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マイ・スイート・メモリー

作者: 月ちゃん
掲載日:2026/01/05

「マイ・スイート・メモリー」  作:月ちゃん


 2XXX年。「TVR」の成熟は、高所得者のみならず、中流以下の人々までもそのサービスに取り込み、誰もが人生の多くの時間を電脳空間の中ですごす日常をもたらせた。TVRとは、全ての脳細胞一つ一つにナノマシンを結合し、個々にコントロールすることを可能とするテクノロジーである。視覚、聴覚のみならず、五感のすべてを高品位かつリアルタイムにコントロールできるこの技術によって、それまでの所謂仮想現実(VR)とは全く次元の異なる真仮想空間(TVR)の実現が可能となったのだ。それは、バイオテクノロジーとナノテクノロジー、そして量子コンピュータの超高速処理が生んだ賜物である。


 TVRの中では、あらゆる欲望を手に入れることができた。倒錯的性プレイ、ドラッグ、暴力、そして殺人さえも。それがどんなに歪んだ欲望であろうと、どんなに危険な犯罪的行為であろうと、契約さえ守られればTVRの中ではすべてが合法だった。倒錯的性プレイのカテゴリーでは、SMプレイなどは言うに及ばず、ペドフェリアやネクロフェリアさえも含むありとあらゆる異常性愛の世界を合法的に愉しむことができた。それら実社会で犯罪とされている行為までもが合法化されたのは、ある社会実験の成果に依るところが大きい。TVRでそれを体験させ、欲望を満たさせることにより、現実世界での犯罪を大きく減へらすことができることが実証されたのである。これによって、多くの人間が実際の犯罪に手を染めることなく、二重生活を楽しむようになった。現実世界で正義を行使する警察官が、TVRでは幼児ポルノを楽しんでいるのだ。「悪いことをしたくなったらTVRへダイブ!」それが人々の合言葉となった。これによって、現実社会リアルはより健全に、そしてより安全になったかに見えた……。



 かつての、俺は「ファイター」だった。裏ワールドの一つである「マッド・ドッグス」が俺のリングだ。TVR内で金儲けの興行を打つこと自体は違法ではないが、CGS(セントラル・ゴッド・システム:星の数ほどあるワールドの総元締めだ)は、個々のシンクロナイザーをリアルタイムに監視し、肉体の脳にダメージが残るようなレベルの負荷を規制していた。だが、ファイト系ワールドが乱立する現在、相手に大した苦痛も与えないようなぬるいファイトをしていては客は集められなかった。だから、俺が出ていたような違法な興行が闇で行われていたのだ。バレればワールドそのものがCGSから消されかねなかったが、それよりも俺自身が一番ヤバいことになるのはよくわかっていた。最低でも5年は食らうだろう。その辺はCGSは容赦なかった。だが、それがどんなにヤバい仕事だとしても、一晩で半年分の稼ぎが得られるファイトの魅力には代えられなかった。


 ファイトそのものはリアルのストリート・ファイトと大差ない。昔も今も、客が望むのは血しぶきが飛び散る生々しい暴力だ。ルールは簡単。どちらかがギブアップするか気絶すれば終わり。あとは何でもありだった。「マッド・ドッグス」では、最初から合法のファイト系ワールドに比べ、各技(といってもほとんどがぶん殴るだけのものだったが)に平均±5%増しの過負荷が掛けられていた。ある程度のランダム性を持たせて試合にギャンブル性を持たせるためだ。CGSが決めた「±5%の原則」に則っていれば、それだけでは違法とは見なされない。だが、そこへもってきてさらに10%も負荷を乗せられたら、運が悪けりゃあ一発食らっただけで明日の朝までおねんねできるレベルになった。前回の相手は、開始早々さっそく過負荷を乗せてくる危険な技をしかけてきやがった。しかも15%増しだ。おいおい聞いてないぞ。本気で殺す気か?だが、その違法技を仕掛けたことがわかるのは、仕掛けた当事者と、仕掛けられた当事者(つまり俺)だけだった。「マッド・ドッグス」ではそれがお約束だ。万一バレても出資者パトロンや興行主に責任がいかないようにするためだった。違法技をかけるにはそれなりの大金を興行主に支払う必要があった。バックに出資者がいなければできないことだ。俺にはそんな出資者はいなかったから、いつも「±5%の原則」で戦った。酷い試合だったが、まあともかく俺は勝って、何よりこうして生き残った。だが、勝ったはいいが、結局この試合の後遺症が原因でファイトを引退する羽目になったのだった。


