、私の隣にヴァレリアン殿下が並んだ。


「そうですか」

「なんだ。もう少し興味を示すものだと思ったが」

「散々見下してきた私と、平民の彼らの力で悪事を暴かれた事……立場を失った事については、せいせいするなと思っていますよ。ただ」


 目の前ではしゃいでいる同級生達の笑顔が眩しくて、私は目を細める。


「彼らの今後については正直もう、どうでもいいですね。それよりも、この先の楽しみを考える方がずっと有意義だと思いました」

「……そうか」

「そう思わせてくれたのは、チームの皆とヴァレリアン殿下のお陰ですけれど。なんだかんだ言っても、面倒見が良いですよね、殿下は」


 私はくすくすと笑う。

 しかしヴァレリアン殿下は意外そうに目を見開いたのち、呆れたように肩を竦めた。


「君は勘違いをしているな」

「え?」

「俺は、誰にでも世話を焼くわけではない。君だから、助けたいと思ったんだ」


 驚いて言葉も出せないでいる中、殿下は続ける。


「君を社交界で何度か見た事がある。いつだって君は立場に左右されない、軸を持っていた。それに、君自身は否定するかもしれないが、思いやりの心だって。貴族でありながらほんの少しも驕らず、そうしていられる者が、ましてや俺達の年齢でどれだけいる事か」


 心臓の動きが激しくなる。

 じわじわと顔に熱が帯びるのを感じていた。


「君は気付いていないだろうが、私はずっと昔から君に惹かれているんだ」

「……へ」

「その反応も仕方がない話ではあるけれど。まあ、そういう事だから」


 ヴァレリアン殿下はそう言いながら私の髪を掬いあげるとそこに口づけを落とす。


「君の悪評が消え、彼らは落ちぶれて社交界から姿を消していくだろう。敵がいなくなり一件落着した今、もう君に気遣う必要もないだろう」


 彼は私の髪から優しく手を離す。

 そして目元を和らげ、耳の縁を少しだけ赤くしたまま笑んだ。


「ここから先は好きにさせてもらおう。……君が俺を意識してくれるようにね」

「な、なぜ」

「理由ときっかけなら先程言っただろう? まあ、それだけでもないが」


 どうして私なのか。

 困惑していると、ヴァレリアン殿下の口が耳元まで迫る。


「本当に昔から、君に焦がれていたんだ。ずっとずっと前――生まれる前からね」


 いつもより低い彼の声が鼓膜を揺らす。

 心臓が限界まで跳ねる中、彼は私から離れつつ悪戯っぽく微笑んだ。


「ま、初期の方は推し(・・)って奴だな。今は、また違う好意だが」

「お、おし……?」


 また訳の分からない造語をヴァレリアン殿下が言う。

 ただでさえ情報過多な頭にこれ以上の情報を詰め込まないで欲しい。

 ぐるぐると目を回す中、ヴァレリアン殿下は口元で人差し指を立てて微笑んだ。


「まだ秘密にしておこう。いつか……君の心が俺に向いた時に話すさ」


 眩しそうに細められた青い瞳は、私だけを映していて。

 その眼差しが優しくも熱いせいで、彼が告げた想いに偽りはない事を嫌という程白閉められる。


(ああ、もう。早く落ち着いて、私の心臓)


 バクバクと煩い鼓動に嫌気がさす。

 このままでは死んでしまう、そう思いながらも、私はこの空気が嫌いに離れないのだった。




 謎多き王太子、ヴァレリアン殿下。

 彼が私の友となり、そして生涯を添い遂げる相手――つまるところ彼の言う恋仲になるまで。


 ……彼が私の倍の人生を歩んでいる事を知るまで。


 あと――半年。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