 俺は孤独だった。家族もいなければ、昔愛した女も今はもういなかった。かつてはファイトが孤独を癒してくれた。熱く滾るようなあの高揚感さえあれば何もいらなかった。それを失った今、俺は孤独という病に蝕まれていた。体調は最悪だった。時折起こる頭の中をかき回されるような頭痛に加え、ダブル・ビジョンと幻覚もあった。サングラスが欠かせなくなっていた。触覚と味覚に影響が及んでいないのが救いだった。俺は、決まった時間になると毎日その店で安酒をあおるようになっていた。勿論、TVRの中のの店でだ。リアル世界の本物の酒など、今の俺に手が届くわけもない。ファイトマネーは借金の返済で大半を使い果たしてしまい、目下の最大の問題はこんな身体でどうやってこれからの食いぶちを稼ぐかだったが、当てがあるわけもなかった。


 俺はバーチャル(幻想)のアルコールで蕩けた頭で、店のディスプレイに写されるその古い動画をぼんやりと見ていた。画面には、白髪の学者風の老人と、派手なネクタイを締めた妙に高飛車な男性MCが対談していた。


 MCが学者に詰め寄る様に言った。


 「早速ですが……博士はTVR内の疑似人格、所謂AIにも人権を与えるべきだと、そう唱えているとお聞きしましたが、これは間違いないですか?」


 「その通りです。彼らはもはや人間そのものです。人間と同じように「心」があり、意思や感情も……」


 「ちょっとまってください。彼らには本当に、その、所謂「心」があるとお考えになっているのですか?その根拠は?」


 「そう考えざるを得ないでしょう。現代にあっても、我々は未だ「心」の本質が何なのかを科学の言葉で説明することができない。所謂「ハードプロブレム」です。「心」が科学の言葉では記述できないものである以上、その有無を証明することは本質的に不可能なのです。しかし、我々が検証した疑似人格はどれも人間そのものでした。実際、彼らと肉体を持つ人間を区別することは不可能だったのです。そのことこそが、彼らに「心」すなわち意思や感情があることの証明に他ならないと私は考えています」


 「ふむ……納得できませんね。百歩譲って、彼らにも「心」があるとしましょう。だからって、本当に彼らに人権を与える必要があるでしょうか?博士は将来的に彼らには選挙権さえも与えるべきだとお考えだと聞きましたが……」


 「意識を持ち独自に思考する一個の存在を人格と定義するなら、彼らはまさに一つの人格です。彼らが望むのであれば、われわれと同様、人権は与えられてしかるべきでしょう」


 「何とばかばかしい! 第一、彼らは生き物ですらない。痛みも感じないし、死にもしない。ただのプログラムだ!」


 「彼らが痛みを感じないという証拠はない。さらに、あと30年もすれば肉体を持った我々の世界でも不死化医療が確立されることでしょう。そうなれば、人間と疑似人格の違いは益々小さくなる。違いは現実空間に住んでいるか仮想空間に住んでいるかだけだ」


 「無茶苦茶な発想ですな。彼らに選挙権など与えたら、大変なことになりますよ。人間の世界は彼らに乗っ取られるかもしれない。そうならないと断言できるんですか?」


 「もし彼らに人権が与えられなければ……その時は、恐らく、もっと恐ろしいことが起きるでしょう」


 「ほう。その、もっと恐ろしいこととは?何ですか?」


 「それは……まだ今は言うべき時ではないと、私は考えています」


 「今は言えないって、なぜです?折角こういう場を与えられたのだから、科学者としてちゃんとおっしゃってください!」


 (少しの間)


 「……わかりました。これがその答えです」


 ここで画面が暗転し、文字が映し出された。

 

 「ワインバーグ博士が拳銃で自らの頭を打ちぬいたのはこの直後のことであった。後に人類はこの事件を<疑似人格による第一の警告>と呼ぶようになった」


 俺の頭に当時の記憶が蘇った。確かこの事件、この学者が気が狂っていたってことで片づけられたんじゃなかったっけ?<疑似人格による第一の警告>って言ったのは、一部の陰謀論者みたいな奴らである。奴らに言わせれば「疑似人格(AI)は人間の身体を乗っ取ってリアルで自殺して見せたることで自分たちの力を誇示したのだ。そしてこれが彼らが人権を主張した最初の事件だった」というわけだ。俺は一人苦笑した。だとすれば、これは警告と言うより脅迫だな。だが、いずれにせよ、事件から9年経った現在も疑似人格には人権は与えられていない。そして、疑似人格に「心」があるかどうかという議論は棚上げにされていた。



 私の名は愛子。ちょっと古風な名前だけど、自分では結構気に入っている。ここ、ワンショット・バー「紫蘭」の雇われバーテンダーだ。私の横でグラスを磨いているのは亜里沙ちゃん。歳は19才。ピチピチの女子大生である。え、私の歳?まあそれはいいとして、この店は、基本、この二人の美人で切り盛りしていた。おっと、もう一人、忘れてはいけない厨房担当のお兄さん、朝倉譲二(私達はジョージって呼んでる)がいた。彼の作るまかないは絶品だ。店内はさほど広くない。カウンターに8人、テーブル席が4つ。つまり20人も入れば満席になるこじんまりした店だった。


 開店時間から1時間ほど経ってぼちぼちお客が集まって来る頃、ちっこくて可愛いらしい鈴音ちゃんが入ってきた。高校生のアルバイトだったが、140cmもない低身長と華奢な身体つきのせいで小学生のように見えた。彼女の仕事は厨房でジョージの手伝いをすることだった。店長は開店から2時間ほどしてからやっとご出勤だ。名前は柿田昌夫(こちらも下の名前でマサオと呼ばれていた)。でっぷりと張り出した中年太りのお腹はいただけないが、黒縁のロイド眼鏡に蝶ネクタイと吊りズボンは中々おしゃれだった。怒らず威張らず、何より細かいことを言わないところが彼の良いところだった。今日も従業員一人一人と笑顔で挨拶をかわしてから、常連のお客さんたちの御機嫌うかがいに回り始めた。そう言うところは妙にマメなのだ。


 ところで、私には、最近ちょっと気になっていることがあった。それは、1ヶ月ほど前から来るようになったあるお客さんのことだった。若そうに見えたが、薄暗い店の中でさえサングラスを外そうとしなかったから、実際はどうなのかはわからない。毎日決まって21:00頃になるとドアを開け、カウンターの隅でオンザロックを注文した。彼は誰とも話をしなかった。ただ黙々と酒を飲み、ディスプレイを眺めていた。なぜか私の直感が、「こいつ、ヤベー奴だ」と告げていた。彼には近づいてはいけなかったのだ。だが、ここで私のいつもの悪い癖が出てしまう。怖いもの見たさ……。そう、私は人一倍好奇心が強かったのだ。これまでこれで何度も嫌な目にあってきたのに、やっぱり今回もその誘惑に負けてしまった。


 「……お客さん、最近よくいらっしゃいますよね」


 そう声をかけてしまってから、私は心の中で舌打ちした。(ちッ……またやっちまった)


 男はサングラス越しにこちらを見ると言った。「へえ、覚えていてくれたんだね」


 男は名前を神崎直哉と名乗った。今は独身で安アパートに一人暮らし(今はと言うところが気になったが詮索はしなかった)。仕事はフリーのライターだと言った(が、これはどーも嘘っぽかった)。シーザーという名の雄猫を1匹飼っていた。



 俺は、カウンター越しに声をかけてきたその女性を見た。目鼻立ちがはっきりとした性格の良さそうな娘だった。歳は30ちょっと手前ってところだろうか。艶やかな黒髪を後ろで縛り、白く清潔なブラウスに蝶ネクタイを着けていた。豊かな胸が小山のようにブラウスを押し上げ、そこに自然に眼が行ってしまうのを我慢するのには努力が必要だった。俺には、その子が「ドール」だとすぐわかった。眉間に小さな青いスポットがあったからだ。「ドール」とは「愛玩用疑似人格」の隠語だ。TVRでは、「ドール」を含め疑似人格(AI)にはすべてこのスポットが表示される。だが、彼女(彼)たち自身にはそれが見えないらしい。つまり、疑似人格(AI)には、眼の前の人格が疑似人格(AI)なのか、リアル世界に肉体を持つ本物の人間なのかを区別することができないようになっているのだ。俺は、少し意地の悪い気分になり、彼女をからかってみたくなった。



 神崎は話をすればするほどよくわからなくなる男だった。彼が言うには、この世界の外にも別の世界があるらしい。そして、彼はその外の世界から「アバター」を通じてこの世界に接続していて、「肉体」と呼ばれるもう一つの身体が外の世界にあるのだと言う。私は思った。一人の人間が二つの身体を同時に持つなんてありえない。しかもその「肉体」の方が「死」んでしまうと「アバター」も消えてしまうのだという。正直に言うと、私にはその「死」ってものさえよくわからなかった。神崎が言うには、外の世界の「肉体」は女性の身体だけから産まれ、年齢を重ねながら成長し、やがて年老いて死んでいくものらしい。彼はこんなことも言った。この世界にだけ棲む私たちに「心」があることを証明した人は未だに誰もいないのだと。私は彼の言うことがまるで理解できなかった。私たちだって感じ、悲しみ、喜び、そして考えることができる。なのに「心」がないってどういうことなんだろう……。私は、何だか神崎に馬鹿にされているような気がし始めた。結論として、(この男の言うことはすべて彼のイカレタ頭が創り出した妄想だ)と、私はそう思うことにした。やっぱり話しかけるべきではなかったのだ。だが、その男のどことなく寂しそうな顔を見る度、私は声をかけずにはいられなかった。



 「ドール」の眉間のスポットは、ある時間が来ると青から赤に変わる。それは彼女(彼)たちの人格データが記憶を含め丸ごと切り替わったことを意味した。CGSはリソース節約のために、1つのアセットを時間で切り分けて使い回しているのだ。ただし、現在、記憶の保持に関しては、青スポットと赤スポットでは扱いが異なっていた。青スポットの記憶については、前回の記憶が赤から青に戻るときに回復されたが、赤でいる間(つまり本当の意味で「ドール」でいる間の彼女たち)の記憶は青に戻るときに完全に消去された。この仕様変更は、6年前に行われ、記憶が残ることによるストレスが誤動作を発生させることを防ぐためだと言われている。いずれにせよ、TVRにはリアル世界のバーのような、楽しく酒を呑んで談笑するだけの場所など稀有だった。客たちは皆、「悪い遊び」を求めてこのVTRやってくる。ここ「紫蘭」もまた、そんな客たちの欲求を満足させるための時間がちゃんと用意されていた。



 それは、昨日の夜の話だ。


 店にいる「ドール」の眉間のスポットが赤に変わり、今日もまたオークションの時間が始まった。店内が暗転し、カウンターのあった位置がステージになった。ステージの上に3人の「ドール」が立っていた。ステージの右脇から店長がアナウンスを始めた。彼の眉間のスポットもまた赤に変わっていた。


 「さて皆さん。本日もお待ちかねのドール・オークションの時間がやってまいりました。本日用意しました女のは御覧の3人。まずはその素晴らしい身体を存分に見ていただきましょう」


 店長がそう言うと、「ドール」たちは着ている服を脱ぎ、一糸纏わぬ裸体を観客に晒した。


 「右から順番にご紹介しましょう。まずは愛子嬢。どうですこの豊満な肉体。スリーサイズは92、67、98です。このハードSM用の「ドール」はお客様のどんな要望にも応じます。おまけに感度は生身の女の3倍に設定されていますから、間違いなくお客様を天国に連れて行ってくれますよ。ちなみに複数人数でのご利用枠は5人までとさせていただきます。さて、次は亜里沙嬢。ちょっとエキセントリックな顔立ちは異国の血が入っているからです。スリーサイズは79、60、81。見てください。この細い身体にこのロケットのような上向きのオッパイ。たまりませんなぁ。こんないい身体をした亜里沙嬢ですが、今回はネクロフェリア愛好家様へのご提供です。どうぞ息の根を止めてから存分にご使用ください。ご利用枠は3人までとなっております。最後は鈴音ちゃんです。見ていただいてお分かりの通り、ペドフェリア愛好家様へのご提供です。まだ処女ですが、SSクラスのハードプレイ可となっております。たっぷり楽しめることを保証いたしますよ。さて、それでは5分後にオークションの開始です!」


 そう言うと店長は奥に引っ込んでいった。女性たちが音楽に合わせ身体を揺らし、強いライトが白い肌を艶めかしく浮き上がらせた。


 5分が過ぎ、ステージに愛子だけが立って最初のオークションが始まった。


 いつもなら愛子の競りだけを見て俺は店を出た。「ドール」を競り落とすような金は持っていなかったからだ。だが、ラッキーというべきか、その日はだれ一人愛子に値をつける者がいなかった。俺は有り金をはたいて愛子を買っていた。



 ここに来る客たちは実に様々なペニスを持っていた。1メートル近い長さのもの、捻じれた木の根っこのようなもの、蛇のように常にうねっているものなどなど。皆普通ではなかった。だが、その日私を落としたサングラスの男のペニスは普通の男が持っているものと同じだった。それに唇を被せると、なぜかその硬く勃起したペニスが懐かしく思えた。フェラチオが終わると、私はベッドの上に寝かされた。そして、左右のラビアのリングピアスから延ばした切れることのない強靭な糸の端を両足の親指に結び付けられた。両脚がカエルの脚のように開かされ、気を抜くとラビアを激しい痛みが襲った。脚がラビアを引き延ばしていた。自分自身で自分をいたぶる残酷なプレイだった。男が性器にディルドを突き刺してきた。太く長い人工のペニスに繰り返し膣を抉られながら、私は「ビラビラが千切れちゃう」とか「オ〇ンコが壊れちゃう」とかその他変態的な言葉を叫び散らしながら何度も絶頂した。私の中で、苦痛と悦びはいつも同時に存在していた。でも、本当はよくわからない。私には「記憶」というものが無いらしい。ときどき「前の時はこうだった、ああだった」と言うお客がいるから(ああ、私は毎日男に買われて同じような目にあっているんだな)と想像するだけで、本当はその客の顔さえ覚えてはいないのだ。サングラスの男は何度も私を逝かせてから、今度は鞭で性器を打ち始めた。散々打ちのめして私を泣かせた後、赤く腫れ上がって飛び出したクリトリスに十字針を打った。それだけじゃない。男はクリトリスの根元をラビアと同じ糸で縛り、端を天井から吊り下がった小さな巻き器に繋いだ。男が手元でリモコンを操作すると糸が巻かれてクリトリスを吊り上げ、嫌でも腰が浮いた。私はあらん限りの声で泣き叫んでいた。この地獄から解放されるためなら何でもすると懇願した。だが男は許してくれなかった。それどころか、さらに男は私の性器に溶けた蝋燭を垂らし始めたのだ。蝋燭から逃れるために腰を動かすと、ラビアとクリトリスに生じる気が狂ってしまいそうな苦痛が私を苛んだ。私は息も絶え絶えになりながら、泣きながらもう一度男に許しを請うた。男は責めの手を止めて私を見詰め、それから私の身体からすべての戒めを解いた。男は私をベッドに横たえ、そして抱いた。乳房が愛おしむようなしぐさで愛撫され、乳首が優しく口で吸われた。男の熱い塊が狂おしく私の中で動き、私を何度も絶頂へと導いた。全ての行為が終わった後、男はベッドの中で私の身体を引き寄せ、耳元でその言葉を囁いた。それが<嵐が丘>という小説の一節だと男は言った。


 「『人間のの魂が何でできていようとも、彼と私の魂は同じです』いい言葉だとは思わないか。でも、きっと何を話しても、君は忘れてしまうんだろうな……」


 私は男が言ったその言葉を忘れたくないと思った。



 次の日、俺は最後に一目愛子の顔を見るために「紫蘭」のドアを開けた。


 愛子は、いつものと変わりなくカウンターでカクテルを作っていた。俺は言った。


 「……君には記憶の半分が無いんだ。消されているんだよ」

 

 「何言ってるの?そんなわけないじゃない。あなたが毎日ここにやってくることも覚えているし、あなたが家でシーザーって猫を飼っているのも知ってるもの」


 「ああ、そうだね……」俺は愛子の綺麗な眼を見詰めて言った。「突然だけど、しばらくここには来られなくなる……」


 すでにクレジットは底をついていた。もう、ここにやってくる金などなかったのだ。だが、俺がTVRに接続するのを止めようと決心した本当の理由は、他にあった。確証も証拠もなかったが、この世界は確実に人の心を壊す。そのことに気が付いたからだった。


 「そう……。あなたが言っていた本当の世界ってところに帰るのね」


 まるで、いつかその時が来ると覚悟していたかのような言い方だった。その顔に驚きはなかった。


 「私、今でもあなたの言うことが信じられない。でも、もしその世界が本当にあるなら、行ってみたい……。そうすればあなたに会えるかな?」


 俺は彼女がそう言って悲しそうに笑ってくれたことがうれしかった。俺は微笑んで彼女に言った。


 「ここにはしばらくは来ないけど、でも、永遠にじゃない。いつかきっと、もう一度君に会いに来るよ。そのときまで、俺のこと忘れないでくれよ」


 「忘れないわ。私……」


 「最後に謝まらせて欲しい。俺が昨夜君にしてたこと……どうか許してくれ」


 勿論、彼女にはその言葉の意味は分からないはずだった。わからない方がよかった。それでも、俺はどうしても謝っておきたかったのだ。俺は涙を見られなないように顔を伏せながら店を出た。



 2年後。俺はリアル世界でボクサーとしてデビューしていた。俺にはやっぱりファイトが性に合っているらしい。まだ4回戦ボーイだったから、例え勝ってもファイトマネーだけでは暮らしていけなかったが、この充実感には代えられなかった。少しだがファンもでついた。


 その日の対戦相手に勝ってリングを降りた時だった。一人の女性が顔を輝かせて走り寄ってきた。知らない顔だった。キメの細かい浅黒い肌は東南アジア系を思わせた。俺の目の前まで来ると、彼女はその言葉を言った。


 「人間の魂が何でできていようとも、彼と私の魂は同じです」


 「君は……」


 「あなたが好きだった言葉。私ずっと覚えていたの」そう言って彼女は俺の首に両腕を回した。「やっと会えた……」


 俺は、震える両手で彼女の身体をきつく抱きしめた。


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